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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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22 誘い受け

 とある小さな分派が持つ教会。

 その地下には罪人を繋ぐ牢があり、不気味な悲鳴が響き続けていた。


「んもっとぉ、もっとぶってくださいっ!」

「そんなにコレが欲しいか! 卑しい豚めっ!!」


 パシンッ、パシンッ――暗闇の中で男が男に平手を振り上げる。

 何度も何度も、恨みを込められた手が痛烈な音を立てる。


「デカイのさぁ…………勝手に何してるんですか」


 少女の声に男が反応した。ビクリと大きな体を震わせる。恐る恐る振り向いた先に三人の少女を確認し、お仕置きを受ける子供のような瞳を浮かべた。


「え、へへ……だって安が銅貨一枚で殴らせてくれるっていうから」


 暴力を振るう男は、変身魔法でタタラソウイチに化けた偽物だった。


「こいつ、根っからのクズ男ですよ」

「だって日本にいる時からコイツら嫌いだったし……さんざんカモられたし……やり返すには今しかないだろうが!!」

「うわっ逆ギレ、最低ですわね」


 偽物のソウイチが高校に通っていた頃、安のグループとはトランプや麻雀をしてよく金を巻き上げられていた。他にも、上級生の彼女に手を出して逃げ回っている時、居場所を金で売られたこともある。その復讐をしていたらしい。


 金満魔法に精神を呑まれた安は、はした金を握らせるだけで何でも言う事を聞く。しかし、無抵抗をいい事に暴力で仕返しをするなど、あまりにも情けなく浅ましい行為だ。

 多々良双一の名を辱められ、ラウラのこめかみでぴくぴくと血管が波打っているのは勿論のこと、メイアとポーネットも呆れて溜め息が止まらない。


「さあさ、作戦会議に行きますわよ」

「あと一発! お願いあと一発やらせて! 先っちょだけでいいから!」

「しつこい人ですねー。わがまま言うとアッチみたいになりますよ」


 メイアが指さしたもう一つの牢には、ラウラが連行してきた中馬の姿があった。廃人同然になっている元クラスメイトに、かつての姿は見る影もないが。

 昨日までは魔法で自由都市同盟を支配しようとしていたという話だったのに、一体何が起きたら、親指をしゃぶりながら「ママァ……」としか呟けなくなるのか。しかも聖女の姿を見るだけで股間に染みを作っている。


 この状況と中馬が持つという誠実魔法の影響とが結びつかないことは明らかだ。金の奴隷と化した安を見れば、魔法に呑まれるという意味が正しく理解できる。誠実魔法という名前の力が、幼児退行した廃人を生むことはないだろう。

 ソウイチは、これまで魔法の力を持たないという理由だけでミラルベル教を軽視してしまっていた事が、今更ながらに恐ろしくて仕方がなかった。




 ソウイチを捕まえて地上の教会に戻ると休憩も挟まず会議へ移る。

 議題はどうやって“天空の教会”の教祖と接触するか。

 だが、魔人攻略において最重要人物となるラウラの決定はすでに下されていた。


「だーかーらー、正面突破でいいじゃないですか。ここは総力戦ですよ」

「認められません!」

「そうです、危険すぎますわ! わたくしもそうしたいのは山々ですけど」

「ポーさん!?」


 魔法は神気と魔法を望む心の力によって成立している。よって、法順守の呪文は使用者である中馬が精神を破壊されたことで解除された。そしてこれは武力行使の解禁に繋がる。


 付け加えるなら、現在“天空の教会”は混乱に陥っていることも予想できる。

 なぜなら“天空の教会”は、法順守の呪文という女神の力による恩恵、すなわち強制的に実現されていた絶対的治安を悪用し、自分達の信仰こそが正しいのだと謳ってきたのだから。失った力と再び治安が悪化することへの不安を、信者に対して説明する義務が発生していると考えるべきだ。



 しかしそれでも、ラウラの意見に賛同する者は誰もいない。

 反対派が最も恐れている事態は、非力な少女にしか見えないラウラが暗殺されてしまうことだ。

 フォルカス司教に紹介された女衒も“天空の教会”の間者だった。中馬が娼婦を殺していることは知っていたはずなのに情報を伏せていたのだ。今となっては、残されたミラルベル教の信者でも信用することができない。


 自分を信用していないのかと唇を尖らせる聖女。護衛の任を果たせないと聖女をたしなめる巫女。これ以上の失態は自身の進退どころか分派“秩序の教会”の存続にも係わるフォルカス司教。聖女が失敗すれば、全面戦争になることが予想されるマステマの役人代表……それぞれが自分の意見を曲げぬため、会議は停滞した。



