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オトメクオリア  作者: invitro
第四章 成長する魔法

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04 人は己の心を映す鏡

「ラウラちゃーん!! 待ってくださいよー!!」


 名前を呼ぶ声と足音が大理石の廊下に響く。他の巫女や聖騎士達は来ていない。まずは最重要警護対象である精霊と司教達の避難を優先しているのだろう。


「……どさくさで脱出はムリか」


 神殿荒らしという賊が起こしている騒動の大きさいかんでは、聖都の外まで逃げることもアリだと考えていたが、その目論見は3分と持たずに打ち砕かれていた。

 外に出る扉の前で足止めされていたラウラは、背後からかけられた声に憤怒の形相で振り返る。


「よくもハメてくれたな! この裏切り者めぇ!」


 追いかけてきたメイアとポーネットの胸倉を掴もうと飛びかかった。

 二人に声をかけた目的は、巫女の立場を利用して神殿区域を自由に歩けるようにするためと――自分を騙して連れてきた件を責めるためだ。


「あんな魔女狩りが待ってるなんて聞いてないッ!」

「まぁまぁ落ち着いて」

「がるるるっ」


 だが身長140cmのラウラの腕は短い。手を届かせる前に、ポーネットによって簡単に頭を押さえられてしまう。


「ルディス様とハンナ様は、アヴィ様の邪魔をしたいだけで処刑は脅しだと思いますわ。互いに見間違えられるのがイヤな一心で、あんなヘンテコな喋り方をしてるくらい不仲ですから」

「お互いに嫌がらせを生き甲斐にしてるとこありますよね」

「そんなん信じられるかァ!」


 ラウラはのほほんとした態度で反論してくるメイア達をにらみ続ける。

 日本から来ているラウラは、過去に起きた宗教戦争やテロ事件などから「宗教は信仰のためなら外道な行為も平気でやる」という偏見が根っこにある。

 戒座が担当するという凶悪事件もラウラの想像と現実とではかなり開きがあり、ミラルベル教の平和な歴史を元にした価値観を持つメイア達とは相容れなかった。


「ゼッタイゆるさーんっ!」

「なんて頑固な被害妄想」

「人をキッチンの汚れみたく言うなー!!」

「違うわメイア、これは疑心暗鬼というのです。わたくしの孤児院にもつらい目に遭ってこういう荒んだ目をした子が稀に来ます。ここはお任せなさい」


 頭を押さえてくるポーネットの手つきが、次第に優しくなる。


「よしよし、こわくないこわくない」


 聖母のような笑みを浮かべ、癇癪を起こす子供をあやすようにラウラの髪を撫ではじめると、


「…………あの……よしよししないで」

「暴れないならやめますわ」

「……」


 ラウラは聖遺物には敵わないと悟り、力なく頷いた。


「ぬぐぐ、年下の女に頭をなでられるなんてみじめすぎる……ちくしょう。その内……もこの世界から消してやる……」


 離れ際、ラウラは小声で呟いたが、それは二人の耳に届かなかった。

 聖遺物を握っていたポーネットの手からも力が抜ける。


「とにかく、まずはわたしが置かれてる状況を説明してください。あの精霊とかいうチビっ子、自分の言いたいことを一方的に言うだけでイマイチ事態が把握できてないんで」

「アヴィ様から賊を追う許可も出ましたし、大神殿へ移動しながら話しましょう」


 メイアとポーネットが前に立つと、行く手を塞いでいた戒座の神官たちが道を開けた。

 ラウラがミラルベル教について持つ知識は、ナルキ村で世話になっていたリットン神父から聞いた情報がほぼすべてである。一般に公開されている歴史や教義といった概要のみであり、精霊や聖遺物の詳細のような女神の奇跡にまつわる情報は含まれない。足りない知識を補完すべく、移動しながら優先度の高いことから質問していく。


 戒座の神殿から大神殿はほぼ隣り合わせであり、あまり質問をする時間もなく、騒ぎの中心へ辿り着いた。現場にいた聖騎士団をつかまえて話を聞く。


 犯人は覆面をした三人組。追跡の手を振り切って、今はどこかへ身を隠しているようだ。

 目的は果たせなかったようだが、大神殿の正門を入ってすぐにある神託の間まで侵入を許している。

 これは入り口で聖騎士団に阻まれた形となる。それでも、ラウラ単独では大神殿のある神殿区域に侵入するどころか近づくことさえできなかった。犯人には内通者がいるか、余程の腕を持った集団のどちらかとなる。


