43 レベル10の壁
「お、うおおおっ! 見ているかフジヌマ、天使だ……炎の天使が降臨したぞっ! フハハハ、なんだアレは、帝国の未来を祝福しに現れたのかっ」
油小路が炎の巨人に変身した時、皇帝ヌルンクスは初めて特撮のヒーローショーに連れて来られた少年のように瞳を輝かせていた。
戦場を灰燼へと帰して尚広がり続ける炎の大地。その姿はまさに、ヌルンクスが求めてやまない永遠に終わらぬ闘争の化身であった。
(あのデブ、壁を越えやがった! やべぇぞ、ここにいたら殺されるッ)
喜ぶヌルンクスとは逆に、藤沼は脂汗が止まらぬほど焦っていた。
藤沼が属するグループのリーダー・御影彰。彼は異世界に来て最初に、鑑定魔法という世界の謎を解き明かす魔法を持った一色知棋を尋問したことで、情報面では誰よりも先んじていた。そしてその知識に従い、御影はグループに所属する全員にある命令を言いつけた。
『魔法レベル10を目指さない。神器を求めない』
正確には、レベル10が魔法の最終到達点というわけではない。道は果てしなくどこまでも続いている。しかし、全ての魔法にとってレベル10というのは一つの壁だ。
最低でもある一点において、人間の精神を超越した者にだけ許される領域。神様と呼ばれる者達の一員となる、その入り口がレベル10である。
そして、レベル10の呪文を使い熟すためには、とある試練を越える事が正規の道筋となっているのだが、それは不可能であると御影は結論を出している。
(マズいマズいマズい! 暴走する前にここから逃げねぇと!)
暴走。つまり油小路は魔法に呑まれた。
レベル10へ到達した者は、必ず一度は魔法に精神を支配される。どれだけ心が強くとも敵わない。魔法は初めからそういう風に作られているのだ。
ヌルンクスが炎の巨人に夢中になっている隙に、藤沼は宮殿を脱出しようと画策する。ルパ帝国はもう利用できない。こいつらはここで灰となって消える――そう考えたのだ。だが、窓の外では藤沼の予想を上回る事態となっていた。炎の巨人が黒い光と同化して消滅した。
(ウソだろ! 誰だ! 一体何をしやがった!?)
レベル10に到達した魔法によって、自身が終末の炎となった油小路を止めた者がいる。それは藤沼が絶対に勝てないと判断した油小路と同格の存在がこの地にいることを示唆していた。
油小路はレベル10に到達した直後だったのだろう。ならば、レベル9の魔法使いでも油小路を止められたかもしれない。だがそんなものは何の慰めにもならない。レベル9も精神を人外の領域に片足突っ込んでいる怪物だ。
(どうする、今帝国に2-Aの連中は何人いる? 新しく来たヤツらも合わせたら、逃げるなんて不可能だ。御影さんの応援が来るまで時間を稼ぐしかねぇ!!)
藤沼は残った帝国兵で帝都を固めるように進言する。
皇帝の棲み処は宮殿であり、厳密には戦闘を前提にした城ではない。しかし、カーディン山脈に眠る魔王の復活に備えた初代聖女が、堅固な壁を建てるように指示していたおかげで、都市自体は籠城戦にも適した造りとなっていた。だからこの時点では、まだ十分勝ち目があると考えられた。
「陛下! 巨人の出現より、兵の脱走が止まりません!」
宮殿に籠もってから一週間、皇帝軍は既に再編不可能なほど瓦解していると報告が入る。
しかも、帝都の民までが南へ脱出を図っていた。皇子連合軍が責めてきている北側の門にも、巨人が消えてからは人で溢れているという。
その報せを聞き、ヌルンクスは意気消沈してしまう。
500年のもの年月をかけて、皇族は強い国家を作ってきた。そしてようやく、ルパ帝国を永遠の闘争へ導いてくれる炎の天使が現れた――というのに、天使は消え、帝国民は恐怖に慄き我先にと逃亡しはじめた。
あまりになさけない。しかし最大の問題は他にある。女神の使者が降臨するという奇跡が起きたこの時までに、貴種として、優等種として、皇族が民を正しく導けていなかったという事実だ。
ヌルンクスは民に失望すると同時に、尊き血と聖女の思想を継ぐ者としての自負に追い詰められていた。
こうなったヌルンクスは頼れそうにない。藤沼もルパ帝国へ来て一年余り、ただ女遊びに耽っていたわけではない。藤沼は色欲魔法によって私兵を用意していた。セックスに溺れ、快楽を得るために藤沼の言いなりになった兵達だ。
藤沼は彼らを使いヌルンクスを不意打ちで襲う。倒れたヌルンクスから聖遺物“ディシプリンの栄光”を奪い取り、自分の頭に乗せた。
「御影さんの魔法とコイツを使えば、安全にレベル9……いや、レベル10にだって到達できるはずだ」
本来、転移者は聖遺物を扱えない。
聖遺物を構成する神気が、転移者の神気を拒絶するからだ。
「勝手にレベル上げて怒られるかもしんねーけど、仕方な……ちげぇな、そうじゃねえ。精神を保護したままレベル10になれんなら、これはむしろ手柄だ。ゼッテー褒められるはず……よしッ、御影さん、アンタの魔法借りるぜ!」
しかし、藤沼が“借り物”の呪文を唱えると黄金の帝冠はその頭上で輝きだした。聖遺物“ディシプリンの栄光”が藤沼を認めたのだ。
藤沼は聖遺物を得たことでレベルの上昇を確認した。そして、新しく覚えた最上位の呪文を詠唱する。
