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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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11 聖女と皇帝

 ラウラが幽村の奇行に頭を悩ましていた頃、それ以上に困惑し荒れている男がいた。


「くそっ、くそくそくそっ! サトルが私に逆らうとは! 誰が犠牲になろうと私が教皇になることが世界のためになると分からんのか! 好きでもない男に股を開くぐらいなんだというのだ!!」


 壁に投げつけられた金の杯がぐにゃりとへこむ。

 怒りの矛先が向けられている相手は、つい先ほどまでこの部屋で女性聖職者の扱いについて直談判していた幽村だ。

 バンデーンがこの世界に来たばかりの幽村を保護してから、幽村は一度としてバンデーンや他の高僧に異議を唱えたことはなかった。従順とさえ言えた。それなのに突然人が変わったかのように喰ってかかった。


「なぜ急に人が変わった様に……まさか先手を打たれているのか? サトルの奴、聖女かポーネットに懸想を……そう言えば、ポーネットがこのところよくサトルに話を聞きにきていたな……」

「バンデーン様、ご安心ください」

「だがジャビス、戒座の者からは聖女はあの幼いなりで謀略にも長けると」

「ですから心配ありません。ポーネットに色仕掛けなどできませぬ、アレは顔が美しいだけのおぼこですよ」

「そ、そうか……?」


 共にテーブルについていた帝国方面を預かる枢機卿司教であるジャビスが落ちついた声で諭す。注ぎなおされた上質なワインを一息にしてバンデーンは気を取り戻した。


「しかし……帝国は羽振りが良いな」

「また新たな魔鉱石の鉱脈が開通したそうで喜捨がたんまりと、ふふふ」

「忌々しい“強欲の七王戦争”の傷跡……とはいえ、役に立つのであれば利用せねばならぬのが権力者のつらい所か」


 バンデーンはしかめっ面で南にそびえ立つ摩訶不思議な色の山脈をにらむ。ジャビスは帝国に長く住むことでもう慣れてしまったのか、金山よりも多くの富を生み出すその山脈を笑顔で見つめていた。




 五百年前、狂った欲と罪をこの世界に持ち込んだ、魔人と呼ばれる男達がいた。

 彼らは穏やかで優しいこの世界の人間を前に涎を垂らす野獣だった。優しさや思い遣りに触れても善意に感化されることはなく、あらゆるモノを奪い殺し犯し、最後には魔人同士で聖遺物を使った戦争を起こした。

 彼らはやりすぎた。彼らの罪を知るだけでも人々の心を蝕む毒となるだろう。そのため、ミラルベル教により歴史の真実は闇に葬られ詳細は語られていないが、異世界からの侵略は確かにあったのだ。


 帝都の南に見える山脈は、その最後に生き残った三人の王が戦った場所だと伝えられている。その証拠にかの山脈では魔導具の材料となる魔鉱石が取れる。

 輪島が調べれば、魔鉱石は本来この世界にはないはずの物質だと答えるだろう。魔導具はマナを使って火や冷気、光を生み出す。上手く精製すれば劣化聖遺物を作ることができる。

 歴代転移者の中でも聖遺物の力を最も強く引き出せた“強欲の七王”は、多くのマナを撒き散らし、この世界の物質を変質させたのだった。


「女神様の御力にはほど遠い。かつての転移者は天を裂き海を割り山を砕いたという。このランプには彼らの百分の一、いや万分の一の力もない」


 言いながらテーブルの上で光るランプを手に取った。ガラスケースの中には熱を持たず光だけを発する不思議な石が入れられている。

 その光に照らされたバンデーンの瞳に映るのは、無力への嘆き、そして愛する世界を蹂躙されてしまった悔恨だ。



 バンデーンは元々、聖職者であると同時に歴史学者でもあった。

 若い頃は単純に合理的な考えの下、歴史を学び同じ過ちを繰り返す愚を回避することがバンデーンの目的であった。


 “女神ミラルベルの望む人間になること”


