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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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08 目的を探れ!

 帝国棄民による転移者の誘拐と危険な魔導具の開発という事件が聖女により発表されてから、バンデーンは喜び勇んで聖都を出発した。見送りの市民たちが上げる声援の中、太陽の白光を眩しく反射する銀色の一団が大門をくぐり北の大地を目指す。


 派遣される聖騎士団、その規模およそ1000人。


 聖騎士団に所属する者は、神聖ミラルベル教国の外で生まれ育った者も多い。教国の下で女神様のために働きたいと大陸全土から出家した騎士や兵士が集まり、たゆまぬ使命感を糧に日々訓練を重ねている。その名誉に恥じぬ世界一の精鋭部隊である。

 故に、通常は大規模な賊や魔獣の討伐だろうと一度に出陣するのは100人程度だ。今回は儀仗隊や小荷駄隊で水増ししている様だとしても大所帯である。

 帝国への反逆に加担している帝国棄民がどれだけいるかの調査がまだ正確に出ていないというのに、それはもう大勢の聖騎士を引き連れ、神の軍勢と喧伝でもしているかのような有り様だった。




 一行はまず帝都へ向かい、ルパ帝国皇帝ヌルンクス八世へ謁見する。

 お偉いさんの顔合わせは伝手のある人間同士で勝手にやってくれ、とはラウラの弁だがそうもいかない。バンデーンによって話は進んでおり、聖騎士団が入国する許可は取れているが、代表となった聖女の挨拶も必要だと押し切られた。


 ただでさえ今は友人・油小路を帝国棄民に拉致されているとの報告が上がっている。

 面倒事が重なり、ピリピリした空気を醸しだすラウラ。

 おかげで出発した直後、聖騎士の行軍は道中ですれ違う人々に戦争を予感させる過剰な緊張を与えていた――だが最初に宿泊する都市の教会で、早くもその緊張は解けかかっていた。


「おうおうカス村さんよぉ。聖女様の下につくならお前が一番下っ端だかんなー。ちゃんとわかってっかー?」

「護衛も御用聞きも雑用も新入りのお主が率先してやるのだぞ」

「もちろんです。お二人とも、高校ではあまり話すこともありませんでしが、これからよろしくお願いします」

「ファーッ!? 聞きましたか観世さん、今の殊勝なお言葉。これカス村のニセモノだろ。そもそもアイツが敬語で話すとかありえねんだけど」

「だからカス村の頭では言語の習得に難があったということだろうよ」


 油小路への心配と焦りを逸らしている要因は、聖女の護衛として再会した三人の少年にあった。


 今回の転移者救出作戦を持ち出したのは枢機卿司教バンデーンだ。彼が遠征している聖騎士団全体の責任者でもある。

 聖女の護衛には、別任務を断ってついてきた巫女ポーネットに金剛寺、玄間という凄腕の強者が常に周囲を守っている。それでも、使徒座から借り受けた聖女に不測の事態があれば、責任はバンデーンへ向けられるだろう。遠からず訪れる教皇選挙に備えて功績を増やそうと北の帝国まで足を延ばそうというのに、それでは本末転倒だ。


 そこで、バンデーンにとっても最高戦力である幽村を聖女の護衛へと差し出してきたのだが――幽村が穏やかな聖職者になりきり抵抗をしてこないと見るや否や、金剛寺達は高校生時代に幽村を恐れていたことへの反動かマウントを取りにいったのだ。


「なぁなぁ、お前さんなんで入信なんてしたの。マジぜんぜん似合わないよ?」

「カルトの詐欺師でももっと上手くバケるぞ。やはり教会の力を使って神器を探すつもりなのか」


 ラウラから命じられている情報収集――幽村悟の目的を探るという命令に従いつつ、二人はうざったらしくからみ続ける。


「神器? ああ、こちらに来た時そんな話もありましたね。ですが違いますよ。私は救ってくださったバンデーン様にご恩を返し、心優しい彼らミラルベル教の在り方を学びたいと思っています。それだけなのです」


 幽村は一人で魔の森を脱出した後、地方教会を視察していたバンデーンに餓死しかかっていたところを拾われたらしい。

 高校では一匹狼の不良としてツッパってきた幽村は、自分に親切にしてくれる人間がいるなどと信じられなかった。しかし彼らの人となりを知るにつれ、人助けを当然のようにするのが彼らの本心であり、それは自分が触れたことのない尊い行いに見えたのだと言う。


