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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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14 その金策はいけません

 陽が沈む前、建物の中にロウソクの火を灯す時間になるとメイア達が姦しく話をしながら奥の会議室から出てきた。

 聖堂には、いつの間にやってきたのか都市の視察を終えたラウラ達の姿があった。男性三人と何やら相談をしている。


 一番年嵩のいっている男性は、ラスランティスの教会を預かる司祭だ。メイアも挨拶を終えている。残る二人の顔にメイアは見覚えがない。ただ、その服装から男の所属だけはすぐに判明する。どちらも使徒座の巫女が纏う紅白とは違う意味で目立つ法衣である。


 漆黒と純白で左右に分けたツートンカラー。こちらはミラルベル教の法の番人・戒座の高位聖職者だ。

 白と黄色の布地に、いやらしいほど銀糸金糸を用いたキラキラ法衣。こちらは宝座の高位聖職者となる。

 ラウラの補佐につけられたのだろう。使徒座・戒座・宝座は日頃それぞれの長がいがみ合っている組織であるが、今回の件は協力せざるを得なかったようだ。


「メイア、いたんですか。こちらは戒座のブルさんと宝座のコルビーさん」

「はじめまして~、メイア・バルテルと申します」


 渋い雰囲気を持った壮年男性を前にして、メイアが反射的にかわいらしい声を作る。

 しかし、二人の聖職者はわずかに頬を赤らめただけだった。努めて事務的な態度を取って見せる。


「法務官のブルと申します。普段は異国へ派遣される宣教師などに、その国の法やその国の方々が大切にしている風習などを教えております」

「財務官コルビーです。この度は聖女様の御力になれず、我ら宝座一同、汗顔の至りであります」

「まぁまぁ、お金の話は後にしましょう。欲望に呑まれているとは言え、相手は女神様の御力を授かっているのです。仕方がありません」


 法務官ブルは悩ましげな顔つき、財務官コルビーは申し訳なさに浮かべた汗をハンカチで拭いている。

 メイアもその原因となった出来事、自由都市同盟内で起こっている異常を自ら体感していた。


 法の絶対順守と異常な物価高騰。


 法務官ブルに求められているのは法の抜け穴の確認だろう。いざという時に武力を頼る手段は用意しておきたい。女神の魔法を使っている者と接触するには、強引な方法を取らざるを得ない場合が考えられるからだ。


 そして財務官コルビ―は、聖女ラウラへ活動資金を援助する手筈だったようだが――深く下げられた頭から、現在のインフレ状況に対して満足な額を確保できなかったのだと推測できる。

 ここが神聖ミラルベル教国の本部であったなら、儀式で使う法具や法衣などの売買、聖遺物によってのみ可能な病や怪我の治療、特殊な薬草を用いた治療による喜捨の催促も可能である。しかし、他国ではそうもいかない。まして今の自由都市同盟内では、信者を“天空の教会”なる新興勢力に奪われてしまっている。


「ところでラウラちゃん、国王の方なんですけど……」


 先に別の人間が失態をさらしてしまったせいで、メイアはラスランティスの国王との謁見を取り付けられなかったことを言い出しづらくなってしまった。つい声が小さくなる。



「謁見拒否、ですと?」

「どうします? しばらく交渉を続けますか」

「……ふーん、なるなる……いえ相手の魂胆はわかっています、王様は無視しましょう」


 いきなり行き詰ったかと思いきや、ラウラは少し考えた後、好都合だと笑った。


「これは交渉を期待した時間稼ぎですね。途中からブルさん達と都市を見ながら今回の件を検証していましたが……ミラルベル教国との対立は、法順守の魔法を使っている者にとっては恐らく時期尚早だった。想定外の何かが起きたようです」

「なんでそう思うんですか」


 ラウラ以外の者達は状況を理解できずにいた。

 ラウラは元クラスメイト達とどう戦うかを一年以上考え続けてきた。しかし、この世界の人間では、敵の人間関係まで想定できていないのだから無理もない。


「では今判明している敵のミス。不自然な点を説明しておきましょう」

「不自然な点? ありましたかね」

「少し実験をします。ポーさん、ちょっとここに立ってコレを拾ってください」

「え? いいですけど」


 ラウラは自分の財布を床に落とした。ポーネットは言われた通りの場所に移動してから、前屈みになって財布を拾おうと――すると、ちょうど肉づきのいいおしりがソウイチの方へ突き出される。


