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オトメクオリア  作者: invitro
第二章 壊れる魔法
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03 イエスは人生のパワーワード

「シェリルシェリル! ラウラがかえってきたよ!」

「あっ、もうマグナってば! カゴなげたらダメなんだからね!」


 ナルキ村の裏側にある教会の畑から人影が見えると、修道服を着た幼い双子の少女が畑仕事を投げ出して駆けていった。


「おっすー、おちびども」


 ラウラと呼ばれた少女は、十日近く許可もなく留守にしていたとは思えない気さくな声で帰りを知らせる。危険な森に入ることを引き留める神父や少女たちとケンカ別れする形で出て行ったことはすっかり忘れているようだ。


「おっすー、しんいりー」


 双子も似た挨拶を返しながら少女の胸に突撃する。


「こらっ、胸に頭突きするのやめろ。刺激に慣れてないんだから」

「やめぬぅ!」

「ラウラばっかり大きくなってずるいー、なまいきー」

「わたしは胸より背を大きくしたいんだけど」


 言葉づかいに敬意は見えないものの仲は良いらしい。数日会えなかったさびしさを隠すように双子は少女の胸に頭を押しつけていた。


 ラウラがナルキ村という寒村の教会に拾われ、じき一年が経つ。

 言葉の通じない余所者、というだけでなく、どうにか片言で話せるようになってからも名前以外の記憶がないと言う謎の少女。しかも褐色の肌に漆黒の瞳と村人たちとは大きく外見の異なる少女に、共にやっていけるのか多くの村人が疑問を持っていたが今ではすっかり馴染んでいた。


「んで、問題はなかったか?」

「あった! めしたきがかりがいなくてゴハンまずかった!」

「そうか、教えてやるから今度は自分で料理してみな」

「やだ!」

「めしはくうにかぎるぅ!」

「わがまま言うんじゃないっ。まったく誰に似たんだ」


 ラウラが甘えてくる双子の頭を強めに撫でる。


「お主のせいじゃろ! ……おいおいおい、儂の天使たちが穢されていく」


 薬草の燻製小屋から大げさに泣きまねをする老爺が姿を現した。

 少女達を面倒見ている年配の神父だ。旅人も通らない、来客は年に数度の行商だけという寒村を拠点にして布教を続ける変わり者の宣教師である。

 もっとも、老爺と呼ぶには体つきが現役の兵士のようで、


「んなガタイして目が沁みたくらいで泣くなよ、リットン爺さん」


 似合わないと呆れた声で返される。


「煙如きで泣くかタワケ! お主の影響で儂の可愛いシェリルとマグナが粗暴な女に育ったらと不安で泣いとるんじゃ!! お~いおいおい」

「ウソくさい演技やめろって」

「「やめろってー」」

「だからラウラのマネをしてはいかんと言っておるじゃろ!」


 双子はラウラが来るより前から保護されている孤児だ。

 村人の住人も巡礼から帰ったリットンが連れてきた双子を温かく迎えたが、二人ともなかなか新しい環境に馴染めなかった。しかし、自分たちよりも後に来た様変わりな少女は、遠慮というものがなく言葉も通じないまま村に溶け込んでいく。


 そんなラウラに倣ったようで、双子も次第に元の明るさを取り戻していった――までは良かったのだが、限度を超えて少女らしからぬ口調や態度まで真似るようになってしまう。

 おかげで双子の変わり様を喜んでいたリットンのラウラへの感情が、感謝から怒りに変わるまで時間はかからなかった。


「爺さんが言うから髪切るのもやめたし、自分のことも女らしく“わたし”って言うようにしたじゃん。もうどこから見ても立派なレディだろ」


 少女は肩を超える長いウェーブかかった黒髪を手で流してみせた。

 以前、髪型をベリーショートにしようとした時に、教会の女なら髪は伸ばせと言われたため、今は無造作に伸ばしている。ただし、鬱陶しく我慢できなくなった部分は、その都度ナイフでざく切りにしているせいで修道女らしい髪型とは言えない。硬い髪質にクセ毛もあって、ところどころでぴょこんと跳ねている。


