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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法

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01 人との繋がりは大切に

 聖都ラポルタの南側。他国から聖地巡礼に訪れたミラルベル教の信者達が最も多く集うこの商業区では、今日も雑踏が途切れることはない。木靴が鳴らす小気味いい音、貴族を乗せた馬車の重そうな車輪の音、活気に満ちた呼び込みの声。昼食の時間になれば、より一層と賑やかな雰囲気となる。



「誰だこのゲロマズスープを作った野郎は! 店主を連れて来い!」


 そんな陽気な屋台通りにしゃがれた怒声が轟く。治安の良い聖都であっても楽しい話ばかりとはいかないようだ。

 しかし次の瞬間には、威勢よく怒鳴り散らしていた男は真っ青な顔でトイレに駆け込んでいた。


「またか」

「あーあ、嫁のおすすめを頼んじまったか」

「あいつ聖都初心者だな」

「てかおすすめがおすすめじゃないって罠だろ。メニュー載せんなっつうに」

「ツトムは愛妻家だから仕方ない」

「自分が作る飯はウマいのにバカ舌ってなんなんだろうな」


 正式に土地を借りて店を構えたばかりの“ハーシーの料理店”のテラス席では、このところ一見さんの苦情が毎日のように飛び交っていた。

 心なしか頬をやつれさせた男が席へ戻ってくるのを見て、慌てて店の奥から少女が走ってきた。なぜこんな屋台通りで働いているのか分からない、肌は雪の様に白く小柄でややぽっちゃりした体型の育ちの良さそうなお嬢さまが頭を下げる。


「すいません、私まだ見習いでして。おいしくなかったですか……てへっ」

「てへじゃねえだろ、ナメてんのか!」


 少女の謝罪を受けても男の怒りは収まらない。広場と繋がったテラス席で騒いでいると、聞きつけた衛兵が揉め事を治めにやってくる。


「おい、この店は客に食えない物を出しやがんぞ! 一口食っただけで腹を下した、聖都でこんな店に営業させんなよ!」

「まあまあ、ここはひとつ穏便に」


 苦笑いを携えた衛兵は営業取り消しを求める男を適当になだめる。

 騒ぎの少女がやってきてからハーシーの料理店ではこうした苦情が絶えないものの、衛兵にはどうにもできない。この店は、少し前に突如として現れた聖女様がごひいきにしていると知られる店だ。一介の衛兵ごときが下手に取り締まろうとすれば、その前に自身のクビが飛ぶかもしれない。それになにより――


「そんなことありませんよ、お客さん。カロリーナの料理は最高です」


 恐ろしくガタイのいい料理人が出てきた。この店には、聖都を守護している聖騎士よりも強いと噂される名物店主がいるのだ。

 怒鳴り散らしていた客の男もたまらず一歩後ろへ下がる。ついでに衛兵も。


「うっ……な、ならテメェはこの料理食えんのかよ」

「もちろんですとも」


 店の主人は男に差し出された皿を受け取りスープを一気に飲み干した。客の男はたった一口でトイレに駆け込んだが、店主はぜんぜん平気そうだ。


「カロリーナ、今日のスープも最高においしいよ」

「……ほんと?」

「料理に最も必要なものは愛情だと教えてくれる。君の料理を食べられることがオレにとって何よりも幸せなことだ」

「ツトムぅ……」


 店主はカロリーナと呼んだ少女を抱き寄せるとその場でイチャイチャと甘い空気を出しはじめた。このやり取りにも慣れてきたのか、衛兵が「問題なさそうですね」と強引に話をまとめる。客の男は顔を赤くしたまま立ち上がった。


「ウマいって評判だから来たのに、なんなんだよこの店はッ」

「あの、次回までにはもっと練習しておきます。またお越しくださいね」

「オメーが働いてる間はもう来ねーよ!」


 身長2mを超える店主に睨まれた男は、小勇を保ちつつも代金をテーブルを叩きつけて出て行った。店主は少女を労い、またイチャイチャしながら奥の厨房へと戻っていく。




「だはははは、店を持ったとは聞いていたが、あの様子では長くなさそうであるな」


 少し離れた場所から、その熱々なカップルの様子を見る二人組がいた。


「ひゅ~! 異世界でカケオチかよ、やるじゃん提橋のヤツ! 青春してんな! …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺すか」

