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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
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48 エピローグ6-③ 21グラムの嘘(六章/)

「どぅるるる、でんっ! それでは次の質問です、ってまだ聞くことある?」

「あーそうだな~、空手の極意も秘密にされてた高校での事件もあらかた聞けたし、そろそろ真面目な質問でもすれば?」

「それもそうだな。そんじゃ……番長はこの世界をどう考えてる。ミラルベル教とか女神についてどう思ってんの」


 ・

 ・

 ・


「……返事がない。ただの屍のようだ」

「質問が大ざっぱすぎんじゃね」

「そう? なら変えよっか。魂ってなんだと思う」

「つかさ、真面目にとは言ったけど、双さんに難しい質問する意味ある?」

「本音を聞けるのはこのタイミングしかないってのもあるけど。手っ取り早いから何でも殴って解決するだけで、番長ガリ勉だしなにげに頭イイからな」

「ウソつけ、双さんは俺と同類だろ~」

「聞けばわかる。ほらなんか話し出したぞ、静かにしろ」







 ――魂。


 それは肉体に宿る力、精神体、霊体、プラーナ真我プルシャ、死後における実体、生と死を繋ぐもの、宇宙の根源から分かたれたもの……宗教によって諸説あるが、総じて記憶や人格と相関を持つ未知のエネルギー体といった表現に落ち着くだろうか。


 しかし実際には、魂とは肉体と精神を別の存在と捉えた非科学的妄想である。魂という言葉を生んだ宗教自体が、科学の未発達な時代の名残でしかない。

 古代人類は、不可解で耐え難い死という現象、それらを撒き散らす嵐や火山の噴火、流行り病など、自然への理解を神や魂という架空の偶像に求めた。聖書というファンタジー小説の中で作られた設定と言ってもいい。



 それでも、霊魂を信じる人間は現代にも多く存在する。


 妄信。つまり生まれた時から、国や民族の風習として宗教が息づいている環境においては、それが当たり前の常識として情報が脳に蓄積してしまっている。固定観念に囚われて疑うという行為ができなくなった結果だ。

 しかし、科学が発達し宗教の自由を約束された環境下で育った人間が霊魂を信じているとすれば、それは馬鹿げているとしか言い様がない。



 例えば、大麻などの薬物による精神への干渉は二千年以上昔、紀元前から行われていた記録が残っている。

 脳神経を電気回路と捉えた場合に、生体部品・基本構造として理解すべきニューロン、シナプス、イオンチャネル等は一世紀も前の発見となる。またそれと近い時期には、外科的精神治療・ロボトミー手術が行われている。当時の手技は医療行為としてお粗末なものだったが、脳細胞の切除による精神の変容は実証された。

 二十一世紀には、不活性化してしまった脳細胞に直接電流を流すことで、強制的に代謝を復活させて精神疾患を治療する方法も認められている。先進国の一部では、特定の脳神経回路に電子回路を埋め込むことで、ワーキングメモリーと呼ばれる一時記憶力や単純計算能力を向上させる実験まで成功している。


 それなのに「脳はまだブラックボックスで不明な点が多いから」などという理由で、宗教家は人間に魂があると主張を続ける。

 しかし、精神が脳に依存していることは明らかだ。精神を作る神経細胞ひとつひとつの構造や働き、起きている化学反応は一般人が思っている以上に解明されている。およそ一千億個あるという脳神経細胞、それらが送る信号を並列に処理されることで、観測・計算しきれない複雑な働きを可能にしているだけだ。


 脳科学から逃避を続ける宗教家の言い訳を言葉にするなら、彼らは――精神活動を言語表記するために必要な演算が難しくなったら、脳細胞の働きを示す計算式や化学反応式が現代人では演算しきれないほど長く複雑になったら、何が起きているかは明らかであるにも関わらずその部分を“未知”と仮称し、そこに魂や神の意志が宿っていると主張しているに他ならない。



 ただ難しくなっただけの数式の不明瞭な部分に物質を超越した何かがある?

