04 炎 VS 雷
人と動物、戦ったらどちらが強いか。
よくある疑問だ。
訓練された人間でも、体重があり小回りも利く動物には勝てない。
そう言われるのも当然だろう。軽々と人の皮膚を引き裂く牙や爪を持ち、容易に人間の首をへし折り内臓を破裂させるだけの筋力を持っている動物がごまんといるのだから。
しかし、人間はどの動物よりも強い。その理由を最大限に分からせてくれる、ハンターはそういう戦いができる集団だった。
「臆すなよぉ! 獣にできることなんてたかが知れてる!」
教国と都市同盟を隔てる山脈の麓、大型の狼達と戦う部下にガラクの指示が飛ぶ。ハンター達はそれに従い、突き出したガントレットをわざと噛みつかせてから短剣で死角から首を一突きにしていった。
攻撃箇所の誘導、道具を使った防御、効率的に敵を無力化できる急所を狙った一撃。すべて高い知性を持った人間にだけできる戦い方だ。彼らなら、たとえ武器を使わなくても同じことができるだろう。冷静に必要な犠牲さえ払えば野生の動物を殺すことは可能なのだ。
「にゃはははは! 大狼程度なら馬車から下りるまでもないにゃ!」
馬車の窓に張りついて外を眺めるラウラを見て、ピリカが機嫌の良さそうに声をかけた。道中、幾度か火竜と共に行動する“呪い男”が放ったであろう魔獣の襲撃を受けているが、ラウラ達巫女が乗る馬車の中はお気楽なものだ。
「じゃなくてですね、早く火竜とやらを見たいなーって」
「あんな化け物に会いたいだなんて理解できませんわ」
「だって、ピリカに呪いをかけた男は動物と意思の疎通を可能にする力を使えるはずなんですよ」
「だから?」
「そいつを捕まえれば、わたしも火竜に乗せてもらえるってことです!」
「火竜に……乗る? そんなことを考えていたんですの?」
第一級の聖遺物を持つ使徒座の巫女にとっても、火竜は本物の脅威だ。そんな化け物に会いたいというだけでなく、空高く飛ぶ火竜の背に乗りたいなどと目を輝かせれば、ポーネット達からは狂人を見るような視線を向けられてしまう。
「待つにゃ! 呪い男はぶっころす約束にゃよ!」
「呪いを解く手伝いをするって言っただけです」
「騙したにゃ!?」
呪い男を許すつもりのないピリカと火竜を乗り物にしたいラウラの間で火花が散る。
しかし、金剛寺と玄間の証言から、今回の転移者全員を魔人と認定した指示は撤回されている。教会としては、転移者にはまず対話を試みる方針となっているため、ラウラだけでなくメイアとポーネットからもピリカはなだめられる。
「でもラウラちゃんって前に高いとこが苦手って言ってなかった?」
聖地にあるノッポな教会を案内している時に聞いた話を思い出して、メイアが不思議そうに聞いた。
「正確には、高い所にいる自分が怖くなるというか」
「どういうこと?」
「昔読んだマン……書物に、五点着地といって神殿の屋根くらいの高さから飛び降りても平気な技が書いてあったんですけど、マジでやったら死ぬと分かっていても、わたしの才能なら同じことができるのではないかと試してみたい衝動に駆られてしまって」
「やっぱコイツ頭おかしいにゃ」
「なんにゃと!?」
「だからピリカのマネすんにゃって言ってるにゃろ!」
コンコンと馬車の扉が叩かれる。ラウラ達が遊んでいる間に狼を退治し終えたのか、いつの間にか窓からガラクが覗いていた。
「もう出発です?」
「いやーそれどころじゃないってか、ピリカ様にお客様です」
ガラクの額にはわずかに冷や汗が浮かんでいた。慌てて外へ飛び出すと、目の前にした山の中腹辺りから黒い影が空を覆っていた。ワイバーンの大軍。その中心には赤く輝く硬質な鱗を持った火竜もいる。
「おおー本当に飛んでるよ、あれマジでペットにできないかな」
単眼望遠鏡で火竜の姿を確認したラウラがのん気な声で言う。
「ラウラは一番弱いくせになんでそんな余裕にゃん」
「大将とはそういうものです。さぁみなさん、お願いします! できたら火竜は生け捕りで!」
「聖女さま、無茶言わんでくだせぇ」