「ああ、我らの許しなく童貞を捨てた裏切り者には制裁が必要だ」


 静かな殺気と嫉妬を抱く男が二人。聖都で教会を荒らした償いとして、きつい奉仕活動の日々に追われる金剛寺と玄間だ。


「だけど嫁自慢したくて呼んだわけじゃないよな」

「ようやく制限つきで監視がいなくなったとはいえ、そんな理由で我らを呼び出せば、スケ番にシメられると提橋もわかっておるだろう」

「カンちゃんもスケ番って呼んでるのバレたらクソデカリボンにシメられるぞ」

「それを言うならクソデカリボンも禁止ワードだ」


 金剛寺と玄間は互いに顔を見合わせてから、小さくも可愛らしい聖女さまの笑顔を思い出してぶるりと体を震わせた。


 二人が提橋の新居を訪ねるのは今回が初めてとなる。

 現在の提橋は、悪食魔法の影響で外見が日本人離れした厳つい顔の大男に成長しているため、ラウラの命令で異世界人として活動している。金剛寺・玄間のコンビと関係を持つと教会から警戒される可能性があるので、接触はできる限りしないように言いつけられていた。

 二人は昼の営業が終わった様子を確認してから人目を避けて店の裏口へ回る。


「おおっ、よく来たな二人とも。カロリーナ、これが話してたオレと同じ世界から来た友達の金剛寺と玄間だ」

「はじめまして、ツトムがお世話になっております」


 中に入ると新婚カップルに温かく迎えられたが――


「提橋死ねやこらあああああああああああああぁ」

「がはっ!? な、なにしやがる……」


 油断していた提橋は、金剛寺と玄間のこぶしを腹で受けて膝をついた。聞かされていたものと違う乱暴な夫の友人関係にとまどいカロリーナがおろおろとしだす。


「ああっ、これが小説で読んだ……男の友情なのね!」

「違うよお嬢さま。こいつら非モテ童貞だからオレにかわいい嫁さんが出来てひがんでるだけだよ」

「非モテだなんて、ツトムったら、本当でもお友達にそういうこと言わないの」

「うぐぅ……」

「提橋嫁がナチュラルに言葉の暴力を振るってくる……」


 しかし、苦しそうに胸を押さえたのは、殴りかかった金剛寺と玄間の方だった。しかも悪食魔法ですぐに回復した提橋からは「出会いがないなら付き合いのある商人から年頃の娘がいないか聞いてやろうか」などと気を遣われてしまう。舌戦は相手にすらされず、金剛寺達の完敗だった。


「異世界に来てたった一年半、どうしてここまで差がついた……」

「拙僧たちは何をしておったのだろうな……」

「……てか嫁には転移のこと話していいって言われてんのか?」

「そうだ、家族はおろかペットにすら話してはいかんのだぞ」

「いや、ペットには話してもいいだろ」


 これ以上心の傷を広げないためにも、と玄間は強引に話題を変えた。

 カロリーナは提橋が転移者だと知っている様子だが、異世界の人間と深い関係を持つ時には、彼らのボスの許しを得なければならないルールになっている。


「大切な人ができたら隠し事をしては後々こじれるだろう、ってことで話してもいい範囲は指示されてる。それにオレはお前らと違ってこの世界に骨を埋めるつもりだし、カロリーナのことを信じてるし」

「はいはい、ごちそうさん」

「というかお前らは聖女様から恋人作るように言われてないの?」

「恋人を? 何の話だ」


 二人は不思議そうに顔を突き合わせる。ラウラがクラスメイトに恋愛を推奨しているとは聞いていない。理由の分からない問いに金剛寺たちは首を傾げた。

 金剛寺と玄間は、貴志の考えに従い元の世界に帰ることを第一目標にしている。提橋の様に異世界に残るつもりがないのならば、恋愛なんてしても邪魔な未練にしかならないのだが。


「聖女様が言うには、ムラムラした童貞野郎どもにオカズにされたら殺したくなるっていうか、異世界に帰す前にキレて土に帰してしまうかもしれないから自分と会う前には適度にそういうの発散しておけってさ。あと自分がカワイすぎて鏡を見るのがツラいとか何とか言ってた」


