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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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15 わたしをカジノへ連れてって

「わたしをカジノへ連れてって」

「ダメ」

「おねがい」

「くっ、かわいい……でもダメですわ」


 カジノへ案内を求めるラウラの前をメイアとポーネットが塞ぐ。くりくりと大きな目を潤ませ、かわいらしく小首をかしげてするお願いポーズに、ポーネットだけは一瞬ふらりと流されそうになるもどうにか踏みとどまった。


 この世界の人間は欲が少ない。

 故に、自制心が利きやすく賭け事で身を滅ぼす者も少ない。

 だがそれは一般論。すべての人が当てはまるわけではない。中には落ちるところまで落ちる者もいる。返す当てもなく借金を重ね、最後には裏社会の闇へと消える。


 聖遺物の回収と管理を主な任務とする使徒座の巫女が直接関わることのない案件ではあるが、旅先の教会施設で宿泊をする巫女は、世界各地で起きている問題を小耳にはさんでいる。当然、賭博を許された都市についての知識もある。ラウラの日頃の言動から鑑みれば、不安にもなるというものだ。


「ラウラちゃんは負けず嫌いだからなぁ……」

「聖女に選ばれる程の人徳者であるこのわたしが射幸心なんかで破滅すると思うんですか!」

「思いますわ」

「思いますね」

「即答すんなし」

「それに図星を突かれて恫喝気味に質問を返すのは詐欺師の手口だぜ」

「ぐぬぬ、デカイのまで……やだやだゼッタイ行く! カジノ行くのぉ!」


 今度は小さな子供のように床の上で駄々をこねる。

 それでメイア達が首を縦に振ることはない。ただし、その姿を見た司祭や法務官ブル、財務官コルビーは同情的だ。外見通りの幼さを残した聖女に安心し、微笑ましいと感じている様子だった。


「見学程度ならよろしいのではないでしょうか」

「騙されたらいけません。ラウラちゃんは小さいけど私とポーさんより年上ですよ」

「へ?」

「しかも目的のためには手段を選ばない所がありますから、油断すると知らぬ間に際限なく言う事を聞かされますよ」

「…………ハァ、付き合いが長くなるとやりづらくなって困る」


 ぱんぱんっ、と服を叩いてラウラが起き上がった。すでに先程の童女のような無邪気さは顔から抜けている。都市で起きている異変と転移者の目的を考察していた時と同じ凛々しい表情だ。


「ポーさーん、メイアがわたしの悪口を広めてるんですけど、聖女反逆罪で本国に送還してもらえますか」

「ご自分から売ったケンカでしょうに」


 やり取りにも慣れた様子のポーネットを見て、司祭達も「自分の目で見たモノより、噂が正しかったのだ」と知り、その場から一歩下がった。

 メイアの助言通り、油断すれば自分のキャリアが使い潰されるまで都合の良い駒にされる、とそこまで悟ったのかもしれない。



「ククッ、聖女さまよ。ここは大人しく俺に任せておけ」

「その自信、デカイのは秘策でもあるんですか」

「よくぞ聞いてくれました! こう見えて俺は賭け事にも詳しいんだぜ」


 ソウイチが筋肉で膨れた胸をこれでもかと張る。


「ギャンブルで勝つとは運で勝つことではない、キリッ」

「その心は?」

「ギャンブルは胴元が必ず勝つように道具とルールが用意されている。真っ向から勝つにはイカサマしかない」

「……でも法順守の魔法でイカサマは使えないはずですよ」

「そうだ、だがイカサマも正攻法じゃないからどうでもいい。胴元が必ず勝つルールが存在するということは、カモである賭博者が勝つパターンの中にも何かしらの法則が生じるということだ。つまり、その法則の中から期待値がプラスになる方法を見つけ出し、回数を重ねる。数をこなせば確率は収束し、期待値×試行回数≒収支となる。これを情報統計学データサイエンスという」


 ソウイチの話を聞いて財務官コルビーが感嘆の声を上げる。


「おおっ、転移者様の世界では、あなたのような若者でもそういった高度な教育を受けているのですか!?」

「俺ほど優秀な人間は少ないがな、フッ」

「へぇ~……要はギャンブルで勝つって、胴元の不備を突いて予めアガリに計上されてない払い戻しを掠め取ることなんですね。覚えとこ」

「メイアちゃん言葉が悪いよ!」


 過去にギャンブル中毒者とも付き合った経験があるのか、メイアが真面目な顔でメモを取っていた。

 ソウイチが語るギャンブルでの勝ち方にはラウラも概ね同意見だ。しかし印象の悪い自分のニセモノが吐く言葉は、どうしても印象が悪くなるもので、ソウイチの主張が正しいのかラウラの中で考えが疑問に変わる。


(そもそも今のって前に安達パチンカスが言ってた言葉だよな。カジノで通じるのか?)


