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オトメクオリア  作者: invitro
第一章 遠くから呼ぶ魔法

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04 天使のいやがらせ

 本文にステータス表記が出るのは今回だけです。たぶん。

 転移の閃光による痛みが引き、目を開ける。今度は鬱蒼とした緑の中だった。

 ざわざわと葉音を鳴らす風が肌に冷たい。生徒たちがジャージの上から腕をさすりながら周囲をぐるりと見渡せば、見たことのない形の葉をつけた高い木々に囲まれる広場にいた。

 授業で歩かされた山と比べて遥かに濃い緑の匂いは、何の装備も無しに入れば生きては帰れない樹海を連想させる。


 生徒の中には、山麓の合間に建てられた農業高校から脱走しようと山や森を徘徊して痛い目に遭った記憶を持つ者もいる。そうした者はあまり良い状況でないと理解していた。それでも摩訶不思議な転移現象は二度目の体験となる。天使から説明を受けていたおかげもあり一度目より混乱は少なかった。


「最後にもうひとつ、伝えなければならないことがあります」

「お、天使ちゃんの声がするぞ」

「どこだどこだ、天使ちゃんも来てるのか?」

「オメェら静かにしろ!!」


 地上に転移してきたのは生徒と担任だけだったが、どこからアザナエルの声だけが降ってくる。聞き逃してはならないと双一の怒鳴り声が辺りを鎮めた。


「先程、みなさんは心からの願いを叶えるための魔法をひとつ習得している、という話になったと思いますが……」

「え、なに、なんでそこで止まるの? すげー不安になるんですけど」

「正式な案内人のいない不安定な転移により、行き先がおかしくなってしまったことと…………どうやら力が混信してしまったようです」

「コンシン? 博士博士、コンシンってナニ?」


 言葉が足りない天使の説明に、輪島がいつものごとく解説を求められる。しかし、流石に情報が足りなかったか、輪島も厳しい表情をしたまま動かない。沈黙に耐えかねた双一がどこにいるのか分からない天使へ向けて怒鳴る。


「つまりどういうことだ! 結局、魔法は使えないってか!?」

「いいえ、間違いなく力は授かっています。しかし……自身の心から生じたものでなく、他の誰かの願いを魔法として得てしまっているのです」

「…………おう、マジかよ」


 生徒たちは互いに不信と嫌悪感を隠そうともしない嫌そうな顔を向ける。

 特別クラスは自他共に認める問題児の集まりだ。信用のおけない相手の願いを得てしまったかもしれない、大切な願いを誰かに盗られてしまった、密かに秘めていた願いを誰かに知られてしまった、などの不平不満が錯綜していた。


「時間がありませんので私からの話は以上となります。ご活躍を期待しています」


 生徒たちの戸惑いに構う事なくアザナエルの声が消えていく。

 頭に響く天使の声がなくなっても無言のにらみ合いは続いたままだった。


「神器さえ手に入れば関係ないだろ」

「ですなぁ。やることは変わらんでしょう」

「……あっ、そういうことか」


 張り詰めた空気の中、貴志と輪島があっけらかんと言ってのけた。いち早く二人の真意を見抜いた様子で呟いた小山内を見て、双一は静かに集団から引き離す。


「何に納得したんだ」

「なんで貴志くんがアレだけしか質問をしなかったと思う? 輪島くんもだけど」

「……あ? 話を整理しながら進めただけだろ。あいつらでもこんな半端な形でまた飛ばされてるとは思ってなかっただろうし」

「どうかな、それたぶん間違ってると思う」


 小山内は双一の背中に隠れながら、クラスでも頭の良いとされる優秀な生徒から順番に表情や目線の変化を探っていく。すると魔法や異世界、天使について能天気に語る生徒たちとは違う様子の者が数名いた。