「姦淫を拒んではならない 男女に道徳は存在せず 食むも休むも己を生かすためだけの利己にすぎず セックスだけが種の繁栄、種を造りし神への奉仕である ならば人よ ただ愛だけを喜べ」
色欲魔法が放つ淫靡な光と“ディシプリンの栄光”が放つ鮮血の赤い光とが混ざり合い、大気へ溶けていく。空にかかったオーロラが宮殿に光を降らす。
光を浴びた人間は、老若男女問わず服を脱ぎはじめた。もはや彼らの心に、炎の巨人への恐怖や全裸になった羞恥心など一片もない。情欲だけが身体を支配している。身近にいた異性を捕まえては、本能に従い互いを貪り合う。
光は人々を淫らな獣に変えても止まらない。呪文を唱えた藤沼自身も気づかぬままに、ゆっくりゆっくりと宮殿の外へ広がっていく……。
――――――――――
「こりゃ思ったよりやべー魔法でしたね」
藤沼の魔法が操る対象は色欲。ならば、オーロラから光を浴びた者がどうなるかは自明である。
オーロラの効果を調査するために光が照らす境界線、帝都中心部まで来たラウラ達の前には、ある種の地獄が広がっていた。
屋外だというのに徘徊する民衆は皆、人目を気にせず裸だった。目的は異性との結合。男が女を犯し、女が男を犯す。そこには老いも若きもない。男は射精すれば次の女を探しに行く、女は男が射精しても最後の一滴まで搾り出そうとまぐわい続ける。
「あー……とりあえず、ポーネット様はお帰りしてもらったらどうですか」
「そうですね。さっきからうるさくて邪魔ですし」
聖職者モードの幽村に肩を叩かれて振り向く。
そこには両手で顔を覆うポーネットがいた。
「な、ななな、なんですの! なんなんですのこれぇ! わたくしには心の整理をする時間もないんですのっ!」
眼を背けてもそこら中から喘ぎ声が聞こえてくる。しかも、発情期の猫のようにギャンギャンとうるさい声だ。目を塞いだだけでは外界からの情報を遮断できない。
恥ずかしさを誤魔化すために叫ぶばかりのポーネットがいては調査の邪魔なだけだ。ラウラは後ろで控えていたシスター達を呼び寄せ、耳まで真っ赤にした清純な巫女を貴族街の外まで運ばせる。
ポーネットを退場させた後は、ラウラと輪島の仕事だ。デモクリスの兵と教会の聖職者から集めた情報で藤沼の唱えた魔法を解析していく。
魔法の効果範囲は明確だ。光はオーロラの出ている真下にしか降らない。淫靡な光に照らされて、紫、赤、ピンクと地面が色を変えているのでわかりやすい。そして肝心の効果だが、
「あのおじいちゃん、ずっとエレクトしてますけど、もしかして呪文が発動してから休み無しですかね」
「でしょうなぁ……う、まずいまた冷凍室でのフラッシュバックが……」
二人の視線が、ひと勝負終えた老人の股間へ向く。
ハゲ上がった頭、曲がった腰、深いしわの刻まれた顔――しかし、老父の股間だけは鋭利な牙を思わせる10代の角度を保っていた。
「魔法の効果は発情のみ。予想通りですね」
「どうでしょう。ラウラ様、ひとつ気になるのですが、色欲魔法にはどの程度身体能力の強化が付与されていると思いますか」
「……というと?」
「私も本で読んだだけなので詳しく知りませんが、激しいセックスをしている時は平時に比べて心臓病の発症リスクが2~3倍近く上がるとか――あっ」
と、言い終わる前に老人が倒れた。
輪島が心配したように、体に負担がかかりすぎたのだろう。呪文が発動してから、既に丸一日が経過している事を考えれば、むしろよく持ったと言える。
しかし、輪島の不安はまだ終わっていなかった。現在、色欲魔法は広範囲に展開されている。中にいる人間は全員が魔法の影響下にあるのだ。全員セックスをすることしか頭になく、目の前で誰が倒れても助けようとしない。
「あれ? これもしかして、ほっといたら中の人たち全員死にません?」
「全員腹上死確定ですかな」
「ただのエロ魔法かと思ったらマジでやべーやつだった!」
腹上死自体は、死に方としては幸せな部類なのだろうが、流石にこれはない。
輪島の気づいた不安はまだ終わっていなかった。帝国兵がまとめた資料見て、ラウラにある点を指さした。
「今の光の境界線があそこ。ですが、最初の記録ではオーロラは宮殿の真上にしか出ていなかったようです」
「だんだん広がってるわけですか」
「更に気になる点が……。これまで、一度発動した後で呪文の範囲や効果が大きく変わるのを見たことがありません。今回使われている呪文は、我々が知るものと少々違うようです」
表情を険しくするラウラをよそに、輪島は淡々と説明を続ける。
「あれがレベル10の呪文で、レベル10に到達した魔法の特性が、呪文そのものを成長させられることだとしたら」
「呪文そのものの成長ってどういう意味です?」
「あのオーロラ、どこまで拡大し続けるか予想できません」
「……例の予言が迫ってるってことか」
ラウラが真面目な顔で、とある決意を固めていた頃、
「出会って一秒で即セックス!」
「セックスしないと出られない街!」
「パコパコ帝都ツアー!」
「帝都街角ナンパ! 成功率100%!」
鮫島達はAVタイトル大喜利をして遊んでいた。
「そういや、進路希望で『AVのタイトル考える人』って書いて居残りくらってた玄間がいなくね?」
「なんか老人のセックス見てたら、小学生の時に両親のセックスみたトラウマが蘇ったとか言って向こうで吐いてるぞ」