 パチンカス、それはラウラのクラスメイトである三人組。安照やすてる阿久津盛男あくつもりお浦部治郎うらべじろうという名の少年達のことだ。


 この三人組は学生にして“ノリ打ち”のチームを作っていた。

 ノリ打ちとは、パチンコやスロットを打つ際に、複数人で店やスロット台などの情報を共有し、利益を均等に分配しているギャンブラー集団を言う。


 三人は中学生の頃から大学生のフリをしてパチンコ店に入り浸り、三度目の補導で問題児の集まる緋龍農業高校以外の進路を失った。しかし、高校に入っても長期休暇には相変わらずパチンコ店に通いつめ、夏休み明けには50万円ほどの札束を見せびらかしてアルバイトで稼ぐクラスメイトを小馬鹿にしていた。


 もちろん緋龍高校でそんな大金を持っているなんて噂が立てば、即カツアゲの対象となる。そこでラウラは、クラスメイトのよしみで金を狙う不良から安達を守ってやっていたが、お友達料金(ボディーガード代)と称して結構な金額をふんだくっていたため、仲はあまり良くない。

 本来なら、苦学生として長期休暇はアルバイトに励んでいたラウラも馬鹿にされていた側の人間であり、助ける義理もなかったので相応の対価といったところだろう。



「カジノにはどんなゲームがあるんですか」

「そらカードとかルーレットとか?」

「やっぱり、どこも似たようなもんか」


 ラウラの眉間に小さなシワができる。

 短期間かつ大勝するには、高レートで勝率の高い勝負を何度も行える環境でなければならない。そうなるとソウイチの語るパチプロ理論では、望むような収入を得ることができないと想像できた。


「ならいっか、わたし達は別の方法でお金を集めましょう。デカイの、そちらは任せますよ」

「おうよ! 期待してな!」






――――――――――






 ――と、意気込んでソウイチはカジノへ向かったが、


「クイーンの10。皆様、役無しのようですので親の総取りです」

「なん……だと……」


 宝座から預かった金貨は五日で底をついた。ソウイチが悲しそうにテーブルの上を滑っていくチップコインを目で追うも、ディーラーの手は止まらない。


 正確には、ガラクとして生活していた時に知り合ったカジノに詳しい人物から情報を集め、四日間は見る事に専念していたから、正味一日で全財産をスッたことになる。

 ソウイチの見張りとして、またソウイチがカジノの攻略法を見つけた後の人海戦術要員として付けられたメイアと“愛の教会”シスター達も同様だ。修道服を着ていないせいか、いつもと比べソウイチを見る眼はさらに厳しい。



「こ、ここでアドリブが効かない奴は「やめんかっ!」イテッ」


 パシンッ――ホールに中身の入っていない空の容器を叩いた時のような小気味良い音が響く。身に着けている物までチップに追加投資をしようとしたソウイチの頭が後ろから引っ叩かれた。

 振り向いた先には、様子を見にきたラウラとポーネット率いる“力の教会”の黒子シスター達がいた。危惧していた通りの事態になったと失望の色を隠せていない。


「せっかくわたし達がお金を用意したのに」


 言われて少女達の手や背中を見ると、大小あるがそれぞれ膨らんだ袋を持っていた。中には金貨が詰まっている。


「そ、そんな大金をどうやって!?」

「うわ、ほんとだ、金貨の山……ラウラちゃんは宝座の神官も兼任できるんじゃないですか」

「金持ちから寄付してもらっただけですけどね」

「教会としてはかなりグレーゾーンなやり方でしたが」

「いやー、グレーで済むかなぁ、ハハハ……」


 ポーネットは目を細め、財務官コルビーは汗を拭きながら答えた。


 ギャンブル都市ラスランティスは、元々治安の良い場所ではなかった。そのため都市の中にはゲートタウンと呼ばれる資格のない者は立ち入ることすら出来ない高級住宅街が存在する。貴族や豪商、そしてラスランティスでのみ高い地位を誇る伝説のギャンブラー達が住む地区だ。