聖遺物の特性を考えれば、ラウラの能力は飛行する魔獣との戦闘に適さない。ピリカ達、使徒座の巫女だけでなくハンター達からも不満のありそうな目で見られるも、先程までの戯れを続ける時間はない。空を高速で飛行する火竜は瞬く間にラウラ達の眼前へと迫ってきた。一団の手前で静止した火竜が咆哮を上げる。
「来るぞォ! 弓隊、構えェェェ!!」
まずは小手調べのつもりか、火竜を囲っていたワイバーンが群れで滑空してきた。
火竜もワイバーンも竜種の中では瘦せ細っている。恐らくは鳥類と同じく、空を飛べるように翼まわりの筋肉だけを発達させ、骨は密度が低くなっているのだろう。
しかし、人間と同程度の質量が数十も空から降ってくれば、それだけで脅威となる。ハンター達は可能な限り撃ち落とそうと荷馬車から対空戦用の長弓を配置していた。
獣人達の剛腕で引かれる弓から放たれる矢は、硬質な皮膜でできたワイバーンの翼を突き破っていく。だが、矢が命中しても完全に撃ち落とせるのは数匹だけだ。矢尻の壁に阻まれながらもワイバーンが突進していくると、今度は10m近くある組み立て式の長槍を地面に固定するように持ってワイバーンを待ち構える。
何匹かが長槍に串刺しとなり、直前で長槍を避けようとした者同士でぶつかり墜落する個体も出る。よろけながら地上に近づいたワイバーンには、勇者ガラクを筆頭に大刀を担いだ戦士達が襲いかかり首を刎ねていった。
「やべぇー……わたし今、リアルモンハンしてるぅ……」
「私達はなんにもしてないですけどね」
「ちょっとメイア! せっかくの気分をッ」
次々と葬られていくワイバーンの群れに痺れを切らした火竜が再度咆哮を上げた。最初のものとは違う怒りに満ち満ちている怒号に、魔獣との戦闘経験を多く持つハンター達も肺の奥から体が震えて呼吸ができなくなる。
「ちぃッ! 全員、体勢を立て直せ! 冷静さを忘れるな!」
「でも、今のでワイバーン退いてません?」
「違います違います! 火竜が出てこようとしてるんですよ!」
空の残っていた個体だけでなく、地上でハンターと戦闘を繰り広げていたワイバーンも飛び上がると、ラウラ達と火竜の間から避けるように退き、空に黒い道が現れた。
サファリパークの見物客のような気分で望遠鏡を覗くラウラを守るように、ポーネットが前に立つ。メイアは聖遺物のストールを一糸残らず全てほつれさせると、銀糸で巨大な鷹を作り出し三人を翼で包んだ。
「ほんとに任せて平気ですか。真面目にあなたがミスったら全滅しますからね」
「麗しき雷獣ピリカ様に二言はないにゃんよ!」
真打は自分だと言わんばかりにピリカがハンター達の先頭へと躍り出る。
すでに先遣隊として火竜と聖獣の調査へ出た際、一度衝突したことを覚えているのか、火竜の視線はピリカだけを捉えている様子だった。その認識を証明するかのように、火竜が喉を鳴らしはじめる。
「ソイツは効かないって前に教えたにゃ!」
大きく開かれた顎から巨大な火球が放たれた。
ピリカも対抗すべく両手を合わせ、雷を司る聖遺物、雷帝の籠手から巨大な紫電を放って迎撃する。
炎と雷が衝突して爆発し、小さな炎が辺り一帯へと飛び散った。
「全員、耐火用意ッ!」
竜の吐く火炎は、体内で生成された可燃性の液体を元にしているため、少しでも付着するとそこに火種が残り丸焼きにされてしまう。ガラクの叫び声で我を取り戻したハンター達は腰に巻いていた耐火竜用の防護布を頭にかぶった。
炎を防ぐことには成功した。しかし、火竜は弓と長槍が消えた隙を見逃さない。一瞬を突き、今度は滑空して体当たりを仕掛けてくる。
「あわわわ、来た来た来たぁ!?」
「ピリカさん危ないですわ!」
「はやく逃げろぉぉ!」
馬車の後ろに避難していたラウラ達が叫ぶ。
「心配ないにゃん。ピリカは筋肉ハゲと戦ってパワーアップしてるにゃ」
ピリカはもう一度、空へ向けて両手を合わせる。
「喰らえにゃ! びりびり光線!」
巨大な紫電が火竜を襲う。
しかし今回放たれた雷撃は真っすぐに貫く雷ではなかった。網のように広がり火竜を捕らえるような雷だ。
紫電を浴びた火竜は悲鳴と共に不自然な姿勢でその場に墜落する。大きく砂煙を上げながら地面を転がった後、全身を痙攣させたまま小さく丸まっていった。
