07 マジでカス村くん?
「ギィヤアアー! 出たー、殺人鬼!」
幽村と共に現れたもう一人の男、幽村よりも高位の神官であろう白い法衣の男を連れて神殿へ帰還したところ、捕まっていた金剛寺が叫び声をあげた。
立ち入りを禁止されているにも関わらず、強引にヨンロン祭へ参加しようとしたせいで逮捕されたらしい。なお、一緒に来た玄間はどういう経緯か金剛寺の頭突きで治癒院送りになったとのこと。
「誰が殺人鬼ですか……お久しぶりですね、金剛寺君」
くいっと不服そうに伊達メガネを上げる幽村。
しかし幽村に驚いたのは、そこにいた使徒座の巫女やアヴィも同じだったようだ。
それもそのはず、幽村の顔はとても聖職者には見えない。
黒く痩せこけた頬。チアノーゼを疑う血色の悪い唇。今にも刃物を抜きそうな三白眼の鋭い目つき。真面目ぶっているのか髪型こそ昔のサラリーマン風に七三分けにしているが、スラムで顔役をしているゴロツキと見間違うほどである。
聖職者が見た目で人を判断するなどもっての外だとしても、人相には少なからずその人間の生き方が出る。第一印象で過剰に用心してしまうのも理解できる話だった。
「拙僧に“くん”と言ったか。こ、ここ金剛寺“くん”と? 誰だ貴様は」
「だから幽村ですよ」
「カス村は人をくん付けで呼んだりせぬ」
「本当ですって。2-Aでクラスメイトだった幽村悟です」
「ええ……ほんとうに、カス村なのか?」
金剛寺は、更に驚きの声を上げた。今話している相手が本当に幽村なのか徐々に自信がなくなってきたのだ。金剛寺の知る幽村悟は、間違ってもこんな丁寧で優しい言葉遣いなどする男ではなかった。
「あっ、さてはお主、頭が悪くて丁寧語しか覚えられなかったのだな」
金剛寺は、幽村がこの世界の言語を上手く覚えられなかったのだと判断した。
恐らく幽村は魔の森を単独で脱出した後、最初に教会の関係者に拾われて言葉を習った。そこで幽村の学習能力はキャパシティを越えたのだ。
これにはラウラも名推理だと心の中で相づちを打つ。
「サトルよ、すまぬが旧友との親交は後にしてもらえぬか」
「申し訳ございません、バンデーン様」
脱線した話を区切ったのは、幽村を引き連れた高位神官である。
その法衣には、一般の聖職者よりかなりふんだんに純白の布地が使われていた。司教クラスの権力者であることが読み取れる。それを加味しても、巫女達の様子から只者ではないとラウラは疑っていた。
「そんな偉い人なんですか」
「ファーレン教皇猊下の甥にあたる方ですわ」
「次期教皇候補の一人で枢機卿司教でもあります」
「なるほど、教皇の推しメンですね」
「せめて秘蔵っ子とか呼びましょうよ」
「オッサンにその呼び方はどうなんです? あの貫禄あるヒゲは50過ぎてますよ」
「だからって推しメンも変でしょ」
「そもそもヒゲで人を判別するのはおやめなさい」
「ポーさんだってカス村の顔を見て犯罪者だと思ったくせに」
「ぐぬぬ」
ひそひそと情報を集めれてみれば、そんな言葉が返ってきた。
「ところでヨンロン様はいづこへ?」
「食べ納めなの~、とハーシーさんのお店に行きましたわ。もしかしたら、中央区へは戻ってこないかもしれません」
「ああ、それはもう聞いたっけ」
「がびーん」
伝えるべき情報をラウラがすでに持っていることに気づいた金剛寺がマヌケ面で口を半開きにしていた。
精霊達との拝謁を喜ぶ言葉を長々と述べていたバンデーンの挨拶が終わり、しばらく小声で相談事をした後、渋い顔をしたアヴィが手を叩いた。招集された巫女達の視線が集まる。
苦虫を嚙み潰したような顔をしているのは、アヴィの両隣に座っているルディスとハンナも同様だった。自由都市同盟の新宗派立ち上げと独立よりも深刻な事件なのかと緊張が走る。
「戦争が起こるやもしれぬ」
「どうやらわたしにバカな嫌疑をかけて遊んでいる場合ではなさそうですね」
