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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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10 石と色の都

 帝都は聖女を歓迎する声に包まれていた。聖騎士の中でも第一陣の栄誉を預かった選りすぐりの30名が、聖女の馬車を護衛して大通りを歩む。


 全ての騎馬が爪音を完全に同調させて隊列を成す白銀の軍団。中心で守られている二台の馬車には、次期教皇と噂される枢機卿。女神の力を授かった転移者。第一級聖遺物を扱う使徒座の巫女。世界の転換期にだけ現れるという聖女が乗っている。

 それらがまとめて来訪するなど、最も広き領土を持つ帝国の民であっても一生に一度としてお目にかかれない神聖な催しと言えよう。盛大な歓迎の祭りの中には涙を流して手を合わせる者もいた。



「この国は……平和だな……」

「ですね、庶民は何も知らされてないのかな、ってこっちも泣いてるっ!?」


 そんな帝国民の様子を見て、何故か金剛寺と玄間も涙を流していた。

 何が起こったのかとラウラも思わずぎょっとした顔で二度見する。


「聖女様は見てわからんのですか!」

「えっいやなにが…………ポーさん、この国なにか変なとこありました?」

「さぁ?」


 帝国主義を名乗るだけあり、建ち並ぶ家々は規律正しく整備されており、工房が多いのか空へ上る煙も多い。高い軍事力が見て取れる。

 しかし、ラウラがこれまで見てきたどの国よりも軍事色が強いという特徴はあるものの、暮らしている人間に違いはなさそうである。自分達こそが世界の先導者なのだという選民思想や戦争による略奪強奪を好む蛮族には見えない。


「オレは帝都に近づくにつれて気づいたぞ……この国はカップルが異常に多い!」

「ああ、ここは鮫島と姫川を思い出させる。脱童貞マウントする輩は死ねばいいのに! 童貞を捨てたら偉いのか! 童貞を捨てねば幸せになれぬのか! 拙僧は断じて否を唱えたい!!」

「おまえらさぁ……」


 呆れたラウラが説教をはじめようと――しかしその前に、平和な生活を妬む転移者の頭をポーネットの聖杖がぱこんと鳴らした。


「同じ転移者でもカスムラ様はあんなにも立派だというのに、どうしてあなた達はっ」

「ぴえん」

「すぐそうやってふざけてっ! しかも何で叩かれて嬉しそうなんですの!?」

「まぁまぁ」


 ラウラは再び狭い馬車の中で聖杖を握りしめるポーネットをなだめる。

 涙もろい感激屋で人に騙されやすいポーネットは幽村を善人だと信じたようだ。


「そう言えば前に、帝国は治安が悪くなっていると言っていませんでしたか」

「うむ、それに藤沼が向かったと聞いておったのだが……」

「バンデーンからも他の転移者の名前は聞いてないし教会の網にかかっていない……藤沼はどこに……?」

「あやつも誰かに捕まっていたりしてな、ガハハハ」

「いやー逃げ足だけははえー奴だし、もういない可能性もあるぞ」


 玄間に言われて金剛寺も頷く。

 貴志瑛士の暴走から別れる時に、神器を探すグループには賛同せず帝国に拠点を置くと言っていたのが藤沼泉太郎という元クラスメイトだ。

 藤沼は、強い者に媚びてはその権力を笠に着て好き勝手に振る舞おうとする悪癖がある。いや、むしろ癖というよりライフスタイルとして確立されているか。おそらく今回も帝国という大樹を利用しようとしたのだろう。だが今は帝国にいないのか、それとも大きな活動はしていないのか、目立つような足跡は残していないようだ。

 その後もラウラは帝国民へ向けて聖女の微笑みを作りながら、帝都の様子を観察していた。




 一行が皇帝と顔を合わせるのは三日後となる。

 ルパ帝国は北の雄である。自由都市同盟シルブロンドに名を連ねている人口数百人から数千人程度の小さな都市国家の王とは立場が違う。聖女が来訪したとなれば、歓迎の宴も盛大に開かなくてはならない。今は旅の疲れを癒してほしいと伝えながら、宮殿内では猫の手も借りたいぐらい忙しく使用人から貴族まで駆け回っているだろう。



 ラウラ達は帝国の教会を預かる枢機卿のひとり、ただし同じ枢機卿の地位でも実質バンデーンの配下である司教ジャビスに挨拶をしてから聖職者の宿舎へと移動する。

 人口10万超の大都市と言われるだけあって、教会が管理する区画だけでも大きな町と呼べるほどの土地があった。その中でも一際立派なお屋敷がラウラとポーネット達シスターの滞在する宿となる。


