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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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06 カス村くん?

 巫女は聖職者でありながら自身も信仰の対象となる。

 貴族でも、たとえ王族であっても望んでなれるものではない。

 聖人達の遺物。女神の力を宿した聖遺物に選ばれること。

 この試しを越えた者だけに許された資格なのだ。


 そんな相手であれば、巫女を神の代行者として崇める者も少なくない。

 故に、行き過ぎた崇拝が生む行き違いというものがある。


「我らミラルベル教では、みんなできるだけ早く結婚して子供を作りましょうね、と推奨しているわけで……その教義を巫女が破ってしまうのはどうかと思うわけで」

「仕方ないだろう! 元聖騎士で現役の巫女ともなれば、男はみんな一歩引いてしまうのだから!」


 聖域化された巫女と一般聖職者、一般教徒間における行き違い。

 稀に婚期を逃した巫女がいつまでも使徒座に居座ってしまう、という問題だ。


 この世界の人間は、女神ミラルベルの創造物であると伝えられている。

 そして、始まりの人類は欲という物を持たなかったとも。

 彼らは生物が持つべき種の保存本能すらも希薄であり、性行為を求めない人類は自然に絶滅の危機を迎えた。だからミラルベル教には「産めよ増やせよ」という結論に繋がる物語や教義がいくつもある。

 巫女の第一位ともなれば、その教義に背き続けるプレッシャーは相当なものだろう。使徒座最年長の叫びには悲痛が含まれていた。



「ハッ! もしかして――」


 ラウラは不意に気づいてしまった風に小さな手で口を隠した。

 ラウラが聖都に来る前に、巫女が全員招集されて新しく聖女を決める会議があった。その時、巫女の中で最も高い位にあったイネスだが、報告にあった貴志の能力の高さと異質さに対して自身の能力不足を認める形でラウラの聖女就任を認めた。

 今では、いち早く此度訪れた転移者の異常性に気づけたと評価されているが、当時の情報だけで得体の知れない少女に聖女の位を譲ったことは些か不自然でもある。


「アヴィが見つけた聖女候補、黒目黒髪地黒なシスター、そいつは教会で下に見られる外見、そんな女が聖女に就けば、きっと薄まる巫女への偏見、親しみやすい職場改革で行き遅れ女にも婚期到来、いぇあ! ……みたいなこと考えてました?」

「私が使徒座の名を貶すような判断をするものか! あとそのリズム取りながらしゃべるのはやめろ! むかつく!」


 イネスが若干食い気味に否定するも、ラウラは疑いに目を細めていた。明らかに挑発する目だ。


「……10………………11………………12…………」

「キスキル、何を数えている」

「報告書にあったのですが、ラウラが本気で何かを企んでいる時、視線を逸らさない、まばたきの回数が減る、という癖があるらしくて」


 指を立ててドラッグをキメたラッパーのようなポーズと顔芸をするラウラを、キスキルは異常なほど冷静に観察していた。

 キスキルが小声でゆっくりとカウントしている数字は、対面してからラウラがまばたきをした回数だ。通常、一分間にまばたきをする平均回数は約20回。対話が始まってからすでに3分以上経っているとすれば、報告にあったラウラの癖が出ていると判断できるほどに少ない。


「あえて挑発している……? 普段のふざけた態度も、まさかヨンロン様を侮辱したのもわざとか」

「何故そんなことをする」

「……イネス様は、ああゆう人間と会ったことがありませんか」

「あんな頭のイカレた小娘など他にいてたまるか」

「いえ、知り合いとかではなく聖務の関係で」


 元聖騎士で巫女の第一位イネス。

 元戒座審問官で巫女の第二位キスキル。

 二人の聖務は、他の巫女では対処しきれないレベルの犯罪者や危険思想の持ち主を捕らえて聖遺物を回収することだ。イネスはキスキルに尋ねられ、記憶にある事件の容疑者達とラウラを比較する。


「敵を求めている? 持て余した強大な力を発散する場を、自分の力を示すために相応しい相手を求めているのか。たとえ味方であっても」

「はい、私はそう予想します」


 それはキスキルが巫女として、過去に戒座の審問官として活動してきた経験からの答えだった。

 キスキルが過去に取り締まってきた罪人達の共通項は、力を与えられた者には力を使う義務があると感じていたこと。優れた力を持っている――即ち自分は神に選ばれし者、使命を与えられし者だ、と増長するのだ。そうした人間達とラウラが似ているとキスキルは感じていた。


