09 ラウラの推理力
使徒座の神殿に集まったラウラ達の前では、楠井を捕らえていた牢の見張りである四人の獣人神官が正座させられている。何時間待たされているのか、床の上には汗が水溜りとなっていた。
厳重な警備の中をどうやって逃げたのか話を聞けば、どうやら四人は故意に楠井を逃がしたようだった。しかし、そこまでは簡単に白状したものの、どうしてそんな真似をしたのかは口を閉ざしている。
「……意外と冷静ですね」
「さっきまで鼻水たらしながら謝ってましたよ」
「ええ、もっと火竜の如く怒り狂うかと思いましたわ」
「あ、聖女様のこと……って、え? 聖女様って怖い人なんですか」
「いいえ、ちっちゃくてかわいいですわよ。抱きしめるとお日様の匂いがしますの」
「そうゆう話ではなくですね~」
「わははっ、ポーネットは相変わらず天然だなー、ってこらピリカを抱こうとするなっ!」
なかなか正直に答えない神官達に淡々と質問を変えていくラウラの後ろで、メイア達がひそひそ話をしていた。かわいいものを見ると抱きしめ癖がでるポーネットをピリカが威嚇している。
やがて、謝罪と懺悔しかしなくなった神官達に愛想をつかすとラウラも部屋の後ろまで下がってくる。
「やっぱり聖女様でも新しい情報は無しですか~」
「いえ、けっこうわかりましたが」
「うそぉ! あんたテキトー言ってない!?」
「言葉にしなくてもわかることがあるんですよ」
ダメ元といった態度のキナの質問に、ラウラは予想外の返事をした。
獣人神官達が、直属の上役であるピリカとキナに抱いている信仰心は崇拝に近い。何しろ異世界人の末裔でありながら、この世界の最大勢力であるミラルベル教の巫女という地位に就いているのだ。
転移者が持っていた強大な力を、聖遺物を通してほんの何割かだけ行使できる程度の元異世界人の居場所は、歴史が過去となるにつれ無くなっていく。だから彼女達は獣人族の誇りであり期待の象徴でもある。その二人が聞き出せなかった答えをラウラが得たと言っても信じ難い話だろう。
「それよりピリカは責任を感じるべきなんじゃありません? あなたの部下の失態なんですから」
「ピリカは悪くないもん」
「責任取らない責任者って嫌いだなー」
ふんっ、と顔を逸らすピリカに不満を漏らすも、ラウラの瞳に不機嫌さは映っていなかった。
楠井が脱走することは想定の範囲内であるからだ。
(どちらかと言えば、取り調べのぬるさが気になる。神器と例のタブーに触れなければ、教会が敵に回ることはないのかも)
楠井を預けることで、転移者に対して教会がどこまでやるのかも確認できたことが大きい。罪人として閉じ込めていた部屋を見回しても劣悪な環境というにはほど遠い。ベッドもあり食事もしっかりと与えられていた。拷問した形跡もない。
もっとも、一番高いと考えていた可能性は、金剛寺と玄間による救出作戦が行われることだったのでラウラにとって最良の計画からは道を外れたことになるが。
しかし、ひとつの予想が外れたことで別の予想もできるようになる。
「おお、皆やっておるな」
「アヴィ!? ……様」
「うむ、アヴィ様じゃ! してラウラよ、そなたはクスイの力をどのような物と考えておった」
続きを説明してくれと眼に力を込めるピリカに割り込んで質問したのは、遅れてやって来たアヴィだった。裏のなさそうな巫女たちと違い、まだ警戒を残している精霊の登場で、ラウラの頬がわずかに硬くなる。
「メイアから逃げたと聞いて、最初は透明になる力や幻覚を見せる力を疑いました」
「そうそう! あの人、追いかけてる時にフッと消えるんですよ!」
説明していたラウラにメイアが相槌を打つ。
しかし、それはゴミ箱の中でラウラと相対した時の反応と、獣人神官達の反応から違うのではないかと首を横に振った。
ラウラは魔人エイジから聞いたという体で、転移者の能力は一人一系統とでも言おうか、全く違う複数の力を持つことはないと報告していた。
「ならば今はどう考えておるのじゃ」
「神官が故意に逃がしたと聞き、次は洗脳を疑ったんですけど……」
「ほう、洗脳とな! 魔人の一味なら人の精神を操る力もあるやもしれぬな!」
「でもそうは見えないですよね」
神官達は滂沱の涙を流し本気で懺悔をしている様だった。
またしても自分で自分の予想を否定するラウラに、早く先をと視線が集まる。
「だから今疑っているのは、本来得られぬ情報を得る力……つまり特定条件下での読心術か予知の類じゃないかなって」
メイアが追いかけている時に背中を見失ったのは、意識の死角を突かれたため。獣人神官達が口を閉ざすのは、何か知られてはいけない秘密を握られて脅されているからだ。
推理した結論を出すと、おおーっと声が上がった。特に、ラウラをアホの子だと思っていたらしいメイアとポーネットは本当に驚いた様子で音を立てずに手を叩いている。
ラウラは自慢げに鼻を鳴らすが、もともと低く見られていたからこその拍手だと気づけないのが残念なところである。
「転移者ってなんでもありなんですね~」
「でもナルキ村で会った魔人に比べたらなんでもありませんよ」
「急いで追いかけましょう。力の種類からして、楠井はポーさんみたいに身体能力を上げることはできないはずです。今なら追いつける」
おそらく三人の頭脳である楠井が抜けている今なら大きな隙が生じているはずだ。加えて、楠井は人目を忍び時間をかけて逃げている。追いついて後をつければアジトまで一網打尽にできるだろう。
「ところでアヴィ様」
「どした?」
「探し物ができる犬とか飼ってたりしませんか」
「そんな都合の良いものは――ここにおるぞい!」
「いるのかよっ」
アヴィのふざけた態度に思わず素の言葉遣いが出る。
読心術や予知では町の人全ての目を避けることはできない。とはいえ聞き込みをしながら、それらしき人物を探すより確実な手段が欲しい――という頼みに、アヴィから差し出されたのは獣人巫女の一人だった。
「はい、キナちゃんです」
「こやつの聖遺物は五感を鋭利にするものじゃ。キナよ、後を追えるな?」
「お任せください、アヴィ様!」
ぽんっ、とキナがふくよかな胸を叩き、聖遺物である木製の首飾りが揺れた。
普通の人間より優れた身体能力を持つ獣人が、さらに感覚を高める聖遺物を持つのであれば十分期待できる。従順な犬のようなキナの頭に、ついラウラの手が伸びる。
「よし、良い子だ。期待していますよ」
「キナ! そんなやつにしっぽを振るな!」
「でもねピリカちゃん……聖女様には逆らっちゃいけない気がするの。わかるよね?」
「うぅっ、それは……」
自分より年下で背も低いラウラに頭を撫でられ、キナのしっぽが揺れている。
しかし同時に、耳としっぽの毛がかすかに逆立ってもいた。
キナが直感で抱いたラウラへの怯えと警戒心の現れだ。
ラウラに敵対心を燃やすピリカだが、巫女と聖女候補という立場の差もあって徐々に語尾が弱くなっていく。
「ちなみにピリカの聖遺物は?」
「ひみつ! でもどうしても聞きたいなら教えてあげても」
「んじゃ、いいや」
「えっ……いいの……」
無駄に時間を開けたくない、とラウラは駆け足で出発する。
しょんぼりと猫耳を垂らしたピリカの肩にアヴィが優しく手を置いた。




