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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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28 出会って別れて

「多々良が二人? どういうことだ」


 襲撃者の男が隣にいた第二のソウイチと少女へ問いかける。


「見れば分かるだろう、あっちは偽物だ」

「そうだよ、そんなニセモノ早く倒しちゃってよ!!」

「簡単に言ってくれるぜ……というか突然どうした。大声を出すなんて珍しい」


 鮫島ソウイチを睨む金髪の少女が、顔を醜く歪めて叫ぶ。

 その理由は、鮫島を一目で偽物と見抜いたことによるものか、または自身と共にいる多々良双一を本物だと偽るためか。ともかく少女にとって、多々良双一が二人いることは許せない事態のようだ。


「だいたいあっちが偽物なら多々良が自分で倒せばいいだろう。偽物が目の前にいるのに何もしないなんてらしくないんじゃないか」

「……その要求は契約違反だ」

「あーはいはい、相変わらずお熱い事で」


 第二のソウイチは、いつでも金髪の少女を守れる位置に立って動かない。

 返事を聞いた男は肩をすくめてみせる。しかし、ラウラ達が事態を理解するよりも早く鮫島へと殴りかかった。


「ってことでワリィな、偽物さん。ちょいと寝ててくれや」

「くっ、やめろ御影っ!」


 御影みかげあきら、それが男の名である。

 彼は学校に通わず少年院に入っていた期間があるため、他のクラスメイトより年上になる。少し長く生きている事に加えて、少年院ではひたすら鍛えていたおかげもあるだろう、一般的な高校生と比べて身体が出来上がっている。多々良双一ほどでないにしろ。


 しかし、体格で劣る御影は、双一に化けた鮫島の腕を易々と弾き飛ばした。

 そのまま踏み込み、顔面に全体重を乗せた拳を叩きつける。


 起き上がろうとした鮫島は膝に力が入らず体勢を崩す。

 一撃で脳を揺すられたのだ。

 即座に再変身を行う。

 鮫島は虹色の光に包まれ、万全な状態へと戻る。


 冷静に呪文を聞き取れていれば、回復系の魔法ではないと気づけたかもしれない。しかし、その様子を見て、御影は追撃を諦めて屋敷の中へ逃げるように飛びずさった。

 精神が別人とはいえ、己の肉体が殴り合いで容易く負けた事に、ラウラも驚きながら輪島と後ろへさがる。



「輪島、御影の魔法を知っていますか」

「聖女様に言って理解できますかな」

「いいから思うことがあるなら答えなさい!」

「魔法名はわかりません。ですが思い当たるものとして……過去、私の幸運魔法が全く効かなかったのはくろがね君の不変魔法だけでした。彼とぶつかった時の反応に非常に似ています」


 輪島の言葉を踏まえた上で、ラウラは頭の中で鮫島が殴られたシーンを再生する。

 ラウラの持つ数多くの喧嘩経験からすると、先程の御影の動きには違和感があった。多々良双一の体をガードの上から殴りつけたにも関わらず、御影には拳を痛めた様子もなければ、殴った後の反動も見られなかったのだ。


「鉄の不変魔法を攻撃に使った場合か……」


 不変魔法。

 疲れも、飢えも、苦しみも、怪我も、病も、老いもなくなる。如何なる変化も拒むことができるとされる力だ。ラウラが聞き知った魔法の中で、最も防御に優れた魔法である。


 しかし、鉄は暴走した破壊魔法を食い止めるために不変の力を使い続け、最後には精神の変化をも止めてしまった。

 自身が盾となることで皆の逃げる時間を稼ぐ――その意思だけを残し、現在は誰も干渉することのできない“生きた置き物”となっている。



「ですが同じ魔法も、そこまで似た効果を持つ呪文もまだ確認されていない。アザナエルの思惑からも間違いないはず……」

「教国は私の存在だけでなく、そこまでご存じでしたか。私も魔法名における唯一無二の原則は正しいと思いますぞ」


 ラウラが呟いた疑問の声に輪島が頷く。


「別の可能性……略奪は違いますね。力を奪うタイプは不変魔法に防がれる。複製魔法も他のやつがもう持っている」


 声には出さないが、鮫島の持つ変身魔法の可能性も消えた。輪島の返答から御影の魔法の予測を立てていくことで、再度攻める隙を窺っていた御影の足が止まる。


「なら模倣魔法ってとこかな」

「随分魔法に詳しいな。お嬢ちゃん何者だ」

「……態度に余裕がありますね。当たらずも遠からず、かな」


 それまで意識を向けられていなかったラウラに焦点があてられる。


「勝てない魔法じゃないですよ、早く起きなさい」


 ラウラは御影と戦わせるために鮫島に喝を入れる。

 しかし、鮫島は御影に対して腰が引けていた。


「不変魔法をマネしているなら、筋力を増強しているわけじゃない。連続で何度も使うことにリスクもある。多々良双一の肉体なら投げ技で延々抑えるくらいできるはずです」

「つってもな……」


 最初にもらった一撃で怯んでしまったのかと推測するが、ラウラが不変魔法との戦い方を教えても鮫島は前へ出ようとしない。何か思う所があるのか、とラウラのした目配せに反応して、鮫島は御影に向けて恐る恐る切り出した。