 与えられた私室に案内をされる中、ポーネットは何やら不思議そうな顔で屋敷の使用人達を警戒していた。


「さすがに、こんなとこで襲ってくる人はいないと思いますよ」

「もちろん襲撃はないでしょうけど……バンデーン様か皇帝陛下のどちらかがラウラさんを懐柔しようとしてくるのでは、と部下から報告を聞いていましたから」


 ラウラが振り向くと、同じ屋敷で警護にあたるポーネット直属黒子部隊に属するシスターが頷いた。


「っていうと、またいつぞやの時みたくイケメンがわたしに絡んでくるんですかー。野郎には興味ないんですけどねぇ、めんどくさい」


 同性愛を疑わせるような発言だ。シスター達は揃って複雑な表情を返す。

 使用人がラウラの部屋の扉を開ける。するとその顔は更に困ったものになった。


「ラ、ラウラさん、ダメですわよ! めっ!」

「だからその叱り方……それにこんな物でわたしは買収されたりしませんよ」


 さっそく、と言うべきか豪奢な部屋の中には聖女への“付け届け”で溢れていた。


「この分だと先に手を打ってきたのは皇帝でしょうか」


 部屋には、一週間後から連日行われる予定のパーティーでラウラが着るためのドレスの見本、キラキラと眩しい特大の宝石であしらった装飾品の数々が飾られていた。

 しかし、ラウラはそれらの贈り物に興味を示さずキングサイズのベッドに身を投げた。このベッドも教会が用意した物ではなく帝国からの贈り物だろうが。長旅で固まった筋肉を伸ばして寝転がる。


「ふんぬぅ~! ……ったく、ヌルンクス陛下はわたしをナメてるんですかね」

「まぁ正直、ラウラさんの噂は色々ありますから。自由都市同盟でも魔法で造られた偽金貨をガメた容疑がまだ残ってますし……」


 少し目を逸らしながら自身の悪評を教えられるとラウラは起き上がって憤慨した。

 任命されたばかりで、あまり信徒へ露出のないラウラを聖女として歓迎していない教会関係者は少なくない。

 特に、聖女の位を設けるのであれば、それは今までに活躍してきた巫女の貢献に従うべきだという主張を続けている者も。序列上位であるイネスやキスキルを信奉する者や、使徒座で実際にラウラの横暴さを見て、悪い噂を故意に流している者もいる。


「もおっ、自らの輝きよりも劣るこんな石ころで着飾ることに何の意味があるんですか。わたしに泥で化粧しろと言っているのと同じですよ。ドレスも宝石もわたしの魅力を下げるだけです! …………換金すればいいお金になると思いますけど」


 美しく輝く金銀宝石を部屋の隅に放り捨てる。


「自己評価が天元突破していますよ」

「どれだけ御自分のことが好きなのでしょう……」

「パーティーでも脱がないとよいのですけど」

「というか最後の発想はもう女の子のものじゃありませんよね」


 ポーネットの黒子シスター達は、ラウラに聞こえるような声でひそひそ話を続ける。自分の仕える巫女こそが聖女に相応しいという考えはポーネットの所も同じようだ。

 ラウラは唇を尖らせて無言の圧力を飛ばすが、黒子シスター達の口は閉じられない。しばらくその様子を楽しげに見守っていたポーネットが突然声を上げる。


「あっ、いけませんわ!」

「……なにがぁ」


 女の姦しさには敵わなかったラウラがふてくされ気味に言う。


「バンデーン様もこちらの懐柔に動いていると聞いています。ラウラさんじゃないとすれば、狙いはあのバ……転移者のお二人かも!」

「今、バカ二人って言おうとした?」

「してませんわ」

「いいですよ別に、あいつらバカで合ってますし」

「そんなことより早く確認に向かわないとっ」


 ポーネットはベッドで転がるラウラの腕を掴むと強引に屋敷から連れ出した。

 黒子シスター達の調査では、バンデーンの下に若くて美しいシスターが集められているとあった。バンデーンが帝国貴族への手土産として彼女達を呼び寄せた可能性もあるが、既に幽村悟という転移者を弟子として連れている以上、転移者を従える有用性に目をつけている可能性も高い。

