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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
115/119

44 色欲結界、愛とか恋とか

「鮫島君、安静時の影響時間を測りたいので平常心でお願いしまーす」

「ダー」


 鮫島は色欲魔法の効果を検証するために、一人で色欲結界の内側に立っていた。侵入は容易でも、一度入れば瞬く間に精神を犯される魔の結界の中に。


 変身魔法は呪文を使うと思い描いた対象に変身できる――と同時に、肉体と精神が万全の状態に再構成される。そして精神に干渉する類の呪文を持っている者は、相手の精神干渉にも耐性がある。そのため、鮫島はラウラのチームの中で最も体を張った調査に向いている。精神支配に負けた場合に備えて、一応腰には命綱が巻かれているが。


「オレも確認しに入ってやろうか?」

「……いえ、幽村はまだ待機で」


 戸波が襲ってきた時は神気切れで呪文を唱えられなくなっていたが、幽村も数回魔法を行使できる程度には回復している。

 輪島による“マナの神気変換論”と“マナの感情同期移動論”を聞いたバンデーンは聖職者に号令をかけた。集められた聖職者達は、寝る間も惜しんで幽村に祈りを捧げることで神気を回復させたのだ。


「ガチの不眠不休とか宗教ってこわいわ~」

「それより幽村が協力的なのが不思議というか不気味というか……」

「それな、絶対なにか企んでるよな」


 ラウラが訝しむような目線を幽村へ向ける。便乗するように青木や提橋がひそひそと内緒話を囁く。昔の力関係が頭に残っているせいで、直接幽村に何を企んでいるか聞く勇気はないようだ。


「待たれい! みな、もっと幽村を信じてやろうではないか!」

「自分達は教国から帝都まで一緒に旅してきたけど……幽村はみんなが思ってるような危ないヤツじゃない、と思う」


 そこに金剛寺と玄間が割って入った。

 幽村をかばうように前に立つ。そして演技過剰ぎみに、これまで幽村がルパ帝国の人達のために何をしてきたのか語ってみせた。


「お、おい、なんだよお前ら……」

「拙僧もつい先日まで気づけなかった。幽村は顔が怖いから危ない人間だと勘違いされているだけで本当は優しい男だ! そう、マンガで例えるなら、幽村はエリートヤンキーサトルなのだ!」

「もしくは幽村エンジェル伝説!」


 青木と提橋が驚いた顔で幽村を見る。


「そうだったのか、エリートヤンキーサトル!」

「マジかよ幽村エンジェル伝説!」

「だアアアアアッ!! 調子乗んな! テメェらウゼーんだよ! ハゲオタクも勝手にオレのフォローしてんじゃねェよ殺すゾ!!!」


 幽村が首まで真っ赤にして怒鳴る。金剛寺達は蜘蛛の子のようにワーッと一斉に逃げ出した。

 ただ、高校の頃ならば、幽村は迷わずナイフを出していただろう。金剛寺達も今のように半笑いでふざけた逃げ方をするのではなく、全力疾走していたはずだ。近い内に、幽村も笑って輪の中に入れる日が来るかもしれない。



「ラウラ様はまだ幽村君を信じきれませんか」


 ラウラの視線が幽村の背中を追う。


「んー……元の世界で、目が合ったらバカにされた気がしてとか、ケンカでエスカレートしてつい衝動的に刺してしまった~みたいな事件あったじゃないですか。で、犯人は決まって殺意はなかったって言うじゃないですか」

「……突然なんの話でしょうか」

「そいつらってどこからナイフ出したんですかね。てか最初から持ってましたよね。人を刺すつもりがあるからナイフ持ち歩いてんですよね。小学生でもわかるけど、ナイフで刺したら人は死にますよね。理解してるならそれ十分殺意ですよね。日常的にナイフ持ち歩いてるヤツにまともな人間なんていると思いますか」

