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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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76/119

05 禁句

「ひぃ、ひぃ……お、おねがいします。自分でよろしければ、せ、聖女様に協力、させてください……」

「ふむ、埋めてから10分持ちませんでしたね。威勢だけの根性なしです」

「はとぼっちマジダサ坊」


 ラウラが砂時計を回収すると、隣の牢の住人が壁越しにバカにするような笑い声をあげた。

 地面に埋められてからものの数分で泣きながら協力を申し出たのは、二人にとっても予想外だったようだ。しかし、呆れた声で言われて恥ずかしくなったか、鳩山は顔も見えない隣人へ怒鳴り返す。


「お前だって叫ぶキャベツ事件覚えてるだろ! あれに水責めまで追加されて耐えられるヤツいるかよ!」


 ラウラの手には、先程まで鳩山の顔にかけられていた濡れタオル。足元には水を入れた桶と拷問道具らしきものが用意されていた。抵抗すれば、より悲惨な未来が訪れることは明白だった。


「バカお前、それ口外するなって言われてんだろ。番長は異世界だろうが絶対に報復しに来るからな。キャベツの次はカカシかハングドマンにされるぞ」


 カカシは文字通り、キャベツとは別の畑荒らしが全身にハチミツと鳥の餌を塗られ全裸で磔にされた事件。ハングドマンは、とある不良が校章旗をあげる掲揚台に逆さ吊りにされた事件だ。

 かなり危険性の高い事件として捜査されたが犯人は捕まっていない。

 言わずもがな、喧嘩を売られたラウラの犯行である。


「ははーん? 安は聞いてないんだな。番長は聖都にいない、教国への誘いを断って逃げたってよ。それに獣化した状態なら番長とでもいい勝負できたし。つーか、異世界来て魔法の力まで手に入れたってのに、いつまでビビってんだ」


 番長と付き合いがほとんどない鳩山の強がりに、安がまたふき出した。


「これだからUFOばっかり追いかけてるヤツは……番長の怖さを知らなくてうらやましいね」

「てか実際勝てそうだったし」

「あのなー、番長は首を切り落としてから頭と心臓を潰して、死体を焼いた上で遺灰をお祓いしないと死なねぇんだぞ」

「マジかよ、バケモンじゃん」

「はいはい無駄話やめい」


 手を叩く音がじめじめした地下牢獄に反響する。二人はびくりと身体を震わせた。鳩山はまだ埋められたままだが、恐怖で濁った視線だけで聖女の機嫌を窺っている。


 安と鳩山は、目の前の少女が多々良双一だとは気づいていない。どちらも自由都市同盟で、鮫島が変化した偽物の多々良双一を聖女ラウラと同時に目撃しているからだ。

 それでも過剰に怯えているのは、無意識の部分でかつて恐怖した男の面影を感じているのかもしれない。



「ですが、聖女様が拷問なんてするから話が逸れたのでは」

「わたしが悪いとでも?」

「いえ、私は貴女様の忠実なしもべです、ごめんなさい」

「まったく……だいたい魔法レベル3とか4までしか到達してないくせに、魔法の影響を受けすぎです。おまえ達は心が弱い上に願望まで弱いから、簡単に精神を乗っ取られるんですよ、なさけない」


 ラウラの指摘を受けて鳩山は不満そうな顔をするが、


「まーこれ以上負け犬をイジメても時間の無駄なので本題に入りましょう」


 と、余計な反論が飛んでくる前に鳩山への頼み事を切り出した。


 ラウラの望みは、精霊に探りを入れることだ。

 アヴィ、ルディス、ハンナの三柱は広く知られているように仲が悪い。

 転移者が問題を起こしはじめてからは顔を合わせる機会も増えているようだが、本来は用事もなくお茶会を開くような間柄ではない。今でも精霊達の集まりがある時には、重要な案件が生じている。


 そして、現在ラウラが使える手持ちの駒の中で、情報を盗むことに最も優れているのが鳩山の“動物魔法”だった。

 動物魔法は動物と会話ができる。

 それだけでなく、鳴き声以外でもコミュニケーションを取る動物とも意思疎通を可能にするためにテレパシーまで使えるのだ。



「ここに部下のペットのハムスターがいます。これを指定する部屋に侵入させ、会話を盗み聞きさせるのです」

「めちゃくちゃ噛まれてますけど、痛くないんですか」


 ポケットから出されたハムスターがラウラの指にかみついていた。

 しかし、ラウラに目つきだけで凄まれると、その手から脱出して地面に頭だけ生やした状態の鳩山に抱き着いた。


「おーよちよち、こわかったねぇ」


 動物魔法の呪文の中に、神気を保持し続ける限り効果が永続するものがあるのだろう。鳩山は新しく呪文を唱え直さなくても、動物に好かれ、動物と会話が出来る様だった。


「ごめんねーハムちゃん。ぼくは今このこわーい女の子に人としての尊厳を奪われそうになってるんだ。だけどもし君が言うことを聞いてくれるなら、ぼくは助かるかもしれない。お願いだ、どうかぼくの力になってくれないかい」