「御影のおっさん……どうして梅田を殺した」

「……へぇ?」


 御影がわずかに口角を上げた。

 だがむしろ、その言葉に驚かされたのは、ラウラ、輪島、金髪の少女の三人の方だったかもしれない。第二のソウイチだけが泰然と構えている。


 鮫島は殺人犯の対処を任せるために多々良双一を探していた。しかし、ラウラが“殺人犯は殺してこの世界に埋める”という意味に近い言葉を即答したせいで、理由も確認せずに犯人を教えていいものか迷ってしまったのだ。

 梅田はほぼ全校生徒から多大な恨みを買っている暴力教師である。鮫島も例に漏れず、梅田は死んで当然、誰かに殺されても何ら不思議はない人間だと思っていたことも、名前を打ち明ける妨げとなった。



「御影くん、どういうこと? みんなの魔法を合わせて幸せな世界を作るって」

「おいおい偽物の言う話なんて信じるなよ。俺達、仲間だろ」


 白々しいセリフで少女に語りかける御影の姿が、鮫島の怒りを煽る。


「梅田だけなら分かる。奴が死んでも誰も悲しまないどころかみんな喜ぶだろう。でもなんで一色いっしきまで殺した!! 比嘉ひが藤沼ふじぬまとつるんで何を企んでる!?」

「一色くんも!? それに他の人と連絡取ってるなんて聞いてないよ!」


 金髪の少女が追従して問う。少女を守るように立っていた第二のソウイチも、呼応する形で御影に警戒する姿勢を取った。


「あーあーあー、めんどくせーなぁー。なんでその事知ってんだよ。多々良はあの時、逃げ遅れ……ってそうか、お前は偽物だったな」


 第二のソウイチが距離を詰めようとした瞬間、御影は別方向へ走り出した。


「次はもっと面白そうな魔法を貰ってから会いに来るぜ、じゃあな!」


 御影はあっさりと逃亡を選んだ。人のいない部屋の窓を突き破り、夜闇に姿を消す。


 本当に不変魔法の力を得ているなら、御影は全速力でどれだけ走っても疲れない。追いかけたところで徒労に終わるだろう。更に金髪の少女と第二のソウイチは、逃げた仲間よりも鮫島の方が気になるようだ。ピリピリと緊迫した空気がラウラ達の足をその場に縫いつける。



「アニキの名を貶める偽物め、死んじゃえ!!」


 少女の叫び声が命令代わりとなり、第二のソウイチが鮫島へ襲いかかる。

 多々良双一同士の殴り合い――だが今度も一方的な結果に終わった。


「アアアアア! クッソ、番長の体なのにどうなってんだよ!」


 鮫島はガードした両腕を折られ、苦痛に顔を歪ませながら再変身のための呪文を唱える。当然、魔法を使わせまいと第二のソウイチが鮫島の頭上に拳を振り下ろそうとするが、


「待てッ」


 二人の間にラウラが割って入ると、第二のソウイチはショートしたロボットのようにピタリと動きを止めた。


「やっぱりそういう魔法か。多々良双一は小さな女の子を殴ったりしないもんな」

「何やってるの! 早くその偽物にトドメをっ」

「そろそろ俺を見ろよ……チャル」


 鮫島はチャルと呼ばれた少女に、輪島は不自然な言葉を発した聖女に驚く。


「チャル!? その子、小山内なのかよ!?」

「それよりも教会の聖女ってまさか、多々良君なんですか!?」


 ラウラは肯定する意味でにやりと笑い、金髪の少女――人形のようにかわいらしい女装姿の小山内おさない茶琉さりゅの前へ歩く。

 二人の距離が近づいていく。それでも小山内はラウラを見ようとしない。手を伸ばせば届く距離に立っても、まるでラウラがそこにいないかのように鮫島だけを睨みつけていた。



 パンッ――ラウラの平手が小山内の頬を打つ。

 小山内の頬が赤く腫れる。

 数秒遅れて、ようやく小山内は頬を押さえてラウラを見た。


「あ、あう、ああ……アニキ……生きて……そんな……アニキは、あの時ボクが火事の中に見捨てたから……ちがう、アニキが死ぬはずなんてない、あはは、そうだよアニキはずっとボクの隣でボクを守ってくれて……」


 パンパンッ――今度は二度、さっきよりも大きな音が響いた。


「いつまで現実逃避しているつもりだ」


 ラウラは責めるように言う。

 だがその表情には、小山内を叱責するよりも自責の念が強く表れていた。


 小山内茶琉はラウラにとって最も長い付き合いであり、最もよく知った相手、他クラスメイトの誰よりもその心情が分かる相手だ。

 ラウラはポケットから折りたたみナイフを取り出した。固まったまま動かない第二のソウイチの背中に、その刃を躊躇なく突き立てる。第二のソウイチは地面に倒れてしばらくすると、何の痕跡も残さず消えてしまう。