メイアが調子に乗ったラウラの頭をはたく。
「またか」
「またというと、また転移者のせいですか?」
「今回はかかわっていない、とも言い切れんが……また帝国棄民が蜂起しようとしているようなのじゃ」
隣の席に座るポーネットから、こぶしを握り締める様子が伝わってきた。
「帝国棄民?」
「私が生まれた頃の話ですね」
「メイアの……つまり、イネスとキスキルは鎮圧やら援助に参加したりしたんですか」
「そこまで年は離れていないぞ?」
ラウラはリットンの下で学んだ異世界現代史を思い出してた。
帝国棄民は大陸北部の雄であるルパ帝国内乱で生まれた言葉である。
その内乱は、先代皇帝ヌルンクス七世と帝国の衛星国、ラバリエ王国の姫の恋から始まった。
ラバリエの姫、幼くもその美しさは天上を知らず、出会う誰もを魅了する美姫として帝国でも有名であった。ヌルンクス七世もその噂に興味を持ち、ラバリエの姫を帝国へ招待する。
その時、皇帝は四十過ぎ、姫はまだ十二になったばかりだったが、二人はすぐに恋に落ちたという。とんとん拍子に婚姻の話は進み、半年と経たずに姫は皇帝の第三王妃になることが決まった。
しかし、帝国へ輿入れする道中で姫は忽然と姿を消した。
帝国は姫を隠したとしてラバリエ王国に激怒する。
だがラバリエ王国は姫を隠してなどいない。むしろ、ラバリエの国王は目に入れても痛くないほど可愛がっていた姫をどこへやったのかと帝国への怒りを露わにした。
姫が消えた場所はルパ帝国とラバリエ王国のちょうど国境上であり、両国から護衛の兵がついていた。そのせいか責任逃れの役人の証言が入り乱れてどちらの国も調査は遅々として進まない。やがて痺れを切らした皇帝は、力づくで姫を奪おうと王国へ宣戦布告をする。
ラバリエは人口五千の小国であり、たった二ヵ月で滅んでしまった。
だが実際には、戦争は避けられないと踏んだ国王が多くの国民を外へ逃がしたため、この噂は瞬く間に帝国全土へと広まる。
結局、姫は王国にはおらず、輿入れに旅立った日から行方知れずのままだった。
理不尽に王国を攻め滅ぼした皇帝を非難する声は広がり、今度はその非難の声を上げた領地が姫を隠していると疑いはじめた。姫を探すヌルンクス七世の高圧的な政治に反発した貴族により内乱が勃発する。
その後、一年と時を置かずに皇帝は病死するも、対立した貴族の領地や戦禍の中で見捨てられた不毛な土地の民が、帝国の恩恵を受けられない非国民として捨てられたのだった。
「あー……その人達って二年くらい前にも帝国で騒動起こしてませんでした? 義賊が暴れてたとか村の噂になってたような」
「うむ、あの辺りの土地は作物が育たなくてのぉ、帝国の援助がなければ生きてゆけぬ者が度々小競り合いを起こしていたのじゃが……民の面倒を見なかった帝都がその者達に帝国の一員として税を払えと要求したせいで、今回再び大きな火がついたようじゃ」
「魔導具の兵器研究はずっと以前から続けていたでしょうし、蜂起する理由を待っていた感もありますけどね……」
帝国棄民の大半は、痩せた土地で細々と生活をしている。
日々飢えを耐え凌ぎながら、現皇帝であるヌルンクス八世に不満を積もらせている。
「帝国にいる司教から報告があったのですが――」
ようやくバンデーンがアヴィの説明を引き継いで話に加わった。
ミラルベル教の教会は至る所に存在する。もちろん帝国にもだ。
帝国棄民のいる土地で施しと教育を与えている教会から、彼らが戦争のための魔導具を開発しているという報告と、その事態に気づいた帝国が軍の再編成を行っているとの情報が入った。そのため、バンデーンは使徒座へ協力を願いに訪れた。
「あくまで帝国の内乱だろう。帝国が民の虐殺でも始めぬ限り教国は手を出せんぞ。貴様の都合で介入するわけにはいかん」