 これは派閥に関係なくミラルベル教徒に共通する信仰の一つだ。この世界の人間は、人が究極であり完成された生物に至った時、再び女神が人々の前に現れて祝福をもたらしてくれると信じている。

 つまり女神が姿を消しているこの千年、未だ神を見ぬ人類は未成熟な存在だと判断されているに等しい。過去の聖職者達が求めてきた答えは全てが間違っている、もしくは足りないという結論になる。


 成長が足りない。

 進歩が足りない。

 躍進が足りない。

 革新が足りない。

 人の歩みは遅く、これではいつ人類が女神と再会できるのか分からない。


 だがそれでもいいとバンデーンは考える。

 バンデーンは歴史から間違いを学ぶ間に、“この世界に転移者は必要なのか”、“外部から異物を招いてまで急ぐ必要があるのか”という疑念を強めていた。


 祀られている過去の転移者の功績は、バンデーンから見ても否定できるほど小さいものでなく、聖人に相応しい徳の高き者が大勢いた。欲を持たなかった原初の人類が死に抗わず滅びを迎えようとしていた歴史も事実だろうと認めている。

 しかし、女神が人類に求めているのは、外から学びではなく、内に仕舞われた声に耳を傾けることではないだろうか。女神は外との対比を求め、自分達の素晴らしさに気づきを与えようとしたのではないか。


 そして歴史を研究し続けたバンデーンの哲学は“独立独歩”という答えを出した。

 転移者はもうこの世界に必要ない。

 すでに外からの学びは十分に得た。

 自分達は自らの足だけで、滅びを回避し歩んで行けるはずだ。




「ええ、ええ、ですから……貴方様に紹介したい者がおります」


 底の見えないワインの色に澱んでいたバンデーンの意識が戻された。

 いつの間にかジャビスは扉の前に立っていた。そして部屋に三人の人間を招き入れる。

 顔を隠すように深くフードを被った怪しげな風体。枢機卿の前に立つには失礼な出で立ちと言える。


「ごきげんよう、バンデーン様」


 頭を下げたのは金髪の女性だった。

 黒髪の男達の方は不遜にも会釈すらしない。


 女は厚手のローブを羽織っていても、その女性らしい凹凸は隠しきれていない。フードの下から覗く鼻立ちと唇の形だけでも傾国の美女を思わせる妖艶な魅力があった。

 それに、たった一言挨拶を交わしただけで男を魅了してしまう淫靡な声には聞き覚えがある。


「そなた……ポーネットか? ……いや違う、貴様はッ」






――――――――――






「お客様の予定なんてあったかしら?」


 扉をノックしようとしたポーネットの手が直前で止まった。

 聖遺物“波乙女の杖”で強化された聴力で耳を澄ませると、ラウラと男性の話し声のような音をわずかに拾うことができたからだ。


 黒子シスター達は首を振る。聖女へ来客の報せは受けていない。

 ポーネットを介さず聖女に会える男性といえば、バンデーンと金剛寺玄間の三人。しかしバンデーンは外の馬車で聖女を待っているし、金剛寺と玄間はポーネットの後ろに控えている。


 マナー違反を知りつつ分厚い頑強な扉に耳を当てようとする。すれ違いに男が出てきた。左右で漆黒と純白の色に分けられた特別な法衣。戒座に所属する聖職者にのみ許された証である。

 男はポーネット、金剛寺、玄間を見てから一瞬口を開きかけたが、一礼して早足でその場を去った。


「なにかありましたの?」

「ああ、帝国内の戒座も特に何も掴んでいないという報告でしたよ」

「そうですか」


 今日は皇帝と帝国内での今後の活動を話し合う予定だ。不備があっては困る。

 ポーネットはじぃーっとラウラを見つめた。しかしラウラは、いつもの如くおちゃらけた態度。身だしなみを注意されるのかとくるり回って全身を確かめるだけで不審な点はなさそうだ。部屋の入口の方でも、