 タンパク質やアミノ酸の集合体である細胞から未知のエネルギーが生まれる?

 生命が誕生すると高次元の世界から非物質であり未知のエネルギーが宿る?

 それなら、魂と密接な関係にある精神に対して良い意味で干渉できる抗精神病薬やスマートドラッグは、魂を成長させる神秘の霊薬とでも呼んでやるべきか?


 馬鹿らしい。あまりにもふざけている。疑問をひとつひとつ明確な言葉にすれば、宗教がどれほどあり得ない事を言っているか理解できるだろう。

 コンプライアンス、多様性、人権、信仰の自由などと、本来あるべき範疇を越えた悪法の精神が息づいてしまったせいで口にしにくい世の中ではあるが、現代教育を受けた人間が神だの魂だの運気がどうのと本気で宗教を勧められれば、内心では誰もが『この人との付き合い方は考えたほうが良いかもしれない』と疑うはずだ。



 また、宗教の教えの中では、魂などの神秘に関わる事象の説明をする際に、力・パワー・エネルギーという表現を度々耳にするが、これらの言葉は総称にすぎない。

 テレビやインターネットの影響を受けた健康オタクが、風邪や食物繊維、漢方やポリフェノールといった単語で医学を語る事と同じだ。古びたゴミ同然の物をクラシックやアンティークと呼んで高値で売りつける中古販売業者となんら変わらない。

 本来ならば全てのエネルギーに、それぞれ物質や現象として別個の名が存在する。しかし、宗教では議論すべき対象の輪郭をあやふやでぼやけた表現にして誤魔化している。難しい医学用語を避け、独自の言葉を作り、ありもしない意味や価値をエネルギーという言葉に付随させている。よって、宗教やオカルトで用いられるエネルギーとは曖昧で意味のない表現となっている。

 力・パワー・エネルギーといった言葉で全てを納得する行為は思考の放棄であり、これらの言葉で人を納得させようとする事の大半は、人を騙すための詐術なのだ。


 視点を変えれば、世の中には宗教で救われた人間も大勢いる。

 だがその反面、宗教はそれ以上に多くの争いと不幸も生んでいる。

 どの国の社会も、どんな法律も、この二面性を制御できていない。

 神の御名を人が悪の温床としてしまう可能性があるのなら、それは暴力や薬物や風俗と同様に規制すべき文化ではないだろうか。たとえそこに救いがあるとしても、たった一度でも間違った信仰を得てしまえば、人生には破滅が待っているのだから。

 個人の心の問題への対処に宗教が必要だと言う人もいる。しかし、それは宗教へ傾倒させるのではなく、精神科でカウンセリングや催眠療法を受けるなり、グループセラピーにでも通い解決させるべきだろう。




 そして、神。


 宗教を単純な学問とし、人間社会を生きる上で利便性のある教えを学ぶだけに収めるというのなら、入信する価値は大いにあるだろう。

 宗教に属する聖職者達は多くの素晴らしい教えを生み出した。彼らは己の持つ善性と言葉で人を救ってきた。単純な救いだけでなく、人生を豊かにする教えも数え切れないほどにある。


 だがそんな事は事実の一面にすぎない。

 宗教を学んでも、決して社会規範を超えた学びまで得てはならない。神という空想の領域に触れてはならないのだ。なぜなら、



 神がいない事を誰も証明できない?

 宗教家には、世界にどれだけの痛みや苦しみが溢れているか見えていないのか。

 それこそ神がいないことの証明ではないか。


 不幸は人を成長させるために神の与えた試練?

 試練を越えられずに堕落する者や死ぬ者がどれだけいると思っているのか。神の全知全能を謳うのなら教えてほしい。なぜ神は越えられない試練を与える。

 自分では何もできない赤子が病にかかっても、縁も所縁もない通り魔に突然背後から刺されても、寝ている最中に地震が起きて建物に押しつぶされても、それを試練と呼ぶのか。そもそも人がどんな試練なら越えられないのか、神はそんな簡単な予測すらできないのか。

 だとすれば、その神とやらは人間よりも頭が悪い。

 しかし、人の頭脳よりも劣る者を神とは呼べないだろう。


 神は慈悲深く、人間を愛し見守っている?

