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オトメクオリア  作者: invitro
第二章 壊れる魔法
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10 誰かの願いを・下(二章/)

「――ぐあっ!?」


 突然、ラウラが頭を抱えた。

 目の前に光の波が現れたと思ったら、激しい頭痛が襲ってきた。経験したことのない痛みに視界が揺れる。


「双一でも怒ることがあるんだな」

「……俺は、しょっちゅう怒鳴ったり殴ったりしてたと思うが」

「怒ったフリだろ?」


 痛みは徐々に増していく。

 頭の中で蟲が這いまわり脳をぐちゃぐちゃにしていくような激しい痛み。単に興奮から起こる頭痛ではなかった。望まない選択肢しかない中で誰かの死を願ってしまった慙愧への錯覚が生む幻の痛みでもない。

 自分の頭に異常が起きていると悟ると、小声で唯一使える呪文を唱える。


「……ステータスオープン」


 視界に現れたのは、本人にだけ見える半透明なプレート。

 ラウラは魔法の確認が好きではなかった。

 何度も見ても何もない。

 一年間、意味のない作業の繰り返しだったから。

 だがそこに、初めて今までになかった文字が現れていた。


「この無駄のない淡白さ……俺の魔法はお前のかよ」


 呪文には、願いの主の性格や人生が反映されている。

 ステータス画面に表示された飾り気のない文字列を見て、ラウラはそう結論づけた。


「本当は、俺がお前の願いを持っていると知って来たんだな」

「その反応……つまり、そういうことでいいのか」

「質問に質問で返すんじゃねぇ、バカ野郎」


 二人は対照的な表情だった。

 ラウラは痛みに顔を歪める。

 貴志は満たされたような笑みを浮かべる。


「最後にお前の覚悟を確認させてくれ」

「……いくぞ」


 ラウラがこぶしを握る。

 それに合わせて貴志も開いていた手を閉じた。


「創造こそ神の奇跡。ならば神を魔へと貶め、悪意を以って是を放つ!」

「殺意反転!」


 全てを拒絶する眩い光と混沌を望む暗い光が激突した。


「――チッ!」


 打ち合わせたこぶしの内、小さく力の弱い方が弾き飛ばされる。

 だが、この魔法の戦いに肉体の強さは関係ない。

 ぶつけられたラウラのこぶしに崩壊が起きていない時点で勝敗は決まっていた。


「………………何をした?」

「別に……すべて予定通りだ」

「ふざけんな! 俺の魔法はお前に効かなかった! なのになんでお前が倒れてんだ!」


 ラウラの魔法は、殺意の向けられた対象を入れ替えるものだった。

 自分を殺そうとした相手に自害させる呪文。

 効果が出れば、貴志は自分の魔法で自滅していただろう。

 それなのに貴志は、ただ無傷のままゆっくりと地面に膝をつき横たわっていた。


「魔法に心を乗っ取られてしまうなら、心を壊してしまえばいい。そして心は脳だ。だから、魔法レベルが10に上がったら脳の一部を自動的に破壊してリセットがかかるようにしておいた」