 まるで力を誇示したがる戦闘狂、もしくは利己的な権威主義者だ。


 イネスはキスキルの懸念を聞いて、若干頬を引きつらせる。

 仮にも聖女として認められた少女に対するには、あまりな物言いだったので仕方がない。彼女は能力だけでなく優しく真面目な人格まで評価されてきたからこそ、長年巫女第一位の座を任されているのだから。



「後半はやや見当違いですが……なるほど言われてみれば、敵を求めているというのはわたしの目的に通ずる所があります。わたしが無意識にいろいろやらかす理由はそこにあったのかも……」


 一方、ラウラは拍手で応えていた。


 キスキルの指摘する反社会性パーソナリティ。

 ラウラにそうした面がないとは否定できない。

 国家の法律や宗教の教義といった巨大なルールを軽視し、人間の生物としての能力や物理法則にまで拒絶を示し、“報いの教会計画”という神器による世界の改変まで打ち立てたのだ。むしろその最たるものだといえる。

 しかしそれでも、単純な力の発散などラウラにとっては子供の頃に通り過ぎた道だ。キスキルの指摘は的外れも甚だしい。


「力の誇示が目的でないのならなんだ。これまでの事件への対応で、お前が年齢に見合わない能力を有しているのは分かっている。聖女として何を為すつもりだ」

「さぁ~、わたしは何をするつもりなんでしょう~」


 ラウラが変顔で舌を出す。

 安い挑発だとわかっていても、イネスとキスキルの白い肌にはち切れそうな青筋が浮かび上がった。


「まあ簡単に言うなら、この世で最も大きな正義を為す、ですかね」

「最も大きな正義だと? お前のような小娘が、正義が何かわかっているとでも言うのか。正義は人の数だけあるのだぞ」

「なはははー! もしかしてこのわたしに、人は誰もがそれぞれ違う正義を持っているだとか、何が正しいかは人や立場で変わるだとか、子供でも分かる論理を説くつもりですか。…………まいったな」


 イネスの言葉は聖職者らしい返しではあったが、ラウラにとっては不満を強く抱く言葉であったようだ。大きな笑い声が響く。しかし、その声に愉快さはまったくなかった。


「立場ある人間が自分の正義を疑うな。絶対不変の正義を持ち、自分の正義こそが何よりも正しいと断じる覚悟がないのなら巫女になんてなるな。善悪を明確に語れないのは聖職者として不完全な半端者でしかない…………ということで、少し気が変わりました」


 これまで逃げ道を探して意識が外へ向いていたラウラだったが、初めて真っすぐにイネスとキスキルへ体を向けた。


「……なんだ、もう逃げないのか」

「ちょいと忘れ物があったことに気づきまして」


 眉をひそめる年上の巫女にラウラはつけ加える。


「テストですよ、あなた方のテスト。巫女として十分な資質があるかどうか量られるべきは、わたしではなくあなた達です」


 ラウラはミラルベル教という組織の力を利用したいと考えている。ミラルベル教の権威が落ちれば、今後の計画に支障が出るかもしれない。自分以外の巫女が転移者に後れを取ってもらっては困るのだ。

 ラウラは既に何人もの転移者を倒し、成果を示してきた。だが、他の巫女だけで転移者を捕らえられた事件はまだひとつもない。第一位、第二位という立場の人間が、心の未熟さや能力の低さを持った人間では状況的に好ましくない。


「実働部隊トップの実力を見せてもらいましょうか。二対一であなた方を懲らしめれば、わたしの必要性を再確認してもらえるってのも簡単な方法で魅力的ですしね」


 それまでふざけた態度を取っていた少女の目つきが変わったと同時に、キスキルは白い鎖を両手で握りしめ、イネスは抜剣していた。


「お前の聖遺物は精神に作用するタイプだろう。舐めるな!」


 キスキルが聖遺物“導きの鎖”を振り上げた。先端についた拳大の南京錠を分銅代わりに遠心力を生み出す。ラウラの体を絡め取ろうと加速した鎖が飛翔する。

 重りのついた頑丈な鎖だ。単純に勢いをつけて巻きつくだけでも、打撲では済まないかもしれない。下手をすれば皮膚は裂け骨が砕ける。

 それだけの破壊力を持った武器だが、ラウラは恐れず軌道を正確に読んでいた。しゃがんで避けると靴の先端を軽く引っかけて鎖が回転する支点にした。そして、支点となった場所を掴み引っ張る。

