04 女子力でも負けぬ!(提橋編)
「疲れたんですけど~、ラウラ様~ちょっと聞いてます~?」
旅費だけは潤沢にあるラウラは奮発して馬を買っていた。背の低いラウラでも乗りやすい小さな馬だ。隣には提橋が文句を言いながら歩いている。
「教国に入ればこの国より道が整備されてるし、人が多いから馬車に乗せてもらえるだろ。もちっとガンバレよ」
「やだー、おれもお馬さん乗~り~た~い~」
「お前みたいなデカブツが乗ったらわたしの愛馬が潰れちまうだろ」
小さな馬に小柄な少女の組み合わせ。
親しげな話し方も問題だが、馬に乗っていても大男と化した提橋と目線の高さが変わらないため、余計に従者と雇い主の関係には見えない。
(口では疲れた疲れた言ってるけど、山道でもぜんぜんペース落ちないし息も上がらない。なんだこいつの魔法?)
分かれ道にくるとラウラは止まって荷物を開けた。考え事を一旦やめて地図を広げる。今歩いている峠を越えればミラルベル教国だ。そして国境近くの場所には、大きな都市が描かれていた。
「下僕もできたことだし協力してもらうか」
「え~教会の手伝い以外にも仕事あんの? はやく聖都に行きたいんですけど」
「うるせぇ貧乏人が! 金を恵んで欲しかったら黙って従え!」
「シスターの言っていいセリフじゃない!?」
ペッ、と噛み切れなかった安物の干し肉が馬上から吐き出される。
体は大きくなっても、刻み込まれた番長の恐怖を拭えない提橋は背中を丸めて小さく返事をするしかなかった。
ラウラは気に食わない相手を正面から叩き潰す。不良高校にいた頃から暴力的な人間、高圧的な人間とさんざん衝突してきた。それは虐げられる側の弱い一般生徒にとっては救いの主だったが――ラウラ自身はいつでも善人と言えるような性格はしていない。むしろ、明確な敵がいない時は味方にとってもわがままな暴君でしかなかった。
「今の見た目と声だと、小山内よりファンがつきそうだけど……」
「なんか言ったか!」
「いえっ、なんでもねえッス」
都市の教会に挨拶を済ませた翌日、ふたりは繁華街へ出ていた。そこはラウラが行ったことのある町村とはまるで違う。これまで見た大きな町でも活気があるのは、自分の店を持てない商人達の客引きの怒声が飛び交う青空市場ぐらいのものだった。
複数の国との境目を近くに持つこの交易都市は、どこもかしこも人の流れが激しい。荷馬車の馭者は道行く人に「どいてくれー」と声をかけては危なっかしく走って行き、立ち並ぶ豪壮な店には、使用人を連れた身なりの良い紳士淑女が忙しそうに出入りしている。
「用あるなら早く済まそ。何日ものんびりしてられないよ、おれ」
提橋が急かすように言う。
道中も聖都に早く行きたいとやたら言っていたが、肝心なその理由を話そうとしないため、ラウラは無視して自分の用事を優先する。
「聖都へ向かう前に戦いの準備が必要なんだ」
「戦い……? 揉め事は勘弁してよ」
「ダメだ。聖都にはわたしがひそかにライバルと認めている相手がいるからな」
「副部長のライバルとか怖いんですけど。聖都に誰がいるの? おれが新生活はじめようって場所で魔法バトルとかマジやめてほしいんですけど」
喧嘩無敗の番長のライバルと聞いて、まさかクラスの誰かと仲違いをしているのでは、と冷や汗を流す提橋。
「違う、ミラルベル教の巫女だ。名前はポー」
しかし、すぐに心配は無用と否定された。
「巫女? すげー魔導具を使うってミラルベル教の美人特殊部隊?」
「……まぁだいたいそんな感じ」
ミラルベル教では、転移者が遺した物を聖遺物、その聖遺物をマネして作られた物を魔導具と呼んでいる――が、ラウラはめんどくさがって訂正しなかった。
教会が正義と民衆の味方の象徴だとアピールするための役目も負っているため、当代の巫女も美女美少女で構成されているのは正しい情報だ。
「なんかされたわけ?」
「あの女は……わたしをナメた」
ポーネットを思い出し、ラウラがこぶしに力を込める。
「あんな頭ワルそうな髪型としゃべり方をしながら、このわたしを子供扱いするとは……許せん!!」
「副部長を子供扱いって、メスゴリラなん? 美人集団じゃなかったの?」
「顔は美人だしスタイルも抜群だぞ」
「最高かよっ」
「ああ、だからこそライバルなんだろうが」
怒鳴られても、提橋は意味がわからないと小首をかしげる。
ラウラが全てにおいて頭に超のつく負けず嫌いな性格だとは知っていたが、まさか女になったからといって“本物の女”と女らしさで張り合おうとしようとしていたとは思いもよらなかったのだろう。説明を聞いても提橋の顔にはクエスチョンマークが張りついている。
「だけどこの姿になるまで考えたこともなかったからわからん……女子力ってのはどう鍛えりゃいいんだ」
