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オトメクオリア  作者: invitro
第五章 浪費される魔法

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06 乙女の密室と聖女の憂い

 馬車の窓から見える景色は、寒さと乾燥に強い針葉樹へと変わっていた。火竜討伐隊の一行はもう山脈の半ばを越えている。気温は夏場でも少し肌寒いくらいだ。もともと聖遺物を悪用する罪人との戦闘も考慮して織られた使徒座の法衣は、生地が厚くようやく過ごしやすくなってきたというところ。


 旅は順調そのものだが、巫女達の乗る馬車だけはやたらと騒がしい。教国内の整備された道とは違って路面が悪く馬車が跳ねる。車輪が大きな石やくぼみを跨ぐ度に、


「ぴにゃぁ!?」


 と、ポーネットに押しつぶされたピリカがかわいらしい悲鳴をあげて暴れるせいだ。


「少し唇が当たったくらいでそんな風に反応しなくてもいいじゃありませんの。女同士なんですし」

「ナニをのん気なこと言ってるにゃ、今のはあとちょっとで妊娠するところだったにゃよ! いつもの馬鹿力でしっかり支えてろにゃ!」


 火竜を一匹仕留めた祝勝会の後の事。

 酔っ払った覗き魔ガラクによって広められた“聖女様と我らの巫女様がデキている”、“聖女様の愛人となれば獣人の更なる地位向上も夢じゃない”という噂話によって、ピリカはラウラ達との距離感に対して敏感になっていた。

 もっともラウラにとっては、噂話よりもピリカが繰り返している言葉が気になってからかう余裕もないのだが。


「ねぇメイア……ピリカって……」

「おやおや、気づいちゃいましたか」

「ってことは本気で言ってるんだ」

「ええ、ピリカちゃんは生まれた時から聖遺物の適性が高かったから、獣人族の間でお姫様みたいに育てられたみたいで、知識が偏ってるんですよ」


 馬車の対面に座るラウラが口元を手で隠して小声で話す。その原因は、さきほどから繰り返されているピリカの「妊娠」発言にあった。

 一番初めにその単語を聞いたのは、小石を乗り上げて車輪が浮いた際に横へ流されたポーネットの唇が偶然ピリカの頬へぶつかった時だ。ラウラもその時は冗談だと思ったし、これまでピリカはラウラの前でポーネットを少女趣味だと小馬鹿にしたり、“夜伽”や“奉仕”などの言葉を普通に使っていたことから勘違いしていたが、


「しかしまさか、キスで妊娠すると信じているお子ちゃまだったなんて」


 ピリカは性の知識を一切持たない正真正銘の少女だった。


「かわいいと笑うところか、この年齢でどうなのよ、と呆れるべきか……」

「どうなさいましたの?」

「ピリカの顔になにかついてるかにゃ?」

「やめて! そんなキレイな瞳でわたしを見ないでっ」


 ポーネットとピリカが並んで顔を向けると、ラウラは暗がりから太陽を覗くネズミがごとく両手で顔を覆った。

 どうしても高校にいた頃と同じ下品な男子クラスのノリを日常に求めてしまうラウラは、すでに喉元まで、いや舌の上までピリカ達をバカにしようとする言葉シモネタが出かかっていた。二人を直視しないようにして、どうにか自分の中の悪魔を抑え込む。


「もしかして、使徒座の中でわたしが気を許せる相手ってメイアしかいない?」


 難しい顔で無垢なる瞳を持つ少女たちを眺める。

 この世界では、ほとんどの国が15歳で成人と定めている。巫女という特殊な立場になければ、二人とも結婚していておかしくない年齢だ。むしろ二人ほどの美少女が結婚相手も決まっていない事が異常とさえ言える。


「ふーむ……メイア、聖女には巫女を導く役目がありますよね」

「確かにそういう役職ですけど。制定されてから500年も空位だったわけですし、転移者の対応だけ考えてればいいと思いますよ」

「いえ、職務を投げ出すわけにはいきません! ここは空いている時間を使って、聖女たるわたしが性教育を施した方が良いのではないでしょうか!」


 これまで退屈そうにしていたラウラが手を叩いた。


「ちょいちょーい、何イイことひらめいた!みたいな顔してるんですか。ピリカちゃんの将来を心配するふりしてヒマ潰ししたいだけでしょ」

「そんなことはない。断じてない」


 馬車の旅は元の世界にあった電車や自動車と比べてひどく鈍足だ。山道ではさらに速度が落ちる。その上、周囲一帯は火竜に見つからないよう背の高い森林の中に道が作られているため、せっかくの高山でも景色が代わり映えしない。

