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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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07 予想外の転落

「なーんかにおうにゃー」


 ピリカの呟きと共に砂利の擦れる音が止まった。森林を越え、すでに火竜の縄張りに入っている。辺りは砂と岩しかない殺風景な山の地肌が延々と続いている。


「ワイバーンが一匹も飛んでないのは変ですね」


 ポーネットとメイアは空を見上げるが雲一つない清々しい快晴だ。動物や虫の鳴き声もない。たまに吹く強い山風がなければ完全に無音の世界。腕を広げて深呼吸をすれば、圧倒的な山の解放感が、今立っている場所が世界有数の危険地帯だという事実を忘れさせてくれる。

 さらに高い場所まで登っていくと自分達が通り抜けた方向とは別の森林も見えてくる。すると、人間より眼と鼻の利く獣人達が、毛を逆立てて警戒を表した。


「これ……登ってくる場所を操作された?」


 山の上から確認してみるとよく分かる。ラウラ達が使った山道以外の森林は境界線が黒く染まっていた。森の端が焼かれて炭化している。


「火竜には人間のような知能まであるんですの?」

「にゃーよ? ワイバーンに人里を偵察させたり餌を貢がせてる生態は知られてるけど、こんな罠を張るなんて聞いたことないにゃん」

「となると、転移者の仕業と考えるべきですね」


 自分達が罠に嵌まっている事を自覚すると嫌な汗が背中を伝った。

 襲撃しやすい道順を用意してやることで、見張りを減らし効率的に撃退の体制を整えられる――という予想は間違っていないだろう。今の状況には火竜を従えた鳩山の思惑が隠れている。


 しかし、火竜側が襲撃をかけるべきベストなタイミングはもう過ぎていた。火竜もワイバーンも長距離を飛んで移動できる。障害物の多い森は飛竜の餌場として適さない。火竜は住処の一部として森林を必要としていないのだ。であれば、襲撃者の先頭が確認できた時点で森ごと焼き払ってしまえばいい。

 鳩山は獣人に協力を持ち掛けたが、ラウラとの会話ではそれほど重要視していなかった。これまでの襲撃も考慮すれば、獣人の命を奪うことに抵抗はないのだろう。


「なにかあったんですかね」

「……はにゃッ!?」


 いきなりピリカが奇声を上げた。ネコミミをぴこぴこと動かす様子に倣って、ハンター達も物音を立てぬように耳を澄ます。ラウラも手を耳に当ててみるが、人間の聴力では何の音も拾えない。


「聖獣さまの声にゃ!」


 その言葉に驚く暇もなく、離れた崖の下から一匹のワイバーンが飛び上がった。いや、吹き飛ばれてきたという方が正しい。ワイバーンは一度も羽ばたくことなく、放物線を描いて地面へ墜落した。


「この胸の痕は、聖獣さまで間違いありませんね」

「……聖獣ってゴリラかなんかです?」

「失礼ですわよラウラさん! 聖獣さまは……聖獣さまですわ!」

「聖獣さまはラウラより位階が上にゃよ! 今度ゴリラなんて言ったら懲罰委員会行きにゃん!」

「えー、どんな獣か聞いてるだけなのに」


 一団が駆け寄ってワイバーンの死骸を確認する。その胸部には、肉食獣特有の引っ搔き傷や噛み痕は見られなかった。幅30cm近い巨大な握りこぶしのめり込んだ痕が残っているだけだ。


「ピリカが解決するまで隠れてるように言っといたんにゃけど」

「聖獣さまには人々の守護者としての自負がありますから、巫女とはいえピリカさんに任せきりにすることを許せなかったのでしょう」


 人間と同じような形のこぶしを持ち、恐らく人よりも数倍大きい体躯を持ち、人間の言葉を解し、人々から尊敬を集める獣――どのような生物なのか想像がつかず、ラウラは頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 ワイバーンの飛んできた崖に目をやると、また別の方向から黒い影が次々と打ち上げられてくる。次いで殴り飛ばされた個体とは別に、集団が逃げるように飛んでくる。