「ああー……副部長、女に興味なさそうだったもんね」
筋トレオタクで実はガリ勉。
修得できる技術は全て修得しないと気が済まない凝り性。
自己を高めることこそ生き甲斐の努力中毒者。
それが男子高校生時代のラウラだった。
「たまにはおれが力を貸すのも悪くないか」
「力になってくれるか」
「そうだなぁ、おれの知り合いの女によると……まず服だな」
と、最初に着ている衣服に注目される。ミラルベル教で使われている標準仕様の修道服だ。
ストンと足首まで隠れるまっすぐな黒のワンピース。黒色もドレスのような艶のある良い生地を使っていれば話は変わるのだろうが、安物の布ではどうしてもみすぼらしく見えてしまう。
しかし、位階が低いラウラでは勝手に教会の規則を無視するわけにはいかず、服装という部分ではポーネットと同じ土俵には上がれない。
「服を変えられないのかぁ……なら次は髪だな。おれの知り合いの女なんて、ほとんど違いなんてわからないのに、月に2回は髪を切ってもらってたぞ」
「月2はやりすぎだろ」
「おれも思うけど、それ言うと怒るから女ってそういう生き物なんじゃない?」
「そういうもんか……」
ラウラが暮らしていたナルキ村のようなド田舎ともなると、髪を切るハサミや鋭い剃刀すら貴重で、散髪は教会がみんなまとめてやっていたりするのだが、都会には専門店があると聞いていた。外装からセンスの良さそうな店を見つけて入る。
さっそく注文をしようとして――髪型を変えることに悩む。今はポニーテールがラウラのお気に入りだ。
基本的に、ラウラにとって美しさの基準は機能美と直結している。髪型も服装と同じで、動きやすいものほど優れているという価値観。そこは譲れない。しかもラウラは「教会のシスターなら髪は伸ばせ」と聞かされてきたルールが、厳密に決められた規則ではなく半分リットンの趣味だと知らなかった。
とりあえず理容師に相談して、自分がナイフでザク切りにしていたところだけは野生児丸出しだったので整えてもらうことにした。
「どやぁ!」
椅子から立ち上がったラウラが、自信満々にリボンでまとめた後ろ髪を元気よく跳ねさせる。
「…………そんな変わらんね」
「待てこら、てめーの目は節穴か! ヘアオイルまで使ってもらったんだぞ!」
実際には、もともとのウェーブがかったクセっ毛が、イイ感じにボリュームのあるゆるふわ感を出して女の子らしさを演出していた。
理容師も素材を存分に生かせたと満足げである。一体どこが納得いかないんだ、とラウラと一緒に提橋へ驚きの顔を向ける。
「てかなぁ、あの番長をかわいいとかあんま言いたくないんだよなぁ」
提橋が蚊の鳴くような小さな声で呟く。
どうしても以前の記憶がフィルターになって、目の前にいる褐色美少女の影に筋肉質な色黒男の姿がチラついてしまう、とげんなりした顔で。
しかし、その声はしっかりとラウラの耳に届いていた。勝ち誇った顔で「惚れるなよ」と言うと、提橋はラウラを置いて先に店から出て行ってしまった。
「ムムっ!? 前以上に民衆から羨望の視線を感じる!」
「自信過剰だよ」
「やるな提橋、ほめてやろう! で、次はどうする!」
「聞けって」
店の外に出た途端、いくらひとりで考えても一向に進歩しなかった女らしさをついに会得した、とラウラは調子づいていた。目を輝かせて見上げてくる姿に観念して次の案をしぼり出す。
「あとは、おれの知り合いの女が気を遣ってたものだと……アレだな、教会に置いてきたド汚いバッグ」
ラウラが使っているバッグは大きな袋状の男物のショルダーバッグである。リットン神父のおつかいで薬草採取などをしている間に変色し、汚い迷彩柄になってしまっている。ほつれや傷も多く、まるで年嵩のいった修行僧が使い古した捨てられる直前のズダ袋とか言われても仕方がない。
「旅するのにかわいいポシェットを持てとは言わない、でもせめてもっと女の子らしいデザインのにしよう。それに色もまだらな深緑ってないわ」
「んー色もか……常用するもんでもないから多少はいいのか」
低位の聖職者は不要な装飾品を身につけてはならない。白は高位の聖職者に許される神聖な色であり、服装だけでなく身につける物の主となる色は、黒かそれに準ずる暗い色しか認めない。
という宗教上課せられるルールはあるが、ダメならダメで怒られればいいか、と今度は新しいバッグを買いに店を回る。
ここでもラウラの美的感覚は提橋にダメ出しされる。
バッグに機能美を求めるなら、やはり一番最初に選択されるものはリュックサックだろう。両肩に力を分散させることで重い荷物を長く背負っても疲れにくい構造。バッグを開けずに荷物を出し入れできる外付けのポケットを多く持つ。大きな口と広いスペースは底に入れた荷物まで簡単に出し入れできる。
