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オトメクオリア  作者: invitro
第三章 食べられる魔法
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02 作り話へたくそか

 コン、コン、コン。

 太陽が山間から顔を出したばかりの早朝、扉を叩いた者の気だるげな気持ちが現れているかのような鈍いノックが教会の廊下に響く。


「朝ですよー。シスターさんがごはんできたってー」


 呼びかけるが返事はない。

 教会のシスターから出かけたという話は聞いていない。

 コン、コココンコン、コンコン。

 今度はちょっと軽快なリズムで扉をノックする。


「――――だ、待てって――」


 部屋から寝言か返事かよくわからない声と物音が聞こえた。

 呼びに来た少女が中にいることは確かなようだ。


「ふあー、こっちだって眠いのになんで従者の真似事なんか……入りまっすよー」

「ちょッ」


 許可を待たずに部屋の中に入ると、健康そうな褐色の肌を持つ少女と目が合った。

 少女は急いでいたらしく、いつもは可愛らしいポニーテールを結っている髪もぼさぼさなまま、どうにか履き終えたドロワーズ一枚しか衣服を着ていない、ほとんど半裸の状態だった。

 ベッドに置かれたお手製のチューブトップブラを取ろうと中腰にかがんだところで、小ぶりだが形の良い胸がぷるんと揺れる。


「だから着替えくらい待――」

「きゃああああああ!! いやあああああぁ! なんで裸ぁ! どうして裸なのおおおおおお!!」


 扉を開けた者は、少女が怒るよりも早く悲鳴を上げ、廊下を駆けていく。


「……使えねぇ下男だな。やっぱ連れてくのやめっか」


 下男。

 少女の着替えを覗いてしまいながら謝罪もせず、初めて男のモノを見てしまった生娘さながらの悲鳴を上げて逃げ去った者は、男だった。ドスドスと大きな足音で古い教会の廊下を鳴らし、奥からは泊めてもらっている教会のシスターの怒鳴り声が部屋にまで聞こえてくる。


「なぁ、貴志よ。オメーの頼み事、やっぱめんどくせぇわ」


 少女はここまでの旅路を思い出しながら、男との出会いを呪った。




――――――――――




 メイアとポーネットが教国に帰った後、しばらくしてラウラ宛の書簡が届いた。封蝋で閉じ金属筒に入れられた手紙など異世界でなくても初めてだ。恐る恐る確認すると中身は聖都への召喚状だった。


(階位の授与? これも俺の狙いを読んだ貴志の作戦通りかな)


 教国は魔人エイジを退治した話を信じたようだ。


『ナルキ村の見習い修道女ラウラは大至急聖都ラポルタへ参上すべし』


 という命令以外は書いてなかったが、他に思い当たる要件もない。

 異例の抜擢に、ラウラは予定にあった成り上がりのステップを三段飛ばしで駆けあがれるチャンスを喜ぶ。


「って話らしいから、世話になったな、爺さん」

「儂もシェリルとマグナを預けとる寺院に引っ越すから聖都でもまた会えるぞ」

「あらそう」


 なんて、一年間お世話になったリットン神父との別れも簡単に済んでしまったもので、ラウラは教会が管理していた畑だけ村人に押しつけるとすぐに村を出発した。


 今回は一人旅。教会から旅費まで渡されている。すでに祈年祭は終わりこれといって無理に急ぐ理由もないのでのんびりと馬に乗って異世界の景色や人々の生活を堪能していた。

 行く先では詐欺に遭うことも盗賊に遭うこともなく、順調に旅路を進んでいたのだが、神聖ミラルベル教国との国境付近の町で事件は起こった。






 道中、ラウラは教会のある町村だと宿を取らず、そこを寝床にしていた。旅費を節約できる上に、神の御名の下、安全まで保障をされているのだから当然だろう。



「ラウラさん、ラウラさん。あの男の人、どう思います?」

「あー……わたし男に興味ないんで」


 そしていつものと同じように、泊めてもらったお礼代わりで教会の仕事を手伝っていると町のシスターがそわそわした様子で話しかけてきた。

 ラウラが魔法で少女になっているなど知る由もないシスターの言葉に眉を寄せる。すると、勘違いに気づいたシスターが慌てて質問を重ねた。


「そうじゃなくて、あやしくないですか?」


 小さく指をさされたのは、教会の入り口階段に座っている男だ。

 背中を丸めて炊き出しのスープをすすっているが、そのままでもかなり大きいことが見て取れる。立ち上がれば2mを超えるだろうか。学校で一番背の高かった、男だった頃のラウラよりも大きいのは確実だろう。