 ラウラ達はゲートタウンの規則で訪問を拒めない聖職者として堂々と内部に入った。そして瘦せこけた白い子犬や子猫を抱きながら、


『この子にあげるミルク代がありません。どうか尊き方の慈悲の手を』


 と書かれた看板を背に突っ立っていた。

 市民が“天空の教会”に改宗したとしても、女神ミラルベルが信仰対象の頂点であることに変わりはなく、大切にすべき物も基本的に変わらない。女神の色である“神聖なる白”の毛皮を持った動物を連れて歩けば寄付金は自然と増える。



「俺の情報統計学データサイエンスが乞食に負けただと!? 認めんッ!!」

「乞食言うな、運なし下ブレ野郎っ」

「うぐっ……お、俺だって、まさか確率が収束する前に初期投資が尽きるとは思わなかったんだ」

「思わなかったじゃなくて計算しなさいよバカチン」

「したよ!」

「ほんとかなぁ」


 多々良双一は、数学は得意でも算数が苦手だった。高度で緻密な計算能力よりも論理的思考の方が技術として習得しやすいからだ。

 ニセモノであるソウイチが2-Aの中でも学力の低い生徒であることは既に確定事項として、見張られていて他の頭の良いクラスメイト――例えば貴志や輪島はかせに変身する余裕がなかったとすれば、情報統計学データサイエンスという多々良双一の知識を変身魔法により引き出せても無用の長物にしかならないだろう。ラウラは呆れつつも、自分に変身している男が頭の回らない人間だったことに安堵する。


「でも更にひとつ事実が発覚したぞ! ここには四人目の転移者がいる!」

「は? 根拠は?」

「俺の運気を操作した男がいるはずだ!!」

「……ギャンブル中毒が」

「いや間違いない! クラス一のガチャ運を持つと言われた俺に限ってこんなッ」

「はいはいオカルト乙~」

「ガチャ運ってなんですかね?」

「さぁ」


 10人掛けの大きなカードテーブルと被害妄想にしがみつくソウイチを引き剝がし、一度ラウラ達は教会へと戻る。


 数日ぶりに一同が集った聖堂には、金貨袋が積み重なる。富裕層を狙い撃ちしたラウラの寄付金作戦は上々の結果と言えるだろう。各自が行っていた金策の中では一番収入が多い。

 しかし、今後の旅や“天空の教会”に引き抜かれた信者達を取り戻す工作費用まで考えればまだまだ足りない。


 財務官コルビーに、一番見込みのあったラウラの作戦で“天空の教会”に改宗した富裕層から金貨を回収するという指示を出し、ラウラ達もしばらくラスランティスで同じ行動を繰り返すことにした。






 ――という建前の作戦を話し合った後の深夜、ラウラはひとり次の計画を始めていた。


「ちょっと帽子がパンパンだけど、これでよしっ」


 服の上からでもそこそこ分かる胸の膨らみをサラシで強引に押しつぶす。長く伸びた黒髪は風船のような帽子キャスケットの中に丸めてしまい込む。そして最後に、こっそり荷物に忍ばせていた薄手のベストとハーフパンツに着替えれば、男装の完成だ。性別問わずモテそうな中性的な少年にしか見えなくなる。


 金貨の詰まったリュックを背負い、音を立てないように窓から外に出る。ラウラの肌と髪の色は夜闇に隠れて行動するのに都合がいい。目当ての人物の部屋に移動し、窓から侵入する。


「デカイの、起きなさい」

「夜這いかッ」


 ラウラが小声で話しかけるとソウイチは瞬時に意識を覚醒させた。化けている多々良双一の体質か女の声に対してのみ鋭敏なのかは不明だが眠りは浅いらしい。


「聖女さま? へえ……男装も悪くないな」

「バカ言ってないで、おまえも着替えるんですよ」

「あっもしかしてお忍びデートかな? 行く行くぅ」


 女性からの誘いは断らない主義のソウイチは、言われるがままに着替えた。

 連行するための脅迫の必要がなかったことに、ラウラとしては拍子抜けだった。しかし、手間が省けたと静かにソウイチを連れて教会から離れる。

 昼間のうだる暑さが消え、夜風に当たりながら美少女と並んで歩くソウイチは楽しそうだ。


「あっ、聖女さまは夜のデートとか経験ある? よければお兄さんがリードするよ」

「行き先は決まってますので大丈夫です」

「なになに背伸びしたい感じかな。それでどこ行くの?」

「ふひひ、着いてからのお楽しみです」


 褐色の肌に漆黒の髪を持つ凸凹な男女は、灯りのない夜の歓楽街へと向かっていた。

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