 自分が習得した魔法を確認した後、誰と相談するでもなく、鋭い目つきでクラスメイトを観察している。


「浦部くん、安くん、御影さんも、やっぱり勝負はもう始まってる……ちがう、そうじゃないか、貴志くんが質問をはじめた時からはじまってたんだ」

「どういうこった」

「だからね――」


 思い返せば不自然さはあったのだ。

 異世界の文明、魔法で可能な事、魔法を使うために消費されるであろう神気の獲得方法、神器の在り処と知るべきことはたくさん残されている。


 天使は話し方こそ丁寧だったが説明は親切とは言えなかった。最後で一度やってみせたように、記憶を読み取るなどという能力を持ちながら最初にそうしなかった。

 天使だけではない。天使とのやり取りを任された輪島や貴志も、全員が理解できるような的確な答えが返ってくるように質問していただろうか。伝えるべき情報の優先順位は正しかったのか疑問も残る。

 腕力に頼りがちな双一をサポートする立場の舎弟として、何か裏があると読むべきだったのだと小山内は頭を抱える。


「神器なんて大それた物いくつもあるはずない。どんな形かはわからなくても、複数の人間が召喚されたら争いになるのはわかってたんだ。あの天使も……きたないなぁ、みんなズルいよ」

「だな、でもズルさ以前に連中もお前も考えることが小賢しい」


 否定されたと感じた小山内の表情が曇る。


「何でも力で解決できるアニキにボクの気持ちはわからないよ」

「おっと違う違う、バカにしたわけじゃないぞ」

「ならなんなの」

「俺だってこの鍛え上げた筋肉がなければ、お前たちみたいにこすい考え方をしただろう」

「……こすいって」

「俺にはそういう頭を使って他人を出し抜くって考え方は必要なかったし出来なかった。ただ、今ならまだ俺が有利なんだよ」


 双一はジャージの袖をまくって一歩前に出た。

 不満を顔に残していた小山内も付き合いの長さから発言の意図を察する。すぐに表情が変わり今度は心配そうな視線を双一に向ける。


「ふへへ、魔法を使いこなせるようになる前に俺が統率してやる。集団から逃げようとするヤツは殴って言うことを聞かせればいい。魔法なんてふざけたモン、一度だって俺の許可なく使わせねえよ」

「……ソッチの方がズルくない?」

「鍛えた力で目的を叶えることを卑怯とは言わん」

「その身勝手さがうらやましいよ……でもどうするの、いくらアニキが強いって言ってもみんな魔法で抵抗してくるでしょ」

「いや、だからまだ魔法を覚える機会を得ただけで呪文は習得してないだろ」

「え?」


 会話の噛み合っていない双一の問いに、小山内は顔を小さく横に振った。

 しかめっ面な上に浅黒い肌ではわかりにくいが、幼馴染である小山内には双一の獰猛な笑顔から血の引いたことが見て取れた。


「俺がさっき確認した時は……え、チャルもう呪文持ってんの?」

「うん」

「…………一応もう一度見てみるか」

「そうしたほうがいいと思う」

「ステータスオープン」


 天使に教えられた全員共通の呪文を唱える。

 双一の瞳にだけ映る半透明な情報板が視界に浮かび上がった。




――――――――――




魔法名、不明(呪文未修得のため)


神気 104659/100


呪文リスト

※習得した呪文はありません




――――――――――




「…………やられた」

「どうしたの?」

「天使のいやがらせだ」


 数行しかない項目を追って十回は目線が往復しただろうか。やがて何かを悟った双一は空をにらみつける。雲の向こう、空の彼方にいるであろう天使アザナエルを。


 一方、クラスメイトの会話に聞き耳を立てれば、双一以外の生徒は皆、何らかの力を得ているようだ。

 異世界での冒険を待ち望む弾んだ声、ファンタジーの主人公になれたと嬉しそうな声、未だ続くアザナエルの美貌を称賛する声、横から乳房がこぼれそうなアザナエルの服装を思い出した思春期男子のエロトークも混ざり、双一の纏う熱気が怒りの炎となって見えそうなほど蓄積していく。


「ところで」

「ひゃい!?」

「なんか神気が限界値を超えてんだけど、チャルはどうなって」


 静寂になっていた辺りの様子に気づいて双一の問いが止まった。それまで各々勝手に騒いでいたクラスメイトが同じ方向を見ている。双一の背中から隠れるようにして固まった小山内が、やっとの思いで掴んだ双一のジャージを引く。