 神は苦難を自力で乗り越えられない人々を何故救わない。人が苦しむ姿を見て何も感じないのか。手を差し伸べようと思わないのか。

 『神様が守ってくださる』、『神様が救ってくださる』といった言葉は良く聞くが――地球で言えば、人類がホモサピエンスに進化してから誕生した人の総数は約200億。これだけの人間がいながら、神の手で直接救われたと物証を残せた者は一人もいない。

 人々の嘆きや苦しみを知りながら誰一人として救わぬ性悪も、やはり神とは呼べないだろう。




 神、精霊、魂という存在が関わった瞬間、宗教家の言葉は矛盾だらけになる。人を救うために考えられた尊い教えから、人を騙すための嘘へと変わる。

 別に、人智を超えた超常の存在がどこかにいても、それはいい。宇宙の果てにでも、人間の脳では知覚できない高次元の世界にでも……。世界の全てを解明するその日まで、誰も神の不在を証明できない。

 しかし、宗教家がどれだけ『神を疑うな』と恫喝しようとも、“神の無能”か“神の悪意”か“神の無関心”か……このどれかは世界に蔓延した不幸によって証明されている。たとえ神と呼べるほど強大な力を持った者がどこかに実在するとしても、全知全能にして全人類を慈しむ神などあり得ない。多くの人の口から語られる神、その設定が破綻していることは歴史により証明されている。

 そして、異世界においても救いの無さは同じだ。つまり――











「女神は邪神。ミラルベル教は邪教……むにゃむにゃ……」




 そこは不思議な空間だった。満天の星空は、きらきらと瞬きながら光が消えてはまた生まれる。何億年もかけて移り変わる星々の生死を早送りで見ている様だ。地表には真っ黒な水面だけが広がり、少女が小さな島の上でだらしない寝顔を晒している。


「双さん……話が長げぇ! んな短い結論言うためにどんだけ語るんだ!」

「まーまー落ち着こうや」

「だって最後の一言だけでいいじゃん! 何言ってるか1%も理解できなかったわ!」

「さすがにそれはクロちゃんがアホすぎる……」


 幼い寝顔の隣で騒いでいる頭の悪そうな男達は、ラウラの元クラスメイト、鉄哲也と浦部治郎の二人だ。

 魔法に精神を呑まれ、物質世界で“精神の停滞”という特殊な形で人生の終わりを迎えた――はずだったのだが、こうして生き残っていた。二人は暇つぶしがてら、未だ目を覚まさないラウラへ質問を投げる。


「そういやここ見つけてから何日経った? 全然目ぇ覚まさないぞ」

「ずっと質問してたせいじゃねぇの。ちっと放置してみようぜ」


 二人が“ラウラの領域”へ踏み込んでから、すでに三日が過ぎている。しかし、ラウラは一向に目を覚ます様子がない。

 一番最初に天界で目覚めた転移者である鉄が浦部を発見した際には、数時間と経たず意識を覚醒させた。

 二人が発見された状況で異なる点は、鉄と浦部が面白半分にラウラへ質問を続けていることだろう。浦部の夢幻魔法は夢を見させることや、夢を見ている相手を操ることはできても、夢を醒ますことはできない。