「多々良君らしいお答えですが、幽村君にも何か事情があるのでは?」

「凶器持ち歩く事情ってなんなんでしょ」


 正論すぎるラウラの指摘に輪島も苦笑いを返すしかない。


「おーい博士ー! 時間まだー?」


 輪島が手に持っていた懐中時計に視線を落とす。


「おっと……残り30秒でーす!」


 声に出してカウントダウンを開始する。

 色欲魔法の光を浴びた場合、一度目は即座に洗脳の効果が出た。しかし、一度魔法を無効化すると次に効果が出るまで3分の猶予があった。今はその3分という時間が毎回同じなのか、変化や誤差がないか測定しているところだ。


「9、8、7、6、5、4、3、2、1――」

「キタァッ」


 カウントに合わせて精神状態に集中していると、また性的衝動が湧き上がってきた。心を支配される前に呪文を唱える。


「へんっしん! とうっ…………ん? 変身できてない?」

「様子がおかしい。サメ! 略式じゃなくてちゃんと詠唱しろ!」


 ラウラが叫ぶ。鮫島は色欲の影響が出る前にと早口で使い慣れた呪文を唱え直す――しかし、またしても変身魔法は発動しなかった。


「なんでだ、アッ、だめだ、このままだと、脳が、ちんこに支配されてしまうッ」

「鮫島君がちんこに支配されてるのはいつものことでしょう」

「冷静に言ってないで博士も手ぇ貸せッ」

「させるか!」


 鮫島はラウラが命綱を引くより早く、縄を外して服を脱いだ。

 判断が遅かった。鮫島の精神はもう色欲魔法の支配下にある。


「うおおお! ヤラせろぉ! おまえに女の悦びを教えてやる!」

「ちっ、狙いはわたしか」


 全裸になって突っ込んでくる鮫島に向けて後悔を漏らす。自分の姿に化けた変態など誰も見たくない。

 輪島は自分が標的になっていないことを確信してから、色欲の結界外に出てからも洗脳が持続するのか、新たに時間を測りはじめていた。ラウラは鮫島を正気に戻すため、迎撃の準備に入る。


「ここは拙僧らに任せてもらおう!」


 だがラウラより先に、幽村との鬼ごっこを終えた金剛寺と玄間のドロップキックが鮫島を突き飛ばした。


「セックスは鮫島にとって人生そのもの。反転魔法を使って強引に今の欲望を消されたら、話に聞く中馬みたいに廃人になるかもしれない」

「……いや、サメの人生におけるセックスの比重おもすぎない?」

「NO SEX NO LIFE! 童貞も処女も人生の99割を無駄にしている!」

「ほれ、本人もこう言っている。間違いない」


 常人よりも二回り以上大きい“ソレ”を屹立させて鮫島が立ち上がる。

 生粋のルッキスト鮫島は、相手の性別など関係なく顔さえよければ抱けるし抱かれてもいいと豪語する男だ。二年かけて女性らしさの欠片も身につかなかったラウラも、顔面偏差値だけは異様に高い。今まさに鮫島が秘かに隠し持っていた劣情が溢れ出そうとしていた。


「でも、筋肉魔法と覚醒魔法で何ができるっていうんですか」

「案ずるな。拙僧とゲンゲンならヤツを矯正……説得できる。鮫島と姫川だけは高校の頃から一度半殺……少しわからせてやりたいと思っていたのだ」

「ああ、調子乗ってたからな。童貞ナメんなクソナンパ野郎が」

「ところどころ本音漏れてますけど」


 動機はバカげた理由だが、ここまで強く出られるとラウラも信じてみたくなる。そして魔法を使う必要性がなければ、魔法を使う動機が弱くなってしまえば、ラウラは魔法を使えない。大人しく見物に回った。


 金剛寺と鮫島、因縁のセカンドラウンド。

 勝負は十秒と持たなかった。

 多々良双一に化けたままとはいえ、鮫島は全裸で急所を剥きだしにしている。加えて、色欲魔法でラウラを犯すことしか考えられない過度の興奮状態……玄間がパチンコで飛ばした小石を睾丸に受けてうずくまったところを金剛寺が一撃で殴り倒した。