「ああああアニキ、アレアレアレアレ」

「今度はなんだ、今の俺は機嫌ワリー……ぞ?」


 苛立たしさを表すように頭を掻きながら振り返る。そこでようやくクラス全員から不可解な視線を向けられていた存在と目が合った。 

 自然な森の中にしては巨大とも言える広場の反対側から、イノシシらしき獣が近づいてきている。あくまでも“イノシシらしき”だが。

 日本どころか地球のどこにもいないであろう巨大な体躯。鋼鉄の鎧でも着ているのかと見間違う鈍色の分厚い毛皮。異常なまでに鋭利な角度を持つ極太の四本牙は、生命の危機を感じさせる。


 とは言え、双一たちも突如現れた見慣れない集団だ。イノシシも警戒して歩みが遅い。しかし、双一たちが縄張りを荒らす外敵か餌のどちらでも逃がすつもりはなさそうだった。


「番長さ、前に学校の畑荒らしてたイノシシ捕まえたよね、素手で」

「……アレ学校に出るやつの三倍はあんぞ」

「おっとぉ? ヤクザにもメンチ切り返す緋龍の番長ともあろう御方が畜生相手に逃げるんですかい?」

「言ったなテメェ! そこで見てろよ!」

「やめろって刺激すんな!」

「それよりこっちたくさんいるし、ほっといたら通り過ぎないかなぁーなんて」


 イノシシと仮定された生物が軽く鼻を鳴らして大きな牙を揺らす。普通の野生動物より知能が高いのだろう。威嚇しながらも真っすぐに近づいては来ない。相手を値踏みするようにゆっくりと広場の外周を回りはじめた。


「小山内も言うてるやん、死んだフリしよ、なっ? ほれみんなはよ地面に寝よ?」

「つってクマじゃねぇんだからさ」

「クマは死体喰うし隠して保存しようとする個体もいるから死んだフリは通じないぞ」

「ばかオヒメ! 農高あるある言ってる場合ちゃうやろ!?」


 どうでもいい情報をありがとう、と姫川の頭が引っぱたかれる。

 お気楽漫才コンビは無視して双一は危機を脱する方法がないかと思索する。鮫島のようにふざけたフリをして他の生徒を囮に自分だけ逃げようと提案するか、それとも戦うべきか。