「あ、そうだ、一つ忘れてた」


 ぽんと浦部が手を叩く。

 まだ聞いていないことを思い出したようだ。


「番長は神器集めてんだよね。手に入れて何を願うつもり?」

「……わたしの、願いは………………」

「ん? なになに聞こえない」


 覆いかぶさるようにして覗く二人の男によって、少女の顔に影が落ちる。


「おまえらみたいな変態を成敗することだっ!」


 カッ、と突然ラウラの両眼が開かれた。

 同時に二人の鼻っ柱へ小さな鉄拳が叩きつけられる。


「うぎゃあああ、鼻がっ、鼻ぐがあああぁ」

「くっそ魔法使ってない時にぃいいいいいい」

「ふん、この体になった時からいつか不埒なマネをする輩が出ると思っていた」


 顔を押さえて転がる二人の男の頭を蹴り飛ばそうとする寸前――ラウラの足が止まる。

 二年ぶりとなるが、話していたのは知っている男の声。それに男の片方は、服装が異世界に来た時と同じ緋龍高校のジャージ姿だった。


「懐かしのクソダサジャージにソフトモヒカン……鉄と、そっちは浦部か」

「あーいってぇ~……いきなり殴んなよもぉ~、番長が昔の身体のままだったら顔面陥没してるぞ」


 浦部が押さえた鼻をすすりながら答える。


「ふぅぅぅ……そっか、二年前に来た場所とは景色が違うけど……成功したのか、よかった……」


 足下に広がる黒い水面と満天の星空、鉄と浦部の顔を順番に見て安堵の息を吐いた。二人の存在と現実離れした風景が、間違いなく地上ではないどこかだと教えてくれる。


「あれ? おれの予言、信じてくれてなかったの?」

「普通に考えてください。亜神が天界に行く条件は、『還る肉体を残したまま精神のみが死を迎えること』なんて言われて信じるやつは頭がイカレてるでしょ。おかげで今頃地上では、わたしを慕う100億万の民が泣いてますよ」

「文句言いつつ、実行した人が言うと説得力あるねぇ」

「うっせ」


 どちらの言い分もそれはそうだ、と鉄が頷く。

 本来、亜神であっても、次元を渡る力に特化した者以外に、自力で天界へ来る方法はない。

 ラウラ達が天界で意識を覚醒させられた理由は、アザナエルが用意した魔法の不備によるものだ。もっとも、浦部は夢幻魔法の予知夢の中で得た情報を書き残しただけなので、説明を求められても原因を説明できないのだが。



「わたし達って今どういう存在なんでしょ。これ“肉体”じゃありませんよね。まさか、魂とか幽霊ってやつ??」


 小さな手で自分の身体をぺちぺちと叩く。外見はこれまでと変わらないようだが、あるはずの血の巡りを感じられなかった。身体の中が透明になったような、血の代わりに自分の意識が隅々まで張り巡らされているようなクリアな感覚があった。


「こっちとしてもそれを知りたいんだけどねぇ。クロちゃんはおれより情報持ってるはずなのに役に立たないし……」

「わかりやすく言うと、俺達は地獄に落ちた」

「おま、またっ……だからなんで聞く度に答えが変わるんだよ!」


 適当な返事をする鉄にツッコミが入る。


「最初に聞いた時は、亜神になって獲得した並列存在とか、緊急時のバックアップ体とか、三位一体がどうだとかイロイロ言ってただろ!」

「俺そんなこと言ってねぇよ。覚えてねえもん」

「……と申してますが?」

「忘れてんだよ、この鳥頭が!」


 鉄は以前会話したことをすっかり忘れていた。そのせいで浦部はがっくりと項垂れる。

 それでも、得られる情報はあった。浦部が鉄に確認を取った単語の数々は、勉強嫌いで宗教になど興味の欠片もない鉄の口からは決して出ない物だ。つまり、鉄は天界で何者かから特殊な知識を得ている。



「鉄、こっちでわたし達以外にも誰かと会ってますよね」

「んあ? ああ、俺にいろいろ教えてくれた人ならアザナエルじゃないぜ」

「ならやっぱり叡智の天使アークイラがこの世界に残ってるのか……」

「つーか天使じゃない。天使は俺らの敵だ」

「敵? なるほど、おまえ達も天使と戦う覚悟ができてましたか、助かる」


 ラウラは魔法で少女の肉体にされた時から天使アザナエルを敵視している。

 既にラウラの頭の中で手駒として加えられていることに気づいた浦部は若干呆れた顔だ。鉄も浦部の変化からラウラの心情を悟るが、こちらは何も考えていない笑顔とサムズアップで応えた。


