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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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04 牢屋の住人

 ユーザーページアプデされて小説書きにくくなったなぁ。

「無知は罪である。しかして無恥は救いである 愛の教会メイア・バルテル」

「どうしたんですの突然」

「いえなんとなく、どうせラウラちゃんのことだから、ヨンロンさまがすぐ忘れてくれると思ってるんだろうなぁーって」


 メイアとポーネットは侵入者の二人組を縛り上げてから、どうするかを相談していた。

 ラウラが姿を消してから時間を置かず、事前に怪しいと思われる個所には巫女がペアで見張りをしているが、どこも使われた形跡はない。ラウラはまだ聖地内に潜伏していると予想できた。


「何百年も生きてるだけあって人間より記憶力はいいのですけど。まあ、当人はもうどうでもよさそうですし、ある意味では当たっているとも言えますか」

「それでも私達で先に捕まえないと……イネス様と鬼教官がやる気出してるし」

「お主らに聖女様は捕えられんだろうがね」


 くくく、と金剛寺は喉を鳴らす。

 急ぎの伝言があるといいながら妙に嫌味ったらしい何やら知った風な態度にメイア達は顔をしかめる。


「縛られてるくせに偉そうですね」

「わたくし達ではラウラさんを捕まえられないと?」

「聖女様にはな、3つの顔があるのだよ」

「顔?」

「本気になったあの御方は誰にも捕まえられんよ」


 ポーネットからラウラが追われている理由を聞き、ラウラが本気で逃げはじめていると金剛寺には確信があった。


 ラウラは県下一の不良高校でも稀に見る問題児だった。

 クズを見つければ反省するまでシメ上げ、バカを見つければ学習するまで指をささずにはいられない。相手が誰だろうがぶちのめす。

 自分にとっての意義を見い出せなければ法律すら守らない。唯我独尊にして頭で考える前に身体と舌が動く。我慢をしない。とにかく自分が最高最優先。過去の多々良双一とはそういう男だった。

 しかし、一度本気になると、ふざけた態度の奥に、突然別の生き物に変わったかと思うほどの思慮深さをみせる。



「まったくもって面倒なおと……お、お、おひとよ」

「……なんだろ、私達よりラウラちゃんとの付き合いは短いはずなのに、なんでそんな詳しいんですか。ストーカーみたいでちょっと気持ち悪い」

「それは単に貴志が言っ「ゲンゲン蚊ァ!」」


 ドゴンッッッ!と雷が落ちたと思うほどの音に気づいた時には、玄間は頬に頭突きを喰らい地面へ倒されていた。


「危なかったな、蚊に刺されるところだったぞ。どうした、ゲンゲン?」

「……きゅ、きゅうきゅうしゃ」

「ここにそんなものあると思うか?」


 玄間が気を失う。

 白目で痙攣している姿を見て、余計な情報を漏らして暴力聖女から折檻されるよりはマシだろう、と金剛寺はやりすぎた自分に言い訳していた。


「ほんと何しにきたんですかね、この人達」

「とりあえず、ユラお姉様の治癒院にでも運びましょうか。片っぽ死にそうですし」

「待てい」


 縄で引っ張られながらも、金剛寺はまだ話は終わっていないとポーネット達を引き留める。


「それから、汝らはもうひとつ理解しておかねばいかん」

「まだ何か戯言があるんですの」

「無駄に話伸ばそうとしてません? なんか私達を引き留めたいみたいな」

「そ、そんなことはないぞ、聖女様の本質についてだ。お主らはあの御方がこの世界にどれだけ必要な存在か、もっと理解せねばならぬ。あの御方はヒマ潰し感覚でトラブルを起こすただの暴力装置ではないのだから」

「この方達、本当にラウラさんのこと尊敬して従ってるのかしら……」

「しているとも。何せ聖女様の持つカリスマの本質は――」




――――――――――




「そろそろ許してあげるから出ておいでー、とか言ってくる頃合いだと思ったのに。さすがにふざけすぎたか……かと言って、くだらん宗教行事で聖都に拘束されていても他の連中に後れを取るし……」


 あれから一週間、ラウラは玄間が無断で作った倉庫の屋根裏にある隠し部屋からヨンロン達の様子を観察していた。


「ぱっと見、でかくてまるい家ネコなんだけどなぁ」


 ヨンロンはもうすっかりいつも通りだ。

 好きな物を食べ、ころころと芝生の上を転がっては毛づくろいをし、洗礼式の時だけ少し仕事をする。ラウラが抱いていた印象と同じく、ごく一般的なペットの日課と大して変わらない生活を続けている。

