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オトメクオリア  作者: invitro
第四章 成長する魔法

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12 奥義ッ(ノ・ω・)ノ===☆Σ(゜ω゜ノ)!

 玄間という転移者を連れて離れるラウラの背中を見送り、ポーネットは重苦しい息を吐いていた。


「なぁなぁ、ラウラっていつもあんな自分勝手なのか?」

「そうですわね、失恋後のメイアと同じくらい人間不信かしら」

「苦労してるなー」


 ぽんっ、ピリカはポーネットの肩に手をかけた。

 ポーネットは無言で訝しげな視線を返す。

 ピリカが日頃からわがままで相棒のキナに迷惑をかけていることは、使徒座だけでなく聖都中で有名な話だ。


「ピリカさんの聖遺物に巻き込まれるのはイヤですし、まずはわたくしが」

「おう、このピリカ様が見守っててやる! 無理だと思ったらいつでも代わってやるから泣きつくといいぞ!」


 ポーネットは聖遺物を握り直し、得意の杖術の構えを取る。

 “波乙女の杖”は、一見では先端に蒼い宝石を持つだけのシンプルな儀仗に見えるが、過去の転移者が女神の恩恵を使って創造した特殊な物質でできている。聖遺物の加護によって常識外れの怪力を誇るポーネットが鈍器のように振り回しても壊れることはない。


「拙僧からは手を出さぬ。力の差を理解するまで殴ればよい」

「そんな軽口、叩けなくして差し上げますわ」

「過信ではない。拙僧の魔法は“筋肉魔法”。我が友、鉄が悪辣なる番長・多々良双一を倒したいと願い生まれた純然たる力の具現である。我が鋼鉄の肉体の前には何者の攻撃も届かぬわ! ふんぬぁッ!!!」


 金剛寺は袖の中へ両腕を引っ込め、勢い良く上半身をはだけさせる。


「イヤァ! 異世界の邪教は裸を見せつける教えでもあるんですのっ!?」


 聖遺物、波乙女の杖が地面に落ちた。ポーネットは片手で顔を覆いながら、寺院の中にある半裸の如来像を指さす。


「まじめにやれー! おまえは乙女か!」

「乙女よ悪い!? 半裸の変態となんて戦ったことないのぉ!」


 ピリカのヤジに答えたポーネットの“半裸の変態”というセリフ。このままでは仏様が異世界で裸族の邪神として伝わってしまうと金剛寺は焦り、再度はだけた法衣を着直して、何事もなかったかのように仕切り直した。

 目を閉じ肩の辺りで両手を合わせる。丹田に力を集め、全力で突いてみろと言わんばかりに腹部に隙を作る。


 真っすぐで生真面目なポーネットの性格では、如何な罪人といえど聖遺物を使い本気で人を殴ることなどできない。

 しかし、今は違った。女神の力を元に得た人知を超えた力を持ち、ポーネット達異世界の住人すべてを見下す傲慢さ。ポーネットの瞳には、同じ転移者である貴志瑛士が重なって映る。


「本当に……行きますわよ」

「来るがよい」


 女神ミラルベルより賜りし神器。一説では天使を模したのではなく、天使そのものだと言う神学者もいる。その人類の至宝を渡すなどミラルベル教徒にできるはずもない。


 ポーネットは地面を蹴る――勢いを乗せ本気で金剛寺の腹部へ聖杖を突き入れる。


「あべしっ!」

「………………え?」


 金剛寺が錐揉みしながら宙を舞った。ポーネットの全力の突きに耐えられず10mほど離れた場所まで転がっていき、庭の端にある大きな木にぶつかるとその場で動かなくなった。


「……ポー、殺っちまったな……」

「えええっ!? だってあの方が本気で来いって!?」

「社交辞令ってやつだよ」

「意味がわかりませんわッ!?」


 生死を確認するため、恐る恐る金剛寺に近づく。


 神殿荒らしとして指名手配されていても金剛寺達の裁判はまだ行われていない。そして今回の転移者は、すでにいくつかの大事件を起こし生死不問で捕縛命令が下されている状態である。

 しかし金剛寺達の言うように、転移が事故であり、個々の力が大きいだけで実際に悪事を働いている転移者は大勢いる内の極一部だけであるとすれば、教会には金剛寺達を保護する義務が生じる。


 五百年前に戦争を起こした転移者を例外として、転移者とはこの世界の住人に正しき人の在り方を示してくれる聖人であり女神の力で招かれた客人である。理不尽な話でも、後から金剛寺の発言が事実だと証明されることがあれば、ポーネットが罪に問われる可能性も捨てきれない。