「カンちゃん、信じられるぅー?」

「改心しようとしている者を疑うは、仏の道を歩む者として心苦しいが……はっきり言って、むりむりかたつむりなり」

「だよなー。だとしたら……あっ、女か! ほんとは女だろ。どこかの教会で気を引きたくなるようなかわいい子にでも会ったんだろ、なあ?」


 しかし、話はあくまで幽村の口から語られたもの。真実とは限らない。同じ転移者に対しては過去の悪評がついて回るせいで辛辣な言葉を浴びせられるだけだった。


「私を第一印象で判断せず、普通に接してくれるだけでもありがたかったのです。本当に彼らのような人間になりたいと憧れるほどに」

「そこはわかるよ。顔コエーもんカス村。最初ヤクザの倅だと思ったの覚えてる」

「人相の極悪さは変わっておらんがな。今も乙女ゲーに出てくる鬼畜眼鏡にしか見えんわ。がはははは」

「いやいや、この髪型はギャグマンガのキャラだろ。なんだよ七三って、ぎゃははは」


 バカ笑いを繰り返す金剛寺達を相手にしても、幽村は怒る様子もなく気まずそうにハンカチで汗を拭くだけだ。

 感情を見せない幽村への金剛寺達の態度がどんどんと大きくなっていく。




「うーん、キレさせて本音を引き出すのも手だけど、これはうざい……ちょいちょいオタクネタを混ぜてくるところもうざい……」

「ラウラさん、何してるんですの。お行儀が悪いですわよ」


 隣の部屋で缶詰にされている三人の会話を盗み聞きしていたラウラにポーネットが注意をする。


「もー、ポーさんはちゃんと窓の外を警戒をしててくださいよ」

「ほんとに監視なんているんですの? いつもの自意識過剰じゃありませんこと?」

「確かに視線を感じるんですぅ」


 思えば、ヨンロンを侮辱して逃げ回っていた頃から、ラウラは何者かに見られているような感覚を覚えていた。

 逃走中は不安に感じる心理状態からの錯覚だと流していたが、幽村との再会のタイミングを考えれば、以前より幽村が使徒座の調査をしていたとしても不思議はない。

 そして幽村本人が目立つように動いているのなら、幽村を隠れ蓑にして誰か協力者が影で動いているなども情報攪乱の定石だろう。ラウラは全方位へ注意深く警戒せねばならなかった。


「そう言えば、ポーさん本当にこっちに来て大丈夫だったんですか」

「人手が足りないと言っても、じき換毛期を迎える獣人さん達が仕事を放棄しているだけですから、ピリカさんとキナさんがしっかり働いてくれれば問題ありませんわ」

「獣人にも換毛期あるんだ……」

「冬はピリカさんの撫で心地が三割増しなのですわ!」


 ポーネットから教えられるどうでもいい情報を聞き流しながら、ラウラは三人が眠る深夜まで壁に張りついていた。






 翌朝、まだ教会内に濃い闇を残した早い時間。

 玄間と金剛寺はラウラの部屋へ密かに呼びされた。ポーネットと幽村はそれぞれ自分の部下と話があると言ってすでに出かけている。目的は、幽村がどういう意図で教会に潜り込んでいるかの確認だ。


「自分はたった今、重大な事に気づいてしまった」

「ああ、拙僧もだゲンゲン……この部屋は美女の残り香がする!」

「そんなんちゃうわハゲ!」


 玄間は鼻の穴をふくらめた金剛寺にツッコミを入れる。ひとつ咳払いを挟んで真剣な表情を返した。

 昨晩はラウラも隣室の会話を盗み聞きをしていたが、何か気づけなかった発見があったのかと期待が高まる。


「…………………いや、やっぱ言いづらいな」

「もったいぶるなですよ」

「んじゃ……ラウラ様はいつもそうやってりんごを剥いてから食べるんですか」

「はい? それどういう質問?」


 しかし、返ってきたのはまったく主旨の見えない問いだった。

 玄間が気になると言うのは、ラウラが食べようとしていた部屋に準備されていたウェルカムフルーツの残り物。しゅりしゅりと小気味良い音を立てていたラウラのナイフが止まる。


「番長は果物とか丸かじりしてるイメージしかなかったんだけど」

「だってほら、クチがちいさくなっちゃったから」


 玄間は、ちいさな口でりんごを頬張るパジャマ姿のラウラを見て頭を抱えた。


「うごおお……番長なのに……萌える……番長なのに……ダメだ、かわいいと思うな……」


 ちなみに、聖女専用法衣以外でラウラが持っている服は全てポーネットとメイアが買い与えた物である。今は大変かわいらしいひらひらした薄手のワンピース姿だ。

 玄間がラウラと再会してから四ヵ月以上経つも、未だに多々良双一とラウラの外見の差に苦しんでいるようだ。ぶつぶつと自分に言い聞かせるように玄間はテーブルに頭をぶつけている。


