11 あらたな同行者(五章前編/)
タタラソウイチは語る。
神器により転移してきた後、ソウイチは玄間の覚醒魔法を受けた影響で炎から逃げ遅れ、一人で魔の森を脱出することになった。方角は北東だっただろうか。炎から逃げるようにひたすら走った。
幸い、炎で焼け死ぬことはなかった。
ただ気づいた時には、広大な魔の森でクラスメイトの足取りを追うことは不可能なほどに離れてしまっていた。しかし、元の世界で身に着けたサバイバル技術と優れた肉体によって、ソウイチは魔獣が跋扈する魔の森の深くにあっても、一人で生き延びることができた。
そして三ヵ月ほど経ったある日、森の中で草木を踏み荒らして作られた血の轍を見つけた。複数種類の大型魔獣が傷だらけで何かから逃走しているのだ。
真っ先にクラスメイト達が魔法で魔獣を撃退したのだと思い浮かんだ。魔獣が森の外へ逃げれば、森の外に暮らしている人間がいた場合、多大な被害が出る。それを見過ごすなど、クラスの真のリーダーたる多々良双一のやる事ではない。
ソウイチは血の轍を追って魔の森を出た。そこでは、すでに森に近い村がいくつも破壊されていた。魔獣に戦いを挑んだ村の男達はみんな死んでしまったらしい。村の付近に残っていた魔獣を倒したソウイチは、生き残った女子供だけで作られた新しい村を守ってくれと頼まれる。
当然、二つ返事で承諾した。
村が被害に遭ったのは、共に異世界へ来たクラスメイトが魔獣を逃がしたことから始まった災難だと考えられた。であれば、やはり責任感の強いソウイチが断るはずがない。
村の女達と絆を深める内、女達はソウイチを信頼し、その優れた能力と男気に惚れる。そして自分達の血を絶やさぬため、ソウイチの強き血を欲しいと望みはじめた。これもソウイチは二つ返事で承諾した。
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「そうして、その村でこの多々良双一様の優れたイデンシを残すべく、股間が乾く暇もないくらい村の女を毎夜毎夜――」
「ラウラちゃん、どうしたんです?」
語りの途中、異常に気づいたメイアが思わず話を止めた。
(俺の姿で……子種をばら蒔いただと? どんな嫌がらせだ)
ラウラが熟れて破裂寸前のトマトのような顔になっていたのだ。地黒の肌でも一目でわかるほど肌が紅潮し、こめかみに浮き出た血管が脈打っている。
「怒りが、限界を超えて……どう八つ裂きしたらいいか……ワカラニャイ」
「今の話までで怒るところありました?」
「ラウラは口は悪いけど純情だから、複数の女と関係を持つのは不潔だと思ってるんじゃにゃいかにゃ」
「でも魔の森周辺は危険ですし、強い血を取り入れようとするのは別に悪いことじゃないですよ。愛の教会でもそういう状況での集団交際は認めています」
「そもそも、そちら方がガラクさんに化けてた時は親しそうに話してたじゃない」
話の通じないメイア達の反応を聞きながら、ラウラの手の平に血が滲んでいく。
ソウイチが獣化した鳩山を一撃で倒してしまった様子から、仮称・変身魔法は姿形を盗むだけでなく、相手の技能まで模倣できることは予想していた。
変身魔法が存在することも以前から予想できていた。
憧れる誰かに成りたい。珍しくない願望だろう。
ラウラにとっても変身技能は自分の味方に欲しい魔法である。
だがまさか、他人に変身した姿で子作りに励むような馬鹿がいるとは考えもしなかった。しかもラウラの元の姿でときた。
魔法による変身。肉体的特徴を全て模倣されているのなら、その子供は遺伝子上、多々良双一であるラウラの子供になるだろう。
想定外の変身魔法の危険性を認識させられ、ラウラは自分に化けた男の処遇をどうするか決めかねていた。
「ってまあ、今んとこ誰も妊娠してないんだけど」
「いいから早く続きを懺悔なさい、このカス」
「聖女さまクチ悪くない?」
残念そうに話すソウイチへ機械的な笑みが返される。
ラウラにとっては、すぐにでも変身魔法を解除するまで殴ってやりたいところであったが、ソウイチが偽物であると断言できる者は世界にラウラしかいない。ソウイチの目的を探るためには、まずは話を聞くことが得策だと続きを促した。
