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オトメクオリア  作者: invitro
第一章 遠くから呼ぶ魔法
2/119

02 キノコはどこだ

「これは授業だから! しっかり探してくださぁい!」


 委員長各務の声が、だらだらと歩くクラスメイトの背を叩く。


「オラァ委員長! もっと腹から声出せや! 連中をサボらせんな! 松茸以外も食えそうなものは全部拾わせろ!」

「イタイよ多々良君ッ」


 全員を注意しながら最後尾手前を歩くクラス委員長の尻を、番長モードになった双一が文字通り蹴りながら進む。口うるさいだけで軟弱なクラス委員長の叱咤では動かない問題児たちも、番長が松茸探しを真剣にやっていると察すれば、幾らか真面目に働きだす。


「でも僕、大きな声出すの苦手で……」

「そうか! 苦手を克服する機会が来てよかったな!」

「…………はい。というか多々良君はこれまでどこに?」

「俺? 俺は、あれだ、気にすんな」


 一時間近く姿を消していながら突然戻ってきた双一に、自分だけ授業をエスケープしていたのではないかと疑問がぶつけられる。しかし、血走った眼つきの巨漢に肩を掴まれた各務は、たまらず頷くしかなかった。


「ねぇアニキ、やけにテンション高くない?」

「はははっ、チャルなら聞かなくてもわかるだろ」

「え、なにが?」

「週末はパーティーだぜ!」

「ああ……なるほどね」


 そう言われ、小山内と同時に他のクラスメイトも理解した。双一は梅田からの罰を真面目に受けて松茸を探しているわけではない。自分が食べるための山菜を採りに来たのだと。

 振り返ってみれば確かに、双一の持つ籠は担任が持ってきた小さいものではない。どこかの小屋から借りてきた背負い籠に変わっている。しかも、もうじき旬の終わる栗や銀杏が半分ほど詰まっていた。授業の時間が終わったら一旦収穫物をどこかに隠し、週末に回収して使うつもりなのだろう。


「でも今日やるんじゃないんだね」

「平日は流石にな。まったく俺らは囚人かっての」

「深夜の見回り強化されたのは、オメーが部屋で揚げ物なんかしたからだろ!」

「夜に火を使うならカーテンしておくべきだったな、すまん」

「ザケんな! 匂いでバレたんだよ筋肉バカが!!」


 八方から文句と一緒に足元に落ちていた枝、石、栗、各々の籠に入っていたキノコなどが飛んでくる。双一の鍛えられた筋肉も栗のトゲには敵わない――と思われたが、背負っていた籠を地面に置いて、ゴールキーパーのように手を前に出して構えた。そして、