 鳩山が気色の悪い口調で話しかける。

 ラウラと安は笑うのを必死にこらえているが、語りかけられているポーネットのハムスターは非常に沈痛な面持ちだ。死地にいる友を救いに行く軍人が如く直立不動の姿勢で鳩山に敬礼をして、猛スピードで牢獄を出て行った。


「……魔法で干渉した動物の能力を上げられる、のか?」


 鳩山とハムスターのやり取りを見て、ラウラはもっと良い利用法がないか考える。

 そのまま思索の海に沈んでいると鳩山がハムスターからテレパシーを受信した。鳩山はハムスターの聞いている会話をリアルタイムで話しはじめる。




『この菓子は美味いな。たい焼きと言ったか、クリームとは違った自然な甘みだ……ハンナはどこで買ったのだ?』

『生意気な妹たちの相手をして疲れた心が癒されるのじゃー。これからは毎回ちゃんとこういう差し入れを持ってくるのじゃぞ』

『ヨンロンが持たせてくれたのよ。アヴィに手土産なんてあるわけないのよ』

『なんじゃとー! もっと姉を敬わんか、むきー!』

『そもそも顕現したのが数秒早かっただけだろうが。姉でも何でもないわ』


 声色を変えて器用にひとり芝居をする鳩山が小突かれる。


「これさぁ…………もう会議終わって団らんになってねえか、オイ」

「いたいっス!」


 鳩山が最初から快く協力していれば、とラウラの口調は怒りで素に戻っていた。


『でもこのお菓子が問題なのよー』


 ハムスターの見ている光景――どういうことかの?と童女のように首を傾げたアヴィのものまねまでしてくる鳩山に、ラウラが「きもい」と呟く。


『販売してる店の主が新婚旅行に出るから、しばらく聖都からいなくなるらしいのよ。それでヨンロンも明日にはその人について出て行くって言ってるのよ』

『……今回は時間切れか』

『これでラウラの件はまた保留じゃな。ざまぁーなのじゃ』

『うるさい! アヴィはもっとまじめに考えろ!』

『ルディスがラウラを叩くのは、位階を下げさせて戒座に引き抜きたいからじゃろ。その手には乗りゃん』


 あと一日でヨンロンが聖都からいなくなる。

 朗報にラウラは頬を緩ませた。

 鳩山が「安と違って使える男でしょう」といやらしい笑みを向けてくるが、それは無視だ。


 ルディスとハンナが席を立とうとする。

 今回はあまり実りのある話を聞けなかった。求めていたのはヨンロンの動向ではなく、精霊という存在を理解するためのヒントだ。

 反面、動物魔法の有用性が示されたのも事実。これからは鳩山を使ってたまに情報収集をしよう――と決めて地下牢から出ようとしたところで、鳩山がラウラを呼び止める。


 何かの報告を持って誰かが部屋に入ってきたらしい。

 自分の足取りを掴まれたか。

 一瞬、ラウラが身構えるも話は別の件らしかった。



『うーむ、少し前から思っていたのじゃがな……』

『どうした、この転移者は処刑するか。流石に邪教の祖は容認できん』

『異世界人はミラルベル様の子供じゃないから気を遣う必要もないのよ』

『いや、それこそがあやつ……アザナエルの狙いだったのではないかと思うてのぅ』


 報告は別の転移者、各務蓮也のことだった。鳩山の表情が真剣なものに変わる。

 ラウラもアザナエルという名に反応して一言一句を聞き逃すまいと息を潜めた。


『やつは天界に残っておるじゃろ。ということは地上全てが見えているはずじゃ』

『その割に“天空の教会”はやることが杜撰だったのよ? クスイを合流させたなら、もっと上手い助言ができたはずなのよ』

『わざと、か。だが、ヤツとてミラルベル様の御名を貶める真似はせんだろ』


 アヴィの言葉で何かを悩みはじめたルディス達と同時に、ラウラも頭をひねり出した。

 しかし、持っている情報が少ないせいで、ラウラには精霊達が何を疑っているのか想像できなかった。


『今のヤツは地上が見えていない?』

『正確には、ごく一部しか見えていない、だと思うのよ』

『じゃな。恐らくあやつの視点は“天啓魔法”とやらに捕らわれている。“天啓魔法”があるせいで、他の転移者にコンタクトも取れない。女神様の力による呪縛じゃ、どうにもできまいて』