 聖女ラウラは、情報漏洩のリスクと自分がかつてのクラスメイト達に性的な目で見られることの不快感を天秤にかけて、後者を優先したのだった。その話を聞いた玄間と金剛寺のこめかみに青筋が立つ。


「よし、やっぱり聖女を殺そう。提橋、今回はその密告に免じて脱童貞マウントという緋龍高校では死刑に値する大罪を犯したことを許してやる」

「マウントなんてとった覚えないけど」

「むしろよく報せてくれた。自信過剰なチビ女に目にもの見せてくれるわ」

「そんな話するために呼んだわけじゃないからな、おい待てって」

「元ゴリラでシコるわけねえだろ、ここまでバカにされて許しておけるかよ! 行くぞカンちゃん!」

「待って、気持ちは分かるけども待って!」


 聖女暗殺へと乗り出した金剛寺たちを提橋が慌てて止める。

 二人は反転魔法によって、ラウラに対して“敬愛の呪い”とも言える状態に陥っているはずなのだが、そもそも誰かを尊敬するという感情を元々大して持ち合わせていないせいか二人の怒りは本物だった。


「たしかに元ゴリラとは思えないほど可愛いけど!」

「玄間、ほんとに……してないよな」

「一度くらいはしようとしたこともあったかもしれないけど、たぶん後で死にたくなると思ったから一線は越えなかったぜ!」

「一度でも思った時点でダメだろ」


 どうにか二人をなだめてから、提橋は呼び出した用件を切り出す。


「聖女様に急ぎで伝えなきゃいけないことがあんだけど、最近ちっとも顔見せないから金剛寺と玄間だけでもと思って」

「あー、ヨンロン祭とかいう臨時の祭事で拙僧らもしばらく聖域は立ち入り禁止になっておるな」

「そんで話ってなによ。聖女様に結婚式でもやってくれって話か?」

「聖都に幽村かすむらがいるらしい」


 どうせのろけ話だろうと高を括って鼻をほじりながら聞いていた金剛寺と玄間がピタリと動きを止めた。


「は? カス村マジで?」

「関わっちゃいけない不良ナンバーワンと言われた、あの?」

「ああ」

「カツアゲが生きがいでいつも刃物をちらつかせてる孤高の狼ことジャックナイフカス村くん?」

「触れる物全てを傷つけずにはいられないガラスの十代代表カス村くん?」

「お前ら、本当は幽村のことバカにしてんだろ」

「いやいやまさか、あれでも番長がいなかったら代わりに番張ってた男よ」


 幽村悟。

 中学時代から、カツアゲで毎年100万円以上稼いでいたとか、ナイフで何人も病院送りにしたなどの噂も多かったため、入学当初から要注意人物の一人として同学年の間では有名だった。

 高校では、異世界へ転移した最後の日まで、無敵の番長・多々良双一にケンカを売り続けた唯一の不良である。双一が強すぎるために、叩きのめされた不良達が全員下を向いて過ごす中で残った、緋龍農業高校で最も気合いの入った不良でもある。


「あんな倫理観の欠如したヤツが来てるとなると不安だけど……それどこ情報?」

「カロリーナが家出して聖都に来る時に教会の馬車に乗せてもらったらしいんだけど、その時にカスムラサトルって名乗る助祭がいたんだと」


 提橋の隣でカロリーナがうんうんと頷く。見るからに何か悪さをしそうな男だったと。

 しかし、話を聞いた金剛寺と玄間はすでに緊張を解き弛緩しきっていた。


「はい、じゃあこの話終わりね、解散かいさーん」

「おいっ」

「だって頭のおかしい不良の争いに巻き込まれたくないもんね」

「うむ。それにカス村、助祭ということはミラルベル教に潜り込んでいるのだろう。なら聖女様が勝手にどうにかするわ」

「まあそりゃそうだろうけど……」

「拙僧らを元ゴリラでオナる童貞とバカにした報いだ、ほうっておけ」

「そんな事より新婚祝いしようぜ。実はさっき酒買ってきた」

「そだな、まいっか」


 こうして転移者の仲間達は、聖女ラウラへ迫る危機に気づきつつも、それを笑いながら見逃したのだった。


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