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オトメクオリア  作者: invitro
第一章 遠くから呼ぶ魔法
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05 女になる魔法?(一章/)

 クラスメイト全員の姿が消えた頃、ようやく双一を包んでいた毒々しい光が消えた。


「あーーーびっくりした。なんだよ光っただけかよ、驚かせやがって」


 一足先に逃げ去ったクラスメイトは双一が死んだものと考えていたが、光の中から再び姿を現した双一は何事もなかったかのように間の抜けた声を上げた。兄貴分を置いてはいけないと唯一残っていた小山内が駆け寄ってくる。


「アニキ、無事……なの? ……ていうか、アニキはアニキ?」

「どんな質問だよ。他に誰がいんだっつうの」


 質問に双一が眉をひそめる。


「ってアッツゥ!? 何があった、森が燃えてんじゃねえか!?」


 光の中にいた双一には、玄間から魔法をかけられたところまでしか見えていなかった。

 目を開ければそこは火の海。驚きにこれでもかと大きな眼が開かれる。


「……ウソだ」

「つかナニゴト? 燃えてるだけじゃなくて森が……なんか違う?」

「ウソだウソだウソだ。声までかわいいし、こんなのボクのアニキじゃない!」

「なあ、俺の話聞いてる?」


 どういう訳か小山内は双一の顔を見下ろして同じ言葉を繰り返している。

 火事でパニックを起こしているに違いない、と軽く頬を張ろうとするも双一の張り手は小山内の手前で空を切った。


「あら?」


 避けられたのだろうか。

 いや違う。小山内は身動きひとつしていない。

 なぜ空振りしたのかがわからない。

 不思議そうな顔で自分の手を見れば、双一の顔がさらなる驚愕に染まった。


「ン? ンン? なんだこりゃ?」


 双一は事態を飲み込めず何度も目の前で手を振ってみる。見知ったモノと違うモノが、どういう訳か自分の意思に従って動いている。


 それは小さな少女の手だ。

 手の振り方を変えてみても、何度見直そうと、そこにあるのは小さく細い女の手。腕まくりしていたジャージの袖がか細い腕にずるりと垂れ下がる。

 血管の浮き出ていない細く丸みをおびた指、ケンカで剥がれた時にできたはずの痕のない綺麗な爪、ぷにぷにと弾力のある手の甲――どれほど強く拳を握りしめようと微塵も力強さを感じさせてくれない。


 筋肉と極太の骨はどこへ行ってしまったのか、双一の腕は少女のものに変わっていた。


 違和感は続いている。しゃべる度にどこからか舌たらずな少女の声が聞こえる。男子にしては声が高く女子にも間違えられる小山内のものだと思いたかったが――どんなに外見が女の子らしくても男では出せないであろう可愛らしい少女の声だ。

 その上、双一自身の喉奥から響いているようで、いい加減に自分に異変が起きていると認めなければならないと小山内に詰め寄ろうとして、


「おれの体どうなっ――ふぎゃ!?」


 一歩踏み出しただけで派手にすっ転んだ。

 つま先に引っかかっているのは31センチもある運動靴。男子高校生の平均と比べてかなりの大きさだ。今まで適切なサイズで足にフィットしていたはずの運動靴がスカスカになり脱げてしまっている。


 だが脱げてしまったのは靴だけでなかった。ぶかぶかになったジャージ、そしてボクサーパンツも。下半身に身につけているものは何もなかった。股下まで伸びたシャツの下からすうすうと通り過ぎる冷たい風が、否定しようのない現実を押しつけてくる。

