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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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16 ここはカジノじゃねえ!

 深夜の歓楽街。

 都市の法律で定められた飲食店や酒場の閉店時間はとうに過ぎていた。街灯の火は落とされ、にぎやかだった大通りも淋しくなっている。だと言うのに、どういう訳か人足が完全に途絶えることはない。ぽつりぽつりとどこかから現れては、裏路地へと消える者達がいた。


 少し足を止めてみれば、何の音か判らない不思議な重低音が腹へ響いてくる。隠れて営業している店があるようだ。浮かれた陽気な集団がパーティーでもやっているのか、遠くの祭囃子が聞こえてくる時にも似た高揚感が自然と湧き上がってくる。


 しかし、今のラスランティスで、法による規則を無視して営業などできるのか。

 冷静であれば気づくであろうこの疑問だが、美少女とのデートに夢中になっているソウイチは気づけなかった。


 ラウラは豪奢な扉の前で立ち止まるとそわそわしたソウイチを静かにさせる。そこは日本で言えば、会員制の社交クラブが入った妖しげな雑居ビルのような入り口だった。

 扉の前にいた男へリュックに入れていた大量の金貨を渡し、地下に続く薄暗い階段を下りていく。秘密のありそうな長い長い階段。地上にあった物より更に豪華で重厚な金属の扉が開けられると、目がくらみそうな眩しい光が差し込んだ。



「さぁ着きましたよ。ここが金持ち特区で俗物共から聞き出したラスランティス秘密倶楽部……裏カジノです! いやっふー!!!」


 ソウイチを案内してきたラウラがドヤ顔で目的地を紹介する。

 地下の閉鎖空間――空気の循環が悪い閉塞感に緊張を持つ人間もいるだろうが、ラウラはこの空間に漂う熱気が性に合っているようだ。顔を上気させて昂ぶっている。


「って違うでしょ」

「なにか気になることでも」

「いやいや、そんなかわいくきょとん?って首かしげても騙されないぞ」


 ソウイチは周囲を指し示すように両腕を広げた。


「ここはカジノじゃない! コロシアムだろォ!」

「……まぁそういう言い方もできますけど」

「全然違うから! そういう言い方しかできませんから! こいつ何言ってんの、みたいな顔やめて!?」


 そこは一体誰がどうやって作ったのか巨大な地下空間。

 中央に置かれるのは円形の石舞台、血と傷で汚れたリングを階段と客席が囲っている。外の廊下の向こうにはハイレートなルーレットやカードテーブルも見えるものの、あくまでメイン会場は格闘用の舞台だった。

 どう見てもソウイチが期待していた夜の大人デートをする場所ではない。ある意味、選ばれた大人しか入れない社交場ではあるが。

 通りすがりの男達が、少年の恰好をしたラウラに怒鳴るソウイチを睨みつける。


「なに騒いでんだ! ガキ相手にイキがってんじゃねぇ、殺すぞ!」

「はひ、すいましぇんでした」

「ぷぷぷっ、なにあんなザコにびびってんの」

「ア゛ア゛ン!? なんか言ったかチビ!」

「やめて! ラウラちゃんも頭下げて! お願いだから!」


 地下はヤクザも顔を伏せたくなるような危険なギャンブルジャンキーの巣窟だった。麻薬中毒者とはまた違う血走った眼つきがソウイチ達を取り囲む。ハンターという戦士の集団に潜伏していたソウイチもつい目を逸らしてしまう。



 この五日間、ラウラは寄付金だけでなく情報も集めていた。隠れた金の流れの情報だ。

 そして手に入れたのは、ゲートタウンで暮らすギャンブルで一財産を築いた猛者達から聖職者の少女への警告。華やかなギャンブル都市ラスランティスには裏の顔、地下闘技場があるという話だ。


 しかし、それこそラウラが求めていた情報だった。

 最初から過激な裏賭博と呼べる物があることは予想できていた。


 幸運、射幸心、金貨の山、非日常――それらは人の心を壊す。

 人は一度手に入れた物を手放す時、多大なストレスを感じる。興奮が日常となってしまえば、更なる興奮を求めるしかなくなる。ギャンブルで覚えた射幸感、身の丈を超えた天からの施し、努力と才能に見合わぬ賞賛は人を狂わせ犯罪へと向かわせる。