「ふははは、いいぞ、もっと投げろ」

「おい、キャッチすんな!」

「テメーのために栗拾ってんじゃねえぞ!」


 器用にもゴミだけ外に弾き飛ばし、飛んでくる栗とキノコは選別して籠の中へはたき落としていた。みるみるうちに収穫物で埋まっていく。


「なかなか集めたじゃねえか、怠け者どもが」

「クッソ、あのゴリラ! なんで反射神経までいいんだよ!」

「卒業までに一発でいいから殴りてぇ!」

「やめとけ、あれはジャブとローキックをマスターしたゴリラだぞ。動物園の温厚なゴリラとは別モンだ」

「物事の八割はどつけば解決すると思ってるかんな、手に負えん」


 双一が満パンになった自分の籠と小山内の籠を交換しようとしたところで、ようやく攻撃は止んだ。不満の声までは止まなかったが、満足そうな笑顔でご苦労と答える。


「でも春にアニキが作ったタラの芽の天ぷらはおいしかったなぁ」

「山芋と出汁使って揚げたやつか」

「そうそう、卵抜きでおいしい揚げ物が作れるか色々試してた時の」

「番長はくっそマズい変なプロテインとサプリが主食のくせに料理上手いよな」

「生きるための食事と娯楽の食事は別なんだよ。それに料理なんて化学調味料でどうとでもなる」

「つってホメられると照れるくせに――」


 双一の身体作りから生じた趣味のひとつである料理の話に花を咲かせていると、前方では口元に人差し指をあてた鮫島たちが手招きしていた。

 双一たちを呼んでいる集団は茂みに隠れて奥を窺っている。その調子に合わせ、物音を立てないように落ち葉や小枝を避けて近づいていく。


「どうしたよ」

「鍋パすんならアレも捕ろうぜ」


 中腰のまま茂みからこっそり顔を覗かせる。

 クラスメイトの背から更、猪の親子が地面に落ちたどんぐりを食べているところだった。


「どんぐり麺か、一度チャレンジしてみたいと思っていた」

「そっちじゃなくて猪見ろって」

「猪? 俺、ベジタリアンなんだけど? 俺ん中でパーティーはもう山菜鍋と栗ご飯で決定してんだけど?」


 猪を挑発しようと石を握っていた手に双一のチョップが落ちる。


「ッどうすんだよ。肉抜きじゃ腹たまんねえし、十月じゃ山菜もほとんどねーし」

「足りない分は俺が一声かければ俺に恩のある学校中の元いじめられっ子たちがいくらでも持ってくるだろ、心配無用だ」

「……おまえ、人助ける時なにげにタイミング計るよな」

「たりめーだろ、こっちだって筋肉育てるために時間や苦痛を投資してんだよ、対価を効率良く回収するための演出ぐれえさせろ」

「面倒見がいいんだか悪いんだか――アッ」


 音に反応した猪が首をこちらへ向ける。鍋議論で次第に声が大きくことになっていたことに気づいた時には、山の奥へと跳ねて行ってしまった。

 元々、正面から野生の中型動物を捕まえられるような高校生離れ、もとい人間離れした男はクラスで双一しかいない。その本人が乗り気ではなかったこともあり、猪鍋を希望していたクラスメイトは後を追いかけようともせず、あっさりとその場で解散した。


 またクラスはばらばらになってキノコ狩りに戻る。木の根っこを探したり、足や木の棒で木の葉をどかしながら適当に歩いているだけだったりと、態度は十人十色だがクラスのボスが目を光らせていることもあり完全にサボろうとする生徒はほとんどいなかった。


「オーイ! ヤバいヤバい! 双一来てくれー!!」


 しばらく山を歩き回って、昼食に戻ろうかというところで再び声がかかる。


「あの慌て様……まさかッ、マツタケが見つかったのか!」

「チゲーって!! デブが変な穴に落ちた!」

「んだよ、期待させんな」

「溜め息ついてる場合じゃないでしょ!」

「男なら骨折くらい平気だ」


 小山内に背中を押され、二人も呼ばれた場所へ向かう。騒ぎの中心を見てみれば、クラスメイトたちが小さな崖の手前に開いた広く深い穴を囲んでいた。

 枯れ葉で鮮やかな黄色やオレンジに染まった地面に、ぽっかりと黒い穴が開いている。直径2mはあるだろうか。近づいて大丈夫なのか分からない、底も見えない穴を遠目に覗く。


「地面がない……」

「思ってたより深かったな。博士、状況は?」

「マズいかもしれません」

「っても落ちただけだろ?」


 穴に落ちたという油小路あぶらこうじと穴を囲む生徒は、叫ぶように大声を出してはいるが、普通に会話がなされていた。人がすっぽり入って暗がりで頭も見えないくらいに深く暗い。しかし、落下したというより途中から綺麗に斜面を滑り落ちたらしい。落ちて意識を失ったわけでも大きな怪我をしたわけでもない。野次馬には落ちた油小路をバカにするような笑い声も混じっている。緊急性は低いと容易に判断できた。


「では多々良君、この穴、なんの穴だと思います?」


 質問したクラスで一番頭の良い生徒、輪島はかなり厳しい顔をしていた。問われて双一と小山内は疑問符を浮かべる。

 山の中、それも人の住んでいない場所、高校が建てられる前から人が住んでいない土地にある深い縦穴。一体何があればそんなものが生まれるのか。


「昔の卒業生が落とし穴でも掘ったか」

「そんなバカをやる生徒が」

「いるだろ、ウチの学校、たくさん」

「……まぁいないとは言いませんが、この深さだとイタズラを通り越して殺意を感じますよ」


 再度穴の底を覗こうとすれば、確かに落ち方や打ちどころによっては大怪我をしてもおかしくない。それに問題児が多い高校だけあって、緋龍農業高校では数年に一人は退学したでもなく行方の知れない生徒が出ると言われている。