「その程度で女らしいとか寝言をほざかれても困るんじゃが」

「「ほざくなー」」

「おチビ達のクチが悪いのは爺さんにも責任あると思うわ」


 いずれは伝手を頼り、双子を聖都に修道女として預けたいと考えていたリットンの計画もこのままでは頓挫してしまう。

 どちらも短気な性格であり、最近では双子の教育方針を巡ってラウラとリットンはケンカばかりだ。


「てか爺さん意外とネガティブだよな。人生前だけ見てた方が上手くいくってもんじゃん? ダメだったらダメだったでやり直せばいいんだし、ガキの内はなんでも一回やらせてみりゃいいんだよ」

「記憶喪失のくせにそのふざけた自信はどこから来るんじゃ……」


 今度はリットンが溜め息を返す。


「はあ、お主が男じゃったらのう……」


 もしもラウラが愛らしい顔の少女でなく筋骨隆々とした精悍な男であったなら、自分の跡継ぎにできたのに、という残念な気持ちが籠っていた。


「シェリルもおにいちゃんがほしかった!」

「マグナも!」

「お前たちはもっとわたしを敬っていいんだぞ?」

「むりぃ!」

「なんでだよ」


 ラウラを囲んで騒ぐ双子の様子に、リットンは勝手に森へ入ったことへ説教は後回しにして教会の中に招き入れた。井戸水で泥と煤を払い落したら、ラウラは休む間もなく食事の支度に取りかかる。

 ラウラが森に入った後はいつもより食卓が豪勢だ。森は人間に荒らされることなく希少な果物が多く実っている。食肉用の家畜もいない寒村だが、もともと穀物や根菜の扱いに長けたラウラの料理に、双子は食事のお祈りを唱えている間も気がそぞろだった。


 お祈りの言葉をおろそかにするようになったこともラウラの悪影響だろう。ラウラは行動が早く短絡的に見えても口が達者で、聖書を“現代風”と言っておかしな改変をしようとする。それもよくよく考えると妙にミラルベル教の要点を押さえているため、リットンは頭を悩ませていた。


「して、今回は何か思い出せたか?」


 森に入る目的は、無くした記憶の手がかりがあるだろうから、と説明していた。

 ラウラは自身の正体を隠すために記憶を失った演技をしている。異世界人が神器を知らない可能性や、クラスメイトが魔法で問題を起こした時に巻き込まれないためだ。

 名前は特に思いつかなかったので南米出身の祖母のものを借りていたり、子ども扱いされて行動を制限されないよう年齢は覚えていたりと雑な部分も見え隠れしているが。


「ん、何も? 収穫は~いつもの果物と~薬草と――」

「成果なしか……まあ急ぐこともあるまい、年齢もたぶん記憶違いじゃろうし。ラウラの自尊心が強いことは承知しておるが背伸びしなくてもええんじゃぞ」

「だから歳は17で間違いないっての!」


 いつものように子供扱いされ少し大きめの声で返すが、リットンは年齢に対する自己申告を信じていない様子だ。


「でもラウラ、なんかうれしそう」

「おっ、わかるか」


 何かを感じ取ったシェリルの言葉に、ラウラは鼻を鳴らす。

 リットンに報告を遮られたが今回の収穫物は他にもある。


「じゃじゃーん!」


 ポケットから取り出されたのは金運ブレスレットに使われていたパワーストーンだ。

 窓から入る陽射しを照り返して輝く琥珀に水晶、黄金の数珠に、美しい石を見せて欲しいと双子がせがむ。質素な田舎の教会で育ちで宝石を知らないのだろう。傷をつけないよう注意してそっと渡してやる。


「お主っ、そんなものをどこで!?」

「森で拾った」

「……死者から盗んだのではあるまいな」

「まさか、誰とも会わなかったよ」

「しかし誰かが落とした物には違いあるまい」


 ナルキ村から北の山脈へ続く広大な森は危険地域に指定されている。奥地はどんな生物が住み何があるのかなど誰も語れない秘境だ。それ故に、人知れぬ古代のお宝が眠っていると邪推してしまう冒険家も少なくない。