「せっかく覚えたんだから誰か魔法でどうにかしろ。戦えそうな魔法覚えたヤツいないのか」

「魔法名的にオレのはムリっぽい」

「オレも」


 さりげなく“戦えそうな魔法”を強調しつつ聞いてみる。しかし期待できる返事はない。混乱とも状況を理解できない馬鹿者故の余裕とも取れる応酬が続く。


「よく分からない力を無作為に実践するのは危険ではありませんか? 規模や度合いが判りませんよ。下手したらこちらに被害が出るやも」

「なら否定じゃなくて代案をよこせ」

「ふむ、現状とリスクを加味して有効なものは“バッファー”ですかな」

「なんじゃそら」


 珍しく話が通じない双一に、輪島は肩をすくめる。


「ゲームで言うでしょう、強化することをバフをかけるって。危険も少なそうですし」

「あんまりゲームやらないからなぁ。じゃあ誰か単純に強くなれそうな魔法持ってるヤツいねーか!?」


 返ってきたのは沈黙だった。呼びかけに応える者はいない。互いに「お前が行けよ」と小さく合図をしているだけだ。


「ったく、博士が言うとこのバカども何でも信じちまうんだから気をつけてくれ」

「しかしですぞ、物騒な魔法があったらこちらが全滅してもおかしくありませんからな」

「言いたいことはわかるけどよ」


 広場を見渡して目に映るのは悪名高い高校のクラスメイトだ。強い破壊衝動や恨み妬みを持つ者もいるかもしれない。

 願いとは綺麗なものだけではない。悪意にも似た薄暗い願いもある。そうした願いが魔法になっていたら被害は計り知れないと輪島は警告する。


「実際、一匹ならひとりふたり囮にして逃げた方が助かりそう」

「そんならそこで倒れてる梅田を――」

「ソイツたぶん意識戻ってるぞ」

「ほんまかいな!?」


 双一が指摘すると、走れないように靴紐を左右で結んでやろうとしていた鮫島と姫川が担任から離れる。


「そもそもレベル1じゃ魔法が弱すぎるだろ」

「だーから威力より種類がヤバいって話」

「自分のでよければ試してみるか」


 醜い譲り合いから犠牲を含めた逃走方法にまで議論が発展したところで、魔法の使用を提案してきたのは玄間げんまだった。


「……なあ、呪文ってレベル制なのか?」


 魔法に関してクラスメイトから一歩出遅れている双一は、自分だけ呪文をひとつも覚えていないことを悟られないよう再び集団から少し離れていた。


「だね。たぶんみんな今はレベル1の魔法しか持ってないと思う。呪文名と詠唱文だけで効果の説明ないからくわしくはわかんないけどね」

「マジかぁ。あの天使つっかえねぇ」

「おーい番長、聞いてる?」

「ん? 俺に言ってんのか、別に許可なんかいらねーって。できんなら早くやっちまえ」

「じゃなくて、自分の“覚醒魔法”って名前だからさ、効果考えるとこれで強くするなら番長じゃね?って言いたかったんだけど」

「……俺にかける気かよ」


 全員、最初の被験者にはなりたくないという気持ちが態度に滲み出ていた。

 双一は玄間をにらみつけて空手部のくろがねや陸上部の青木など身体能力の高い者に矛先を換えさせようと。しかし、威圧の眼光は三秒と持たずに霧散する。


 広場をゆっくりと回るイノシシの行動を見た時、双一は相手が自分たちを警戒していると予想した。

 そして予想が当たっていた場合、イノシシはこの森において絶対強者ではないことが示される。獲物の様子を窺うという行為を学習しているからだ。狩りをする際に苦戦した経験があるとも言い換えられる。

 イノシシが敵として認識しているような生物が他にもいるとなれば、いくらケンカ無敗の超人的な肉体を持っていようが所詮は人間、魔法の力なくして森から脱出することすら危うい。


「玄間なら他のヤツよりは信用できるか……いいだろ、来い!」

「よっ、さすが我らが番長、カッコいい!」

「うるせーよ、やんならとっととやれ」


 了承を得た玄間は双一に胸に手を当て、もう片方の手で数珠を握る。

 異世界に来る原因を作った一端であるエロ坊主こと金剛寺観世かんぜの幼馴染であり、信心深い檀家の息子でもある玄間にとって、念仏を唱えるスタイルが自然に出る所作なのであろう。

 しかし、念仏の所作の混ざった詠唱はどうにも不吉なイメージを連想させる。


「道理を知らず犠牲も払わぬ愚か者の道を辿り頂へと到達する。此れは摂理に歯向かう魔道を往きし末路の標」


 玄間の詠唱で白い光が生まれ、双一の身体に吸い込まれていく。


「おおー、番長が光ってる!」

「ゲンゲンの呪文は拙僧のものとは随分趣向が違うというか、中二?」

「笑うな! 自分で考えたんじゃない!」

「またまた、呪文も願いと一緒に生まれたものでしょうに」

「だったらやっぱり願いの主のせいで自分関係ないじゃん!」

「それよりなんか不穏な単語多くなかっ――かッ!?」


 光は双一に宿るも一旦消える。体に変化がないか確認するように拳を握りしめていると、また違う色の光が双一の中から生まれた。

 双一の光は玄間の手から出た神秘的なものとは違った。毒々しい色に加え、電球から発せられる鋭く眩しい光と違い淡く発光する液体の形をしていた。皮膚から滲み出るかのように漏れた光が全身を覆っていく。


「なんだ……ぐぅ、が、ああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」

「ア、アニキ!?」


 瞬く間に双一の全身を包んでしまった光から、下水道で生まれたミュータントの産声が如き不気味な悲鳴が森中に轟いた。


「ア゛ア゛ガガガガ……グべぇ……ゴポォ……グべべギギゲゲ……」


 叫び声は次第に悲鳴からおぞましい音吐へ変わる。粘度の高い汚泥が泡となり弾けて消えるような、酸の海に落ちた生物が溶かされているような、いくつもの不快な音が重なり合い不吉なイメージを駆り立てる声だ。意味を為さない音の羅列は、もはや叫び声なのかさえ判別できない。