「あやしい?」


 体がデカいというだけで、あやしくないかと問われても賛同できない。

 背が高いだけで女性や子供から危険人物に見られるのは、ラウラにとってもあまり思い出したくない記憶だ。ひと目を気にしないタイプのラウラでも、遠くからあからさまに悪い噂話をされれば気分が悪くなる。


「見えません? マントの下に剣を持ってますよ」


 シスターに言われて、フード付きのマントを羽織る男に目を凝らす。指摘された通り、匙を口元へ送る際にめくれたマントの隙間から、白に近い美しい淡黄色の鞘が見えた。煌びやかな装飾に加えてどこかの紋章まで入っている。


 いくらラウラがこの世界の勉強をしたと言っても、星の数ほどある異世界の王侯貴族の紋章までは覚えていない。それでも、それが相当な値打ち物だと瞬時に理解できる一品だった。決して教会の炊き出しに群がる小汚いマントをかぶった乞食同然の恰好の男が持てる代物ではない。



「不審者か……わたしが見てこよう」

「すいません、お願いします」


 今は教会の神父がぎっくり腰で男手がなく気弱そうなシスターしかいない。代わりにラウラが男に近づく。

 もしも男が野盗ならば、人の物を盗む悪に正義を説き、改心させることも聖職者の務めである。


「おれに……なにか用ですか」


 男はフードの先を引っ張り、顔を隠すようにして言った。

 ますます怪しい。

 しかし、その仕草よりも何かがラウラに眉をひそめさせる。

 声は野太く低い。腕も脚も丸太の様に太い。こんな目立つ大男の知り合いはいない。

 なのに何故か、ラウラは男に既視感を覚えていた。


「もし、騎士の方なら話を聞きたい。この辺りにあなたのような立派な騎士が探さなければならない危険な賊がいるのなら町の者にも注意しないと」


 剣を見られたと察してマントで隠そうとした隙に、ラウラは男の顔を覗いた。


(やっぱり、顔立ちは似ている。けどそれ以外が違いすぎる)


 今度は既視感が別の疑問に変わる。


「さあ、教会の中に。少しなら旅の方に渡せる食料もあるので」

「……いえ、急ぎますから」

「まあそう言わずに、まあまあまあまあ」


 男はお椀を置いて立ち去ろうと――しかし、がっちりとマントが掴まれている。


 ラウラと男の身長差は60cm強。

 体重は3倍近くあろうか。

 力づくで払ってしまえば、どんな怪我をさせるかわかったものではない。食料を恵んでもらいながらミラルベル教のシスターを襲ったとなれば、賞金首にされてしまうこと請け合いだ。


「……この町の方には関係ない話なので、どうかご内密に」


 男は逃げられないと観念して再び階段に腰を落とした。


「おれは今、とある男を追っています。それはおれの父なのですが、父は邪悪な力に見初められ人間のダークサイドに落ちてしまったのです。はじめは母を救うために邪悪な力を利用しようとしていたらしいのですが、今ではすっかり力に染まってしまい……おれは息子としてこの聖剣ライトセイバーの導きに従い父を止めに行く途中なのです。とまあこれは一族の問題ですのでこれにてご免!」


 どこかで聞いたような話を一息でそらんじてみせた後、男は早足で立ち去ろうとする。


「オメーはどこのフォースの騎士だっ」


 しかし逃げられる前、思わずラウラは男の後頭部をジャンプして引っぱたいていた。男は驚き口を半開きにしたまま目を丸くしてラウラを見る。


「いつからオメーの親父は暗黒卿になったんだコラ」

「えっ、なんでこのネタ分かるの。てか……誰?」

「おっといけね、提橋さげはしがあんまりアホだもんでつい手がでちまった」


 提橋努、二人目のクラスメイトと一年ぶりの再会だった。

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