「あら、タイが曲がっていてよ?」

「ありがとうございます、ポーネットお姉さま」

「わたくしの姉妹スールなのですから、しっかりしてもらわないと困るわよラウラ」


 などと金剛寺と玄間がのん気に寸劇を繰り広げている。

 宮殿へ出向く日に、記憶にない戒座の男が現れたとあっては何かを疑わずにはいられないポーネットだったが、普段通りの態度の三人を見て思い過ごしだったと気が抜けた。


 とりあえずラウラの法衣を正して髪に櫛を入れた後は無事問題なく屋敷を出発しようと。だが馬車に乗る前にはまたひとつ疑惑の種が現れる。

 バンデーンのラウラを見る眼が先日よりも熱を帯びているような奇妙な錯覚にとらわれたのだ。しかしここでも、


「聖女が若いイケメンを袖にしたと噂に聞いて自らハニトラ要員になったか」

「聖女様、あのおっさんに惚れられちゃったんじゃね? 次の教皇と内縁になったらもっと好き放題できんじゃん。ねぇ付き合っちゃう? 付き合っちゃうの?」

「それは児ポ法でアウトだろう。いや、この世界にそんな法律ないか、ガハハハ」

「よし、殺されたいやつから前に出ろ」


 バカ三人のバカ騒ぎでポーネットは思考を寸断された。

 護衛に気を張るのが自分だけかと多少のイラ立ちを覚える。


 もっとも、金剛寺と玄間がバカ話をしていられたのは登城する手前までだったが。

 広大な敷地の真ん中に巍然屹立する宮殿。この三日滞在している間に見た帝国貴族の屋敷は、どれも煌びやかで美しい彫刻のような石材の建物だったが、皇帝の住む場所だけあって宮殿は別格だ。その荘厳さは威圧感すら与えてくる。