「ぬぐぐ……聖遺物の力を侮っていたようだ」

「わっ、わわわ、生きてた! ピリカさん、生きてましたわー!」

「でも今の喰らって生きてるって、喜んでいいのか?」


 平然と立ち上がった金剛寺に驚いて、ポーネットが後ろに下がる。


「認めよう、今の拙僧ではそなたに敵わぬようだ」

「で、では大人しく投降なさいますの?」

「いや……だから、もう一段上の呪文を使わせてもらう!」


 金剛寺は唇から垂れる血を拭うと再び手を合わせた。


「技も武器も力なき敗北者の慰みにすぎない 力こそが正義であり 力こそが価値ある己の証明である 故に我は力を求める さあ女神よ 我が肉体を更なる高みへ導け マッスルパワー レベルスリィイイイイイイ!!!」


 叫び声に共鳴し、金剛寺の体が黄金の光を発する。

 ちなみに、金剛寺の呪文は最後の“マッスルパワーレベル3”のみであり、それより前の詠唱は意味のないアドリブである。


 ポーネットとピリカはあまりの眩しさに手をかざした。数秒して光が収まる。そこには、分厚い筋肉の鎧を纏う3mほどの巨人となった金剛寺が立っていた。そんな金剛寺を前に、


「これが……異世界人の、魔法………………きもっ」


 ピリカは驚嘆の言葉でなく暴言を吐き捨てた。

 金剛寺は魔法に酔っているらしく、誇らしげな顔で筋肉を魅せつけるポージングを決めていた――が、ネコミミ美少女の「きもい」発言を受けて固まった。


 筋肉魔法は魔法で増大した筋量に合わせて骨格も変わる。とはいえ人体の構造上、関節部などでは筋肉魔法で強化されてもあまり筋肉は増えない。いや、元の肉体からは確かに関節部も想像のつかないほど強化されている。どうしても全身で筋肉の比率、体格が狂うという意味だ。

 手首や足首はそれなりの太さに留まり、胸筋や僧帽筋、大腿四頭筋などの元から大きな筋肉はより肥大している。もはや筋肉のバケモノと呼ぶべき様相だった。


「こ、ここからが本番というわけですわね」


 ふざけた外見だが、筋肉巨人から放たれる重圧は本物だ。得体の知れない恐怖と嫌悪感に怯まぬよう、ポーネットは指に力を込めて聖杖を握り直す。


「かかって来るがいい。そして我らを止められぬと悟った暁には、大人しく神器を渡すのだ!」


 今度こそ力の差を教えてやる、と金剛寺は全身に力を入れて筋肉を固める。

 ポーネットはくるりと聖杖を一回転させ、先程と同じく腹部を突いた。

 巨人となり高い位置に移動した腹部へ、いや鳩尾へ向けての下から抉るような突きだ。間違いなく最初に放った突きよりも強力な一撃だが――


「自分の無力さを理解できたかな?」


 文字通り鋼鉄と化した金剛寺の腹筋を全力で突いた反動で、ポーネットの腕は痺れて動かなくなる。


「化け物ですわね……でもっ、わたくしだってあれから鍛え直しましたのよ!」


 ポーネットは聖杖を握りしめ、より強く加護を求める。

 先端に嵌められた深い青色の宝石から発せられた光はポーネットを包み込み、手にできた紫の痣を癒し消していく。そして、大腿、胴、二の腕、肩と聖杖を打ちつける。


「このォ! せいっ! せいッッ!!」

「……やめたまえ、続けても君が傷つくだけだとわかっているだろう」


 魔法で強化された金剛寺には少しの傷害も負わせられない。逆に、限界を超えて力を振るうポーネットの手に内出血の痕が増えていくだけだ。


「それでもっ、わたくしは諦めませ――きゃあ!?」


 後ろから膝に受けた攻撃でポーネットが崩れた。


「なにをするんですの!」

「ポーの聖遺物じゃ相性が悪い。あとはこの麗しき雷獣ピリカ様に任せるといい」


 両手に装着した籠手から青紫の光を地面へ放電させピリカが歩いて来る。ポーネットの姿勢を崩させた攻撃の正体は、ピリカが手加減して放った雷撃だった。


「聖遺物は自然の力を司る物が多いとは聞いていたが」

「そうだぞ。それにピリカはポーネットと違って、聖獣様のお世話と魔獣退治の専門家だからな。おまえみたいな化け物の相手は慣れっこなんだ!」


 言うや否や、ピリカは両手を前に突きだした。

 相手の態度に戸惑うポーネットとは違い、初手から最高出力で雷を放つ。


「ぬをおおおおおおおおおおぉ!!!!!」


 金剛寺の胸で雷光が弾ける。

 巨人となった金剛寺の体が雷に押され、地面へ溝を作る。


 使徒座の巫女としてピリカに課せられる任務は、過去の転移者が作り出し野生化した魔獣の討伐だ。そのため、言葉の通じない化け物には一切の油断が許されないと身体で覚えている。ピリカにポーネットのような甘さはなく、攻撃の手を緩めない。魔法で守護されている金剛寺の体を高出力の雷撃が焼いていく。