「おーい! 中に死体とか転がってねえかあ?」

「ひっ! し、死体っっ!? ちょっとぉ、怖がらせないでよぉ!!」

「ハハハ、とりあえず元気そうだぞ」


 震えた声で叫び返してくる油小路の反応にげらげらと笑う双一を見て、小山内が遊んでる場合じゃないと背中を叩く。


「アニキ、クマが掘った穴だったらどうするんだよ! 油小路くんが心配じゃないの!」

「いえいえ小山内君、この辺りの山にクマは生息していません。それにここまで大きな縦穴を掘るクマはいません」

「なら輪島くんは何を心配してるの?」

「あの、もし廃棄された防空壕だったりすると…………」

「すると何だよ」

「……例えばそう、ガス溜まりとか」


 第二次大戦時、多くの山の中には空襲から逃れるため防空壕が掘られた。当時は人が避難して、その穴の中で生活ができる環境だったとしても、半世紀以上経った今、同じ環境が保たれているとはかぎらない。

 中には、処理に大金がかかる毒性の高い産業廃棄物が投棄されていたり、地下で自然界の有毒ガスが溜まっていたりする場合もある。山中にある未知の穴倉を捜索する時は、それ相応の装備や知識がないと思いがけない事故に遭うと授業でも聞かされていた。


「油小路ィ!! そん中、変な臭いとかしないか!?」


 今度は穴の淵に手をついて叫ぶ。その際、足元にあった石が中に落ちるが、穴が深いのか土が柔らかいのか、石が地面にぶつかる音はまったくしなかった。


「もお! だから怖がらせないでってばぁ!」

「今度はマジだ!!」

「……あれ、番長が焦って…………あれ? そういえば、ちょっと、カビくさいし、なんだろ……息苦しくなってきたような……」


 穴奥から返ってくるのは消え入りそうな声だ。病人が唸るように助けを求める声が響いてくる。


「ふむふむ……硫黄臭や刺激臭もなさそうですし、見かけない植物も無し。土壌も平均的な量の菌しかいませんな。問題なしでよろしいかと」


 しかし、博士と呼ばれる生徒は外から冷静に判断を下す。手にはいつも持ち歩いているリトマス紙と、透明から薄いピンク色に変化した謎の液体の入ったチューブが握られていた。


「オカ研部長の博士が言うなら間違いない」

「科学部です」

「油小路ビビリやし過呼吸ちゃう? ほっときゃ治るやろ」

「過呼吸は……胸殴れば治るんだっけ?」

「アホか、紙袋に顔突っ込んでヒッヒッフーって呼吸すんだよ」

「一回換気量を計算できないパニック時にペーパーバック法やラマーズ法は危険ですぞ」

「ぺ、ラマ……? ごめん博士、何言ってるかわかんねぇわ」

「待ってください! 落ち着いて話してる場合じゃないでしょう!?」


 不良矯正施設のような高校にいながら全国模試上位常連である博士の言葉に安堵の空気が流れる中、クラス委員長の各務は全員を叱り飛ばす。担任の梅田を呼びに集合場所まで全速で走っていった。


 十分ほどで山小屋からロープと救急箱を持った各務が担任を連れて戻ってくる。日頃から生意気な生徒が憎くてしかたがない、といった態度を取っている担任教師も、自分の責任下で事故が起こっては堪らないと言いたげな表情だ。


「ハァハァハァ……キサマらは、キノコ狩りすらっ、満足に出来んのかっ!!」


 したくもない心配をさせられた腹いせだろう。油小路を穴から引きずり出した梅田は、さっそく生徒たちに怒鳴り散らす。


「ハァハァ……アーーーったく、ハァハァ……こりゃっ、別の罰を追加せんとっ、いかんかのぉ!!」

「息くらい整えてから怒鳴れよ梅田」

「先生をつけんかバカタレ!」

「そんなことよりこの下、何かあるみたいだぞ」


 放っておけば加速してしまう担任の怒りを鎮めるように、双一が耳打ちをする。


「……何かあるだと?」


 すっ、とポケットに入れていたスマホが取り出された。

 光る画面を見ても電波は立っていない。では、双一は何を見せようとしているのか。 

 担任と救助道具を待っている間、双一たちは穴の中にいる油小路にスマホを渡して内部の写真を撮らせていた。入口こそ自然にできた洞窟にしか見えなかったが、どうやら奥に人工の道が続いているようだった。怯えて嫌がる油小路が進める範囲でも、木材で補強された壁と綺麗に切断された石畳が確認できた。