「どど、土足で歩くのが申し訳なくなるくらい綺麗だな。てかこことか床が金なんですけど、傷つけたらギロチンになったりしない?」

「ううううむ、裸足は和の心だしな」

「やめろ恥ずかしい」


 ラウラが建物の前に正座して靴を脱ぎはじめた二人の頭を引っ叩く。

 いかに鈍感でお調子者の二人でも、権力が目に見える形になったことで、その強大な存在を認識できたらしい。


「そもそもラポルタの大神殿だって似たようなもんだったでしょうに」

「拙僧らは仏教徒なのでヨソの宗教には遠慮する理由がない」

「……おまえ達は仏教を貶めている自覚を持った方がいいですよ?」

「ふっ、わかっていないな。仏教は世界で最も寛容な宗教、故になんでもあり、多様性を体現した最先端を行く宗教なのだ」

「それって中途半端でなんも信じてないのと同じじゃん」


 ラウラはどこまで仏教の教えを理解しているのか判断に困る金剛寺を放置して、出迎えた近衛兵に案内を頼む。


 途中、自ら肩身を狭めて歩く金剛寺・玄間のコンビとは逆に、目線を無駄に動かさず背筋を伸ばして堂々とバンデーンの後ろを歩く幽村に視線が行く。

 この間まで学生だったとは思えない胆力だ。やはり精神力という意味では転移者の中でも優れているようだ。



「ん? こういうのって玉座がある部屋でやるんじゃないの?」


 謁見の間へ続く中央階段を通りすぎると玄間が首を捻った。


「私は聖女。女神に遣わされた警世の使徒、国賓、超VIP。玉座で出迎えるなんてマジ失礼。こういう場合は皇帝であっても私室で迎えるのデス」

「ドラ○エとは違うのか」

「こういう待遇見ると、やっぱ聖女ってスゲーんだな」

「精霊と聖獣を例外にすれば教皇の次、全人類で二番目に偉いと言えますからね!」

「こら、ドヤらない」


 ラウラは鼻息荒く胸を張った。以前、自由都市同盟では同じ勘違いをしたラウラだが、そんな過去は棚に上げてさも常識かのように教えてやる。


 宮殿は三人が長々と無駄話を続けられるだけ広い。入り口で馬車を下りてから10分ほど歩いてやっと目的の部屋まで辿り着いた。

 軍議などを行う部屋とはまた違う煌びやかな応接間に入ると、一番奥に座っていた男が立ち上がった。部屋の入口まで悠然と歩いてくる。



 やや大所帯となった一団を迎えたのは若々しい美丈夫だ。

 ルパ帝国を治める皇帝、ヌルンクス八世。

 歳は四十近いと聞いていたが、壮健な肉体と精力的な顔は二十台半ばにも見える。

 左右の席に置いているのは宰相と思われる初老の男性と目隠しをした女性。

 女性は顔半分を隠して尚、隠しきれない色気を醸しだしている。


「若さの秘訣は女ですか。この場に妃でもない女を置くとはとんだ好き者ですね」

「ちょちょっ、聖女様、皇帝の前で無茶はやめて? ほんとにやめて?」


 先頭にいたバンデーンが挨拶を交わしている間に、後ろで呟くと玄間達がラウラの口をふさぎにかかった。

 男二人を払い除けてからラウラは隣に立つ少女を見上げる。こういう時に真っ先にラウラを止める役目はポーネットなのだが、彼女は目隠しをした女性を見て眉をひそめていた。


「後ろにいる可憐な御方が噂の聖女殿かな」


 小声で話しかけようとしたところで、ヌルンクスの声が言葉を遮った。


「初めまして皇帝陛下。女神様から遣わされし使徒、ラウラと申します」

「うむ、余がヌルンクスである」


 互いに自分こそが一番偉いとでも思っているのか、単に自分よりも態度のデカイ相手を気に食わないと思っているのか、美辞麗句で飾り立てた挨拶もなく聖女と皇帝の間で一瞬火花が散る。

 しかし、次の瞬間には皇帝が目を瞑った。

 ガンの飛ばし合いに負けた――などということではないだろうが、肩を下げて明らかに気落ちしている様子が見て取れる。


「ラウラ殿とポーネット殿に送ったドレスは着てくれなかったのだな」

「使徒座の法衣は女神ミラルベル様への献身の証、どうかご容赦を」

「そうか……職人達もウエディングドレス以外で純白の物を仕立てるなど滅多にないからな、皆意気込んでいたのだが……残念だ……ああ残念だ……」


 ヌルンクスは本気で悔しそうだった。

 教会の慣わしは理解しているものの、それでも美しい女性をより美しく磨き上げるのが男の務めだとでも言いたげにこぶしを握る。それに、ラウラとポーネットを見る眼には多分な色を含んでいた。

 その事に気づいた少女達、特にラウラが嫌悪感を隠そうともしない様子から、二人を篭絡することは難しいと話を切り上げたヌルンクスは、次に後ろにいた男三人に目を向ける。


「よくぞ来てくれた! 其方等が異世界から招かれた者達か!」


 黒髪黒髪の三人組(ひとりは剃毛しているハゲだが)を見て、無邪気な笑顔で両手を広げた。

 金剛寺、玄間、幽村までが皇帝への謁見に同行した理由は、皇帝自身がそれを強く望んでいると事前に話があったからだ。歓迎の意思は本物らしい。


「いえいえそんな、我々はただの奉公人でございます」

「むしろ聖女様の奴隷にございます」

「そこまでへりくだられるとわたしが何者かって話になるんですけど?」


 しかし、権力という圧に負けた玄間と金剛寺はラウラの足下でひざまづいた。

 どちらも皇帝などという雲の上の人間と直接話をするのは嫌だ、と聖女に対応を押しつけようとしている。


「そうかしこまるな。余はずっと異世界とやらに興味があったのだ。異世界の空は赤いとは本当か。この世界には元々獣人はいなかった。世界によっては小人や龍人といった亜人もおるそうではないか。其方らの故郷はどうだった。どうか話を聞かせてほしい!」