 鎖はキスキルの想定していなかった形で波を打ち、振動でその手を弾く。ラウラはそのまま鞭使いのごとく華麗に鎖を奪ってみせた。


「なっ、キスキルから鎖を奪っただと!? どうした、聖遺物を使われたのか!」

「いえ……」


 聖遺物を盗られたキスキルは呆然と己の手をみる。


「ただの技術ですよー」

「バケモノか。一体どれほど鍛錬を積めばそんな芸当ができる」

「人類史上最高にして未来永劫並び立つ者すら現れないであろう格闘技の大天才、それがわたしです! ひゃっはー!」


 鎖を両手に荒ぶる鷹のポーズをキメるラウラ。

 相変わらずふざけた態度ではあるが、あながちその言葉は大風呂敷を広げたものと思えなかった。キスキルの鎖を初見で避けるどころか、技だけで正面から奪ってのける人間など、これまで一人としていなかったのだから。

 聖遺物の有無など関係なく、目の前の少女が恐るべき存在だと気づきはじめたイネス達の額に冷たい汗が浮かびだす。


「キスキルは修行不足で不合格……次はイネスの番で、ん?」


 能力を使えなくとも、物理的に破壊の難しい聖遺物はどんな形状でも強力な武具になりうる。しかし、今度は奪った鎖でイネスの聖剣と対峙しようとするも、突然手から鎖の感触が抜け落ちた。鎖は砂となりその行き先を見れば、キスキルの手に戻ると鎖の形に再構築された。


「なにそれずっる」

「普通に捕らえることは難しいようです。聖遺物を解放させていただきます」

「待て、流石に鎖の能力を聖女に使えば問題となる……次は私がやろう」


 奪えない武器という卑怯な存在に唇をとがらせて抗議するラウラを余所に、次はイネスが聖剣を構える。


 元聖騎士が握る聖剣。

 警戒して目を凝らしてみる。すると、その剣の異様さは一目で見て取れた。

 美しい。キラキラと光の波が揺らめいている。そして、目が眩みそうな真白な剣身には刃がない。厚みがあり、剣というよりも中国武術で使われる硬鞭に近いだろう。

 刃引きされたわけではなさそうだ。初めから物を斬るために打たれた剣とは別の物。神聖な儀式に用いられる儀仗と言われれば納得できる。


「刃がついてませんけど、ただの鈍器?」

「この聖剣を取った日から、私は白兵戦で負けたことはないぞ」

「へぇ~……それでその剣の銘は何て言うのですか?」

「私が貴様を認めた時に教えてやろう」


 白き聖剣に映る波がゆらゆらと模様を変える。

 イネスの姿が視界から消えた――と同時に、ラウラは左から来る衝撃で壁まで弾き飛ばされた。咄嗟に横へ跳び腕で防ぎはしたが、完全に衝撃を殺す受け方をする余裕はなかった。腕越しに打ちつけた頭をぶんぶんと振って思考を仕切り直す。


 世界一の格闘技の天才を謳うラウラにとって、警戒状態からまともに頭部へ打撃を喰らうなど初めての経験だった。悔しさで顔が歪む。

 だが一撃でラウラの意識を奪うつもりだったイネスの顔は、それ以上の驚愕に染まっていた。


 イネスが持つ聖剣、その銘を“門を叩く者”という。

 しかし、その能力だけでなく、その銘も本来は秘匿されている。

 なぜなら聖剣は、大昔の転移者が女神ミラルベルとの邂逅を求めて創造した次元を渡るための聖遺物だからだ。


 ただ、その転移者は女神へと至る神気を溜める前に寿命が尽きた。現在でも、正規の所有者である転移者と同等以上に聖剣と適合した者はいない。せいぜいが聖剣の力を引き出せても一割と言われている。神との邂逅を可能にすると伝わる聖遺物。その目的が果たされる日は未だ来ない。