「きっとあの崖の下にワイバーンの巣があるにゃ! 聖獣さまに加勢するにゃよ! みんなついてこいにゃ!」

「おおいピリカ様、勝手に指示を出さんでくださいッ!」


 ガラクの諫止する声を無視してピリカは空へ雷撃を放った。駆けるピリカを先頭にして、陣形が崩れたまま敵の出現に気づいたワイバーンと混戦状態になる。


 ノープランで先走るピリカに従わず、獣人の中でガラクだけが冷静だった。転移者の暴走に対抗するための切り札であると聞かされているラウラを守るように前に立ち、近くにいるハンターへ新たな指示を怒鳴りつける。

 しかし、短気で気性が荒いことが獣人の特徴だ。訓練で規律や連携を身に着けたといっても、一度狩猟の本能が振り切れば、抑制する命令など耳に入らない。


「かぁーったくこれだから……ポーネット様、メイア様、聖女さまの守りはお任せしてもよろしいでしょうか」

「ええ、こちらに構わず存分に戦ってらして」


 ガラクはラウラ達に首だけで一礼して戦場へ飛び込んだ。


「わたしも戦えますけど?」


 ラウラは登山用のトレッキングポール代わりに使っていた槍をくるくると回して戦意を見せる。

 だがメイアもポーネットも、ラウラが獣人以上にケンカっ早いことなど百も承知だ。突撃する前に、メイアが槍を取り上げ、ポーネットはお気に入りのぬいぐるみにする様にラウラを抱きとめた。


「ラウラちゃんは私達と一緒に後方待機でーす」

「ぬぐぐ……てかポーさん、わたしをだっこするのはやめなさいと何度も」

「では、お手々をつなぎましょうか?」


 使徒座から与えられているラウラの使命は転移者への対応のみ。また、メイアとポーネットの使命はその補佐と守護である。

 鳩山の加わっていないワイバーン及び火竜との戦闘は余計なリスクと体力の浪費でしかない。鳩山の持つであろう魔法の力の大小や種類に関係なく切り札となるラウラを参加させるわけにはいかなかった。


「それはさすがに恥ずかしすぎるっ」

「じゃあ一緒に下がりましょうね」

「……はい」


 聖遺物の力で行く手を塞がれ、ラウラはしぶしぶ安全な岩陰に隠れた。




 弓と長槍がないためワイバーンが滑空してくる位置を制限できず、ハンター達は前回より苦戦を強いられていた。

 身体能力で優れる獣人も、中型以上の魔獣を一撃で粉砕するような芸当はできない。何度も空からの体当たりで吹き飛ばされ、尻尾や翼で殴打され、血を流し頭を打ち付けられることで少しずつ冷静さを取り戻していく。


 ガラクが司令塔として機能しはじめる。そして、ハンター達が優勢になっていくが、すでにピリカは一人でワイバーンが打ち上げられてきた崖の上まで移動していた。

 ピリカの持つ聖遺物“雷帝の籠手”がどれだけ強力であろうと、飛行する魔物を相手にしながら崖を下ることは無謀としか言えない。ガラクは部下を分けてピリカの後を追おうとする。