 急いでサイズの合わないシャツを捲くり、恐る恐る自分の股座を覗いてみれば、


「…………………………んない」


 やはり無い。

 ある意味では新品同様の、それでも自慢の一品であった男の象徴が無くなっていた。


「ない、ないないない、ナニがない!?」


 どれだけ確認しようとも無いものは無い。

 見るだけでなく平手で叩いてもみるが、感じるのは内臓まで響く鈍痛だけだ。


「まさか女にされたッ!? 魔法で!? あの天使、足太ぇっつった仕返しか! 呪文覚えてないだけじゃなくてここまで嫌がらせするのか、ふざけやがって!!」


 ついに事態を受け入れた双一の怒りはアザナエルへ向かう。クラスメイトから魔法の実験台第一号にされた事実は忘れているらしい。

 まるで迫力のない愛らしい声で一通り文句を叫び終えた後、荒くなった息を整えてみれば、魔法の炎が広場を完全に囲もうとしていた。


「……言ってる場合じゃねぇ。おいチャル、この足じゃ走れない、悪いけどおぶって逃げてくれ」

「む、むりだよぉ。小さくなったって言ってもボクとそんなに変わんないじゃん」

「ったくお前は非力でしょうがねぇな。とりあえずここから離れるまででいいから――」


 双一は嫌がる小山内を捕まえて背中に乗ろうとする。だが、その背中に跳ね返されて尻もちをついた。

 しがみつこうと飛びついた双一の胸と小山内の背中が接触した瞬間、小山内の背筋が不意にビクリと伸びたからだ。


「いたた、なんだよケツまでやわくなってんのか」


 四つん這いになって脂肪の弾力しか感じなくなったおしりをさすった。

 そしてその姿勢がまた悪かった。

 低くなった身長にしてはまあまあの大きさを主張する二つの胸のふくらみが揺れ、重さを伝えてくる。


「おおう、なんだこれ……邪魔くせぇ……」


 股間にあったものはなくなり、控えめだが胸にはないはずの膨らみが二つある――本当に女になってしまったのだと双一をさらに落ち込ませた。


「だいじょうぶ? ……あっ」


 小山内は振り向き、足下で四つん這いになっている双一を見下ろす。だぼだぼになったシャツの襟ぐりから無警戒に覗く谷間が見えてしまう。立ち上がろうとする双一と目が合い慌てて顔を逸らす。


「おーい、手ぐらい貸してくれって」

「……ごめん、やっぱり無理だよ」

「は? おいちょっと」

「う、ううっ、本当にごめんよアニキ……う、うわあああぁ」


 小山内は自分の無力さと双一への申し訳なさで瞳に涙を浮かべる。しかし、それでも火災という恐怖が勝ったのだろう、謝罪の言葉を叫びながら一人で逃げてしまった。


「えーなんだよ。他の連中はともかく、チャルもかよー……」


 やわくなった臀部の痛みに悶えて動けない双一は見送るしかなかった。

 業火に包まれつつある広場でひとりぽつんと残される。


「命が懸かってる状況じゃ幼馴染なんてこんなもんか」


 一言だけ薄情とも取れる呟きをして頭を切り替える。 

 森を駆けるために靴を捨てる訳にはいかない。足のサイズが合わないなら固定する方法を考えるしかない。

 ポケットには今朝、幽村から取り上げた折りたたみナイフを突っ込んだままだったことを思い出し、すぐさまジャージの裾を切り裂いた。靴の中に詰めて隙間を埋める。靴紐は一度解き、交差を減らしたら長さを確保して足首を巻くように固定する。準備はできたと今度は逃げ道を探す。


 改めて見渡せば火の手は回り、一方向しか抜けられそうな場所はなかった。洞窟から共に転移してきた黄金像の奥、それが逃げ道を確保しているかのように火の手の弱い部分を示していた。

 黄金の塊は天使アザナエルを模した形をしていたため、全てが仕組まれているような嫌な気分に苛まれる。それでも逃げ道は他にない。双一は首に巻いていたタオルで口を隠して走り出した。


「神様が作ったモンなら火事くらいで壊れないよな……」


 神器を置いて逃げることに僅かな逡巡が見られるも、立ち止まることなく天使像の横を通り過ぎる。


 森に入ってからも少女となった双一は全力で駆ける。

 サイズの合わない巨大な靴が脱げないようにスキップの要領で跳ねる走り方で速度はでない。幸い途中で踏み均された獣道を見つけたが短くなった足の感覚になれず、ちょっとした樹の根を跨ぐだけで何度もつまずいてしまう。

 体力も呼吸機能も落ちに落ちていた。走り出して10分としない内から胸と横腹が休憩を求めて痛みを訴えてくる。


 それでも懸命に駆ける。ただひたすらに駆ける。足を緩めれば炎に追いつかれてしまうのだから。

 双一は駆けながら天を仰ぎ叫ぶ。


「アーくっそ! これ本当に割りに合うのか!!」


 天使アザナエルに言われたことが事実だとしても、これから自分がやろうとしていることに、自分の願いに苦労は見合うのか。弱気になりかけた疑問を押し殺すため、声を張り上げて叫ぶ。


「ちくしょう、やってやる! おれは成し遂げる。おれが神器を手に入れる。絶対にやってやるぞ!」



 こうして、心に秘めた願いを叶えるための、異世界での冒険はサバイバルから始まった。


「でもっ、はぁはぁ……ああくそっ! なんで俺だけっ、いきなりこんなハンデ背負わされなきゃいけねーんだよおおおおおお!!!」

第一章/

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