 これまで幾度となく童貞であることをバカにされてきた鬱憤を晴らすかのように、金剛寺と玄間は倒れた鮫島を踏みつけて追撃する。


「止めなくてよろしいので?」

「あ、そうだ。殴るだけじゃなくて、ちゃんと魔法の影響から抜けさせるようにしろー」


 ラウラの声で嫉妬と憂さ晴らしの暴力は止まった。

 しかし、一度洗脳にかかった者は“魔法抜き”をしなければならない。この先、鮫島を待っているのものは、生命力と思考力を低下させて眠っていた生存本能を呼び起こす、洗脳を弱めるための――拷問だ。






 何度も殴られ、何度も窒息させられ、時には冷たい氷の檻に閉じ込められ……三日間に亘り繰り返された暴力と治療の末、ようやく鮫島は変身の呪文を唱えられるようになった。


「再変身で傷は治るけどさぁ! 痛いのとか苦しいのとか忘れたわけじゃねえからな! お詫びに一発ヤラせろよこのクソロリ――ッテェな!!!」


 バチンッと復活した鮫島の頬が打たれた。

 殴ったのは玄間だ。


「もう正気に戻ったつってんだろうが! 何殴ってんだ、アアッ!?」

「抵抗はしてるんだろうけど……どう見てもまだ影響受けてるだろ。ラウラ様、こいつの洗脳は自分達が解くから、口出ししないでくれよ」

「想定以上に色欲の洗脳が深いようですが、どうするつもりですか」

「大丈夫、カンちゃんとどうすれば鮫島をわからせてやれるか考えてきた。信じてくれ」


 再変身したにも関わらず、ラウラへ向けた発言を聞くかぎり、鮫島の洗脳は解けていない。

 玄間と交代で今度は金剛寺が鮫島の頬をはたいた。


「鮫島、復唱せよ……。人は愛など無くても生きていける」

「な、なんだってんだよ急に、人は愛がなくちゃ生きていけないだろ」


 鮫島自身は拷問中の記憶の大部分が飛んでいるが、その間、金剛寺達への恨み事を交えた罵倒はものすごいものだった。


 何よりもセックスと愛を求める鮫島の本音。

 醜い者に存在価値はなく、愛を求めない生き方をする者は社会に必要ない。愛こそが人間の生きる意義であり、愛とはセックスだ。それを拒む者は死人に等しい。否、それ以上に悪い。生まれてきた事が間違いだ。社会を毒する病変だとさえ言える。


 その差別的な主張は、現実での恋愛を諦めてオタクの道を生きる金剛寺と玄間の逆鱗に触れた。説教……の体裁を装った洗脳の上書きが続けられる。


「オ、オレは同性愛差別と闘ってんだ! オレが愛を叫ぶことは正当な権利を守るための弱者の聖戦なんだよ!」

「聖戦だと? 便利なレッテルに逃げて自分勝手な理屈をぬかすな、ブサメン差別主義者が」

「生まれ持った愛の形は変えられないけど、ブサメンは整形すれば直るだろ。お前らは童貞捨てたいくせにビビって楽な方に逃げてんだよ。ナンパして、告白して、セックスして、愛を語る。それが出来ないやつは人間の欠陥品だ」

「黙れるぇぇぇええええええい!」


 薩摩藩士も腰抜かすような猿声が天まで響き渡る。

 ルッキズムの申し子の発言が再び金剛寺の逆鱗に触れた。


「誰かと結ばれたければ自分だけで勝手にやれ! 我らブサメンは自分の人生が孤独に終えること、愛で満たされぬ人生を子供の頃から理解し覚悟しておる! 差別だどうだと言う前に貴様らルッキストは我ら童貞を社会の一員として認めてもいないではないか! 自分達はありのままを受け入れろと言いながら、ブサイクは整形し自分を偽って生きろだと!? 真の社会的弱者は、常にバカにされ、それを否定し反抗することすら許されない我らだ!!」