「テメェ、最初から殺すつもりも殺されるつもりもなかったのかよ……」

「俺は演技も上手いだろう?」


 ククっ、と貴志が笑う。

 しかし声だけで頬や目尻の筋肉は動いていない。あらかじめ、こうなった時の反応を決めていただけの、台本を棒読みする機械のようだった。


「……脳の一部ったって……」


 死にはしない、と貴志は言う。 

 だが魔法の影響を受けないためには、脳のどこを壊せばいい。どれだけ壊せばいい。これから貴志は何を失う。記憶か、感情か。

 少なくとも、これまでの貴志はもういなくなるのだろう。

 これでは自殺と何も変わらない。

 貴志の選択を責め立てる言葉で頭がいっぱいになり、ラウラは何も言えなくなる。


「その反応も、まあ予想通りだ。俺が生きてた方がお前を縛れる。死人はいつか忘れられるのが常だからな」

「ったく、ホントによぉ……どこまで先読んでんだよ」

「頼み事……聞いてくれるだろ」

「……ああ、任せとけ」

「ありがとう」


 ラウラが貴志の手を握ると、大切なことを思い出したかのように貴志の手に力が戻った。


「ア? ンだよ急に。手ェ握り返されるとキモチワリィんだけど」

「ソレだ。最後にひとつアドバイスを忘れていた。双一、もう少し女らしさを覚えろ。そんなんじゃどれだけ正体を隠そうとしたって会った瞬間にバレるぞ」

「うっせ、余計なお世話だ」


 最後と言いながら、真顔でどうでもいいことを言ってくる貴志を呆れた顔で笑う。そして貴志の胸倉を掴んで強引に起こす。


「って待てやテメェ! しゃべる余裕があるならもっと重要なことがあんだろ。どうやって俺のことを知った! 俺が覚える呪文まで予想できるわけねぇだろ! おい、他の連中の魔法とか知ってること全部話せや!!」

「……お前なら、大丈夫だ」

「だからそういう励ましもいらねぇから!」

「お前が……最も……神から、遠い……」

「意味わかんねえって!! オイ、俺が許可してねえのに目ェ閉じんじゃねぇよ!!」


 思い切り体を揺さぶるが、それ以上、貴志から返事はなかった。

 静かに眠る貴志の隣に腰を下ろす。ラウラは天を仰いだまま、しばらく動けなかった。















「ここは? あなたは誰ですか?」


 夕暮れ時、パチパチと焚き木の燃える音で少年は目を覚ました。


「わたしはシスターラウラ。まず、おま……」

「おま?」

「おほんっ、君は自分のことをどこまで覚えているかな」

「え……そう、いえば……え、あれ? ボクは……どうして、名前も出てこない」


 辺りは見覚えのない森林に囲まれた広場。場所、というか自分の置かれた状況も、名前さえ思い出せなかった。ベッドの上でもなく、なぜこんな大自然の中で目を覚ましたのかもさっぱりわからない。


 修道服を着た小さな女の子といる理由も謎だ。

 少女の話し方は他人行儀で知り合いとは思えない。

 しかし、少女に対してどこか親しみと信頼を覚えていた。 


(もしかして……)


 親しみを感じる愛らしいが不愛想な少女と二人きり。

 背丈に見合わず落ち着きはあっても、その顔立ちからまだ幼いと考えられる。

 もしや自分はこの少女を誘拐してしまった犯罪者なのでは? 逃げている途中、慣れない森で転び頭を打って記憶を失った? などと嫌な考えに苛まれ、粘ついたツバが喉に絡む。


「あ、あなたはボクを知っているのですか。ボクはどうしてこんな場所に?」


 どうにか聞いてみると、とても長い溜め息をついてから少女が説明をはじめた。


「君の名前は“ナナシ”。外の村で、とある大きな間違いを犯してしまってね。その罰として記憶を奪われ、過去を捨て、この森の深くで独りで暮らすことになっている」


 覚えてもいないのにそんな理不尽な話があるか、と言い返したくなるが、ナナシの舌は張りついたように動かなかった。頭の奥から声が訴えてくるせいだ。この少女の言う事は信じていい、と。


「でも急にこんな場所で暮らせなんて言われても……」

「大丈夫、君はわたしの知る人間で、最も優秀で才能に恵まれてる。どこでもやっていけるさ。それに、しばらくはわたしがこの森での暮らし方を教えるよ」


 自身の年齢すら不明だったが、体格や声から少女はずっと年下に見えた。

 しかし、そんな幼い少女に面倒を見ると言われても抵抗がない。ただ信じて頼ればいいと思える。


「気にしなくていい。これはわたしに対しても罰だから」

「……ラウラさんも悪い事をしてしまったのですか?」


 とナナシが質問した。

 抑揚のない声で少女をラウラと呼び、あまり興味も抱いていない様子で。


「あんな能面でも、ちゃんと感情を映してたんだなぁ……」

「どうしました?」

「いや……わたしは、友人にひどい嘘を……守れない約束をしてしまってね……」


 それだけ言って、少女は黙ってしまった。

 夕日が沈み、暗闇に飲まれても、二人無言のまま焚き火の光を眺める。

 ゆらゆらと揺れる火が夜の森をざわめかせる。

 季節は初夏だろうか、風はまだ少し冷たさを残していた。

 それでもナナシは、不思議と孤独も寒さも感じなかった。

第二章/

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