 しかし、巫女は違う。獣人であるピリカとキナはヨンロンの補佐として洗礼式に付きっきりだが、他の巫女は未だにラウラを捜索していた。しかもその顔つきはかなり険しい。


「本気で俺を助祭にまで降格させるつもりか。貴志と同レベルの魔法を使えるヤツが一人でも出てきたら、世界が滅ぶかもしれないとわからないもんかね」


 ラウラは手製のダンベルを持ちながら考えを巡らせる。

 使徒座の巫女は、今回与えられた女神の力の本質と異世界人の危険性を理解できていない。なぜなら彼女達の持つ聖遺物は、せいぜいが童話に出てくる魔女の道具程度の物でしかないからだ。

 魔法レベル10まで行かなくとも、やりようによっては国すら墜とせることは各務たちが証明した。しかしそれでも、自由都市同盟はろくに聖遺物も持たない土人国家の集まりだと侮っているのだろう。


「たぶん、あの様子ならヨンロンは洗礼式が終わればまたどこか旅にでも出るだろー。ネコは気まぐれだし。なら俺を本気で排除しようとしているのは誰か……ルディスとハンナ、使徒座もキスキル辺りはまだ疑ってそうか」


 恐らく洗礼式が終わればヨンロンは聖都からいなくなる。そうなれば、査問会は開けない。

 深掘りされれば厄介な事になりかねないが、ルディス達の報告書は証拠がなく、ヨンロンに便乗して提起することしかできない程度の物だ。ラウラの逃げ切りで勝利となるだろう。


「そろそろ使徒座を掌握するためにも一度、精霊とやらが何を考えているのか本格的に調べた方がいいかもな。よし、そうしよう。ヒマだし!」


 だがラウラは飽きていた。深夜になると近所の建物へ食べ物を盗みに行き、日中は狭い屋根裏で筋トレをするだけの生活に。

 新たにやる事を決めれば、ラウラは迅速に動き出す。

 ラウラが調べものをするには、ポーネットやメイアの教会の黒子シスターを使うのだが今は使えない。そうなると他には聖地の図書館を漁るくらいしかない。


「…………む?」


 物置きを出た直後、視線を感じて周囲を見渡す。

 しかし、振り返った先には人影すらなかった。


「わたしが人の気配を読み違えた……? まだ何か……うーん」


 人事を尽くして天命を待つ――を地で行く努力中毒者のラウラにとって、無意識に不安を覚えていると感じる時は、何かやり残している事を見逃している時だ。

 再び物置きに戻って頭をうならせる。数分してから、ぽんっと手を打った。


「あっ、そうか、変装するの忘れてた」


 緊急避難先として色々な物を隠してある物置きから、こんな時のためにと用意していた変装キットを取り出した。


 まずは白粉で地黒な肌を塗りつぶす。

 この世界は、白が最も尊い色とされる。

 創造主である女神ミラルベルが、瞳も髪も肌も全てが純白だったと伝えられていることもあり、白という色に憧れる人間が非常に多いのだ。そのため、ラウラの褐色の肌は、こんがり日焼けした農家のものよりも目立つ。

 首まで真っ白に塗った後は、ネコミミヘアバンドを装着し、更に一般シスターの黒い法衣に着替えた。


「あとは黒の手袋をして……これでどこからどう見てもプリティーな猫獣人だな」


 純白と黄金の糸で編まれた特別目立つ法衣と地黒な肌を隠してしまえば、ラウラもヨンロン祭で忙しく走り回っているシスターと区別がつかない。素知らぬ顔で街中を抜けて図書館へ入っていく。

 すれ違う人々からの視線が普段と違うことに多少の違和感を覚えながらも、図書館にはあっさりと辿り着けた。



「精霊様のことを詳しく書いたもの……ですか……」


 膨大な書物を保管する聖地の図書館で、望む内容の本を一から探す時間もなく、司書を掴まえて探してもらうことにする。


「伝記とかは前にもう読んだので、できたら人物像とかどういう存在なのか考察しているような本をおねがいしますにゃ」

「そんな不敬な書物はありませんよ」

「ないにゃん?」

「当然です」


 ラウラの求めるような本はないと首を振られる。

 精霊とは、いなくなった天使の代わりに人の行く末を見守る者、という説が浸透しており、女神に仕える天使と同様に尊いものである。

 そのため、神とは何か、精霊とは何か、といった高位の存在そのものを考察する神学や精霊学といった学問は表向き禁忌とされている。


「神様が実在する世界のルールはめんどうだにゃー……」

「ところで何ですか、そのふざけたしゃべり方」

「知らないのにゃん? 転移者にかけられたピリカ様の呪いが解けなくて、これから獣人族は語尾に“けも語”をつけて合わせることにしたにゃよ。まだ知らない獣人を見つけたら注意してやってほしいにゃ」