「ではこうしましょう――」


 ふいに、新しい案を思いついた、とラウラが手を鳴らした。

 その説明を受けた一同はぽかんと口を開ける。


「……正気ですの?」

「わたしはいつだって本気デスとも!」

「ラウラちゃーん、ポーさんは正気かって聞いたんですよー」

「つうか、最初の正面突破案と何が違うのかわかんねんだけど」




 こうして、会議で話し合われた結論の下、ラウラは“天空の教会”に乗っ取られている“秩序の教会”本部を訪れた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 訪れたのは聖女である少女と巫女が二人、そして謎の大男が一人。

 少人数であったことも理由に含まれているだろう。門前払いされた先日と違い、今回は教祖の代理を務める神父から丁寧な対応で迎え入れられた。


 聖堂の内部は、今日も“天空の教会”信者が大量に押し寄せていたが、やはり様子がおかしかしい。ざわめきは収まらず、人々の顔に困惑が見えた。

 こうした様子だけでも、教祖・各務かがみの魔法が大規模かつ強力な洗脳を行えるものではないという安の証言を肯定していた。冷や汗を流しているメイア達を余所に、ラウラはにやりと笑う。


「“天空の教会”の教祖さまにお願いがあって参りました」

「教祖様はお忙しいので私がお伺いします」

「なら教祖さまに伝えていただきたいのですが、わたしの改宗をお認めください」

「………………はッ? い、いま……改宗する、とおっしゃいましたか。教国の聖女である貴女が?」

「はい」


 神父は人を集め、コソコソと密談をはじめる。

 教祖に会わせるべきか、追い払うべきか。

 

 しかし、敵対組織の大幹部であり先遣部隊の隊長とも言える聖女が、突然寝返りを持ち出してきたのだから一人で決断できないのも無理はない。それが十中八九、罠だとしても。


 今は法順守の呪文が教祖の与り知らぬところで解かれるという予想外の混乱に襲われている。しかもよりにもよって、大勢の信者の前で発言を許してしまった。断れば“天空の教会”の狭量を疑われ、威厳を損なう。

 教祖が女神から授けられたその不思議な力で聖女を取り込めるのなら、“天空の教会”は神聖ミラルベル教国と戦えるだけの地盤となる、第二の旗頭を得られるだろう。


 結局、神父と言っても、各務の魔法で立ち上げられ、中馬や安の魔法で不正に大きくされた新興宗教の一信者に過ぎず、結論は出なかったようだ。神父はラウラ達に待っているように伝えると、早足で奥の扉を開いた。


「ほんとに大丈夫なんですか~」

「信者の前に我々を引き入れた時点で詰んでるですよ。ふふふっ、勝敗は準備段階で決まっているものです」

「言う事はご立派ですけど、ラウラさんは根拠がなくても自信たっぷりでどうも」

「根拠はいつもあります。いちいち説明しないだけですぅ」

「めっちゃ早口になるじゃん」


 教会の奥から信者を引き連れて教祖・各務が姿を現す。

 信者達が膝つき顔を伏せると各務はラウラ達へ向けて歓迎の言葉をかける。


「聖女ラウラ様、よくお越しくださいました。お連れの方々も我々“天空の教会”は……わ、わわ……はわわわわ忘れてた」


 突然、各務がどもり出した。

 パニックになる各務の視線の先には聖女ラウラ――の背後で護衛役を務めるソウイチがいた。


 元学級委員長、各務蓮也は極度の小心者である。その上、予定通りに行動しないとすぐにパニックへ陥る悪癖がある。癖というより、もはや弱点だ。

 乱暴で横暴な多々良双一はまさに天敵。各務にとって色々な意味で恐怖の対象でしかない。そんな男が想定外の登場をしたことで、過剰に狼狽えてしまう。その各務の様子に、信者も何が起こっているのかと不信を抱く。


「だだだ大丈夫、解放せよ、解放せよ、あらゆる束縛を跳ね除け己を解放せよ」


 しかし、各務は呪文を唱え、自分自身に魔法をかける。

 限りなく透明に近い白色の光を体から発した後は元通り――いや、それまで以上に人を超越した精神を持つ仙人のような落ち着きをみせた。

 効果が弱いという各務の洗脳を揺さぶる計画の第一段が不発に終わったことで、ラウラは小さく舌を鳴らした。


「多々良くん、お久しぶりですね」

「……ああ、そうだな」

「申し訳ありません。彼はわたしの護衛として雇っているだけなので、ここで旧交を温めるのは遠慮していただきたいのですが」

「そうですね。それにしても護衛……傭兵か何かですか、実に多々良くんらしい」


 ボロを出す前に、多々良双一という小道具の役目を終えたソウイチを下がらせる。


 そしてここからがラウラの立てた本命の作戦だ。

 ラウラはメイア達、護衛の者を下がらせて各務の前に立った。

 片膝をつき、頭を垂れ瞼を閉じた。

 神聖ミラルベル教国で聖女と認められた乙女が、自分達が信を置く教祖に救いを乞う姿を見て、“天空の教会”信者は感動し涙を流す。


「各務様、あなたの御力で、どうかわたしの在るべき姿をお教えください」


 しかし、その瞳には鋭い刃の光が宿っていた。

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