 鼻先がくっつきそうな距離で唾と罵声を浴びせられた鮫島は黙るしかなかった。


「……復唱せよ。恋は恵まれた者だけに与えられた贅沢品」

「こ、恋は恵まれた者だけに与えられた贅沢品」

「愛も贅沢品」

「愛も贅沢品」

「セックスも贅沢品」

「セックスも贅沢品」


 金剛寺と玄間が交互に色欲の洗脳を否定する言葉を擦り込んでいく。


「人は孤独でも幸せになれる」

「人は孤独でも幸せになれる」

「人はセックスしなくても幸せになれる」

「それはちが――ぐはっ」


 反論しようと睨んだが、今度は張り手ではなく拳が飛んできた。

 顔を一発ぶん殴られると痛みに負け主張を胸の内に押さえた。


「自らの愚かさを認めよ、人には愛が必要だと訴える事こそが差別なのだ。イケメンや美女に愛を語る資格はない」

「そうだ! 愛とか恋とか男が好きとか女が好きとか、そういう言葉を聞かせることがブサメンに対する暴力なんだよ。何がLGBTだッ、テメェらより日陰で生きてる人間が吐いて捨てる程いるって知っとけクソ野郎!」

「だからブサメンは金稼いで整形すれば解決じゃん」

「くっ、ここまで言ってもまだ理解できぬか鮫島……では死ねぃ!」


 こぶしを振り上げた金剛寺の背中に提橋が飛びついた。


「止めてくれるな! 説得は失敗した、こやつの洗脳は解けん!」

「だからって殺そうとすんな! ラウラ様もこいつら止めてくれよ!」

「あっそうだッ、ラウラ様がこいつらの童貞もらってやればいいじゃん。そうすりゃこいつらもオレが正しいって分かるよ」

「鮫島も気持ち悪ぃこと言うな! ってあの人、どこいった?」

「多々良君ならそこで死にかけてますよ」


 部屋の隅で小さな少女が転がり、ぴくぴくと痙攣している。

 腹と口を押さえて、吐きそうになるのを必死に我慢していた。


「ぶっ、ふふっ、だめだ、息、できない……吐きそ……」

「笑いすぎだろ」

「んんっ……仕方ありません。おまえ達、わたしと代わりなさい」


 再変身した上で、魔法抜きの拷問を再度を受けても折れぬ精神。服の上からでも分かる屹立したままの股間……藤沼の魔法が余程強力なのか、はたまた色欲魔法と鮫島の相性が良すぎるのか。どちらにせよ、ラウラが魔法を使うしか洗脳は解けそうにない。

 金剛寺も玄間ももう反転魔法を止めるつもりはないようだ。ラウラの両脇に控えると合掌して念仏を唱えだした。


「鮫島……壊れないでくださいね」

「お、おい。本気で反転魔法を使うつもりじゃ……」

「美醜反転」


 床を這う鮫島の頭を掴んで黒い光を叩きこんだ。

 鮫島は目の焦点が合わなくなり、ふらふらと頭を揺らす。そして反転魔法で頭の中の上書きが終わると同時に、ラウラの顔を至近距離で見て――あまりの醜悪さに嘔吐した。


「うっ、おげええええっ、オレは、どうして、こんなブサガキと、ヤろうとしてたんだ、おぅええええええっ」

「すみませんね。ここまで根深く洗脳されると気分反転じゃ無理だし、性欲だけを反転させる呪文なんてないのでこれしか方法が……」


 美醜反転。

 それは美しさと醜さを判定する感性をひっくり返す呪文だ。

 無駄に顔だけは天使のように愛らしいラウラも、吐き気をもよおす醜悪なモンスターにしか映らなくなる。今の鮫島は、突然ゴブリンの巣穴に放り込まれた少女になった気分だろう。