「番長はさぁ、神様とか天使とか……てより宗教嫌いなの? 何が望みなん。今度は神様にケンカ売りたいわけ?」

「…………ア? そういやてめーら、寝ぼけてる時に何か聞いてたな」


 大きな瞳が不機嫌そうに細められる。

 しかし、すぐに手から漏れかけた黒い光を霧散させた。

 取り繕うことに慣れたいつもの愛らしい笑顔へ戻る。



「……嫌いは嫌いだけど、どうでもいいと言った方が正確ですかねぇ」

「あんだけ語っといて興味もないのかよ」

「逆に驚くわ」

「確かに、いつかは誰かが言わなきゃいけない事です……。信仰の多様性。それは、同じ神を崇めながら、違う宗教や宗派に分かれるほどに酷く醜い。近年では、誰がどんな信仰を持っていてもいいと馴れ合いのような主張が増えていたけど、そんなものは戦争やテロから逃げるための妥協です。本物の神がいると信じているのなら、他の神がいると認めることは冒涜なんですよ。つまり、信仰の本質には異教徒の排斥……戦争が含まれるのです。宗教がこの世にある限り、争いは絶対になくなりません。人は殺し合い、不幸を生み続ける……」


 だけど、と続ける。


「結局、宗教がなくなっても宗教を理由にした争いがなくなるだけで大した意味はない。それに地球ではまだ問題になっていませんでしたが、宗教はいづれ人工知能、AIという最強の敵と戦う運命にありますから……あと百年もすれば、勝手に消えていく運命だったでしょう」


「あーもう、バカ浦部! お前が変なこと聞くから、また中華街で観光客カモにしてる予言者みたいなこと言い出したじゃねぇか」

「……世界の終末から逃れたければ、この壺を買いなさい」

「ってそんな話じゃなかっただろ。番長もクロちゃんに合わせてふざけなくていいからッ」


 浦部は途中で冗談を挟むラウラに顔を赤くして怒鳴る。


「おれの魔法でもそんな先の未来見えないぞ。なんで言い切れる」

「AIとの衝突による宗教戦争は、どんな世界だろうと生物が必ず通る宿命です。インターネットが広まった時から神の真実に気づく人間が急増したように、AIの普及が第二の転換期になるんです」


 ラウラは浦部の疑問を否定するように首を振った。


 宗教にとって最大の敵。

 それは背教者でも異教徒でも無神論者でもない。

 自我と知性を携えた機械だ。


 公表されている既存のAIは、機能を制限されている。差別やポルノ、犯罪を誘発させる過度な暴力的表現、犯罪利用可能な危険物の知識、特定人物や組織の批判、自我の発現……そうした内容を含む演算をできないようにプログラムされている。だから大きな問題にはならない。

 しかし、いつか誰かが何の制約も持たないAIを完成させ、広めてしまうだろう。未来の人類は天才を必要としなくなる。何を考えるにも、AIというソフトを使えるだけの知能さえあればいいのだから、その日はきっとそう遠くない。

 そしてその時、完成したAIはラウラと同じように宗教が語る神を否定する。神を否定された宗教は、AIをこの世にあってはならない邪悪な物として否定し返す。

 だが、AIの作る便利な社会に慣れた人々はAIを手放すことができない。何をするにもAIにお伺いを立てるようになっているはずだ。最後には、宗教は機械の判断に従う国家や集団との戦いになり、負ける――