『でも魔法の所有者が死ねばきっと解除されるのよ』

『天使に殺人は許可されていない。つまり、カガミに巻き込まれる形でクスイを処理させたかったのか』


 そこまでを口にして、鳩山が突然震えだした。


「て、てて、てんてんてて天使たまが……おれたちを裏切った? 委員長と楠井を処分しようとちてるらって……なになにないを言っているんだい、この子だちは」

「はとぼっちがバグったー」

「安! 茶化すな黙ってなさい!」

「さーせん」


 ラウラがバグった鳩山の頭を叩く。

 さながら接続の悪い古い電化製品を直すようなやり方だ。そんな方法で鳩山は直らない。


 オカルトオタクである鳩山にとって、女神や天使という存在は、ようやく出会えた非現実の存在。逆らう事のできない至高の存在である。

 そしてなにより、魔法という超常の力を与えてくれた相手でもある。

 宗教による信仰とは違う方向であるにしろ、そこにある感謝や尊ぶ気持ちは、敬虔なミラルベル教徒と何ら遜色がない。


 その尊き御方である天使アザナエルが、邪魔な異世界人の暗殺を企んでいると聞き、思考の処理能力を越えてしまったようだ。鳩山は壊れたバブルヘッド人形のようにカタコトで盗聴を続ける。



『まったく、女神様の御心に逆らい神器と成るを拒んだ者、我ら天使の面汚しよ』

『待てその話は……むっ!? わしの最後のたい焼きを食べたのは誰じゃ!』

『我ではないぞ、そこのネズミだ』

『ねず……? どうしてここにポーネットのハムスターがおる?』

『そのハムスター、少しだけど神気をまとってるのよ』

『確かハトヤマという輩が動物を使役する力を……ラウラかッ』


 ルディスが慌てて部屋の扉を開けた。


『第二地下牢だ。巫女を、いや、ちょうどよい所にいた。イネスとキスキル、急げ』

『こりゃ、わしの巫女に勝手に命令を出すでない』


「やべ見つかった! ってなんで盗み食いなんてさせてんですか!」

「ハムちゃんがお腹空いたって言うから」

「このあほー!」


 使徒座の管理区画内といっても、神殿から指示が出てこの地下牢まで最低でも10分は必要だ。今であれば、あと一日姿を眩ませることでヨンロンが幹事となる査問委員会はやり過ごせる。

 ラウラは牢屋の鍵を閉める。地下から出してくれと叫ぶ鳩山と安を置いて地上へ戻った。


 牢獄の看守達は皆、ラウラに締め落とされるか、博士の調合した薬物によって昏倒させられている。残りはせいぜい入り口の門番しかいない。そう思って最後の扉を開いた――が、そこには既に巫女の序列第一位のイネスと第二位のキスキルが待ち受けていた。

 ラウラが牢屋から外へ上がるまで、2分程しか経過していない。対応が早すぎる。それは恐らく、ラウラが知らないイネスの聖遺物の能力に関係しているのだろうと舌を鳴らした。



 ラウラはどうやって逃げるか、二人の様子を窺う。

 全ての聖遺物の特徴を知るのは、精霊アヴィのみであり、ラウラも共に任務にあたったことのある相手の物しか知らない。


 キスキルの聖遺物は“導きの鎖”と呼ばれるもの。その名の通り鎖の形をしている。調べがついている範囲では、最初の所有者である転生者は、元の世界で裁判官をしていたということ。キスキルは罪人を尋問することが得意だという程度しか理解していない。


 序列第一位のイネスに至っては、聖遺物の名前さえ不明だ。

 当人が過去に最年少で聖騎士団の隊長を務めていたこと。聖遺物が剣の形をしていることしかラウラも知らされていない。


「今更下積みからやらされるのも、戒座に移籍させられるのもなぁ……」

「一度、誰にも聞かれない所でお前と話がしたかった」

「お前は何を以って聖女になろうと思った。聖女という地位で何を為すつもりなのだ」


 ぼやくラウラに問いがかけられる。


「前の査問会で同じことを聞かれたような?」

「私の眼を見て私に直接説明してみせろ」


 聖女に就任してから三ヵ月近く経っているが、ラウラとイネス達の間にはあまり交流がなかった。使徒座の司令塔をアヴィとすれば、二人は現場の指揮官だ。巫女から聖女へ対する印象を良くしようというなら、イネスとキスキルの二人を懐柔することが最も効率的だといえる。つまり、相手が対話を求めるのであれば、こちらも望むところという訳だ。

 しかし、異世界人にはラウラの思想を理解する“科学”という思考基盤がないため、何をどう話せばいいのか、ラウラも頭を悩ませてしまう。


「んー……わたしの考えは非常に先進的なので、おばさん達に話したところで理解できるかなぁ」

「おばっ!?」

「私達はまだ二十代だ、訂正しろ小娘!」

「えっ? わたし、なにか気に障ること言っちゃいました?」


 二人の手の中にある聖遺物がぎりりと鈍い音と共に握られる。


「キスキル、問答は不要だったようだ…………シメ上げて連行しよう」

「はい、イネス様」


 ラウラは秘密に決めた事以外、思ったことを口にしてしまうため、話し合いはスタートからクライマックスを迎えようとしていた。

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