「これって……金剛寺の技をパクったんですか!?」
「のんのん、ピリカの技の方がすごいのにゃ」
ピリカは両手から雷を浴びせ続ける。すると火竜から苦悶を訴える低い唸り声が聞こえてきた。同時に、バキバキと何か硬く大きな物が割れる音も。
「鱗が割れて……それだけじゃない?」
「火竜の肉だんご、いっちょ上がりにゃ」
ピリカの隣に駆け寄って様子を探る。火竜は持続電流によって筋肉を強制収縮させられていた。自らの筋力で全身を締めつけられる。鱗が割れるだけでなく、骨まで砕けているのだろう。食いしばり剥き出しにされた牙は根本から血を流していた。
「とうとうピリカはイネス様を抜いて世界最強になってしまったのにゃ」
「てか凶悪すぎるでしょ、その聖遺物。封印した方がよくないですか」
「にゃははは、弱者の妬みは心地いいにゃぁ――あっ」
ピリカが不穏な声を出したところで、ぱちんと音を立てて雷帝の籠手から放電が止まった。
「ちょい、なんでやめるんですか」
「しまったにゃ、新技は思ったより消費が激しいみたいにゃ」
「充電切れっ!?」
苦痛から解放された火竜の瞳に怒りの炎が戻り、ラウラ達を睨みつけた。
ポーネットとガラクが先頭にいたラウラとピリカを守ろうと前に出ようとする。だが、ラウラはそんな二人の間をするりと抜けて、反射的に火竜の首元へと詰め寄った。
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
「悪いがトカゲ畜生には容赦しねぇよ……殺意反転」
火竜の咆哮に合わせて呪文を唱える。
すぐに触れていた火竜の爪先から離れると、ラウラが避けた鋭い爪はその勢いのまま、火竜自身の喉を掻き切った。地面に大きな血だまりを作り、絶命した火竜を見下ろしながらラウラは勝鬨を上げる。
「火竜はこの聖女ラウラが討ち取ったぞー!!!」
「はにゃあ!? ずるいにゃ、おいしいとこだけ持ってかれたにゃあ!!」
火竜との第一戦はひとりの死人も出ないままラウラ達の勝利で終わった。
「あーあ、ペットにしたかったのに。あと何匹残ってるかなぁ」
咄嗟の判断が必要だったとはいえ、ラウラは火竜にトドメを刺してしまったことを後悔していた。広場の隅っこに置かれたテーブルで静かに突っ伏している。
「ピリカの手柄を奪っといて、どこまで強欲にゃ」
「そうですにゃ、ガラクさんもあそこで火竜の自滅を狙いに行くなんて誰もマネできないってホメてたじゃないですかにゃん」
「火竜の前に飛び出した時は、わたくし肝が冷えましたけど……にゃん」
祝杯を持った巫女三人組が抗議の意味を込めてラウラのほっぺをつつく。しかし、機嫌が良いのか、上気した頬は緩みポーネットまで照れながら猫語で話している。
立ち寄った山間の村では、連日火竜討伐の祝勝会が続いていた。赤く染まった包帯を巻いたままのハンターまで飲めや歌えやの大騒ぎだ。
もちろん生息地である山脈にはまだ火竜が残っているだろうが、まずは目の前の勝利を祝うことが士気に繋がる、とガラクが中心となって自分達の雄姿を語っている。
村人だけでなく、途中で金になる魔獣の遺体が乱雑に打ち捨てられていると気づき、後ろをついて来ていた行商や吟遊詩人、少し離れた村の住人まで集まって、もはや収拾のつかない大宴会となっていた。
「おっと聖女さま、主役がどちらに?」
「もう寝るんですよ、あなた達はいつまで飲むつもりですか」
「無論ッ、酒で傷が癒えるまで!」
「出血に酒は逆効果にゃん」
お祭り大好きなラウラでも、ひとりだけ酒を一滴も飲まない中では楽しみ続けていられず、宴が開かれている広場を後にした。
ベッドに入る前に火照った体を冷やそうと沢まで移動する。流水に足をつけて夜空を見上げていると、暗闇にじゃりじゃりと川辺の石を踏む音が響く。村人ではないようだが旅の途中で加わった行商の一人だろうか、獣人特有のケモミミとしっぽがない。
「くっそー、なんで全員が猫語でしゃべってんだよ。かわいいから良いっちゃ良いけど、これじゃ呪文かけた意味がないじゃないかよ~」
ラウラは自分に気づいていない男の顔を確認し、素早くネコミミを装着した。