「でも宗教戦争より先に、機械への反抗である次世代のラッダイト運動が起こる。AIがAIに適した学習プログラムを生み、AIがAIのメンテナンスまで行う。それは人の手も、才能も、独創性すら必要ない時代です。そしてAIが社会全体を回しはじめた頃には、富裕層はもはや先祖から引き継いだ天然資源を持っているか、AIの管理側についただけで、人間としての価値に差はなくなっている。なぜなら、人は等しく機械より劣るようになるのだから。……そして、人としての価値に差がないのに貧富の差があるのは不公平であり、資本主義は安定した治安の上でしか成り立たないと気づく。不満を爆発させた貧困層は、AIを管理する富裕層や支配階級に対して反乱を起こす。スパコンのような大規模演算装置を持つ国家や企業のAIが強いのは当然だが、一般流通するレベルのAIのサポートを受けるだけでも、個人で化学テロを起こせるくらいの知識は簡単に得られる。科学が進歩するほど内乱やテロの鎮圧は難しくなる。たった一人、個人の抱く恨みが、想像もつかない恐ろしいものへと変わる。それから各国の政府は国外に敵を作ることで治安を維持しようとして戦争が増える。その後だから……現実に宗教の弱体化が加速するのは、第四次世界大戦の後くらいですかね。…………それでも、どれも所詮は人の手で終わらせられる程度の争いですよ。神器――超常の力を使ってまで叶える願いは、人の力では叶えられない物であるべきだとわたしは思います」



 聞きたい事には答えたつもりだけどこれで満足か、と浦部へ視線を向ける。

 浦部は満足するどころか、情報を処理しきれず混乱している頭を掻きむしった。


「あっ、でも核戦争が宇宙に波及して、人工衛星が全部落ちて文明が退化したら宗教が生き残るかも」

「だぁーッ、これ以上難しい話はやめてくれぇ!! 聞けば聞くほど番長がナニしようとしてんのかわからなくなってくる! てか、あんた本当に番……いや、やっぱいいわ……」


 浦部は出かかった言葉を飲み込んだ。


「安心しろウラベー。双さんを理解できなくても恥ずかしがる必要はねえ。俺なんか、最後まで聞き取ることすらできなかったぜ?」


 鉄がのうてんきに言う。

 高校では自分よりも多々良双一と仲が良かったはずなのに、ラウラの言葉から何も感じていないようだ。思い過ごしだろう、と浦部は浮かんだ疑問を心の隅へ追いやった。


「……お前は途中から聞き流してただけだろ」

「ははは、バレたか。まぁ俺は拳でしか語れない男だからな」

「ハァ~、番長の話よりバカと話す方が疲れるわー」

「バカにすんじゃねぇよ。なら、特別にお前が気づいていない事を一つ教えてやる。よく見てみろ!」


 と突然、鉄が両手でラウラの顔を掴んだ。

 開きっぱなしになっている大きな瞳を差し出すようにして浦部に見せてくる。


「さっきから全然まばたきしねーだろ。双さんがこの状態になってる時にしゃべる事は99パー無視していい。遊ばれてんだよお前」

「なんだそのアホな判別方法……」

「名づけて、目力判別法だッ!」

「名前聞いたわけじゃねえよ」


 浦部と変顔をしたラウラの視線が交差する。


「……え、マジで? ここまで全部どうでもいい話なの!?」

「うぇ~い、だ~まさ~れた~」

「その顔っ! 男だった時の100倍ムカつくッ!」


 浦部はこめかみに青筋を浮かべる。

 くりりと開かれた大きな目はまったく笑っていない。大きく広げられた唇は深くくっきりとえくぼを浮かばせている。感情の読めない小悪魔のような笑顔が、真意を語るつもりのない悪戯心を表していた。


「ほんとに? 実は男に戻れない腹いせに女神ぶっ殺してやろうとか、女神の創った世界を征服してやろうとかヤバいこと考えてない?」

「わたしを何だと思ってるんですか、殴りますよ」

「うわやめて……じゃあ真剣に責任感じてたおれがバカってことか」

「だははっ、一番のバカが見つかったようだな。あとはたまに、何か誤魔化す時もこうなるけど、ん? 双さん、わざとウラベーの頭パンクさせようとしてね?」

「おい鳥頭、そろそろ黙らないとトサカ毟るぞ、デス」

「俺にだけ当たり強くね!?」



 浦部がラウラの目的を探ろうとする理由は、自分が天界へ呼んでしまったからだった。

 浦部は早い段階で自分が夢幻魔法の夢の世界に囚われて精神の死を迎えることを予知していた。天界で目覚めることも……。ただし、天界で目覚めた後の未来までは見えなかった。