 そして双一を包んでいた光は人型を失っていく。グネグネと規則性のない変形を繰り返す姿はまるで形容しがたい巨大な原生生物だ。

 小山内は世界で最も信頼していた兄貴分の双一の異常事態に声も出せず腰を抜かしてしまっていた。他の生徒も愕然と見つめるばかりで双一を救うことはできない。


「これ……どう見ても身体能力とか技能の覚醒じゃないよね」

「覚醒って魔法のことか、番長の魔法が働いてんのか」

「にしてもまさか番長が死ぬなんて……様子見ててよかった」

「言ってる場合かよ」

「でもよ、玄間の呪文ならレベル1以上の魔法使えるようにできるんじゃねえか。どうせやるならいっそ高レベルの魔法一発に賭けた方がいいだろ」

「ッブルルルルルル!!!」


 今度は光の中からではなく、会話を遮る背後からの音で一斉に振り返る。

 背中のすぐ後ろで重機がエンジンをかけたかと錯覚させる重低音、心臓まで震わせる音の正体はバケモノ猪だ。これまで以上に大きく鼻を鳴らし、前足で地面の砂を蹴っている。

 玄間と双一の生み出した光は化け物を過剰に刺激してしまったのだ。強者であるイノシシには警戒せども逃亡するという選択肢はない。荒い鼻息に血走った目つき、もはやいつ痺れを切らせ突進してきてもおかしくない。


「オイオイオイ! ヤバいでアレ!」

「もう誰でもいいから魔法使えって!!」

「番長はもうダメそうだし……こうなった原因ッ、梅田に今の魔法かけろ玄間!」

「おう、っていねぇ!?」

「あんのクサレ教師! 自分だけ逃げやがった!」


 次いで魔法の実験台に選ばれた担任教師はすでに影も形もない。気絶したフリをしつつ広場の外側へ移動し、生徒たちの隙を見て森の中へ脱出した後だった。


「そもそもあんな洞窟を見つけた油小路が悪いんだ」

「ぼくッ!?」

「たりめーだろ、お前がなんとかしろッッ」


 今度は最初に天使像のある洞窟への入り口を発見した油小路に矛先が向かう。

 異世界への転移という怪奇現象に巻き込まれたことは誰に非を責められることではないが、パニックを起こした生徒たちには関係なかった。先頭まで押し出された油小路に双一がかけられたものと同じ呪文が唱えられる。


「待って! ぼくの魔法ってたぶっ、アアアアア!」


 覚醒魔法を受けた油小路の体も光を発する。今度は美しい赤い色だ。

 そして油小路が叫ぶと同時に化け物イノシシの脚が止まった。生徒たちとは別の方向へ体を向けると森へと飛び込んでしまう。


「逃げた?」

「助か……ってはねえな」


 イノシシが逃げ出した理由は一目瞭然だった。

 油小路の体から赤い光が弾けると一瞬で前方の森が炎に飲まれたからだ。

 ひとまず化け物はどこかへ消え去ったが、驚異的な速度で燃え広がる炎は通常の延焼とは明らかに違う現象だ。魔法の暴威を前にして少年たちは再び呆然と立ち尽くす。


「なんだこの魔法!? てめぇどんな魔法持ってんだ!」

「だからぼくの魔法はたぶん危ないって言おうとしたのにッ!」


 勝手に魔法を暴走させられた油小路が怒鳴り返すも後の祭り。炎は次々に隣の樹へと燃え移っていく。


「ちくしょう! どんな人生送ったらこんな願い事持つんだよクソが!!」

「炎、熱……心の底にある願いが比喩的な変化を……あるいは神にとって創造の認識が我々と違う?」

「冷静に見てる場合じゃねえって! 逃げんぞ!!」

「いえ、もうちょっと」


 激しく燃え盛る炎を前にしても、クラスの頭脳である輪島は動かない。


「ダメだ! 博士まで死なれちゃ困るんだよ!」

「多々良君は死んでないと思いますけど」


 生命の危機においても知的好奇心を優先するクラスの頭脳を担ぎ、生徒たちはイノシシとは別方向の森に飛び込んだ。

 未だ不気味な光と共に小さな呻き声をあげる双一を残して――

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