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オトメクオリア  作者: invitro
第二章 壊れる魔法
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01 流れてきた少女

 建物の外から姦しい女の声が響いていた。人口は百にも満たない、喧嘩すら珍しい寒村では年に一度の祭り以外で聞かない騒ぎだ。訛りのある甲高い声は収まるどころか段々と近づいてくる。


「神父さまあぁ! てえへんだー!!」

「リットン神父さま、いらっしゃいまずかァ!!」

「なんじゃあ騒々しい! 礼拝の最中じゃぞ!」


 隙間風の吹く古い教会の扉が勢いよく開けられ、服を濡らした女たちが駆け込んできた。

 欠けた石壁の補修すらされていない質素な造りの教会、こじんまりとした祭壇の奥から出てきて対応したのは、黒い祭服に身を包んだ老年の男。創世の女神を崇めるミラルベル教の神父を務めるリットン。よそ者が訪ねて来ることなど滅多にない辺境の地で布教を続ける変わり者である。


「だから大変なんですってばぁ!」

「落ち着け、また食い意地の張ったおぬしのとこの倅が毒キノコでも食ろうたか」

「それ息子が成人する前でしょう、いづの話をしでるんですか!」

「川から女の子が流れてきたんですよ」

「そうそう! 早く診てあげてよ神父さま!」


 後ろから遅れて走って来た女の背には、ひとりの少女がいた。

 女たちよりも更にびっしょりと濡れ、サイズの合わない大きな服を羽織っている。首はぐったりと垂れ下がり動かない。

 ひとまず教会の長椅子に寝かせて重いケガと熱がないかどうかだけ確かめる。リットンが命に別状なしの判断をすると、それまで息をひそめていた教会に安堵の声が響いた。


「じゃが、この肌色……南の……は、他の特徴が合わぬか。すると一体どこの……」

「みんなでお洗濯してたらぁ、この子が流れてくんのが見えてぇ」


 露出した手足から頭の天辺に向けて男の視線が動く。

 目につくのは、日焼けとは違う染みのない全身均一な褐色の肌。

 そして新月の夜よりも暗い漆黒の髪。

 大陸各地を巡り様々な国や民族を見てきたはずのリットンでも記憶にない珍しい特徴をしていた。さらには、どこの民族衣装なのか材質すら判別できぬ変わった上着を一枚羽織っているだけの裸に近い恰好をしている。最初は村の女たちが掛けたのだろうと考えていたが、どうやら見た事のない布地は少女の持ち物のようだ。出自の一切が見えない少女に、リットンは懸念を抱いていた。


「……本当に川を流れてきたのか?」

「え、ええ、そうですよ」

「川上から? 間違いなく?」

「下からはどうやったって流れてきませんって」


 信じられず女たちに繰り返し確認を取る。

 リットンたちが暮らしているナルキ村は“魔の森”の川下にある小さな村だ。魔の森は国一番の大都市がすっぽり収まってしまうほどの広大な森である。

 奥地には恐ろしい魔物が住むと伝えられ、ナルキ村の住人だけでなく周囲の村々で暮らす者は浅い場所までしか立ち入らない。川上から流れてきたとなれば、少女は誰も入らず決して生きては帰れないと伝えられる魔の森から流れてきたことになってしまう。


 外見は、裕福な貴族や商家の娘と比較しても遜色ないほど肉づきが良い。目を凝らせば真新しい切り傷だけでなく、古傷が多くあるのも分かる。だが虐待で負った傷というより戦いでできたような傷痕ばかり。背丈はやや低いが、胸は適度にふくらんでいることから年齢は十代半ばだと推測できる。


 本来ならば、いたいけな少女が意識不明で運び込まれたなら聖職者であるリットンの立場上、助けないわけにはいかない――しかし、人などいないはずの魔の森から流れてきたという情報が判断に迷いをかけていた。


(数日前に森から上がっていた黒煙……もし森の異変に関係しているなら――)


 悪しき者を滅するのもまた聖職者の職務であるのだから、そうした疑いが生じることも仕方がないだろう。

 純粋な村人たちは、そんな神父の思惑など想像もせず、どうして早く治療をしてやらないのかとやきもきして見守っている。


「ん……ううっ……」


 そうこうしている内に、黒髪の少女が目を覚まそうと唸り声を上げた。

 薄く開けられた瞼の向こうからは、これまた珍しい漆黒の瞳が現れ、リットンはさらに驚き警戒を強めて問う。


「話せるか? おぬしは何者じゃ?」


 声に反応し、少女が飛び起きる。

 歴戦の戦士を思わせる鋭い目つきで問うリットンに対して少女が口を開いた。


「××!? ……×××? ××××××?」


 少女の言葉は意味不明というより音を聞き取ることも難しい。だが朦朧とした意識でうわ言を漏らしたわけではなさそうだ。発音はしっかりとしている。


 ただ、物知りなリットンでも初めて聞く言語だった。

 これだけなら増々警戒を強めるところだが――瞳を開いた少女は田舎の村人全員を魅了するほどに可愛らしい顔立ちをしていた。


「ねぇ神父様、この子はなんて言ったんだい?」

「××? ××××××、×××××」


 少女自身もすぐに言葉が違うことを察したらしく、人懐っこい笑みで何度も頭を下げ、助けてくれたお礼を伝えようと頑張っているのが伝わってくる。

 よく動く柔らかそうなふっくらとした頬、形は整いつつもやや太い眉、愛嬌のある顔立ちだが、ぱっちりと開かれた大きな瞳は誠意を持ってまっすぐに村人たちを見つめていた。

 どれだけ疑いの眼差しを向けようとしても、教会の伝承にある凶悪な魔物が化けているとは思えない。若い頃は戦場を渡り歩いた経験もあり、人が隠そうとする敵意や思惑に敏感なリットンの警戒も次第に溶けていく。


「………………こりゃ、困ったのぉ」

「どうしたって?」

「さっぱり分からんのよ」

「あらまぁ、リットン様にも知らないこどってあるんですねぇ」

「儂も大陸全土を回ったわけではないが、うーむ……」


 さらにしばらくボディランゲージで意思の疎通を試みていると、今度は少女のお腹から大きな音が鳴り出した。少女が照れ隠しに笑ってお腹をこする姿を見て、教会に笑い声が溢れる。


「×▲×」

「そうかそうか、腹が減っておるか」

「今のは私もわかりましたよ」

「神父様、家にある余り物持ってきます」

「あたしもっ」

「では頼むとするか。シェリルとマグナはまだ料理が出来んでの」


 言葉が通じないせいで不安そうにしていた少女を連れ、リットンたちは教会の食堂へと向かった。

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