 そこで「退屈をしのぐための新しいオモチャを手に入れた」と言わんばかりにラウラの眼が怪しく光った。荷物に入っていた画板と鉛筆を取り出し、鼻歌交じりに絵を描きはじめる。


「ピリカにひとつ教えてあげましょう、あなたは勘違いしています」

「勘違い? 生まれた時から英才教育を受けてきた巫女であり賢者でもあるピリカ様が何を間違ってるというにゃ」

「夜伽やご奉仕とはキスのことではありませんし、キスで子供はできません」

「なんにゃと!? ポーネット、それはほんとかにゃ!?」


 問われたポーネットは言葉をはぐらかして視線を逸らす。獣人族のお姫様と言ってもいいピリカに余計なことを教えていいものか判断がつかなかった。


「妊娠するために使うのは唇でなく生殖器です。そして生殖器とは男女で違い……よし描けた!」


 しかし、ラウラは宗派や種族の因縁など気にしない。描き上げた絵に満足げに頷く。そして、ピリカに見せようと画板をひっくり返そうとしたところで、


「まずこのキノコみたいのが男の――なんで止めるですか」


 メイアに腕を掴まれた。


「そのサイズはダメでしょ! 私だってそんな大きなの見たことないですよ! ピリカちゃんにトラウマを植えつける気ですか!?」

「っても他に知らんしなぁ……てかコレそんなに大きい?」

「テレる意味わかんないし! こんなゴミはポイしますよ!」


 かつて自分が“持っていたモノ”と今の自分が“持っているモノ”を参考に描写した絵がメイアによってビリビリに破かれる。


「はぅわっ」

「……なんで痛そうですの?」


 引き裂かれたかつての自分を見て悲痛な表情を浮かべるラウラに、目と耳を覆う形でピリカを胸の谷間に押し込めたポーネットが不思議そうな顔をする。


「いいですか! 子供に教えるのにいきなりフルボッキしたおちんちんを描くなんてありえません!」

「ちょっ! メイアもフルボッ……とか言わないでよ!」

「は、いまなんて? ポーさんもう一回」

「言いませんわよ?」


 ラウラがポーネットに淫語を言わせようとしている間に、メイアがシュシュっと三秒で新しい絵に描き直す。


「こういうのでいいんですよ、こういうので!」

「メイアにしてはまともですわね」


 新しい画用紙に描かれたものはデフォルメされたゾウの顔だった。男性器の表現によく使われる例えではあるが、ラウラは何か言いたげに首を傾げる。


「でも、広げた玉袋をゾウの耳に見立てるってかなり変態レベル高くないですか」


 ポーネットが吹き出し、メイアは赤く染めた頬をこれでもかとふくらめた。


「ゾウさんのお耳はキンタマの比喩じゃありませんんん!」

「鼻が竿の比喩なのに耳は違うって? ウソつけ。メイアにその気はなくても最初に考えた人は絶対玉袋を表現したはずです」

「ほんとやめてっ! もうそうとしか見えなくなっちゃったじゃないですか!」


 そして今度はゾウさんの絵がビリビリに破かれた。卑猥な言葉を連呼するラウラとメイアのいる密室から隔離しようと、ピリカを抱きしめるポーネットの腕に一層力が入る。

 胸の谷間深くに収納されたピリカが「むーむー」と苦しそうに唸る抵抗を余所に、今度はポーネットが自分の荷物から一冊の本を取り出した。


「まったくこの二人は……初心者にはまずこういう物から入るのがいいのです」

「なにその本」

「わたくしが書いた恋愛小説ですわ」


 小説の表紙には、タイトルと二枚重なったかわいらしい小さな四葉のクローバーが書かれている。


「出版までしてるとか、巫女ってヒマなの?」

「ちなみに“愛の教会”の管理地域では発禁本になってますけどね」

「なんでよ!」


 ポーネットの小説は、“愛の教会”の信者にとって信仰を揺るがす毒であった。

 主人公である少女が追い続ける、いじらしく一途な初恋。多くの衝突とすれ違いを繰り返し、自分の恋心に気づいてから何年もかけて幼馴染の少年と結ばれるピュアロマンス。

 その物語は、運命の相手を見つけることを至上命題の一つとし、年端もいかぬ内から相手をとっかえひっかえしている“愛の教会”と正面からぶつかるものだった。


 人は生まれながらに、世界のどこかに結ばれるべき最愛の人を持っている。そして運命の相手との間に争いなど起きるはずがない。良い所を探すように努め、時間をかけて愛を深めるなど神の定めを無視した妥協でしかない――という教えが現代における“愛の教会”の主流である。