神聖ミラルベル教国は世界で最も権力を持った国家だ。
だがその在り方は宗教国家であり、女神への信仰を広め、維持し、その御心へどうやったら沿えるかを探る巨大な研究機関である。
ファーレン教皇の体調が芳しくない現状で功績に焦る男の政治工作に手は貸せないと突っぱねる。
「……ルディス様、お言葉ですがキスキル殿を使徒座に引き抜かれてから、戒座の質が落ちているのではありませんか」
「なんだとっ!」
逆に言い返されたルディスが声を荒げた。
「そう言えば、戒座の調査ではまだ聖女様の記憶の手がかりも掴めていないとか」
「……そうだが?」
「我らは教皇様の指示で既に、数年前からラウラ様の行方を捜しているという者の確認が取れています。ラウラ様、どうやら貴女は魔の森の魔獣を狩っている中で一族とはぐれてしまったようですね。父上が心配して探していましたよ。ご息女は教国にいると各地の教会に伝令を出しておきましたので、近い内にお会いできるでしょう」
ラウラが驚き両手で顔を覆う。
バンデーンが影響力を持つ教会のいくつかで、ラウラという名の娘を探す色黒の男の話、三年ほど前からその男から話を聞いたことがあるという証言が上がってきたという。
「わ、わたしに……家族が?」
「ラウラさん、よかったですわね」
ポーネットは目に涙を溜めて、うつむき肩を震わすラウラを撫でる。
記憶喪失の身でありながら、ずっと一人で戦ってきた少女の背を慮るばかりだ。
「わたしは、ひとりじゃなかったんですね……パッパ……ぶっ、ふふ、ふひっ……」
「なんか泣き方が微妙に気持ち悪いですけど」
「こらメイア、なんてこと言うの!」
しかし、正解はメイアである。
ラウラは家族の存命を知って泣いてなどいない。
父親は今も元の世界で陽気に暮らしている。
だから必死に笑いを堪えているだけだ。
“報いの教会計画”が始動してからというもの、鮫島・輪島ペアの行動は早かった。
二人に課せられた第一の任務は、ラウラの過去を捏造すること。幸いなことに、鮫島はこの任務におあつらえ向きとも言える魔法、変身魔法を持っている。
鮫島は日本にいる時に映画で見た、色黒でラウラ似のラテン系イケメン俳優に化けると娘を探す父親のフリをして各地を巡った。
時には別の人物に変身、変装をして、その父親と思わしき男性と以前に会ったことがあるとも教会関係者へ吹聴する。
ラウラが書いたシナリオを、輪島が大陸の地図を見て、旅人の移動速度を計算しながら完璧なアリバイに調整する。火竜に変身して空を飛べる鮫島・輪島ペアの移動速度は教会には予測できない。
二人が短期間で作り上げた“ラウラの父親”と“父親から娘を探していると聞かされた大勢”の情報は、確かな信憑性をもってバンデーンの耳に届いていた。
「さて、話を戻しますが」
ラウラはにやけそうな顔を隠そうと下を向きながら耳を傾ける。
「最初は魔導具の開発に転移者を囲っていると報告がありまして……調査した所、このサトルが言うにはアブラコウジという少年が帝国棄民に捕まえられて利用されているという事が判明いたしました」
「アブラコウジ、その名は確か……」
「む? 拙僧に何用かな」
油小路巧はラウラの所属する裏料理部の部長にして2-Aのいじられ役。
金剛寺と玄間が教会へ教えた情報としては、魔の森の一部を焼き払った強力な火炎魔法の持ち主であるということだ。
「……救出は急務ですね」
「おお、聖女様も賛成してくださいますか」
火炎魔法――親のネグレクトにより寒い野外で暖を取るためにゴミを集めて放火していた提橋努、その心底から掬われた澱みのような願いにより生まれた魔法だとされる。故に、願いを形にしたというラウラ達の魔法だが、火炎魔法は純粋な望みとは言いにくい。
自由都市同盟での一件の後、輪島の予想では魔法の最終ポテンシャルは例外なく人間社会を崩壊させる力にまで到達する、とラウラは聞かされている。