「おおっ、ピリカ様、なんとお気の毒に……わかりました、他の司書にも通達しておきましょう」


 ラウラは目的を得られなかった腹いせに適当な嘘を教えて図書館を後にする。

 しばらく中央区を歩き回った後、一週間ぶりに使徒座の管理区画へ戻ってきた。

 精霊アヴィは、ミラルベル教の中で最もラウラの力をアテにしているだろうと考えられる人物だ。他の精霊の弱みを教えてもらえるかもしれないと神殿に忍び込もうとする。


「ん……また来たのか? そういや、あいつらって集まって何話してんだろ。人間みたいにどうでもいい雑談とかすんのか」


 しかし、自分より前に精霊ルディスとハンナが再び使徒座の神殿の方へ歩いている姿を見て予定を変えた。


 精霊三人の会話を盗み聞きできれば、精霊が人間に対して隠している目的などを知ることができるかもしれない――天使アザナエルと非常によく似た外見的特徴を持つ精霊に不信感を拭えないラウラはそう企んだ。

 そして、精霊への盗み聞きの手段を考えた末、ラウラは神殿を離れて使徒座が管理する施設のひとつへと向かった。






「聖女……か? またケモミミを侮辱する下手な変装しやがって」

「いやー二ヵ月ぶりですかねー、お元気してました?」


 偽造したウソの命令書と見張りを気絶させて侵入したのは、使徒座の捕まえた罪人を隔離するための施設。その中でも脱出困難とされる地下の牢獄だった。

 話しかけられた鳩山は、いきなり現れた聖女の姿に顔をしかめる。


「先週、裁判で会っただろ。あんたは気持ちよさそうに寝てたけどな」

「そうでしたっけ? まーなんにせよ、魔法抜きは上手くいったようですね。会話が成立する程度には回復したようでよかったです」

「なにが魔法抜きだ! あんなんただの拷問だろ、死ぬかと思ったわ!」

「わははは、あの程度で人は死にませんよ」

「ざっけんな!」


 魔法抜きとは、ラウラが空から帰ってきた各務の様子を見て考案した、魔法による精神汚染を緩和させる治療法である。

 これまで再会したクラスメイト達の様子から、使用者の精神力次第で魔法の基になった願望からの侵食に抗えることがわかっている。

 そして、一度は解放魔法に深く溺れた各務だったが、“天空の教会”の信者を見守る空の星になろうとして失敗している。原因は、死ぬほどの寒さと酸欠によるもの。


 ラウラはこの二つの事柄により、自己を保つだけの精神力がなくても、肉体的に精神活動を鈍化させるか、死の淵に追いやり精神汚染以上に生存本能を強く呼び起こせばいい、という主張をしたのだ。

 要するに、苦痛や飢餓を与える拷問である。



「どうでもいい話はさておき、今日は協力していただきたいことがありまして」

「人の話聞けよ、あんたメンタル強すぎるだろ」


 棘のある鳩山の態度から、色仕掛けなどは通用しないとしてストレートに用件を切り出した。


「しかし……条件次第では聞いてもいい」

「交渉できる立場だと思ってます?」

「委員長、各務はどこだ。あいつに会わせろ」


 2-Aの学級委員長だった生徒、各務蓮也。

 自由都市同盟シルブロンドの乗っ取りを企てた男。

 何よりも重い罪は、現行のミラルベル教を否定して、自分の立ち上げた新たな宗派こそが正しいと断言したことによる背教である。

 今はこの地下牢獄よりも更に警備の厳しい環境に囚われている。


(まあ、やってることは俺と同じだし、内側からやればもっと上手く立ち回れただろうになぁ……ほんとバカなやつ)


 とラウラは肩をすくめた。


「あいつは、おれに本当の自分を教えてくれた恩人だ。あいつがいたから生きる意味を見い出せた。各務を解放してくれなきゃ、おれはいつまでもお前達の敵だ」

「鳩山の生きる意味って、星を救済するために人類を絶滅させるってやつですよね」

「そうだぞ」


 動物魔法による精神汚染、解放魔法による汚染の加速、異世界転移する以前から持ち合わせていたオカルト知識により鳩山が到達した答えはテロリズムだった。

 惑星をひとつの生命体として捉えるガイア理論と環境保護を第一に考える自然主義。これらを組み合わせて過激な思想に染まると、自然環境を破壊する人間は星を蝕む害虫という扱いになる、そういう理屈だ。