「ひぃ、やめろ、その顔を近づけるな! いやだいやだぁああ、キモいキモいキモいキモい! オレに近づくなあああぁ!!」

「失礼な、わたしはかわいいですよ、ほらよく見てください」

「おああああああああああぁ!!!!!」


 ラウラは美醜差別主義者の視界に映ろうと何度も顔を覗かせる。その度に、鮫島は逃げようとして自分の吐いた胃液の海でのたうち回る。


「……前も思ったけど、どんな願いからこんなひでぇ魔法生まれたんだ?」

「使い方ってか使ってる人間の問題だろ」

「わたしは君達と違って育ちが良いので『人が嫌がることを率先してやりなさい』って教育されてるんですよね」

「それ解釈間違ってますよ」


 ラウラの精神的拷問は、呪文のかかっていない人間からすればコントにしか見えない――が、鮫島の悲鳴は本物だった。心の底からラウラを恐怖し、嫌悪している。もはや性の対象として見られない。醜さという生理的嫌悪感が性欲に打ち勝ったのだ。

 もっとも、美醜反転の呪文で色欲魔法の洗脳を克服できる相手は、鮫島以外にいないだろうが。


「ああああ、金剛寺、頼む。このブスをどかしてお前の美しい顔を見せてく……、あれ、金剛寺はブサメンのはずじゃ……どうして、オレ、オレオレは、こんなブスガキとセックスしたいなんて妄想して、てててははあはは」

「鮫島君がバグりはじめましたけど大丈夫でしょうか」

「股間大きくしたままだし、まだ止められませんよ」


 喉がすり切れて血の混じった唾を吐きながら床を這って逃げようとする鮫島の悲惨さには、金剛寺と玄間もたまらず同情したくなる。


「……拙僧らはしばらく席を外してもよいか」

「いいですよ。あっ、代わりにポーさん呼んでもらっていいですか」

「鬼か貴様」

「今の状態でポー様見たら、マジでショック死するぞ」






 鮫島が目を覚ました後、輪島による質問を終えてからようやく作戦会議がはじめられた。

 現状での被害は、色欲魔法の生け贄になった鮫島から生気が抜けている事と、鮫島から顔を見て絶叫・罵倒・失神されたポーネットが不機嫌になっている件、そして、


「調査にこんな時間をかける必要があったのですか」


 帝都中心部ではもう生き残っている者がいないであろう事だった。

 救えるはずの命から犠牲を出したと幽村が責め立てる。しかも、この意見にはポーネットも同様の不満を抱いているようだった。

 この会議場には、帝国の皇子であるデモクリス、バンデーン司教の代理で聖騎士団の隊長が参加している。しかし、彼らの部下は誰一人として色欲結界の調査から生還できていないため、こちらは幽村の主張と安全を優先したラウラのどちらが正しいのか判断がつかなかった。

 現在はミラルベル教の助祭である幽村よりも、聖女であるラウラの発言に注目が集まる。


「必要な犠牲でした。それに、彼らは救われるでしょうから」

「女神様の御許に行けるとでも? さすが聖女殿は言うことが違う」


 今度はデモクリスが嫌味を返す。

 しかしそれは、ラウラと幽村の仲違いを避けるためだ。帝都中心で暴走している力に対抗するには、ラウラか転移者の力にすがるしかない。犠牲も出ている帝国側からなら、多少感情的なことを言っても許されるだろう。

 その狙いを読んでいてなお、デモクリスを見るラウラの眼は冷たいものだが。


「言う通り、調査をかけている間にも色欲結界の範囲は拡がってしまいました」

「そうでしょう。あの光に抵抗できるオレとラウラ様と鮫島、青木の四人で、すぐに乗り込むべきだったんですよ」

「まあ幽村の意見が正しいかは、輪島の話を聞いてから判断しましょう」


 輪島が調査内容をまとめた用紙を持って前に出ると幽村も口を閉じた。同席していた転移者達も無駄口をやめて静かになる。

 帝国も教国もこの輪島という男を知らないが、その様子からこの男こそが転移者達のブレーンなのだと察した。


「説明しよう!」


 まず指さされたのは、色欲結界の効果範囲。空の色が変わってからの情報をまとめたデモクリスの部下を褒めつつ、その変化を分析していく。

 結界は宮殿にある謁見の間を中心として均等な円状に拡がっている。その拡大速度は一日あたり直径200mで安定していた。遅い様にも思えるが、面積で考えるとその効果範囲は徐々に広がる速度が増していくことを示している。