 旅をしながら遺跡や墓所、地図の無い山脈などを探検する冒険家は、全財産を高価な貴金属や宝石に変えて身につけている。長期間留守にできる持ち家もなければ、怪しい仕事をしている人間が使える貸金庫などもないのだから仕方のない話なのだろう。だから探険では、お宝より冒険家の遺体を探したほうがよほど金になるとリットンも知人から聞いたことがあった。


「最近どこかの村に冒険野郎が来たなんて聞いてないし、もとは誰かの物だったとしても死人に宝石は必要ないでしょ」


 退屈な田舎では変わった余所者が来ればすぐに噂が広まる。


「死者の財産も取ってはいかん」

「爺さんは死者への冒涜って言うけどさ、それ冒険家の生き方に則った考えなわけ? 女神様の教えで最も優先されるのは“慢心せず、欲望に支配されず、且つ自己満足を探求すること”だろ。富と名声を求めた冒険家が道半ばで倒れたなら後進の礎にしてやることが供養じゃないの」


 そしてこの宝石もいつか誰かに巡る運命だった、その運命の相手が森を探検していたわたしだ!と良い話風にオチをつけようとする。


「むむっ……減らず口を……」

「そうした個人の生き方を無視した全体主義的な清廉さが毒となり蔓延したから、一度は人類が滅びかけたんだって聖書にも書いてある」


 幾百幾千と聖書を読み込んできたリットンだからこそ、天使から直接情報を得て女神が世界や人間に何を望んだのか根本的な部分に触れてくるラウラの言葉は否定しづらい。そこに付け込んでラウラは自信げに講釈を垂れる。


「死者を悼むことは尊い行為でも、全ての感情には多面性と発展性があーる。拒むより受け入れ未来に繋げる選択を優先すべきであーる」

「そうした教義の宗派もあるが……」


 片方の平手を上げ、もう片方の手を腹の前で寝かせ、ラウラがブッダスタイルと呼ぶ謎のポーズにリットンは唸る。

 ラウラはリットンがこの十数年相手にしてきた田舎の住人と違っていた。異様な学習能力の高さ、時折見せる高度な文化の下で育ったであろう教養、古言に縛られぬ教義の新しい解釈、一年間ともに暮らしても底の見えない様々な情報がリットンに多大な勘違いを抱かせていた。


「神は仰っている。寛容たれ、挑戦せよ。イエスは人生のパワーワード」

「待て、聖書にそんな言葉はない」

「……おっと、誤植を暗記してしまったかな」

「聖書に誤植があるかバカタレ」


 空言か誰かの猿真似でもしているか、深く考えずしゃべっているせいだろう、聞いたことのない変な言葉が混ざり出したところで、ようやくリットンが正気に戻った。


 しかし、記憶を持たない今のラウラに教えを説いても無駄だろうと説教は諦める。

 やる気のない高校教師と違い、敬虔な神父であるリットンが引くにはずいぶん早いとラウラは不思議に思う。実際には、ナルキ村の財政状況から、お金に換えられる宝石は喉から手が出るほど欲しいこともあったのかもしれない。

 翌日、村の男衆と畑仕事をしている時に、疑問の答えは明らかになった。




「リットン様、今年のお祭りは四人で聖都まで行くんですか?」

「いや儂だけ残る。近頃、腰の調子が悪くて長旅は控えようかと。迎えを呼ぶからラウラに頼むつもりじゃ」

「なんのはなし?」


 横を通りすぎる際に、偶然名前を呼ばれラウラが振り返る。


「あー、去年はまだラウラは村に来てなかったんだっけぇ」

「もうじき教国の聖都で祭があんだよ。もちろんこの村でも祭はやんけどな」

「今年はいつもより小さくするって聞いたべさ」

「教皇様もお体が良くないって聞ぐし、心配だなぁ」


 すっかり友人のように馴染んだラウラに男達が説明してくれる。

 もはや男達はラウラを少女とも女とも見ていなかったが、本人も自分が女だということは忘れている様で気にする者はいない。


 ミラルベル教において、一年の始まりは同時に夏の始まりでもある。雪が溶けて街道が通るようになれば、大陸各国から要人が集まり、教皇の下で一年の豊作と安全を祈る祝祭が行われる。