「もしかしたら未発見の遺跡かも」

「どういうことじゃい」


 誰かがぼそりと呟けば、生徒たちがわざとらしい声色でそれに続く。


「遺跡じゃなくて、八幡が最初に言ってたのが当たりじゃね?」

「ああ、隠されたって言われてた赤城山もそこまで遠くじゃないしな」

「マジで? オレらお宝見つけちゃった?」

「通路に使われている木材も菌に耐性のある針葉樹等なら、戦前からこの洞窟が存在したとしてもおかしくありません」

「そういや何年か前に、近くの山で古い茶器が見つかったとかニュースになってた記憶があるようなないような……」

「待て待て待て、ワシにもちゃんと説明せい」


 生徒たちが担任梅田に聞かせるようにしゃべり始めたのは徳川埋蔵金の話だ。

 江戸末期、徳川将軍家がそれまで実質的に握っていた政権を朝廷に返上する際、一部の大名や国士によって隠された幕府の軍事費が存在すると言われている。

 何ヵ所か徳川家に由来する場所が隠し場所の候補として挙がっているものの、未だにその存在は確認も否定もできていない。150年に前に消えたとされる大量の金と文化遺産、見つかったとなればその価値は数百億、数千億円というとんでもない金額にも及ぶかもしれない。


 すでに洞窟から脱出するためのロープも設置された。これはもう土地の所有者である学校に見つかる前に自分たちで捜索するしかないではないか――と言わんばかりに生徒たちの視線が洞窟の入り口に向かっている。


「この件はワシが校長に報告する。オマエ達は校舎に戻れ」


 今にも飛び出しそうな生徒たちの前に、梅田が立ちはだかった。


「それからこン穴のことは誰にも話すな。オマエ達のような頭の悪いクソガキが遊び半分に探検でもして怪我をしたら学校の責任になるからのう……ワシは安全のためここに柵を立ててから帰るから気にせんでええぞ」


 汚れた野良犬を追い払うかのようにシッシッと、明らかに人を見下した態度だった。しかし、生徒たちはわずかに文句を漏らすだけでその場を離れていく。


 ただ、誰からと言わず、問題児集団はのんびり100mほど歩いたところで一斉に足を止めた。山の斜面と木々に阻まれてもう担任の姿は完全に見えない。


「そろそろいいな」


 木枯らしにも負けそうな押し殺した声で確認を取る。


「あんまり離れても体力の無駄だしな。10分経ったらスタートだ」

「……本当にこんなことしていいの?」

「チャルよぉ、もし何かあっても俺たちは悪くない。俺たちは何も命令してないし頼んでもいない。ぜんぶ自業自得だ。だろ?」

「そーかなぁ……」


 何やら悪そうな笑みを浮かべるクラスメイトに対して、小山内を含む数人の真面目な生徒は心配そうに。

 だが、ほとんどの生徒はいつになく結託している。あるかもしれない大金を前にして他の事、例えば暴走した担任が不慮の事故に遭う可能性など微塵も気にしていない。むしろ二学年に進級してからの半年間、暴力と罵倒で執拗にいびられた腹いせに、事故になることを望んでいる生徒も少なくない。


「……行ったか?」

「ああ、行った」

「よぉし、梅田カナリア作戦成功!」

「いぇーい!!」


 地下洞窟の入り口に戻る。ロープは繋がったまま、担任梅田の姿はなく、持っていたはずの救助道具の数々もない。

 生徒たちが計画した通り、担任はひとりで洞窟の探索に向かった後だった。


「それでは作戦を確認する」


 これは埋蔵金を自分たちのものにする作戦だ、と言おうにも洞窟を探検する装備はなく大した計画は立てられないのだが。

 人の手が入った形跡のある洞窟でも、やはり博士が心配していた有毒ガスや可燃性ガスなどの問題が解消されたわけではない。

 先頭のメンバーが不調を訴える、もしくは洞窟を先行する担任梅田がどこかで引き返そうとして倒れているのを発見したら即時撤退する。担任は置き去りにしても、先頭で危険に身を晒すクラスメイトは引きずってでも助ける――それだけだった。