 それでも、金剛寺の筋肉魔法には、肉体を常に最善の状態に保つという強力な願いが込められている。焼けた傍から皮膚は修復され、ピリカの雷撃と金剛寺の再生能力は均衡状態へ陥った。


「うぬぬぬぬっ! やるな、ピリカの雷に耐えるなんて! でもこっちは二人だ、ポーネット、後ろからアタマかち割ってやれ!」


 ピリカが叫び、声に応えたポーネットが金剛寺の背後へと走った。

 無敵の肉体を誇る金剛寺の顔にも焦心が浮かぶ。


「筋肉が足りぬか、ならば……マッスルパワーレベルフォオオオオオオ!」


 金剛寺は更なる黄金の光に包まれ、雷撃の呪縛を力づくで引き千切った――




――――――――――




「バカスカうるさいと思ったら怪獣が暴れてたのかよ」

「ははは! カンちゃんの筋肉魔法は無敵だ、諦めて神器をもっテェ!?」


 筋肉の化け物となった金剛寺を視認した瞬間、ラウラは玄間の膝裏を蹴り、腕の関節を取った。地面に膝をつく玄間の後ろから空いている左手を玄間の顔に重ねる。


「今すぐそのバカげた魔法を解除して投降しなさい。さもないとお友達の目玉を潰しますよ」

「目をっ!? 悪魔か己は!?」


 金剛寺と真っ当に戦えば、ラウラに勝機はない。そしてそれは、玄間相手にも同様の事が言える。玄間が人に本気で殺意を抱くことができれば、ラウラなど一捻りだろう。


 ラウラが強者でいられるのは得意とする格闘技と反転魔法の発動範囲、つまり手の届く距離までだ。

 玄間が一瞬であらゆる技能を獲得可能なら、どこにでもある箒の柄でも地面に落ちてる石でもラウラを倒すことができる。超人的な肉体を持っていた男だった頃ならともかく、今のラウラでは武器と殺意を持った達人に勝つことは難しい。


「シスターがそんな邪悪な脅しをしていいと思っているのか!」

「罪悪感がない訳ではありませんが……あなた達の緊張感の欠如した様子から、治癒もしくは死者の蘇生も可能な魔法の使い手がいると思ったのですが、どうでしょう?」

「そ、そんな魔法を持つ者などおらぬ!」

「信じられませんねぇ」


 ラウラが指に力を入れる。

 瞼の上から眼球を押された玄間は堪らず悲鳴を上げた。


「手を抜いていられる状況ではないか……ゲンゲン、どうやら我らは異世界を甘く見すぎたようだ」


 金剛寺が黄金の光に包まれ、元の大きさに戻る。

 だが、その眼には先程までとは違う決意が宿っていた。


「あまり高位の呪文は使いたくはなかったのだがな。我らにも譲れぬ想いがある。ここからは本気でやらせてもらおう」

「ほ、本気ですよ。わたしをナメない方がいい」

「無駄だ――」


 ラウラの手から逃げようと、玄間は極められた関節があらぬ方向へ曲がることもお構いなしに首を振った。

 金剛寺は玄間の作った隙に、手を開き緩やかに大気をかき混ぜるような動きで腕を大きく回す。その掌には小さな光が集まり、やがてこぶし大の球体となった。光の球体を握る両手を脇に引き、いつでも放てる姿勢へと移る。


「ま、まさかそれを撃つおつもりで?」

「うむ」

「どう見ても筋肉関係ねーだろ! 筋肉魔法ってウソかよ!」


 マンガやゲーム等で“気”や“オーラ”などと呼ばれる、謎のエネルギーを飛ばす攻撃にしか見えないその姿勢に、今度はラウラの顔が引きつった。


「そもそも呪文はどうしたよ! 魔法ですらねーだろソレ!」

「否ッ! これぞ筋肉魔法、奥義っ!」

「おいおいおいマジか、どこのバカだ、その魔法願った野郎は!? なんでもありにも程があんだろ!」


 玄間を突き飛ばして逃げようと必死に走る。しかし、


「波ァッッッっっ!!!」


 不可避の閃光がラウラを撃ち抜いた。

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