 辺境を巡り神の教えを伝えるリットンも、ミラルベル教における正式な階位は地区の補佐司教と大変高いものであり、この国の教会を預かる教区長の代わりに出席が義務づけられていた。


「今年は教皇選挙が行われるから挨拶を兼ねて教区長が出席するしのう、ラウラに報告書と今年の分の薬を届けてもらえばよいじゃろうて。それに――おい聞いておるのか!」


 リットンの鋭い視線が神事の話よりも芋の出来が気になっているラウラを捉える。

 教会のお使いでは、行く先々で説教をもらうせいで、ラウラは面倒事の気配を感じると無意識に話を聞き流す癖がついていた。


「……なんだっぺ? まだ都会の言葉に慣れてないから爺さんの早口だと聞き取れないっぺよ?」

「都合が悪くなると訛りをマネして誤魔化そうとするのはやめよといつも言うておろう! みなに失礼じゃ!」


 ゲンコツが落ちる。聖職者のモノとは思えないごつごつした硬い拳にラウラは頭を抱えてうずくまった。


「ぐおおお、でぃーぶいジジイめ」

「わけのわからん言葉をつかうな。ラウラ、罰として三人分の旅費もお前が稼げ」

「ちょっとふざけただけなっ……ん? あーはいはいそーゆーことね」


 ラウラは昨日のやり取りを思い出して、リットンが伝えたいことを理解した。

 自分が見ていないところで宝石を換金してこいと言っているのだ。


「爺さんの綺麗事は口だけで実利を取るとこ好きだぜ」

「うるさいわい、教えを守り切れんのは儂が未熟なだけよ」

「シェリルとマグナに対する反応と違いすぎじゃね?」


 愚痴りながら村長の家に向かう。今なら行商人が逗留している。町への帰りに便乗させてもらうついでに、色々な商品を扱う行商ならば、各商業ギルドで話しやすい人や有能な職人を紹介してくれる人を知っているだろうという当たりをつけてのことだ。

 ラウラが畑から姿を消すと、男達の顔が真面目なものに変わった。


「噂と言えば……行商から聞ぎました?」

「……ああ、厄介な賊が来ているらしいのう」


 例年より少し外れた時期に行商が訪ねてきた理由のひとつは、教会からリットンへの手紙を運ぶためだった。手紙には、山を越えた北の大国で義賊として暴れていた一団が近くに来ている、という警告が書かれていた。


「でも義賊って悪い貴族からお宝を奪って庶民に返すんだろ。正義の味方じゃないか」

「んならこの国には何しに来たんだべ」

「よその国には善人面して悪さするやづもいるってよ」

「都会はおっかねぇな」


 ナルキ村のある国は元々戦争から逃れてきた難民が多い。どこから来た難民にも快く土地を貸してしまう王族が上に立っているためか、貴族にもお人好しが多く、悪徳領主など噂にも聞かない国だ。隣国である神聖ミラルベル教国の庇護でどうにか成り立っている国。奪うものがあるとは思えない。


「この国では……子供を探しているらしい」

「こども? てーと、もしかして……」

「うむ、シェリルとマグナは祭の後もしばらく聖都に預けるつもりじゃ。ラウラはあのなりで大の男にも怯まぬし腕も立つ。二人を守ってくれるじゃろう」

「そういえば少し前からリットン様が稽古つけてまずよね、かなり本気で」

「んだ、あれでますますラウラが女の子に見えんくなった」

「ラウラが体を動かさんと眠れんと言うでな」


 数ヵ月前、リットンが夜中トイレへ行く途中、一人で鍛錬に励むラウラを見つけた。聞けば限界まで体を酷使しないと眠れない体質らしく、その時にラウラ本人から頼まれ、以降昼の空いている時間には座学だけでなく戦い方も教えている。


「……あっ、リットン様が残ってくれるのって村のためか」

「おめぇ気づくのおっせーな」

「うっせえよぉ」

「まぁ賊如きに後れを取るつもりはないが……」

「おや珍しい、昔は戦鬼と謳われたお人が弱音なんて」

「ふっ、ラウラにも似た事を言われたわ。いよいよ儂も歳かのう」


 リットンは険しい顔で青空に浮かぶまだら雲を眺めていた。

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