――――――――――
ソウイチが魔の森北東の農村で暮らしはじめた頃、外では問題が拡大していた。生き延びた魔獣が餌を求めて人口の多い都市を襲っていたのだ。
ソウイチの暮らしていた国もラウラが暮らしていた国と同じく、教国の庇護によってどうにか存在を許されている小国だった。領主は自身の私兵団のみでは対応できず、国へ救助を求める。そこでようやく魔獣狩りを専門とするハンターが派遣されてきた。
ハンター達は都市部を徘徊していた魔獣を一通り退治した後で、ソウイチの暮らす村にも訪れた。そこでソウイチとガラクは出会う。
極度の女好き同士、二人は瞬く間に意気投合した。ソウイチは魔の森の異変を調べに行くというガラクの精鋭部隊に加わり魔の森へと戻った。
だが調査は失敗に終わる。
ミラルベル教国の依頼を受けて定期的に魔の森を調査しているハンター達も知らなかった。魔の森の深層には、音も気配もなく地を這いながら獲物に近づく昆虫型の魔獣がいることを。
大型の肉食昆虫に襲われた部隊は抵抗する間もなく食い散らかされた。
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「虫に襲われたの、ちょうどみんなの家族の話をしてる時でな……ガラクさんは宝物にしてた娘の描いた家族の絵を見てて、その隙を突かれちまったもんで……それを自分が死んだ理由にはできないって、俺の魔法で獣人の勇者にふさわしい死を作ってくれってんで、俺はガラクさんに化けて活動してたってわけ」
ソウイチの話が終わると、ピリカの方から小さく鼻をすする音がした。本物のガラクはピリカにとって昔から知る相手だ。魔獣との戦い方はガラクから習ったと言ってもいい。世話役であり巫女となってからも気安く話せる仲間であった。
いつ命を落としてもおかしくない危険な仕事に就いていたとはいえ、突然の死の知らせはピリカの涙腺を決壊させるには十分だった。
「いくつか質問させてもらいます」
ポーネットの胸に顔をうずめるピリカを余所に、ラウラの表情は険しいままだ。
「あなたの目的は?」
「だから、今回の火竜討伐任務でカッコよくガラクさんの死を演出して消えるつもりだったんだって」
「その後は?」
「特に考えてないけど」
「部隊が全滅して、なぜ一人だけ生きてるんですか?」
「俺は変身魔法の副産物っつーか、変化する度に体がベストな状態に戻されるから、不意打ちで致命傷もらわない限り不死身なんで」
淡々と質問に答えていくソウイチに嘘をついている様子はない。さりげなくメイアに視線を投げるが、ラウラと同様に語られた話は信じてもいいと判断しているようだった。
(こいつも一年間、冒険してきたわけだ……しかし)
どうにも考え無しで享楽的な雰囲気は拭えないが、目の前の男も貴志や提橋、金剛寺や玄間と同じくらい異世界で苦労を強いられている。
クラスメイトが魔法で誰かに変身するのであれば、総合的な能力で群を抜いている“多々良双一”か“貴志瑛士”の二択になる事も納得できる。多々良双一の優れた子種をばら蒔くことも、善意でやっている気配すら感じられた。
ラウラ個人の都合上、ソウイチを見逃す訳にはいかなくても、今の話を聞いて聖女の立場からソウイチの身柄を拘束する正当な理由は考えつかなかった。
「おふたり、ちょっといいですか」
メイアはラウラとソウイチのにらめっこに割り込み、ラウラとポーネット達の服を引っ張ってヨンロンの背中へ隠れる。メイアはソウイチにラウラとは違う不信感を抱いている様子で、
「タタラさんは、ガラクさんのフリをしてたんですよね」
「ガラクはふざけてるけどプライドの高い男だったから、たぶん結構無茶な注文をつけたはずにゃ。竜種クラスの魔獣以外で死んだことにしたらきっと怒るにゃん」
「いやまーそこは信じるとして……」
「なにが気になるんですの」
「あの人、ガラクさんの奥さん達も抱いてませんでした?」
「あっ」
四人の顔が一斉に厳しいものへと変わった。