「なぜ、だ……聖剣の能力を伝承する書物は全て回収して封印管理されている。どこで知った? ……貴様、本当に何者だ?」

「だから格闘技の大天才ですって。筋肉の緊張具合から次にどういう攻撃をしてくる可能性があるかぐらいわかるでしょ」

「……無理だろ。空間を跳ぶんだぞ、常人の発想にあるはずがない」

「言っときますけど、もっと思考を柔軟にしないと転移者は捕まえられませんよ。たぶん、イネスと同じ事できる奴もいるだろうし」


 軽々と答えるラウラでも、内心はかなり焦っていた。

 マンガやゲームといったファンタジーの溢れる日本で暮らしてラウラにとっては想像のつく能力だったからどうにか防げただけだ。実際は、身体能力と格闘技能だけで空間跳躍を使う相手に勝つなんて不可能に近い。

 しかも、空間に作用する力の本質を考えると、物質的な強度や重さが抵抗にならない可能性すらある。もしも、距離を無視して万物を切断できるなどの能力まで引き出せる適合者がいたならば、魔法を使うラウラ達今回の転移者も容易に殺せる兵器となり得る。


(力を見るだけのつもりだったけど、イネスだけはマジに退場してもらうべきかも)


 巫女の立場を引退してもらうには、聖剣を握れないようにする必要がある。

 聖都には巫女ユラ・レスト・テレスラーダの治癒能力を持った聖遺物が確認されているため、時間をかければ複雑骨折や神経障害でも治療できてしまう。となれば、相当な痛手を負わせて二度と戦えないように心を折る必要があるわけだが――やりすぎると聖女としての正当性を疑われてしまう。


(……無理ゲーだな。今よりも使い熟せる様になるなら誰かに魔法で盗ませよ)


 イネスとキスキルは、まだ聖遺物の力を見せていないラウラに警戒心を強める。だが当の本人は既に用は済ませたと判断し、再び逃げるルートを探していた。

 ラウラは眼力だけでイネス達を一瞬威圧して身体を硬直させると、そのまま振り返って後方へと逃げ出した。


「さらばです、姉さん方。ヨンロン様が旅立ったらまた会いましょう」

「アッ!? おい待て!」


 ラウラは体を使う競技は全て得意だ。そこにはマラソンやパルクールも含まれる。

 飛んでくる鎖と聖剣の持続力に注意を払いつつ、建物や壁を越えて逃げれば別の隠れ家まで一直線、となるはずだったのだが、


「わははは、待てと言われて待つバカがいるかぃタッ!? なんだ!」


 体が何かに当たって尻餅をついた。

 前を向くがぶつかったはずの物体は何もない。いや、見えない。

 膝をついたまま手で押そうとすると透明な壁がある。

 温度のないガラスの壁のようなモノが確かにラウラの行く手を阻んでいた。


「聖剣で空間を断絶させた? んにゃ、それだと透明じゃなくて闇にならないのはおかしいか。奥の景色が見えてる以上、光は届いてるし……」


 これもイネスの力なのか――と振り向くと、イネスとキスキルはラウラが曲がった角とは逆方向を見て厳しい表情をしていた。明らかに戦闘態勢を継続している。


「巫女のイネス様とキスキル様ではありませんか。事情は分かりませんが苦戦しておられる様子。よろしければ、この私めが助力いたしますが」


 雰囲気は柔らかなのに、どこか不安を掻き立てる声だった。

 そしてラウラにとっては聞き覚えのある声。

 ラウラは慌てて起き上がり、バク転でイネスとキスキルの間に立った。余裕のある笑みを落として真顔になったラウラに合わせ、二人も聖遺物を向ける相手を変える。


「おや? あなた方は争っていたのでは?」

「ラウラ、この者を知っているのか」

「……玄間に描かせた似顔絵にあったでしょう。転移者の幽村って男ですよ」

「おおっ、使徒座の方が私の名を存じていてくださるとは、光栄でございます」


 男は顔をほころばせて恭しく頭を垂れた。

 少しだけ白い布地を使われた黒の法衣に、以前はつけていなかった伊達メガネ。そして、極めつけに違うのは、記憶の中にいる典型的なキレやすいヤンキーとは似ても似つかぬ丁寧な言葉遣い。

 しかし、現れたのはラウラの知る男で間違いない。

 多々良双一を宿敵として幾度もケンカを吹っかけてきた不良、幽村悟だった。

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