しかし、ひらひらのドレスや清楚なワンピースに巨大な登山バッグをコーディネイトする女の子がいるだろうか。考えるまでもなくそんな娘はいない。
ラウラのバックパッカー案は早急に却下され、店の隅で待たされている間に、提橋が店員と交渉をはじめた。
「ホラホラいいんじゃないのコレェ!」
「……そか?」
「うんうん、きれいになった髪とセットでよく似合ってる」
預かった予算を全て使い切って買われた新しいバッグは、比較的どんな色にも合わせられるキャラメル色をした革のショルダーバッグだった。
厚手の布をかぶせにしただけのズダ袋とは違い、ベルトと女性らしい丸みのある留め金具付きだ。留め金具には幸運のお守りとして白兎のしっぽを模したキーホルダーがついている。
「……しかし何故だ、メスガキどころかクソガキにしか見えないのは」
購入した物のセンスに間違いはない。バッグを下げたラウラにも良く似合っている。なのに素直にかわいいとは認められない、何かが引っかかると提橋は唸る。
「おい! 提橋、提橋っ! できた!」
「…………なにが?」
名前を呼ばれると嫌な予感がした。ためらいがちに振り向くと、
「パイスラ!」
ラウラが両腕で胸を押し上げ小さな谷間にバッグの肩紐を挟んでいた。
ショルダーバッグの紐でおっぱいを強調する事。俗に言うパイスラッシュ。
これまでラウラが使っていたバッグの太い帯では広く胸を押しつぶしてしまうのでできなかった芸当である。
「わはははは、これができればもう子供扱いはできないだろ」
「……………………これだよ」
提橋は笑うでも呆れるでもなく、ただ頭を抱えていた。
「な、なんだよぅ」
「…………オマエはバカかッ」
「いやだって、ポーさんも邪魔になると杖を胸に挟んで持ってたし……」
「双一さんはさぁ! 自分のこと超人でいつも正しいと思ってんだろうけどさぁ! たまにこいつがクラスで一番バカなんじゃねぇのって思うことあるよ!」
「あの、この姿の間は本名で呼ばないでください……」
「ウルセー! こっちも急ぎたいのに付き合ってんだから真面目にやれ双一!!」
不良高校を締め上げていた番長への畏怖から少し下手に出ていた提橋に怒られてラウラがしゅんとする。それでもラウラは一方的に罵倒されることも上から(物理的に)見下ろされることも許せなかったか、げしげしと提橋の脚に蹴りを入れてやり返す。
「だからそういう……あっ、そう言えばおれの知り合いの女も――」
提橋がポンと手を打った。
「もう一回「本名で呼ばないでください」って言ってみて」
「……? 本名で呼ばないでください」
「ほら、ちょっと良くなった! 姿が変わっても、性格をそのまま表したようながさつな話し方がダメなんだよ」
「つまり、敬語を使えってことか」
試しに、とこの世界に来てから会った同年代の女の子で最もかわいらしかった二人組を思い浮かべる。
メイア・バルテルとポーネット・グレイス。
片方は敬語と呼んでいいのかわからないおかしな口調だったが、二人とも丁寧な対応をしていた。
「たしかに! 提橋、そこに気づくとは天才か!」
「ってことで、これからは慣らしていくためにも常に敬語な」
「わかりました!」
メイアとポーネットの場合、ただ丁寧なだけでなく一つ一つの仕草や態度に女性らしくやわらかな淑やかさが裏付けされていたのだが、ラウラと提橋がそれに気づくことはない。
とりあえず女子力の探究が一歩進んだ、とラウラが提橋に感謝のハイタッチをした。
「……いやだから、女の子はこんな手がしびれてジンジンするようなクソ痛いハイタッチはしないの」
「ところで――」
ラウラは言葉遣いも使う単語も怪しい敬語で提橋のダメ出しを遮る。
「さっきから“おれの知り合いの女”ってフレーズがしつこく出てくんだけど、おまえ高校に彼女いましたっけ?」
同じクラスで同じ部活動をしていたのにそんな話は聞いたことがない。とラウラが疑い視線を向ける。
「まさか、こっちでカノジョ作りやがったですか?」
「それは……聞かないでくれっ」
提橋は回答を拒絶して逃げ出した。巨体が砂埃を立て、馬車にぶつかりそうになりながら人込みの中へと駆けていく。
一人で聖都へ向かい新生活を始めると言っているのだから、仮に一度は彼女ができたとしても今はいないのだろう。そして何度も言われることから、相当な未練があるのは間違いなさそうだった。ラウラは、悲しそうな顔をした提橋の様子などお構いなしに追いかける。
「なんだよぉー、聞かせろよぉー」
「だあーっ! 番長のそういうデリカシーないとこマジ嫌ぁ!!」
先に教会へ着いた提橋が自室に閉じこもるまで追いかけっこは続いた。