「ポーさんうしろ見てー」

「なんですの……セクハラ現行犯ですわッ!」

「いたたたた! おとり捜査反対!」


 ポーネットのおしりに手を伸ばそうとしたソウイチが指を捻られて叫ぶ。


「つまり……正当防衛なら予防でも実力行使できる?」

「それもですが言いたいことは別にあります」

「…………そうかっ、法が不完全なのですね!」


 ラウラの意図を悟った法務官ブルが手を叩いた。少し遅れて財務官のコルビ―もハッと悩ませていた顔を上げた。

 法順守の魔法で犯罪を行えないのなら、正当防衛は不要な法となる。何せどれだけ悪意を持っていようと実行する前に魔法で止められてしまうのだから。


「はい。その疑問の証明に、他にも検証したいことがあります。メイアは聖遺物で何か動物を、デカイのは何でもいいから変身してみてください」


 指示された通り、メイアは聖遺物で手の平に銀糸の小さなハムスターを呼び出し、ソウイチはガラクの姿になってみせる。

 はじめて神の奇跡を見せられ、教会にいた聖職者達はソウイチに向けて膝をつき手を合わせた。


「無限の財源があるという前提で……わたしならまず財力を基に権力者や官僚を操ります。教国に反乱をするような大それた真似をするなら、自分達に都合のいいように法を変えてから挑むでしょう」


 例えば、自由都市同盟シルブロンドから与えられた資格を持つ者以外は、聖遺物など女神ミラルベルの力の行使を禁止する。

 不要になったとしても正当防衛などの法自体を無くすことは難しい。それまでも必要だったからこそ存在し、無くすメリットがないのだから。それでも侵略者の有利にならないような文言に変更する程度は可能だろう。


「強大な女神の力に溺れて気が大きくなってしまった。とも考えられますが、同盟を乗っ取ろうなどと考えた人物が立てた計画にしてはお粗末です」

「急ぎすぎ、ですか」

「俺と一緒に来た連中ならアホだし欲望丸出しだしで、そんくらいのミスはよくある話だと思うけど?」


 ソウイチがラウラの推理に思ったことをそのまま言ってしまうと、周囲からソウイチに向けて不信感を示す視線が送られる。ミラルベル教内でも、未だ多くの組織が此度の転移者が問題児の集まりだと認識していなかった。


 ラウラも緋龍高校2-Aの面々が賢く自制の利く相手だとは思っていない。実際、クラスの半分近くは学力が小学生並みだ。しかしその反面、貴志や輪島はかせのような天才児や特定の専門分野でのみ高度な知識を持つ危険な趣味人がいること、それらの問題児を短期間でもひとつのグループとしてまとめることの大変さも知っている。

 今回の一件では、最低でも三人が手を組んでいることで、ラウラは問題児の信用を集めるほどの力と知能を持った主犯が必ず存在すると読んでいた。


「まあ相手がそんなアホならいいんですが……敵を小さく見ても仕方ありません。最大限警戒して行きましょう」

「そ、そうですね」

「じゃあ次。現状、一番厄介な法順守の魔法を持つ敵がトラブルで焦っている場合、その者は何をしようとすると考えますか、ブルさん」

「法に関することならば……同盟全体の法律を決める会議の場となる議長国マステマで官僚の買収、ですかね。マステマは500年前の大戦後にできた多民族の民主主義国家で、転移者の方でも入りやすいでしょうし」

「なら我々はマステマで人探しをしましょうか」


 まず対処すべきは法順守の魔法を持つ者。

 聖女が方針を決めたことで、聖堂に掛け声が響いた。


 しかし、活力のある掛け声はすぐに溜め息へと変わる。

 なにしろ何をしようにも自由都市同盟の教会には資金がない。インフレーションによって教会が得られる喜捨も、過去に比べ格段に増えてはいるものの、出費の方が遥かに上回ってしまったからだ。