 そうなれば次に狙われるのは、権力にも金にもなびかない聖女よりも欲にまみれていそうなバカ二人組だ。


「やっと旅が一段落して豪華ベッドで寝られると思ったのに~」

「疲れてるのは旅のせいじゃなくて、馬車の中で筋トレなんてしてるからでしょう!」


 やる気なさげなラウラを引っ張って金剛寺達が借りている屋敷へ飛び込む。

 聖女の護衛役ではあるが当人達も伝説にある異世界からの転移者だとは知られており、彼らの屋敷も無駄に広い。客室は10を超えていてどこにいるのかと使用人を捕まえて聞いてみれば、


「きゃあああああああ」


 空を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。

 さては接待にあてがわれたシスターに興奮したバカ二人組が辛抱堪らんと襲いかかったのでは、とポーネットは声の場所へ走る。


「くそおおお、出ていけ! ここから出ていけ!」

「拙僧達は美人局にはだまされんぞおおおぉ」

「あらら、一体なにが? って危なっ」


 着衣の乱れたシスターがポーネット達とすれ違った。助けを求めるでもなく、少し悔しそうな顔を伏せたまま逃げ去った。そのシスターを追いかけるように男達がコップやら何やらを投げてくる。


「ふーふーっ、三次元の女は敵、三次元の女は敵ぃ! なんで女の子が人形を持っててもかわいいとしか言われないのに、男がフィギュアを集めたらキモいって言われなきゃいけないんだ!」

「オタクに優しいギャルは存在しないッ、オタクに優しいギャルは存在しない! 拙僧に話しかけるのを罰ゲームにするなああああぁ!」


 二人は相手を認識できないほど錯乱していて、今度はラウラへ襲いかかった。

 ラウラは飛んできた小物をするすると避けて近づき男達を殴っておとなしくさせる。

 いつになく異常な態度で抵抗する男達の様子に、ポーネットは頬を引きつらせていた。


「わたしも少し前に話してて気づいたんですけど、こいつらは女性に騙されません。こいつらは確かにスケベ男ですが、女は男を騙し搾取する生き物だと思っていますから。女に、しかも見た目の良い女性に優しくされるほど、過去のトラウマを刺激されて狂暴になります。だから大丈夫です」


 金剛寺達は小さな頃から女子に蔑まれてきた悲惨な経験を持っている。よってハニートラップには引っかからない、という嫌な信頼を説明する。


「な、何かツラい過去があるんですのね……でもどうしてわたくしやラウラさんは平気なのでしょう?

「わたし達はほら、すぐ手が出るから。厳しくしてくれる女性は平気っぽいです」


 罪には罰を、とラウラは握りこぶしを作ってポーネットに同意を求めるがポーネットは顔を背けた。


「とりあえず、わたくしはバンデーン様のところへ抗議に行ってきますわ、おほほ」


 思えば聖人のような幽村と金剛寺達を比較するようになってから、ポーネットはよく二人を叩いたり怒鳴りつけている。加えて、殴り倒されてもまだ呪文のようにうわ言を呟く二人が余程不気味に見えたか、ポーネットは逃げるようにそそくさと屋敷を出て行った。



 ラウラが蘇ったトラウマに震える二人にお茶を淹れて一時間ほどしてからポーネットが戻ってくる。背中には、恐ろしい――ではなく非常に難しい顔をした幽村を連れていた。

 もしや金剛寺達が傷つけたシスター達に対して逆に抗議しに来たのか、とラウラが警戒する。自分に非があろうと相手を勢いで糾弾し、言いがかりでケンカを売るのは幽村の得意技だった。しかし、幽村はうつろな瞳になった金剛寺と玄間の前に来ると勢いよく床へ両手をつく。


「すいませんでした! バンデーン様には、このような事は二度としないと約束してもらいました。こちらに血判を押した念書もあります。ですから今回の事はどうかお許しください!」


 土下座による謝罪。

 研いだナイフのような不良だった幽村悟が人に頭を下げるという事態を受けつけなかったラウラの脳が数秒フリーズする。その様子を怒っていると勘違いした幽村は、更に床へ額を押しつけて謝罪を重ねる。


「権力争いにうら若き乙女を利用するなど聖職者にあるまじき行為です。彼女達の心のケアも私が責任を持ってします。ですからどうかっ」

「カスムラ様もこう言ってますし、今回はこれで収めてよろしいですわよね」

「………………えっ、ええ、そうですね」


 ポーネットの声で我に返ったラウラが返事を返すと、幽村はシスター達に連れられて申し訳なさそうに帰って行った。




「あれが……本当にわたしに挑み続けた幽村悟なのか……」


 帝都での初日は、放心するバカ二人の呟きと困惑したラウラの呟きが空しく響く一日となった。


 とりえあずすぐに失明とかはなさそう。よかった。

 網膜裂孔まじこわひ。

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