「なら人間である各務も殺処分対象じゃないんですか」

「各務は違う。あいつならきっとわかってくれる。あいつの魔法で人類を解放し、価値ある人間だけを野生に解き放つこともできるだろう」

「そうはならないと思うなー……」

「聖女さまー! そいつは説得するだけ無駄ですよー!」


 イカレた宗教テロを企てる鳩山に溜め息を返す中、隣の牢屋から声がかかった。


「むむ? この声は……」

「私です。金と貴女の奴隷こと安でございますぅ」


 ろうそくの光も当たらない暗がりに体育座りして話を聞いていたのは、以前自由都市同盟の経済を支配していた安だ。隣の牢を覗けば、昔ながらの商人がするように、揉み手擦り手に胡散臭い笑顔で聖女を迎えてきた。

 安の金満魔法単独では、脱獄は不可能。社会へ影響をもらたすこともないとして、鳩山と同じ施設に入れられていたのだった。


「安……あんまり魔法の影響が抜けてませんね」

「元からお金を愛していたので、金満魔法との適合が強いのかもしれません」

「自己分析できるなら最初から魔法なんて使うんじゃありませんよ」

「あっはっはっはっは、それは無理というもの。この世に落ちてる金を拾わないバカはいませんよ」


 溜め息をもうひとつ挟み、ラウラは魔法の汚染により金の魔力に逆らえない安に向けてポケットから一枚銅貨を弾いた。たとえ一食分にも満たない小銭でも、払っておけば安の舌が滑らかになる。


「うへへ、銅貨さまじゃー」

「して安よ、さきほどの言葉の意味を説明しなさい」

「はい。ぼっち鳩山はオカルト趣味のせいでいじめられていた過去があり、人間の友達がいないのでございます。ですので、魔法とは関係なく唯一話を聞いてくれた各務に依存しているのであります。メンヘラ特有の共依存であります」

「ははん、それで……」


 鳩山に憐れみの視線が送られる。


「と、ともだちくらいいたぞ! 適当なこと言うな、安! お前の方こそ友達いなかっただろ! 諭吉さんはお前のことなんて友達だと思ってないぞ!」

「黙れぼっち、おれには阿久津と浦部って仲間いたし」

「金の切れ目が縁の切れ目になるような関係は友達って言わないんだよ!」


 鳩山と安が壁を挟んで罵り合いをはじめた。

 どちらの言い分も一理ある、という判断は置いておくとして、話を脱線した二人を鉄格子を蹴って黙らせる。


「では、ぼっち鳩山に言う事を聞かせるにはどうすればいいと思いますか」

「更なる拷問を加えればよろしいかと」

「なるへそ」

「うおおおい! 安さん、ナニ言ってんのぉ!?」


 提案を受けたラウラににらまれるも、鳩山は口をつぐむ。どうやら安の言う通り、鳩山は各務に対して強く依存している様子だ。


「おれは暴力には屈しない! 拷問にはもう慣れた!」


 と言いつつ、無意識に過去に唱えた魔法の影響だろう、鳩山の筋肉が盛り上がり肉体が厚い毛皮に覆われていく。さながら狼人間だ。

 罪人を縛る聖遺物の枷を手足に嵌められているため脅威はない。しかし、獣に変身してしまうとラウラの腕力で痛めつけるのは難しくなる。


「しかたないにゃー」

「お、おまえ、なにする気だ」

「わたしの経験上、殴ったり蹴られたりには耐えられても、これに耐えられた者はいないって方法です」


 ラウラは一度牢屋を出て行ったかと思えば、肩にスコップを担いで戻ってきた。


 この世界に来る以前、ラウラが多々良双一であり番長と呼ばれる前の話だ。

 とある事件で三年生の先代番長を退学に追い込んだ後、多々良双一は学内に敵が大勢できてしまった。学校中の不良が、多々良双一を倒せば自分が新しい番長として好き放題できると考えたからだ。


 中にはタイマンやケンカで片をつけるのではなく、いろいろな嫌がらせをしてくる相手もいた。その内のグループのひとつに、双一のクラスが実習で使っている畑を荒らした先輩がいた。

 丹精込めて作った野菜をダメにされてキレた双一は、お仕置きと見せしめを込めて先輩達を畑に植えてやった。顔だけは地面に出し、見世物にする形で。

 すると、暴力に慣れた筋金入りの不良達が一晩も経たずに泣きを入れたのだ。


 そこで双一は学習した。肺の上から完全に身体を固定される形で圧迫されると、大きく息を吸えなくなるだけでなく、息を吐くにも苦痛が生じる。顔を這いずる虫を払うこともできず、地面に熱を奪われ、徐々に酸欠に陥り、正常な思考を奪われていく。それが常人には耐えられない恐怖へ変わるのだと。


「さあ、協力したくなったらいつでも言いなさい」

「生き埋めはいやだあああああぁ。委員長助けてええええぇ」

「……予想よりやばいことになった……すまん鳩山」


 隣の牢屋からの小さな謝罪は、鳩山の耳には届かなかった。

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