 次に、色欲魔法による洗脳の強さ。

 効果自体は自制心を失うほどの性的興奮だと判明している。問題は、魔法などでどこまで防げるのかだ。

 鮫島は神気に余力を残していたはずの状態で変身魔法を使えなくなった。しかし、鮫島の自己分析では、自身の精神状態に問題はなかったと言っている。

 そのことから、輪島は色欲結界内では、影響を無効化する回数や時間によって神気の消費量が増えていくと予想した。そしてこれはラウラの力によって確認もされている。ちなみに、結界の発生源との距離は神気の消費量に関係がなかった。


「結論としては……ラウラ様に単身突入してもらうしかありません」

「どうしてラウラ様だけなんですか」

「幽村君、君では神気が足りないんですよ。青木君も鮫島君も同じです。無尽蔵に力を使えるのはラウラ様しかいない。そして時間が経つほど結界は拡がり、呪文の発生源までの距離は遠くなる。再度神気を集めている時間もない」


 幽村は悔しそうに椅子から浮かべた腰を戻した。

 色欲結界に対抗するには、精神干渉系呪文を使えるだけでは敵わないのだ。圧倒的な神気の保有量が必要となる。


「聖女殿は、転移者に負けないほどの力を行使し続けられるのか」

「そうですわ。聖遺物だって連続で使い続けるには限界があります」

「わたしはずっと力を溜め続けてきましたからね。限界はあるでしょうけど、今回にかぎって言えば、まあ問題ないでしょう」

「また根拠のない自信を……」


 ポーネットは、またいつものかと頭を抱える。しかし他に方法はない。帝国はラウラが藤沼を倒せるかどうかにかかっている。


 デモクリスは、聖女が四日もかけて色欲魔法を調査をしていた本当の理由――最悪、藤沼に操られることで障害となりそうな人間が死ぬのをわざと待っていたことに思い至り、完全に口を噤んだ。

 聖女はミラルベル教の他の聖職者とは違う。目的を達成するために手段を選ばない人間だと悟って。それは聖職者らしくはなくとも、この場においては聖職者以上に信頼できる人物だと考えられた。






「さぁラウラ様が一人で乗り込めるよう、要望通りに進めましたよ」

「ええ、そうですね。あとはわたしの出番です」


 輪島は作戦会議が計画通りに終わったと満足そうだった。

 これで帝国兵や聖騎士による邪魔は入らない。

 幽村も自分が無力だと悟っただろう。

 他の転移者を宮殿に連れて行けという勢力も沈黙した。


 みんなが見送る中、ラウラは淫靡な光に照らされた石畳に足を踏み入れる。

 貴族街を抜けて宮殿の門前に到着すると、その足を止めて一度だけ後ろを振り返る。

 そして、ポケットに入れていた浦部の予言、()()()()()()()()()()手紙を取り出して火をつけた。


「あー……最後まで笑わせてくれて、あいつらには感謝しかねーなー……ほんと、愛とか恋とかくだらねぇことでよくあそこまで騒げるもんだ……」


 上からだんだんと火が伸びる。ラウラ以外誰にも知られぬまま、真の予言が灰になっていく。最後に残った切れ端が指先に火の熱さを伝えてきて……別れを惜しむように予言の手紙を捨てた。


「お遊びはここまでだ。……じゃあなバカども」




 幽村も、輪島も、鮫島も、提橋も、金剛寺も、玄間も、青木も、ポーネットも――まだ誰も気づいていなかった。

 ラウラはもう仲間の下へ戻らない。

 ここから先、ラウラが伝えていた計画は白紙になっているのだと。


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