 教会の聖職者だけならば質素な生活にも耐えられる。しかし、現在の教会は救いの手を差し伸べるべき相手が以前より増えている。インフレーションに適応できず失業してしまった者、法順守の魔法により食い扶持を失った元犯罪者や窃盗などで食いつないでいたスラムの子供達だ。


 巨大宗教の力とは日本人が想像する以上に大きい。神という絶対者に寄り添うことで得られる安心。国家の壁を超えて共有される帰属意識と一体感。教義という周囲の誰もが認める正義と倫理を守るだけで自己肯定が可能となる。

 “天空の教会”も炊き出しや寝床の提供などを行っているが、これまでの信仰を軽々と捨てるような人間の世話にはなれない、という者も多く出てくる。



「住人すべてを洗脳しないのはこのためだったのかしら?」

「わたしは魔法の限界だと考えていますけど、影響力のある人物や地区に絞っている可能性はありますね」

「聖女さま達は考えすぎだって、ヤツらそんな頭回らんって」

「……と、それは置いといて、次は新しい収入源をどうするか」

「物価高騰の話は聞いていたので、本国から物資を直接送らせたのですが」


 本来、この問題に対応するはずだった財務官コルビーが言いよどむ。


 このままでは聖女一行の活動資金すら捻出できない。

 自由都市同盟シルブロンドが神聖ミラルベル教国と敵対に近い声明を出した瞬間から、関税が上がり輸入は難しくなっている。

 それに、どうにか持ち込めた薬草なども売ることができない。教会関係者が新しく商売をしようと申請しても、“天空の教会”信者かそれぞれの都市国家の代表の息がかかった者に妨害されてしまうのだ。


「そんな妨害ってできるんですか? 魔法で禁止されているのは暴力や窃盗だけじゃありませんよね」

「申請そのものを理由もなく棄却することはできません。法で保障された権利ですからね。しかし、事務手続きを遅らせることはできます」

「あっ、ここで牛歩戦術か」


 ラウラは難問に頭を抱える。

 だがブルとコルビ―は少し嬉しそうに聖女を見ていた。


「……なんです?」

「失礼とは存じますが、噂とはだいぶ違っていたので」

「もっと子供というか直情的な方とばかり……これほど聡明な方とは思いもせず」

「わたしは聖女になった時、女神ミラルベルにわたしこそが最も優れた人間だと証明する誓いを立ててますからね」

「それはまたなんとも……」


 そして今度は、ラウラの高すぎる目標を聞いて苦笑いだ。

 高位聖職者の間では、ラウラが以前かけられた魔女裁判の噂は広がっている。そこでどれほどの大言壮語を吐いたのかも。

 魔女裁判に参加していなかった者達は、精霊や枢機卿を前にしてそんな発言をできる人間が存在するはずがないと笑い話にしていた。だが、いざ本人を目の前にすれば、その真っすぐな瞳と言葉から、この少女は神に選ばれるだけの特別な何かがあると納得させられてしまっていた。



「金策なら俺にとっておきの案があるぜ」


 しかし、今回の問題を解決へ導こうとしたのは聖女ではなく、いまいち信用していいのか判らない転移者の男だった。ソウイチはわざと目立つように芝居がかった態度で鼻を鳴らして笑う。


「実はガラクさんに化けてた時にも、ここには遊びに来てるからな」

「何か金銭を得るアイデアがあるんですか」

「この国に人が集まり活気がある最大の理由と同じだ。ここには神聖ミラルベル教国に認可された、とある利権がある。金儲けするなら本当はそれを利用するしかないって、みんな分かってるだろ」

「ですがその方法は、我々聖職者には」

「いえ、手段を選んでいられません。あるなら聞きましょう」


 ソウイチの言葉を遮ろうとする司祭や財務官をラウラが止める。


「ふふふ、聖女さまに教えてあげよう。このラスランティスはな、大陸でも数少ないギャンブル都市なのさ」

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