「愛ってのは一瞬のフィーリングが大事なんです」

「そんなの思い上がりですわ、というかあなた達は根本から間違ってるのよ」

「はぁ!? 行き遅ればっかりの“力の教会”の人に言われたくないんですけど!」

「離婚率ダントツトップの“愛の教会”よりマシでしょう」

「そんな統計だれがいつ取ったんですかぁ!?」


 各宗派の主張、というより恋愛観の違いからいつものケンカをはじめたメイア達を無視して、小説のページをめくる。

 努力中毒者のラウラは勤勉な読書家でもあるが、恋愛小説はあまり読んだことがない。ラウラにとって恋愛自体が自分には必要ないと排斥してきた事柄である。小説に出てくる登場人物の行動は難解なパズルを解くようで集中が増していく。




 しばし本の虫になって没頭していたら、突然馬車の中が暗くなった。また陽を遮るほどのワイバーンの大群が空を覆ったのかと窓の外を覗く。


「うわっ!? ……オバケかと思った」

「自分でしこたま殴っといてそりゃはないですよ」


 外に居たのは青い顔のオバケ――ではなく、報告に来たガラクだった。聖女と巫女の不名誉な噂を広めた罪により、青アザができるまで打擲されたガラクの顔がろうそくの火に照らされている。

 空からの目を避けて移動できる街道はここまでのようだ。一旦、洞窟内に馬車を隠す。調査で判明している火竜の住処までは徒歩で森を抜ける算段となっている。


「やっぱ馬車より自分で馬に乗った方が性に合ってるな~」

「ピリカ様? ピリカ様っ!? ポーネット様、またやらかしたんですかっ!?」


 ラウラが凝り固まった関節を鳴らしていると、座席の上で意識を失っていたピリカに女性獣人達が集まっていた。


「わわ、わたくしは不健全なメイアの話を聞かせまいと思って」

「場所は車内、凶器は巨乳、犯人はポーさんでファイナルアンサーです」

「そんな推理ゲームみたいにふざけないでよ! この人達、ピリカさんの事になると冗談通じないんだから!」


 ラウラが馬車を降りても、ポーネット達は調子を崩したピリカの介護で騒ぎを続けていた。緊張感のない巫女達を放置してガラクの後ろをついていく。

 洞窟の中ではハンター達が次の戦闘の準備をはじめていた。今回は大荷物になる長槍の出番はなさそうだ。全員、弓矢と通常の長さの槍、もしくは長剣や大刀の手入れをしている。


 油と鉄の匂いが充満する暗闇から外へ出る。少し湿った涼しい山の空気が鼻腔を通り抜けた。洞窟前の開けた山道からは、禿げた山脈の頂上まではっきりと見えている。

 森を抜けた先は草一本として生えていない、生物を拒絶する岩石地帯となっている。太古の時代に幾度も火山が噴火したのか、巨大な岩と崖がいくつも折り重なってできた天然の要塞だ。そのどこかに火竜がいるらしい。


「ところで……聖女さまは巫女さま方と仲がよろしくないんですかい」

「そんなことはないと思いますけど」

「どうにも聖女さまが八つ当たりをしているように感じたもんでね」

「八つ当たり? そう、八つ当たりに聞こえましたか……」


 馬車を止める前からラウラ達の様子を窺っていたガラクが厳しい視線を向けてくる。

 ラウラはラウラで、ガラクから言われたことに自分らしくない部分を感じ取ったようで顔を曇らせた。


「どうかなさったんで?」

「いや、まー……あれはただの教育ですよ」

「うわー天然のいじめっ子ですか。聖女さまは俺のことを友人に似ていると言いましたけど、聖女さまも俺の友人に似てますよ、って言っちゃ失礼ですかね、すいません」


 また怒られる、とガラクは手で口をふさぐ。しかし、責任ある危険な仕事を生業としている益荒男達と同列に見られる分には悪くない気分だとラウラは笑った。

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