「陛下、まずは……」


 転移者達に詰め寄ろうとしたヌルンクスが宰相に止められた。

 おもちゃを取り上げられた子供じみた瞳で宰相に文句を言ってから、客人を立たせたままだったことに気づいたヌルンクスに席を勧められる。



「しかし、くくっ、初対面で余に冗談を言うとは……転移者とは聖人。故にお堅い人物だと聞かされていたが…………まぁイメージと違うのは余もよく言われるからな、お互い様というやつか」

「確かに、皇帝なんてぶくぶく肥え太ったケツで玉座を磨くのが仕事みたいなイメージありますよね」


 ラウラが得意の毒舌を重ねるとヌルンクスは何か納得したように目を開いてから、さらに大きな笑い声をあげた。


「なるほど、この世界に慣れない者達をラウラ殿が労わってくれたからか」

「だれもが親しみをもって付き合える聖女でありたいと思っています」

「皇帝陛下にドヤ顔でピースしないっ」


 ラウラは骨が折れそうな怪力でポーネットに手首を握られると、小さく悲鳴を上げてからようやくおとなしくなった。ついでに余計な発言をしないように約束させられる。


 その後、バンデーンと補佐のジャビスが中心となって帝国内の活動を決めていく。

 ヌルンクスは話をしたそうにラウラや転移者達へ熱い視線を何度も投げかけてきたが、無礼者三人がボロを出さないようにポーネットやバンデーンがフォローを入れた。国際問題になるくらいなら、聖女には最初から何をしてもいいと使徒座の責任者アヴィに言われていたようだ。






 話合いは、帝国棄民がいるとされる辺境の調査のみ聖騎士団が自由に行い、その代償としてラウラ達はしばらく帝国貴族に付き合うこととなった。


「お主は定期的にバカをやらないと死ぬ病にでも罹っているのか!」

「絶対自分よりデカいツラしてるやつが許せないとかそんな理由で暴言吐いてただろ!」


 宮殿での歓迎パーティーの前に、一旦控室に案内されたラウラへ金剛寺と玄間から恨み節が飛びかう。


「っとそんなことよりポーさん、本国へ連絡を取ってください」

「どのように」

「少し気になったというか、バンデーンがわたしを連れてきた理由に、癒しの能力を引き合いにして聖女の価値を下げる狙いもあったのかなって。きっとあのおっさん、帝国で聖女ネガティブキャンペーンする気ですよ」

「……あなたが勝手にネガティブになってるだけだと思いますけど」

「聖女様は屈服しない相手は全て敵だと思っておるからな」

「しゃーない」


 聖騎士団が活動する条件の中には、幽村による治癒魔法の行使も含まれる。

 ただしこちらは、帝国側からではなくバンデーンが提示した条件だ。


 ラウラの“反転”の力は敵対する相手がいて初めて大きな効果を出せる、いわば受け身の魔法だ。善人しかいない所で使えば、逆に悪人を増やすだけの厄災となってしまう。

 その点、幽村の癒しの力は時と場所を選ばず誰からも求められる。そして何より、治癒の力は生命にかかわる神聖な力だと主張できる。


 ミラルベル教で、国外に最も良いイメージを持たれているのは使徒座の巫女であるが、バンデーンが幽村を利用すれば、教会内での力関係が変わる可能性が見えていた。バンデーンの目的はまだ不明であるにしても、何らかの対策が必要だと思わされた。


「政治がはじまってるなぁ……」

「とりあえず前みたいに黙って笑っている練習でもしたらいかがかしら」

「……ポーさん、まだ怒ってます?」

「もちろん」


 帝国棄民の調査は活動を許可された聖騎士団に任せるしかない。

 ラウラには帝国貴族の相手をする義務があるものの、特別功績を上げるような事件は起きないだろう。

 大陸北部に位置する帝国、その宮殿から更に北にある山脈を見ると雪化粧を始めている。雪で道を塞がれれば全ての動きが鈍る。しかし、拠点に引きこもり研究を続ける帝国棄民よりも、慣れない地で調査をする教会の方が冬の影響は大きい。


 読み切れない大勢の思惑と自分にとって都合の悪いことが重なり、ラウラの心には言葉にできない不安が生まれていた。

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