「……危ないのわかってて急ぐ必要あるの?」

「徳川の埋蔵金ならな」


 作戦を立てた一員である中馬がメガネのブリッジを中指で押し上げる。


「誰の物か分からない財宝なら発見者と土地の所有者で折半になるだろう。だが徳川の埋蔵金となれば話が変わる」

「なんで?」

「徳川埋蔵金は政府の金だ。元々は朝廷に政権を返す際に政府の資産も渡すはずだった。つまりその時、政府運営資産の所有権も朝廷に移った」

「………………???」


 渋い顔つきに変わったクラスメイトに睨まれる中馬。

 不良が会話中に険しい表情をする場合、真剣に聞いているからではない。むやみに質問をすると自分が馬鹿だと思われるから黙っているだけで、理解できないからもっと分かりやすく説明しろという無言の圧力を示す。


「要は何か見つかったとして、徳川幕府の金だと政府に没収される可能性が高い。こういった時に大切な事は、無断で、誰にもバレず、最短で目的を為すことだ」

「さっすが中馬さん、インテリヤクザは法律に強い」

「ウチは先代からカタギだ、コロスゾ」

「あはん? ホントのこと言われてキレんなっつう」


 家業については触れられたくない中馬がへらへらと笑う姫川の胸倉を掴む。


「はいはい、ケンカは全部終わった後で好きにやれ」


 中馬が拳を握ったところで、割って入った双一に二人とも突き飛ばされた。双一にとっては軽く押しただけだったが、地面に尻もちをついた中馬と姫川は、番長の前ではケンカもできないと舌打ちだけして距離を取った。

 微妙にギスギスした空気を残したままロープをつたい洞窟へ侵入する。


 地下の通路は、ぎりぎり男が二人並んで歩けるだけの幅があった。風はなくても空気は秋風の吹く地上より冷たい。壁も天井も水気を感じるほど湿ってはいない。長く秋晴れが続いていたおかげだろう。それでもそこら中に生えたカビの匂いで口元を押さえずにはいられない。授業にスマホを持ち込んでいた生徒が、足元を照らしながら歩く。


「………………なげぇな」

「もともとあった天然の洞窟を利用したのかも」


 コケを踏み潰すたびにシャリシャリと音が鳴る。飛び飛びで地面に嵌め込まれた石畳で滑らないよう気を配っているせいか会話は少ない。小股で一歩ずつ足元を確認しながら進んでいく。


「埋蔵金なんてなさそうな気がしてきた」

「……まー金目の物がなくても、梅田がどこかでスッ転んでケガでもしてれば、助けた恩を卒業まで着せてやれんだけど」

「いっそ落盤ってことにして番長が後ろから殴るのもアリだな」

「ねーよ」

「シッ、ちょい待ち」


 先頭を歩く姫川が曲がり角になった道の先を確認したところで静止の合図が送られる。通路の先からは懐中電灯の灯りらしき光が漏れていた。


「追いついた?」

「なんだ……なんかしてる」

「立ち止まって戻ってこないってことは単純な行き止まりでもないな」


 息を殺して様子を窺う。動く光の大きさは変わらない。洞窟の奥でゆらゆらと定まらない光点は、担任がその場に留まって探しものをしている証拠だと言える。


「梅田の野郎、何か見つけやがったな」

「マジか、もう安全なのは分かったし追いかけようぜ」

「ああ、梅田に埋蔵金独り占めさせてたまるか!」


 先頭にいた姫川をはじめ、生徒たちは次々と宝を求めて灯りの下へ走り出した。集団で走る足音に反応した懐中電灯と幾つものスマホのライトがかち合い、それまで薄暗かった部屋の全体が把握できるようになる。


「キサマら、どうしてここに」

「そりゃモチロン……忘れ物を探しに戻ったら梅田先生がいなくて心配で」

「白々しいこと抜かすな! 奥におるのも出て来い!」


 梅田の怒鳴り声に、通路からぞろぞろと列をなして生徒たちが入ってくる。ひとり、ふたり、さんにん、よにんと――


「……なんで全員来てんだよ」


 気づけば、洞窟の外で待機しているはずだった者まで揃っていた。


「暇だったから」

「だって財宝あったら絶対ネコババするヤツいるし」

「見張ってないと信用できねぇ」

「俺がいてそんなことさせるわけねえだろ!」

「番長、いつも筋トレ器具とか怪しいサプリ買い漁ってて万年金欠じゃん」

「…………バカヤロウ! もっと俺を信用しろ!」

「てめぇこそ今の間はなんだ! 凄めば黙ると思うなよ!」

「にしても広いな、なんだここ? ……教会?」


 辿り着いたのは、クラス全員が入れるほど広い部屋だった。

 在る物は壁掛けの燭台、角には謎の文字が掘られた柱、そして一番奥には天使を模ったと思われる黄金の像。

 一般的なイメージにある教会と判断するには簡素な装飾だが、暗闇で眩しいほど光を反射する黄金の天使が強烈な存在感を放っていたからだろう。最初に宗教施設を思わせる雰囲気があった。