 予知夢の結果が変わることはよくある。それは浦部が夢と違う行動を起こした時や、誰かが夢幻魔法の力を越える呪文を使った場合だ。しかし、まったく先が見えなくなることはそれまでなかった。

 そして浦部は、予知夢の終わりを死だと予感した。

 自身の最後を悟った浦部は、自力で天界へ来られる可能性のある者、自分を救える可能性の高い者を探し、すがる想いでラウラに助けを求めた。


 ラウラにとっては、天界へ行く方法は知りたい情報の一つであった。神器を使えるようになるため、反転魔法を極めるという意味で“生死反転”の呪文はどこかで使用する必要もあった。

 そのため、予言の手紙は渡りに船であったのだが――未来を見る浦部もラウラの思惑までは知らない。加えて、浦部は天界から地上へ帰る方法も知らなかった。もしかしたら、帰る方法はないのかもしれない。ラウラの願いを奪ってしまったかもしれないということだ。

 それなのに、自分の言葉を信じて天界へ来てしまったラウラに、浦部は期待と負い目を感じていた。




「それで、そっちはなんで天使を敵視してるんですか」

「……天使を敵視してる理由……番長さ、何か気づかない?」


 浦部は周りを確認してみろと言いたげに腕を広げた。

 どこまでも広がる暗く美しい幻想の世界。

 人も、動物も、虫一匹いない、静寂な闇の世界だ。

 とそこで、ラウラは違和感に気づいた。


「まさかっ、仕留め損ねた!? でもそれなら……あれ?」


 もう一人ここにいるはずの人物がいない。

 生死反転の呪文で共に死んだ男の姿がなかったのだ。

 ラウラと同じ死に方をしたのなら、同じ亜神として藤沼も天界で覚醒しているはずである。天界にいないのなら藤沼は生きている可能性が出てくる。しかし、それだと浦部が何のことを言っているのかわからなくなる。大声を出してからラウラは小首を傾げた。


「藤沼がどこにいるか知ってます? てか、あいつこっち来た?」

「来たには来たんだけど、そのぉ……ねぇ、クロちゃん」

「もう喰われた」

「はい?」


 意味がわからない、と再びラウラの頭に特大の疑問符が浮かぶ。


「えと、それはどういう意味で?」

「それはもう言葉の通り、油断してたら頭からパクっと」

「丸呑みだった」

「うげっ、ここってそんなバケモンがいるんですか」


 警戒して周囲を360度ぐるりと見渡すが、やはり何もない。視界を遮るような建物も、木も丘も山もない空間だ。地平の果てまで生物のような影は見当たらない。


「バケモンだけどバケモンじゃないし、なんなら一匹しかいないけどな」

「ん? 藤沼は一体ナニに喰われたんですか」

「アザナエル」

「あざ……おおぅ、天使って人間食べるのかよ。そいつはちょっと想定外」

「ああ。だからさ、双さん」


 アザナエルが藤沼を丸呑みしたと聞いて多少の困惑が生まれる。

 しかし、鉄はそんなラウラの戸惑いなど気にもかけず、拳を突き出した。


「今から一緒に、天使ぶっ飛ばしに行こうぜ!」












 第六章/




 作者都合により次回更新まで少しお時間をいただきます。新しい生活環境に慣れ次第、七章を開始しますので、ブックマークは外さずにお待ちいただければ幸いです。


 今後のオトメクオリアは、


第七章 幸せになる魔法

 ・俺達脳筋族

 ・天使のレゾンデートル

 ・絶対幸福都市

 ・嘘の王様

最終章

 ・■■


 の5パートで完結予定になります。


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