 その結果、ギャンブル中毒者の受け皿となる場所が必要となり、法的に灰色な部分が故意に残され、法順守の魔法でも規制されない秘密の賭博場が運営され続けている。



「恐らく過去の転移者に考えた者がいたのでしょう。この世界の人間の精神が変質した後に備え、欲望のコントロールを学ばせるための実験施設が必要なのではないかと。そうして教会に認めさせた公営ギャンブル都市の一つがこのラスランティスで――」

「いやいやそんなことどうでもいいよ。なんで俺を連れてきたの!」

「もーわかってるくせにぃ」


 このこのぉ、とラウラが肘でぐりぐりとソウイチの脇腹をくすぐる。

 美少女のスキンシップを受けてもソウイチはらしくない様子で渇いた笑いを返す。むしろ顔色はかなり悪い。元々の地黒な肌色から血が引き、末期の肝硬変を患っているかのような土色に変わっていく。


「……あの、もしかして」

「皆様お静かに!!! お静かに願います!!!!!」

「ん、なんだなんだ」


 銅鑼の音と音響メガホンを通した怒声がソウイチの声をかき消した。

 観客席で騒ぎが起ころうと無視、無関与が当たり前、むしろ面白そうであれば場外乱闘も合法的な賭け試合に変えてしまうぐらいがここでの常である。そんなコロシアムおいては珍しい静粛を求めるアナウンス。周囲で野次を飛ばしていたギャンブルジャンキー達も何事か気を取られ口を閉じた。


「突然ではありますが! 本日、殺陣舞踏の申し込みがございましたぁあああ!!」

「なにッ殺陣舞踏! 挑戦者は四年ぶりか!?」

「は、聞いた時ねェけど、殺陣舞踏ってなんだよ」

「どこの死にたがりだ」

「まだそんな命知らずがいたのか」

「よって本日の試合予定は全て中止とし、今から先着で参加者百名を募集いたします!」

「おい急げ! 早いモン勝ちだぞ!」


 突如はじまった謎のイベント。ソウイチは呆然としながら、我先にと参加受け付けや賭け札の購入窓口へ殺到する者達の声に耳を傾けていた。


 殺陣舞踏とは、簡単に言えば無手(武器なし)による武術の百人組手である。

 休憩は一試合につき小さな砂時計が落ちるまで、約一分ほど。ただし、挑戦者は会場の半数以上が再起不能と判断するまで敗北を認められない。動けなくなった後は、舞台の上でいたぶられ続ける処刑遊戯へと変わる。


「ねぇ、それデスゲームって言わない?」

「相手を皆殺しにすればいいんですよ、ふへへ」

「やだ、この聖女さま、物騒すぎる……」


 挑戦者を打倒した者には全掛け金の10%が支払われる。

 そして戦う順番は先着順でなくクジで決まる。

 そのため、倒れる寸前の挑戦者にタイミング良く当たれば儲けもの。腕っぷしに自信のない者でも運さえよければ大金を手にできるということで、参加者の枠百名はあっという間に埋まった。挑戦者の弱ったタイミングを引き当てることもギャンブルジャンキー達の楽しみの一環なのだ。


 また、賭けの対象となるのは挑戦者が何人目で敗北するかのみ。最後まで勝ち抜けるという項目は賭けの対象に存在しない。100人抜きが達成された場合は挑戦者が掛け金の総取りとなる。開催者であるコロシアムの支配人の元にも銅貨一枚残されない。

 いわば挑戦者にとって、殺陣舞踏へ挑戦すること自体がコロシアムに関わる全ての人間を相手に人生を賭けた勝負だと言えよう。

 100人抜きを達成できた者は未だにいないのだが。


「もしかしなくても、挑戦者って俺?」

「モチ! ソウイチ君のっ、ちょっとイイとこ見てみたいっ、ハイハイハイ♪」

「ナニその煽り、金剛寺と玄間から聞いたの?」

「あとこれ、はい」


 ラウラはリュックに入れてあった装飾付きの真っ黒な帽子と仮面、ソウイチの巨体でもすっぽり覆える大きめのマントを渡す。


「登録名はマスク・オブ・バンチョウにしておきました」


 その衣装は、明らかにソウイチが怪我をする前提の物だった。

 殺陣舞踏では聖遺物を含めたあらゆる武器の使用を禁止されているが、女神の魔法は禁止されていない。身体に宿した魔法という形で女神の力を授かった転移者は、今回のラウラ達が初めてのケースなので当然のことだろう。