そして中でも、拒絶の意志やトラウマ混じりの願望から生まれた魔法は途中で覚える呪文も攻撃的で危険なものが多いとも。
油小路という少年は気弱で心優しい食いしん坊だった。魔法を悪用するとは考えにくい。
だが提橋の自己分析によれば、火炎魔法には醜い物も燃やしてしまえば美しく温かい光になる、という気持ちが含まれている。悪意の下に捕らえられ、提橋が幼少期に溜め込んでいた暗い欲望に呑まれたとしたら、この世界でかつてない地獄が生まれるかもしれない。
「じゃがのう、今はヨンロン祭で各地の調査が遅れている状態じゃ。他にも転移者の起こしていると思われる事件はたくさんある。人手は割けんぞ」
「ええ、私が聖騎士団を連れて帝国へ向かいますので、旗頭として聖女様の協力のみお借りしたく存じます」
「巫女の護衛をつけたいとこじゃが……ふむぅ……」
アヴィは頭を悩ませる。
聖都の牢屋に入れている転移者の見張り、大陸各地で起きている異変、各務と同じく不思議な力で台頭してきた謎の人物と、使徒座が当たるべき事案は増え続けている。
戒座と宝座から実力者を借りられれば、と顔を見るがどちらも主力は自由都市同盟の後始末に追われているようだ。
「アヴィ様、わたしに提案があります」
「……言うてみい」
「金剛寺と玄間を使わせてください。転移者には転移者の力を以ってあたるべし!」
ラウラは力強くこぶしを掲げて応えた。
「はあ……事態が事態じゃし、それしかないかのう……」
アヴィも渋々といった態で了承する。
まだ問題があるとすれば、いきなり戦地へ連れて行かれることになった金剛寺が眼振を起こしてパニックになっていることだろうか。
「コンゴウジよ、すまぬが我らのために協力してくれぬか」
「拙僧は不殺が信条。戦争には手を貸せぬ。せ、拙僧は、ゲンゲンと違ってロリにお願いされてもNOと言える男でござるぅ」
「キャラぶれてますよ」
精霊アヴィも、背は小さいながら巫女達に負けず劣らずの美少女である。
アヴィが上目遣いで頼めば、女に耐性のないエロオタクで破戒僧の金剛寺の心は容易く揺れ動く。しかしそれでも、戦争に係わることには忌避感が勝るようだ。金剛寺は歯を食いしばって首を横へ振った。
「もう少し。アヴィ様、もう一押しです」
「そもそもわし、ロリじゃないのじゃが。もう1000才超えとるし、ほんとは媚びるの苦手なんじゃが」
「待った!」
と、アヴィの言葉を聞いた金剛寺が待ったをかけた。
小さくラウラだけを呼び寄せて小声で質問する。
「なんじゃいハゲ、聖女騎士団の活動は断れませんよ」
「騎士団設立の許可までは下りてなかろう……いやそんなことはどうでもいい。あのわらべは……否、アヴィ様はリアルひよこババアであらせられるのか」
「ひよこ?」
「ロリババアなのかと聞いているのだ」
「ああ、記録にある限りでも最低で500年は生きてるみたいですね」
「異世界……はじまったでござる」
「だから武士になっとるて」
金剛寺の顔つきが変わる。ラウラが見た事のない真剣な顔だ。
廃教会でラウラと戦った時よりも本気かもしれない。
金剛寺はアヴィの前に立つと、先程のラウラのようにこぶしを掲げた。
「我はアヴィ様に仕える僧兵。否、これより神兵となりて、あまねくこの世の悪を打ち倒さん!」
そして両腕を上げ、その場で受け身も取らず床に全身を投げ出した。
仏教の最敬礼、五体投地である。
困惑するアヴィを見兼ねたラウラが金剛寺を外へと引きずっていく。
詳細は再び集まって詰めるとして、早急に部隊編成と荷駄の準備をしてくるとバンデーンと幽村も神殿を出て行った。
「何を企んでいるか知らないけど、これで三対一。お前の好きにはさせねぇですよ、カス村」
バンデーンの影を踏む幽村の背に投げかけられた言葉は誰の耳にも届かなかった。