「これがおまえにとって理想の俺か、こんな人形が」

「ほう、守護者を創造する魔法ですかな」

「美少女になっちまった俺を殴れないとこを見るに、単純に強いボディーガードじゃなくてチャルの理想が反映されたものだろうな」

「自分で美少女とか言っちゃいますか」

「ほら博士、あれの中身、番長だから。どうでもいいとこはスルーして」


 頬を押さえたまま泣きそうな顔で崩れ落ちた小山内を見て、ラウラは再会を喜ぶことはできなかった。


「異世界に来てまで誰かに寄生する生き方を選んだか」

「ッ!? アニキは! アニキがボクはそれでいいって言ったんじゃないか! だからアニキのそばにいるために、こんな女装までして!」

「それが俺達にホモ疑惑がかけられてた事への答えなのか、おまえってやつは本当に成長しないな」

「オイ! 同性愛をバカにすんなよ!!」


 話に割り込んできた鮫島をラウラが手を上げて制する。


「それに、あの時「今は」と言ったはずだ」

「知らない! そんなこと言われてない! アニキの言葉を否定するなんて、やっぱりおまえはアニキじゃない!!」


 ラウラに否定された小山内は発狂してしまう。長く伸ばした髪がぼさぼさになるまで頭を振って、今度は小山内がラウラを否定する。そして呪文を唱え、ラウラに殺された第二のソウイチが小山内の背後に現れる。魔法で造られた第二のソウイチは小山内を大事そうに抱きかかえる。


「俺の姫をあまりいじめないでくれ」

「待てやポンコツ偽物野郎、テメェそれ俺のつもりか。俺は男に興味ねぇぞ。それともチャルに言わされてんかどっちだ!」


 第二のソウイチはラウラがよく浮かべるニヒルな笑みを返すと、人間の身体能力を遥かに超えた力で建物よりも高く跳び上がった。常時全速力で走れる御影よりも早く、二人の姿は月明りの届かない遠くへと消えてしまう。


「ちっ、魔の森でしっかり捕まえておけば」

「小山内だってオレらとタメ年なんだし、双一さんがそこまで責任感じなくても」

「……クラスの誰が犯罪をしても仕方がないと思えるけど、チャルの場合はわたしが与えた影響が大きいから、あそこまで歪ませてたと思うとどうしてもな――」




 ラウラと小山内の出会いは小学五年生の時だ。

 フランスから転校してきたばかりの小山内は、日本語が不自由だったこと、母親から受け継いだ美しい金髪とダークブルーの瞳を理由にいじめられていた。


 結果として、ラウラは小山内をいじめから助けたわけだが――その頃のラウラは、自身の正義を為すよりも、単純にストレスを発散できる暴力に酔っていた。いじめっ子は殴っても大きな問題にならない、暴力の正当性を主張できる相手。ラウラにとって悪者とは壊していいオモチャだった。


 そして、小山内は小柄で気が弱く、派手な外見は人目を引いた。帰国子女だったことで女子からの人気もあった。小山内は気づけばいつも別の男子からいじめを受けていた。

 幼かった当時のラウラは、そんな小山内を見て、潰していい害虫を引き寄せる街路灯として利用しようと思いつく。


「チャルは鍛えても強くなれそうにないな」

「ボクは双一くんみたいになれないの?」

「ぶっちゃけムリだろ。戦士になれるようなセンスを感じない。だから、お前は他人を利用して生きるすべを磨け」

「それダサくない? ボクも双一くんみたいになりたいよ」

「いつかお前自身が強くなる必要もあるだろうけど、人にはその人に向いた戦い方ってのがあるからな。苦手を克服するより長所を伸ばした方が効率的だ。まずは俺を練習台にしてみろ」


 ――という出会いから、小山内は多々良双一の舎弟としての人生を選んだ。ラウラが自分の都合で、小山内に弱者のままでいられる生き方を吹き込んだとも言えるが。




「昔からとんでもないクソガキでビビるわ、小山内が卑屈なのってお前のせいかよ。番長は基本頼りになるけど、たまにマジバカなゲス野郎になるよな」

「それは違う。わたしが暴力を振るわなければならない世界がクソなのです」


 非を認めないラウラに懐疑的な視線が送られる。


「それで、私はどうなるのですかな。罪は証明できないはずですが、宗教裁判の前では物証など必要ありませんか」


 輪島が皮肉と余裕の混じった質問で、ラウラと鮫島の睨み合いを止めた。

 会話を止めたのは騒ぎを聞きつけたゲートタウンの用心棒達の足音に気づいたせいだろう。広い庭の向こうにある隣家にも明かりが灯る。


「教国に捕まるくらいならわたしに……ってことですか」

「お供の巫女を連れて来なかったのですから、多々良君だってそのつもりだったのでしょう? この都市にはあと三つ私の隠れ家があります。そこへ移動しましょう」

「……悪いけど神器は教国に回収させますよ」

「あんなゴミ、私は興味ありませんからどう処分して下さっても結構です」


 三人は誰にも見つからないように輪島の屋敷から立ち去った。

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