01 天からの贈り物
時は少し遡る。
ラウラが金剛寺と玄間を聖地へと連れ帰った直後の事だ。
「これで、いいん、ですよね……てんし、さ……」
全身まっ黒になった煤だらけの少年が路に倒れる。背後では、古く汚れの目立つ民家や教会から轟々と炎が燃え上がっていた。スラムの住人による必死の消火活動の中、命からがら脱出してきた少年の下へ怪しい男達が近づいていく。
「司祭様! まだ息があります!」
「そうか、はやく治療して差し上げなさい」
男達は一見聖職者のようだ。法衣と思わしき小綺麗な服を着ている。だがミラルベル教の法衣とはどこか違う。彼らの法衣はミラルベル教では見られない紋様が刺繍されていた。
手当てをしようと焦げついた服を脱がせる。そこで奇妙な事に気づき、男達は驚いて手を合わせた。
「なんと……あの激しい炎で火傷を負っていないとは」
「奇跡だ」
「この少年は天に愛されているに違いない」
少年の体と少年が大事そうに胸に抱えていた風呂敷の中身には、ほとんど焼けた跡が見られなかった。火災の中を走り続けたことによって酸欠で倒れただろう。男達が少年の口元に耳を近づけるが呼吸音にも異常はない。
少年の治療を進める男達の横では、司祭と呼ばれた若い男が風呂敷の中身を覗いていた。
「天使の……木像?」
気を失っている少年は、木で祭具を作る職人なのだろうか。
それにしても精巧な木像である。これだけの仕事ができる職人に依頼しようとすれば、何ヵ月、いや何年待たされるかわからない。
司祭と呼ばれる若い男。
しかし、彼はまだ何者でもない。この日はたまたま、新しいミラルベル教の分派として聖都の認可を得るために訪れていただけだった。
だからこの出会いは偶然。天のお導きというやつだろう。
司祭は男達を下げさせて少年の顔を確認する。
「……なるほど、幸運の正体は……」
どうして少年が街の一角を焼くほどの火災からほぼ無傷で逃げられたのか納得した司祭は、しばし空を仰いだ。
「この少年は天から私に授けられたのでしょう。このまま連れて都市へ帰ります」
「ですが、明日は」
「そもそも何故、ラポルタの許可を取ることが必要なのでしょうか。我々こそが女神ミラルベル様の神意を伝える唯一無二の伝承者であるというのに」
司祭の発言は神聖ミラルベル教国として許せるものではない。だが敢えてこの聖都でそう断言することで、信徒達は男への信頼を深めてしまう。
「これからは私のことを教祖と呼びなさい」
男が少年に向けて手をかざし何かを唱える。
すると白い光に包まれ、少年の体が浮き上がった。
鳥の羽を掴むかのごとく軽々と少年を胸に抱え歩きだした。
「教祖様……」
「これぞ女神に選ばれた者の証……」
自分こそが神の使徒である。
ならば、聖都と名乗るこの街は偽物。
女神の名を騙り民をたばかる悪徳の都なのだ。
「さあ、帰りましょう。私達の空へ」
未だ激しく燃え盛る街の炎を背に、怪しげな男達は聖都から消えた。