「めちゃくちゃ光ってんじゃん、金かアレ」

「でも埋蔵金ではないよな」

「100……いや台座も金なら200キロはあるか」

「山の中の隠し洞窟……わかった、隠れキリシタンの集会所だ」

「キリシタンなら天使像じゃなくて、マリア像か磔バージョンのキリストじゃね?」

「それにこんなデザインの像は拙僧も知らんぞ」

「金剛寺の実家は仏教寺だろうがよ」

「TS仏像シリーズを作る参考に世界の彫像を学んだことがある」


 黄金の天使に目を奪われながら言葉を漏らしていく。


「落ち着け、まずは……博士! これ本物か?」

「では失礼して……メッキなし……台の欠けた部分にも混ざりもの見られず……腐食もなし……おそらく金、それもかなりの純度ですな」

「おお!? じゃあ、ヤス! 金っていくらだ!」

「最後に見た金の相場は、グラム6800くらいだったかな」

「…………ということは?」


 生徒たちが呆然と顔を見合わす。


「俺たち億万長者じゃん!」


 台座を含め推定200㎏超の金塊を前に、生徒たちのテンションがピークに達した。早くも小躍りしだす者もいる。

 歴史的文化遺産を発見したにも関わらず、既に黄金像がいくらになるか金勘定しかしてしない。しかし、どう安く見積もっても“億”はくだらない。歴史や宗教に興味のない高校生が浮かれるのも仕方がないと言える。


「ふざけんなオマエらぁ!! こりゃワシのモンやぞ、ワシが発見したんじゃ! ワシのもんじゃあああああ!! 近づくんじゃねえええぇ!!!!」


 こらえきれない笑い声をあげる中、担任梅田が叫びながら天使像に抱き着いた。天使像に手を伸ばそうとしていた生徒たちが立ち止まる。


「洞窟を発見したのは油小路、油小路にスマホを渡して中を確認させたのは俺だ」

「ンなもん関係あるかァ! ワシのもんったらワシのもんなんじゃああ!!」

「……梅田にも分け前はやるからよ、落ち着けって」

「全部ワシのもんじゃと言っとろうが! それ以上! 一歩でも近づいたら本気で殺すぞクソガキがあ!」


 中年親父がよだれを飛ばし、目を真っ赤に充血させ、足を絡めて全身でやや幼げな表情をした天使像を抱く。その姿に、生徒たちの心は一斉に冷めていった。


「どうすんべ」

「状況理解してねえのか、このカス」

「……番長、締め落とそう」

「んー、殺しは勘弁」

「殺せとは言ってねーよ! ……正直死んでほしいけど」


 一部を除きほとんどが数学で赤点常連の生徒たちだが、この時ばかりは必死に頭の中で計算をしていた。幼少から好ましくない環境で育った問題児が多いだけあって損得勘定だけは素早いクラスだ。


 生徒たちの間では、見つけた物は全て自分たちの物にする腹づもりだった。

 だが生徒は学生であり所詮は子供。最大の問題はどうやって換金するかにある。冗談半分の洞窟探検でも、万が一埋蔵金が見つかった時は、高校卒業後に数年かけて安全に買い手を探すと約束されていた。