 ソウイチは変身する度に最善の状態に肉体を復元できる。ただ魔法の使用時には光が出るため、マントをかぶって亀作戦で防御するフリをして魔法の光を隠せという意味だ。


「魔法もあるし最強だと噂の多々良双一さんなら楽勝ですよね」

「た、たしかに多々良双一は最強ですけど」

「じゃあ行きましょう。勝ったらご褒美あげますよ」

「ご褒美!? ラウラちゃんにそんな応援されたら……もー! 行くっきゃなくなっちゃうだろォ!!!」


 ガラの悪い男達の目も見れなかった臆病者はどこへ行ったのか、ソウイチは勝手にエロスな妄想を膨らませて拳を握った。


「アホで助かる」


 と小声で言いつつ、タダの女好きもここまで貫けたら認めざるを得ないか、などと感心させられてしまうラウラだった。


「応援してます。がんばってネ」

「オウッ!」


 ラウラとしても、今回教会から持ち出した金貨のほとんどを最初に参加費として払ってしまっている。負けは許されない。しかし賭け金の総取りとなれば、一獲千金。億万長者の仲間入りだ。旅の予算など一切気にしなくてよくなる。


 ソウイチが持ち前の調子の良さで乗り気になっている隙に、ささっと着替えさせてから手にバンテージを巻きリングに送り出す。挑戦者を待ち受ける闘士達の抽選が終わると、会場の熱気を冷まさぬ様に試合開始の銅鑼が鳴らされた。


 ソウイチはファイティングポーズを取り、小刻みにステップを踏む。ボクシングスタイルだ。コロシアムがあると言っても、この世界では争いごとが少なくあまり格闘技が発達していない。初めて見る構えに、試合が始まる前からひどい野次が飛び交う。


「ナニ踊っとんじゃガキコラァ!」

「やる気あンのかクソガキャアアア殺すどォ!」

「せめて10人抜きくらいはしてみせんかい!!」

「てめぇが11人目に賭けてるだけだろうが」

「いけぇー! ぶちころせーッ!! 残りの99人が戦意喪失するくらいでいい! 一人目は半殺しだ! そのブサイクなブタ鼻をまっ平に潰してやれぇ!!」


 中でも特別汚い野次がラウラだった。血生臭いコロシアムに一人だけ可愛らしいソプラノボイスが混ざっているので背中を向けていても分かってしまう。


「うるせェぞ、そっちのセコンド! 試合が終わったらケツ掘ってやるからな!」

「この都市でンな犯罪ができるかバーカ! リングの上で気がデカくなってるからってフカシてんじゃねぇカス!」


 一年と数ヵ月ぶりに己の暴力性を完全に開放できる場所へ来て、格闘技大好き少女はすっかり暴走していた。


 偽物のソウイチは緋龍高校に通っている頃、不良であっても暴力を日常とするタイプではなかったのだろう。試合相手や観客と罵詈雑言の代理戦争をはじめた頼もしいセコンドをよそに気持ちが萎えていく。


 だがそこは喧嘩番長・多々良双一の肉体だ。いざ敵が襲いかかってくれば、スイッチが切り替わったかのように俊敏な動きをみせる。

 リーチの差を活かして光速のジャブを鼻に一発。

 相手の顔がのけぞった所へ追加でジャブをもう一発。

 意識が飛びそうになった相手は顔を振りながら勢い良く上体を元へ戻そうと――しかし、至近距離に回り込んでいたソウイチは打ち下ろし気味に体重を乗せたストレートを放った。


 危なげない余裕の勝利。白目を剥いて倒れる相手を無言で見下ろす挑戦者の姿に、会場が一斉に沸き立った。


 その後も、ソウイチは次々に出てくる参加者を無傷で打倒していく。

 100人は無理でもかなりいい所まで進めそうな強者の出現は、ギャンブラー達と迎撃参加者の予想外だったらしい。激しいブーイングも含まれているが、ラウラは自分が認められたのも同然と喜び煽り返している。いつの間にか買われていたポップコーンを片手にテンションを上げていく。


「やはり暴力はいい。暴力はすべてを解決する」

「あの……ラウラちゃん……」

「いいですよ! この調子でガンガン行きましょう! 朝には億万長者です!」


 だがもう一方のソウイチは違った。

 10人ほど倒したところで表情が暗くなってきていた。


「やっぱ無理ぃ。もう帰りたい」

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