メイアの気になっていた点は、ソウイチがどこまでガラクになりきって活動していたのか。
四人は旅の途中で見た光景を思い返してみる。
酒場では、両脇に侍らせた妻達の胸を触りながら楽しそうに酒を飲んでいた。日中もことあるごとに女の尻を撫でまわし、深夜も夜番でない日は、女の喘ぎ声が聞こえぬ日はなかった。
「とんでもクソ野郎じゃないですか?」
「ギルティですわね」
「呪い男と一緒にここで死刑にゃ」
巫女三人の判決が完全に一致した。知らない男が愛する男のフリをして自分を抱いていたなど、女からすれば“口にするのもおぞましい悪夢だ”という感想しか出てこない。
「クソ野郎は認めますが、ここで私刑はやりすぎでは」
「あの男の子、悪い子なの? ボコパンする?」
「いくらわた……あれだけ鍛えられた体でもヨンロン様に殴られたら死んでしまうのでやめてください」
憤慨する少女達を諫め、ヨンロンの背中からソウイチを覗く。
自分でもやりすぎてしまったと思っているのか、白目を剥いて倒れている鳩山の介抱をしていた。「手加減できなくてごめんなー」と軽い口調で謝りながら、垂れ流された涎を拭いてやっている。
(不良というより女好き。野心もなさそう……提橋が言ってた異世界エンジョイ勢ってやつか。なんにせよ、聖都へ送る前に二人で話す機会が欲しいな)
一旦、とりあえずの結論を出すとラウラは全員を集めた。
――――――――――
「ほんとにいいのかにゃ」
「二人同時に輸送するのは危険でしょうから」
火竜の住処から一番近くにある村で、ラウラ達は往く道を別れる。
ラウラの前にはピリカとヨンロン、そしてその背後にハンター達、最後に猿ぐつわをされて全身縛られている鳩山がいた。
メイアとポーネットにはラウラの補佐と護衛任務がある。無断で離れることは許されない。
鳩山はアゴを砕かれて動物魔法を唱えられそうにない。それでもピリカとメンバーのほぼ全員を獣人で結成されたハンターに任せるには不安が残る。転移者を二人同時に任せるにはリスクが大きい。
よってタタラソウイチはこのままラウラと共に、自由都市同盟シルブロンドへ連れて行くことになった。本人も、悪さをするクラスメイトがいるのなら、リーダーである自分が手を貸そうとやる気だ。
「それにアレが人間の枠から多少はみ出していようと、単純な腕力ならポーさんの方が上ですし、メイアの手ぬぐいを破壊することも不可能。肉体の復元能力があると言っても変身魔法は直接的脅威になりません」
「手ぬぐい言わないで」
「心配があるとすれば……」
「すれば?」
「わたくしもヨンロン様と聖都に帰るー」
「ポーさん、聖獣さまから離れて!」
「不敬にゃよ! 全員ポーネットからヨンロン様を守るにゃ!」
「いや、そこはどうでもよくて」
ラウラは別れを惜しむ巫女と聖獣を無視してソウイチを睨みつける。
「ふへへ、メイアちゃんもポーネットちゃんもマジかわいいなー。熟女の相手も悪くなかったけど、やっぱり同年代の美少女は最高だぜ」
下品な笑みを浮かべながらメイアとポーネットを交互に眺める姿に油断はできない。
特に今のメイアは、失恋やけ食いの後遺症で、普段の清楚という皮をかぶった淫乱美少女でない。ラウラから見れば、愛嬌はあるもののだらしのない体をしたデブ女だ。
「巫女に手を出したらダメですよ」
ソウイチは女であれば、老いも若きも太きも細きも関係なく抱く主義らしい。男に戻れた時のため、多々良双一をこれ以上セックスモンスターとして認識されるわけにいかないと釘を刺す。
「もしかして嫉妬? それとも聖女さまも混ざりたいってこと? 確かに俺は巨乳派だけど博愛主義者だからロリも4Pもウエルカムよ?」
「潰すぞ」
「ごめんなさい!」
屈託ない笑顔で何が悪いのかも理解していない姿には、ラウラも呆れるしかない。
タタラソウイチには本当に裏の顔がないのか、本当にセックスの事しか頭にないスケベ男なのか――見極めるべき新たな問題を抱えながら、聖女として本来の使命を果たすべく、ラウラは自由都市同盟への旅を再開させた。




