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オトメクオリア  作者: invitro
第四章 成長する魔法

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07 悪魔像を破壊せよ

「えーっ! ラウラがハーシーのシュラスコ屋のおーなーなの!?」

「すごーい! わたしたちもいきたいっ!」

「わざわざ行かなくても、わたしの命令ならここまで料理を作りに来させることだってできますよ」


 孤児院に入って早々、妹分であるシェリルとマグナの恨み言という襲撃を受けたラウラは、二人の機嫌を取るために提橋との旅路を面白おかしく改変して土産話にしていた。


「店長には金を貸しているだけでなく、わたしが盗賊から助けてやった貸しもありますから」

「むぅー、ラウラまたウソついてない?」

「くそ田舎のナルキ村では発揮できる場面がなかっただけでわたしは多才なんです。仕方がない、次はわたしがどうやって賊を懲らしめたかも話してやりましょう」


 提橋の義兄が盗賊になっていたり、聖女として任命されることになったラウラは立ち寄った町々で歓迎され、いろいろなイベントに参加しては祝福を与えてきたなど、知る者が聞けば明らかにおかしい設定も混ざってしまったが双子は大喜びだ。次第に、ラウラの話に耳を傾ける孤児が増えていく。


「へー、ほんとに面倒見いいんだぁ」

「ラウラさんの言葉は真っすぐで力があるから子供に好かれるんでしょう」


 初対面でありながら警戒心の強い孤児達に囲まれるラウラを見て、その意外な一面にメイア達は感心していた。


「あまり教育にはよくなさそうですけど」


 だが感心だけでなく、乱暴な口調で冒険活劇を聞かせるラウラに呆れた視線も向けられる。依然としてラウラの敬語は滅茶苦茶だ。どんなに口調を正そうとも選択される単語から粗野な育ちと性格が隠しきれていない。

 しかし、どんな作り話も平気で真実のごとく語れる図太い神経と無意識に弱者を統率してしまう絶対強者の気質が、見た目が可憐な美少女になると思いやりのあるシスターに見えてしまうだから不思議なものである。


「でもそんなことより……」

「気になることでも?」

「消えた旅費の行方が判明しましたけど、どうしましょ」

「サゲハシさんが本当に孤児院まで来てくれたら黙っててあげましょうよ」

「それもそうね、もう使っちゃったわけですし」


 そしてラウラがその場の勢いで嘘や勝手な約束を重ねる度に、ラウラの保護下に入ることで友人から舎弟に格下げされた提橋の労働が増えていくのだった。


「ねーねーラウラー」


 聖都の外の話をねだる子供達から解放され、神殿に帰ろうとしたところでシェリルとマグナに服を掴まれる。


「その人たちは、ほんとになにもしないでかえったの?」

「ラウラいつも言ってるじゃん、なにごとにもりゆーやげんいんがあるって」


 双子が気にしているのは、ラウラ達が今追いかけている神殿荒らしの話だ。神殿に侵入して何も盗らず壊さず、ただ荒らして帰るという行動は目的が見えない。不自然さだけが残る。


 犯人を知っているラウラだけは、神器を探しているのだろうという予測を立てられているが、双子に言われ、新しい疑問が生まれた。

 神器は簡単に持ち運びができないほど大きい。何しろ等身大の天使像に台座までついているのだ。わざわざ神殿のあちこちを荒らすまでもなく有るか無いかはひと目でわかるはずだった。


「別の目的がある? なにか見落として……刑事ドラマでも捜査は現場100回って言うし、やっぱ人任せにしないで直接確認しないとダメか」

「でしょー?」

「ことばづかいだけ直しても、ラウラはまだまだだね」

「相変わらず生意気な小娘どもめ」


 シェリルとマグナはガシガシと頭をなでられると嬉しそうに目を細めた。






 三人は捜査の進展を求めて大神殿を訪ねた。現場の調査を終えて、戦闘により破損した建物や備品の補修を監督していた聖騎士から話を聞く。すると躊躇いがちに新しい発見が告げられる。


「故意に破壊された物も盗まれた物もない。ですが不思議なことに、天使像がひとつ増えていたのです」


 大きな教会や神殿には、女神像だけでなく女神ミラルベルに仕えていたとされる96人の天使を模した像が置かれている。しかし、金剛寺達が侵入した後には天使像が一つ増えて97個になっていた。


「増えた? 減るんじゃなくて?」

「数え間違えとか、もっと前から97個置いていたとかじゃありませんの?」

「まず無いと断言できます。何度も確認した上、ここは大神殿ですよ」

「そうよねぇ」


 メイアとポーネットは頭に疑問符を浮かべる。

 普通、賊と言えば物盗りだ。物が無くなることはあっても増えることはない。


「とりあえず見せてもらえますか」

「構いません。しかし、我々でも見分けがつかないので持ってくることはできません」


 建物の補修をする神官達の合間を縫って神託の間に移る。千年前、実際に女神が舞い降りたとされるその最奥には、女神ミラルベルの像が祀られていた。

 天使アザナエルと非常に良く似た純白の彫像。いや、天使アザナエルが女神の複製に近い存在だと言った方が正確だろう。


 だがラウラの記憶にある、どこか作り物じみた笑みを浮かべる天使とは違い、神の慈愛とでも呼ぶべき本物の温かみを感じさせる美しい像だった。人生の全てを努力で支配するのが人間の正しい姿だと考える極端な物質主義者のラウラであっても、そこでは膝をつき祈ることが自然な事だと思わせる確かな神秘性があった。