 しかし、戦力を分断したことは悪手だった。

 ガラク達の体が大きな影に覆われる。数ある崖と岩山の割れ目のどこかから、いつの間にか上空に上がっていた火竜がガラクを襲おうとしていた。



「空から見ると誰を潰せばいいのか丸わかりってわけですか」


 我慢しきれなくなったラウラが戦闘へ加わろうとする。だが、その肩をメイアとポーネットが掴んだ。


「助けに行かないと」

「まだラウラさんが動く時ではありません」


 火竜の吐いた火球が足場の悪い岩場をさらに狭くしていく。それでも、ポーネット達はラウラに動くなと言う。


「救える戦力を見捨てると後々の戦いで不利になるかもしれませんよ」

「今はその時ではありません」

「ピリカの部下ということはわたし率いる使徒座の下部組織。つまりわたしには彼を助ける義務があります」

「死ぬことも彼らの仕事です」

「…………やだやだ、わたしも正義のために暴力振るいたい~」

「かわいくダダをこねてもダメですわ」

「そもそも言ってることはすこっしもかわいくないですしね」

「ちっ」


 どうあっても引かない二人と押問答になり、ラウラはいらだたしさを隠さず舌を鳴らした。

 ラウラの本質は暴君である。それも常に先頭に立ち、正面から自分と対立する悪を自らの拳で打ち砕くことを是とする。

 聖女という守られる立場に慣れていない――という話どころではない。誰かが自分を守ろうとすることが不遜であり、受け入れ難い話なのだ。


 大きくクリクリとした愛らしい瞳から徐々にまばたきの回数が減る。眼に力を込めてまっすぐににらみ合いになるとポーネット達がひるむ。やはり“意志の力”というものでは、この世界の人間よりラウラが上だった。


 その一瞬の隙をついて、ラウラはガラクとピリカの下へ走り出した。小柄な体を活かして乱戦になっているハンターとワイバーンの間をすり抜ける。崖の手前へ辿り着いた時には、ピリカとガラクだけが崖と炎に包囲されていた。炎のサークルの中で降り立った火竜と対峙している。


 炎の向こうからでも分かる、二人の顔色は悪い。ピリカは早く聖獣の助けに向かおうと雷撃を撃ちすぎていた。消耗により聖遺物の力を引き出せなくなりつつある。ガラクも強引にワイバーンの群れを突っ切ったため全身傷だらけだ。

 そして火竜は二人が満身創痍であることを悟っているようだった。地上に降りて、自らの手で同胞を殺した相手を叩き潰そうと腕を振りかぶった。


「とうっ!」


 ラウラは拾った槍を使い、棒高跳びの要領で燃え盛る炎の壁を飛び越える。


「ラウラっ!?」

「聖女さま!?」

「わたしが来たからにはもう心配ありません!」


 ガラクの落とした大刀を火竜の顔面に投げて注意を引きつけた。ピリカ達へ余裕のウインクをしてから、火竜が振るった尻尾の一撃を避けて懐に入る。


 もしもラウラが多々良双一だった頃なら、そのまま素手で殴りかかろうとしたかもしれない。しかし、今の非力な体ではさすがに無謀な蛮勇だと理解している。火竜の体に手の平を重ねて殺意を跳ね返す呪文を唱えた。

 ラウラが魔法を使って本気で戦う時には、眩しい雷光を無数に放つピリカの戦闘ような見栄えする派手さはない。一撃必殺であり一瞬で勝敗は決まっている。今回も前回同様に、あとは火竜が自らの爪で首を搔っ切って終わり――だと思ったのだが、


「げ、これってまさか!?」

「うそにゃろ?」


 あろうことか、火竜は両腕を広げて崖に身を投げた。


「投身自殺だと!?」

「心配ないとか言ってピリカを巻き込むにゃああ!」


 予想外の行動に、二人とも避けきれない。巨大な火竜の体と尻尾に轢かれ、ラウラとピリカも一緒に宙へと弾き飛ばされる。


「だからこの“力”嫌いなんだよなぁ」


 ラウラの魔法は、対極に分けられる事象を反転させる“だけ”のものだ。

 例えば肉体の性別のように、二種類しかないものをひっくり返すのならば、結果は固定であり正しく予想できる。男は女になり、女は男になると。

 だが理解できない他人の感情や感情を基にした行動を完璧に操ることはできない。無論、火竜が“どうやって自分を殺す”のかも。


 落下しながらも文句を叫ぶピリカに「落ち着け」と両手を開いてみせる。


「でも大丈夫、助かる方法はピリカにも教えてあります」

「なんにゃ!?」

「今こそ五点着地を試す時っ」

「ざっけんにゃ! この高さから落ちて助かるわけないにゃろ! こうなったらラウラをクッションにしてやるにゃ!」

「あっこら、法衣掴むなって。聖女にこんなことしていいと思ってんですか」

「うるさいダメ元にゃ! ついでに最後に言っておくにゃ!」

「なんですか」

「ピリカより一秒でも早く死ねにゃ、このバカ聖女ッ」


 汚く罵り合いながら、ラウラとピリカは奈落へと落ちていった。

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