「もう犯人像は掴めてるんですか」

「聖騎士の方々は、体調を崩されている教皇様の宗派に悪影響を及ぼしたい何者かの裏工作を疑っているみたいですわね」

「……それって教会内での派閥争い?」

「考えたくないですけど……教皇様にもしもがあれば、今年は二十年ぶりの教皇選挙になりますから」

「それに賊と呼んではいますけど、何を盗るわけでもなく神殿や教会を荒らして去るだけのおかしな集団で本当の目的は読めていませんの」


 二人の話を聞いて、ラウラの脳裏にはまたしても面倒事の予感が浮かんでいた。

 話の前半にあった派閥間の争いならば、自分達の宗派から教皇を輩出したいと考え、なおかつ過激な手段を取れる信仰と力の持ち主が相手になる。

 しかし、教会内部の問題ならば戒座の神官だけで事件の調査を行うはずだ。管轄の違う使徒座のメイアとポーネットに調査許可が下りるのは不自然である。


「転移者の可能性もあるってことですか」

「付け加えれば、アヴィ様は戒座の方々より先に事件を解決することを望んでますわ。特にあなたに活躍していただきたいと」

「こっちでも派閥争い。めんどくさー」


 使徒座の長だけはラウラを魔女狩りにかける考えはなかったようで、ひとまず安心できそうだと力が抜ける。

 ただし、相手は聖騎士団から何度も逃げ切っている凄腕の集団。異世界人であっても特殊な聖遺物の使い手であることは間違いない。転移者であるラウラのクラスメイト絡みであれば、何を起こすかわからない魔法の使い手が三人だ。どちらにしろ油断はできない。



「ところで荒らすって一体なにをし――」

「神殿荒らしが見つかったぞ!! 全員、宝座の第四宝物庫に集合しろ!!」


 聖騎士の怒号がラウラの質問を遮った。三人は顔を見合わせ、聖騎士の後ろについて姿を隠していた神殿荒らしを追いかける。


「うへぇ……帰りたいかも……」


 道に転がる聖騎士達の有り様を見て、現場に着く前からメイアが弱音を吐く。

 ラウラから見ても聖騎士達は相当に鍛えられている。それが巨人にでも殴られたかのように、腕や脚を折られて動けなくなっていた。それだけでなく、脇に散らばっているひしゃげた兜や鎧が敵の化け物じみた膂力を物語っている。

 そして死者がいないことから、賊は大勢で押し寄せる聖騎士団相手に手加減する余裕すら残していると推測できた。


 三人が通りの角を曲がったところで、突然先行していた聖騎士団が後ろまで転がってくる。地面でのびている聖騎士の鎧には大きな窪みができていた。道の反対側から逃げてきた賊とかち合ったようだ。


「……ハァ、全員男か」

「ちょうど三人ですね。じゃあ私は一番弱そうな人で!」

「メイアったら……ならわたくしは大きいのでいいですわ」


 早い者勝ちー、とメイアは細身の男を選び、ポーネットは溜め息を吐きつつも最初から目をつけていた一番大柄で筋肉質な男と対峙した。ポーネットの捕らえようとしている男が聖騎士達を倒している男だろう。


 ラウラも自然と残された覆面男と向き合う。

 三人娘に睨まれると、覆面男達は構えを取るでもなく何故か目を泳がせた――というより、ラウラ達三人と目を合わせようとしない。


「挙動不審ですわね。仕掛けてきますわよ、二人とも注意して」


 ポーネットがラウラとメイアに声をかけた。

 定石と違う行動には何か裏がある、と。

 しかし、寸前まで逃げ腰だったメイアは警戒を緩めて小首を傾げている。


「どうしたのメイア」

「なんでしょうね。なんかこう、ヘタレのオーラというか……恥ずかしがって女の子とまともに話せない情けない童貞の気配がする」

「ぜんっぜん意味がわかりませんの、ってあら、どうしたのかしら」


 メイアの言葉を聞いた覆面男達は苦しむような仕草を見せ――小声で何かを話したと思えば、三人バラバラに別の路地へ逃げ出した。


(……ありゃ完全に2-Aの誰かだな)


 ラウラはクラスメイトの顔を思い出してそう決めつけた。

 この世界の住人にとって、聖地で問題を起こす事の意味は非常に重い。そんな状況で、女に飢えた野獣か、女子とは目を合わせて挨拶もできない奥手か、このどちらかの反応を見せれば、それだけである程度の予想がついてしまう。


「では決めた通り、わたくしは大きいのを追いますわ」

「じゃあ私も一番貧弱な童貞クンを追いかけますね」

「ちょっと、みんなで一人に絞って捕まえましょうよ! てかメイア、相手が弱そうに見えた途端ひどいな!」


 ポーネット達は、賊を逃がさんと即座に駆けだす。


「ラウラさんに命令される筋合いはありませんのよー!!」

「さっき聖女は巫女のまとめ役って教えてくれたじゃん」

「まだ任命式は終わってませーん!」


 ラウラは未知の力を持つであろう敵を警戒して、三人で一人を捕まえようと提案するが、ポーネット達は自己判断でそれぞれ犯人を追いかけていってしまった。


「巫女としての気概がないわけじゃないのか……それに」


 いざとなれば、自分も一対一で賊と話せた方が都合がいい。不満ではなく小さな笑みを漏らす顔がそう語っていた。

 ポーネット達の身を案じながら、ラウラも残った最後の一人が消えた路地へ走り出した。

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