「女神、か…………わたしは、このまま……」

「ラウラさんでもミラルベル様の前では感銘を受けますのね」

「え? あ、ああ、そうですね。少し見惚れていました」


 しばし思考の海に潜っていたところをポーネットに引き戻される。

 ラウラが自分よりも大きな女神像を見上げている間に、別の教会を調査していた聖騎士が報告に戻ってきていた。


「全部の教会と神殿で天使像が増えていた? 間違いないのだろうな」

「はい、何度も数えましたから」

「つまり連中が意図的に置いていったか」


 聖騎士達の会話を聞き、増えた天使像は金剛寺達によって加えられているのだと確信に変わった。


 神託の間は、一度に三百人以上は入れるであろう巨大な部屋だ。その左右の壁をくり抜いて造られた台座が端から端まで続き、実物の五分の一ほどのサイズになった天使像が並んでいる。

 天使達は白大理石から彫られた白一色の彫像である。だがそれぞれほんのわずかに表情や髪型が違っていた。その全てに名前があるらしいのだが、天使像をじっくり見るのは初めてのラウラはメイアとポーネットの解説を聞きながら後ろをついて回るしかない――はずだったのだが、


「まー天使の名前は全部覚えてても顔の区別はつかないんですけどねー」

「……これは」

「ダメですわラウラさん、天使様に触っちゃ――」


 何を思ったか、ラウラはとある天使像の前に来ると迷わず手を伸ばした。その天使の名前も確認せず、天使像の頭と足を掴んで頭上高くに持ち上げ、


「どっせいッッ!!!」


 自分のヒザに叩きつけた。


「でええええええええええええぇ!?」

「イヤアアァ! あなたナニしてますのォ!?」


 メイアとポーネットが頬に手を当て、美少女にあるまじき顔で叫ぶ。神託の間にいた聖騎士達もラウラの暴挙に怒ることすらできずに呆然と口を開けて固まっていた。


 もちろん、天使像は真っ二つだ。

 しかしラウラに反省している様子はない。それどころか、達成感に満ちた表情で壊した天使像の破断面をメイア達に向けて突きつけている。


「な?」

「いやいやいやいやいやいやいやいや」

「な?じゃなくてっ!」

「だからこれが増えた偽物だってば、ほら」


 偽物という言葉に反応して、ふたりはラウラの持つ壊れた天使像に顔を近づける。

 眼を細めてしっかりと観察するまでもなく、確かに他の天使像とは違っていた。精巧な塗装で石像のように偽装してあるが、破壊された像の内部は木材で出来ている。


「どうして偽物だとわかりましたの?」

「ふっ、わたしクラスの聖職者になると邪悪な気を感じ取れるんですよ」

「邪悪な気!? それが聖女としての資質なんですのね!」

「イエス、セイクリッドパワー」

「聞きましてメイア! ラウラさんは本当に素晴らしい力をお持ちだったのですわ!」


 感動したポーネットはラウラを抱きしめると、お気に入りの人形のように掲げてみせた。ラウラもそれに応え、空中で手を合わせて祈りのポーズを決める。


「ポーさんが純粋すぎて一緒のチームでやっていけるか不安……」

「こらメイア! それだとわたしが嘘をついているみたいに聞こえますよ!」

「だって絶対当てずっぽうじゃないですか」


 ラウラが偽物の天使像を見極められた理由は、天使の顔がアザナエルのものだったからだ。聖なる力とは関係ないが当てずっぽうでもない。

 天使達の外見にほとんど差はない。聖都においても、全ての天使像を見比べて名前を正しく言える者は、神像や祭具の専門家などに絞られる。

 それでも、ラウラにはその天使像がアザナエルを模して彫られた物だと瞬時に判別できた。異世界で最も信用ならぬ相手であり、男の肉体を失うきっかけを作った憎むべき相手だからだ。借りを返すべき相手の姿は今でもまぶたに焼きついている。


「だけど何のために……」


 神殿荒らしの置き土産を見つけたが、その目的まではわからない。


「まあコレはコレ、ソレはソレとして――」


 本物と区別がつかない天使像を調べるメイア達を余所に、金剛寺達の目的を推測していたら、いつの間にかメイアとポーネットがラウラの両側に立っていた。ラウラを挟みこんで腕を組んでくる。


「急にくっついて来てどうしたんです? あっ、もしかしてわたしの聖なるパワーを見て尊敬が溢れちゃいましたか」


 自分の腕を取ってぐいぐいと体に押しつけてくるメイア達を得意げな顔で見上げる。


「天使様を壊したのは事実ですし、調査は中断して大司教様に謝りに行かないと」

「え?」

「今回は本物の弾劾裁判になるかもですね」

「ええ?」


 しかし、予想外の警告を受け、ラウラの顔からサーっと血の気が引いて行った。


「壊したの偽物なんですけどッ!?」

「たしかにあの像は賊が用意した偽物なのでしょう。ですが天使様を傷つけた罪とは話が別です」

「だからあれはミラルベル教が称える天使じゃないんですって! ミラルベル教の伝承に存在しない偽天使なんです! いえッ、それどころか天使に化けている悪魔ですよアレは!」

「天使様の名前も憶えてないくせに適当なことを言うんじゃありません!」


 メイアとポーネットは、体調を崩している教皇に代わって現在聖地を治めている大司教の下へ罪人を連行していく。


 その後、騒ぎを聞きつけた精霊アヴィとルディスによって、破壊された像はラウラの言う通り伝承にない天使だと無事証言されたものの、神託の間で天使像を破壊したシスターとしてラウラの悪名はその日の内に聖地全体で知られることとなった。

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