 もちろん、気に食わないながら、危険を顧みず先頭を暴走した担任にも一人分の分け前を提示する予定だった。

 そして次点の問題は秘密を守るために裏切り者を出さないこと――だと言うのに、担任梅田は全く聞き耳を持たない。何を言おうとしても威嚇を繰り返してくるだけだ。


「番長はさ、中国拳法とかもやってるじゃん? 殴って記憶飛ばす技とか使えないわけ? こうアチョーって」

「記憶を飛ばすなんてのはフィクションだけだ」

「可能ですぞ、薬と暗示で直近の記憶を飛ばすことなら」

「……は? うそ、博士それマジで言ってる?」

「マジですぞ。護身用で作った薬に、ええと……催涙スプレーじゃなくて……ペン型スタンガンでもなくて……あったあった」


 博士がポケットから出てきたのは白いピルケース。

 錠剤はご丁寧にも市販の物と同じ様に銀色のPTPシートに包装されていた。ただし、薬剤の名前や刻印がどこにもないことから自作のものだと推測できる。


「持ち歩いてんのかよぉ……」

「護身用ですから」

「……非合法?」

「化学式的には合法ですよ、くふふふ」

「これから博士……輪島君のことからかうのやめるわ」

「オレも……」

「そんな寂しいこと言わないでください。私はもっといじってくれて構いませんよ、ふふふふふ」


 マッドサイエンティストな一面を見せる輪島からの提案によって、邪魔者を排除する方法を見いだした特別クラス一行が、狂乱する担任を取り囲む。

 逃げ道を塞いだ上で、双一を先頭に空手部エースの鉄と何でもそつなくこなせる貴志が担任を押さえつける。しがみつく天使像から両腕を引きはがし、脇が開いたところで双一が後ろから羽交い締めにする。


「クソ、暴れんな!」

「うおおおおお!! 放せえええええええぇ!!! 柔道五輪代表のワシがクソガキなんぞに負けるかあああ!!!」

「テメェは最終選考で落ちただろうが!」


 一度は押さえたものの、筋力でも格闘技でも双一ひとりに劣るはずだった梅田が三人を振りほどいた。


「――ンがッ!?」


 しかし、勢い余って自ら壁に突撃し頭を打ちつけてしまう。


「だ、大丈夫か、すげえ血ぃ出てるけど」

「ワシの天使、ワシの金……ワシの金じゃあ、これでワシは、馬の借金を返して、クソガキどもとおさらばして……人生やり直すんじゃあ!!!」

「オイ、やっぱこいつクソだぞ」


 額がぱっくりと裂け、顔半分が血で肌が見えないほど赤く染まっても、頭を強打して意識が混濁していても、黄金への執念は衰えない。

 さすがに血塗れでゾンビのようになった男には近づきがたいのだろう。双一たちは梅田から距離を取った。


「ふ、ふひひ、ワシの天使様……ワシを新しい人生に導いてくれる天使様じゃあ」


 梅田が自分の顔を黄金像に擦りつける。美しい天使の顔に赤黒い梅田の血がべったりと移った。


「あーきったね、これで価値下がったりしないよな」

「血なんて洗えばすぐ取れ――んん?」

「どした」

「……いま、天使についた血が……アレ? 見間違いか?」


 全員の意識が血塗れになった天使の顔へ向く。

 梅田は止血することすら忘れ、だらだらと流れる血を延々と天使の顔に擦りつけているのに、天使の顔は梅田が顔をずらすとすぐに綺麗な黄金色の輝きを取り戻していた。


 傘を滑る雨粒とは違う、血の雫は地面に落ちていない。地面にも黄金像に抱き着く梅田の服にも血の染みはできていなかった。

 ならば擦りつけられた血はどこに消えたのか。

 生徒たちはどうしてか悪寒に震え動かなくなった体で目だけを動かして原因を探る。すると、天使の唇に血が流れていくのが見えた。

 その姿はまるで、黄金の天使が血を啜っている様で――


「やややべぇ、ガチなやつじゃん! これガチなやつじゃん!!!」

「呪いの天使像かよぉぉ」

「まさか呪いなんてあるわけないじゃないですか。幻覚系キノコの拮抗薬はどこでしたかな」

「あばばばばばば」

「油小路ッ、泡吹いてる場合じゃねえぞ!」


 それは明らかな異常。

 常識から外れた怪異。

 乾いた土人形ならまだしも、金属の天使像が血を飲むはずがない。

 生徒たちは後退りしようとするが、恐怖に体を支配されたか体が言うことを聞かない。足は地面に縫いつけられたように、腕は鎖で縛られたように、一切の身動きが取れなくなっている。そして担任の額から血が止まる頃――突然天使像が光を発しはじめた。


「なんだ!? 何が起こってんだ! どうしたらいいんだコレ!?」

「アニキ助けて! 体が動かない!」

「……チャル、俺の筋肉でも怪奇現象には勝てないらしい」

「アニキも!? てかなんでそんな冷静なの!?」

「いやー怪奇現象ってはじめてだし、何にどうビビッたらいいんだか」

「言ってる場合じゃ、うわあああああぁ――」


 光が収まった時、洞窟には誰もいなくなっていた。

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前振り長ぇなww どクズ共ってことはよく理解出来たけどw
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