「よくわかりませんが日陰の住人は生きづらいんですね」

「オタクを日陰って言うな! ヘイトスピーチだぞ!」

「ロリコンを日陰っつったんですよ」

「ロリの自覚があったのだな」

「うっせ!」


 手加減のないちいさなコブシが金剛寺の顔面へ打ち込まれる。だが金剛寺は無駄に防御力が高い。ラウラも世界一の肉の壁と認めるほどだ。金剛寺はしてやったりとにやけ笑いを浮かべた。

 ラウラがコブシを中高一本拳に握り直す。狙いが頬から急所である人中へと変わったことを察すると、金剛寺もたまらず両手を上げて止まるように懇願する。


「せ、拙僧も気づいたことがあるのだが!」


 先程の玄間に劣らず、今度は金剛寺が真剣な顔になった。

 しかし、ラウラも夜に三人が話していた会話はほとんど聞き取れている。どうせ玄間と同じく下らない事なんだろうな、と半分白けた眼を向けつつ金剛寺の質問を許可する。


「で、なんでしょう」

「…………もしかして旅の間、ポーネット様と同衾しておるのか」

「なにぃっ!? いやそうじゃん、マジだ気づかなかった!」


 疑問を聞いた玄間も思わずカッと目を見開いた。

 もちろん同じ布団で寝ることはないが、今のラウラは女なのだから、同じ部屋で寝ることもあれば寝ぼけたポーネットに抱き枕にされたり、シスター達のあられもない姿を目にする機会もたくさんある。


「それはズルすぎんだろ! ダメだ、さすがに許せねぇ!」

「えっ、別にどうでもよくね? 女の裸が見たければ鏡見ればいいし、おっぱいだって自前の揉めるし……むしろ、この身体じゃ何もできなくて逆につらいことたくさんあるんですよ?」

「ふざけるなぁ! 成敗ぃいいいいぃ!」


 テーブルを弾き飛ばして金剛寺がラウラへ殴りかかった。

 決して小さな少女へ向けてはいけない致死性の殴打だ。


 ラウラはもらうわけにはいかない大ぶりの剛腕を避ける。

 そのまま、動きが素人の金剛寺よりも後ろから迫っていた玄間へ先に意識を向ける。

 技こそ達人だが力と精神は凡夫である玄間の攻撃は、金剛寺のものよりも温い。同じ技量さえあれば受け止められる。

 伸びてくる玄間の手を叩いて逸らし、ふくらはぎへカーフキックをお見舞いした。痛みに顔を歪めたところへ追撃に左手で目つぶしの虎爪――をフェイクにして右手の鉄槌でアゴを叩いた。

 玄間が崩れ落ちると同時に、ラウラを羽交い絞めしようとしていた金剛寺の肘を指を立てて掴む。武術では秘孔、経穴などと呼ばれる痛点の集中する場所だ。


「ぎぃあああああ放せええええ!」


 想定外の痛みに叫んだ金剛寺の指を捻った。更に喉仏を摘まんで、いつでも潰せるぞ、と脅しをおける。

 二人とも以前より暴力による力の差が開いていることを実感させられ、嫉妬で襲いかかった事を涙目で謝罪した。


「やれやれ、魔法を覚えてもザコすぎですねぇ。やーい、ざーこざーこ」

「くっ、これが絶対にわからせられないメスガキ……ッ」

「わたしにおかしな称号をつけるな!」


 床で土下座する金剛寺達の頭を叩いていると部屋の扉が開いた。


「えーと……何をいらっしゃるの。というか今よろしくて?」

「ふたりに教育を施してました」

「じゃあ、いいですわね」


 ラウラの返事を待たずにポーネットが幽村をつれて入ってくる。

 どうやらポーネットは、ラウラが転移者と直接絡んでいる時は注意やツッコミを放棄する事に決めたようだ。

 ラウラに視線を向けられると幽村は丁寧に頭を下げた。


「この方から頼みたい事があるそうですわ」

「はい。実は道中、立ち寄る教会で町民の治療をする許可をいただきたいのです」

「治療? ふざっ……………………あなたには医療の心得があるのですか?」


 幽村悟が人助けをするはずがない――という言葉が喉まで出かかったが、どうにか飲み込んだ。そして別の質問をすることで、ラウラは反射的に罵倒しそうになった態度を誤魔化した。


「医療は分かりませんが、私の魔法は“治癒魔法”ですので」

「自分から魔法を明かしたですと……? え、しかも治癒魔法!?」


 だが、それがラウラに更なる混乱をもたらすはめになったのだった。



 先日、眼の怪我で病院へ行ったところ、網膜剝離を起こしてもおかしくない状態だと診断されてしまいました。

 一応すぐに悪化はしないだろうと言われていますが、あまり眼精疲労など目に負担をかけるのも怖いので、状態が落ちつくまでしばらく誤字脱字のチェックが甘くなってしまうかもしれません。

 ご迷惑をおかけしますがご容赦ください。

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