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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
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42 聖女騎士団会議

 黒服のシスターによって囲まれた小さなテント。その奥には、小さな祭壇と持ち運び可能なミニ女神像が置かれていた。紅白の法衣に身を包む少女が、地面に膝をつき一心に祈りを捧げている。

 メナスと戸波を捕縛してから一週間。ポーネットはこうして一日中、女神ミラルベルと対話をするように自問自答を繰り返していた。


「…………ラウラさん、もうしばらく一人にしていただけますか」

「はーい」


 こっそり入り口から覗いていたラウラは、粗雑に追い払われるも何事もなかったかのようにそこから離れた。

 ラウラは迷う、悩むという行為をあまりしない。自分が失ったもの、もしくは初めから持たないものを持つ妹分が、まっとうに成長してくれるよう心配しては、たまに様子を見に来ていた。


 しかし、この日ラウラがポーネットを訪ねた理由はまた別にある。ポーネットが今日も一日祈りの場から離れないか確認するためだ。

 帝国兵も聖騎士も恐れて近づかない、陣内でもひとつだけ孤立したテントに入っていく。中には、輪島と青木、そして鮫島が魔の森から帰還途中で回収してきた提橋と金剛寺、玄間がラウラを待っていた。



「さて、メンバーが揃ったので、これより聖女騎士団会議を開催します!」

「うぇーいっ」


 輪島と鮫島が宣言に合わせてパチパチと手を鳴らす。……対して、残りのメンバーは表情が硬い。特に金剛寺、玄間、青木の三人。ラウラが議題を出す前に、青木が恐る恐る手を上げる。


「幽村なら正式メンバーに入れていないので、バンデーン司教の所ですよ」

「じゃなくて……」

「サメがわたしの元の姿に化けてる件なら、影武者をやってもらってるからですけど?」

「その事でもなくてぇ……なんで、オレまで正座させられてんでしょうか」


 テントの中には、しっかりと人数分、折り畳み式の腰掛けが七つ並んでいる――だというのに、青木、金剛寺、玄間の三人は着席を許されず地面に正座させられていた。


 金剛寺と玄間が正座させられている理由は簡単だ。

 ラウラは油小路がいたら逃げていいと言ったが、それは油小路との戦闘から逃げていいという意味である。金剛寺達は聖地で犯した罪、教会の破壊活動を赦されていない。聖女の協力をしている間、一時的に奉仕活動から解放されているのだ。無断でラウラの管理外にまで逃げれば、ラウラにとっても責任問題になる。


 しかし、青木は違う。多少遅刻こそしたが、ラウラの窮地に駆けつけて手助けもした。帝国民からは少し恐れられているものの、この一週間、青木達に感謝を伝えにくる者も絶えなかった。求められた仕事はしたはずだ、と思っている。



「青木くぅーん、きみがわたしを欺けるほどの役者だとは気づきませんでしたよ」

「な、なんのことでしょう……」

「冷却魔法かぁ、そうだよねぇ、見方を変えれば感情を殺す魔法だもんねぇ。演技くらいお手の物ですよねぇ」


 青木がラウラから視線を逸らして鮫島を睨む。


「サメは油小路を逃がすためにすぐあの場を離れたから仕方ない。でも、青木はわたしに話す時間があったはずですよねぇ」


 ラウラが責めているのは、青木が戸波の魔法を知っていて黙っていた事だ。

 そして、戸波がいきなり不意打ちで襲ってくるような馬鹿なマネをしなければ、青木はこっそりラウラの正体を教えて戸波を逃がす心算だった。



 ライガル湖で戸波の魔法を鮫島に話した際、青木はある予想を聞かされていた。ラウラならば戸波を――ママ魔法というふざけた魔法の持ち主を必ず消そうとすると。


 ママ魔法は、女性の母性を肥大させ、自分に対して抑えきれないほど強烈な庇護欲を掻き立てる。それこそ、どんなお願いでも聞かせてしまうほどに。

 転移者である元2-Aは全員男であるため、戸波を直接危険視しないだろう。しかし、反転魔法で少女になっているラウラだけは戸波を無視できない。

 魔法はレベルや使用者との相性によって強さも変わるが、魔法同士の相性というものも存在する。相反する呪文がぶつかった場合どうなるか。女性のみに限定した魔法による精神干渉は、ラウラの反転魔法で防げないほど強力な効果を発揮する可能性があった。


「ラウラ様もダチだけど、向こうのが付き合い長いし戸波は見捨てられねーよ」

「向こうは青木よりメナスを優先させてましたけどね」

「うぐっ……」


 ハァ、とラウラが溜め息を挟む。

 尋問した結果、戸波はメナスの他にも幾人もの女性に魔法をかけて操ってきたと白状している。

 なんの好意も持ってない女性を性欲のはけ口にしてきた。旅の途中、路銀が尽きれば金を差し出させた。金を持っていなければ体を売らせた。ママ魔法の影響で年若い生娘などには興味を持たなかったようだが、子供を持つ人妻にも手をだし、時には家庭を崩壊させて楽しんでいたらしい。


 魔法の侵食に抗おうとして娼婦を殺していた中馬や、油小路を操って戦場で兵士を虐殺した高見と比べれば、ちんけな犯罪かもしれない。しかし、他人の心を踏みにじって遊ぶ悪辣さは、確実にラウラの定めたレッドラインを越えている。


「実態は青木君が考えていたより遥かにゴミでしたな」

「本当に友達だったん?」

「拙僧もヤリチンと強姦魔は問答無用で死刑にしてよいと思う」

「貴志も犯罪者予備軍を日本へ連れ帰れとは言わないだろーしな」


 輪島に賛同する形で、鮫島、金剛寺、玄間と続く。



「待ってくれ! ラウラ様、オレからも頼む。戸波の魔法ならカロリーナを治療できるんだ。あいつに償う機会をやれないか!」


 他のメンバーの意見を割って提橋が頭を下げた。

 提橋の目的は異世界で結婚した女性、カロリーナが抱える不妊症の治療である。純粋な治癒魔法が見つからない現状では、カロリーナを治せる可能性は戸波のママ魔法しかない。


「番長、いやラウラ様……見かけに反して昔より厳しくなってない?」

「当たり前です、青木。ここは日本じゃないんですよ。それと提橋、おまえの嫁が戸波の餌食になっていたら同じ事を言えましたか」


 想像して、提橋は歯を食いしばった。

 ラウラと戦って以降、使用を控えていた悪食魔法が心の中で暴れる。もしも自分の女が被害に遭っていたら、提橋は欲望に従い戸波を食い殺すだろう。


「ああ、戸波はクズだよ。んな事わかってる。でも誰かの復讐なんてどうでもいい! オレはカロリーナを救って欲しい! 他のことなんてどうでもいいんだよ! だから別の形で罰を与えたっていいだろ!」

「そりゃあ提橋からしたらそれが正論ってのもわかるけど……」

「じゃあ!?」


 ラウラが考えるそぶりを見せると、青木と提橋が期待に顔を輝かせた。

 再度全員で相談した結果――戸波は戒座の男性神官の管理下に置き、不要な女性との接触は一切禁止。神聖ミラルベル教国でママ魔法を使い、女性の病気を癒す奉仕活動に従事させるようにラウラが具申する方針で決定した。


「でも転移者案件の最終判断は教皇と精霊達にありますからね。教国がどうするかはわかりませんよ」


 青木と提橋はしぶしぶ頷く。

 突発的な戦闘によってやむを得ず殺してしまった――という体なら、ラウラの独断で秘密裏に戸波を闇へ葬れる。だがそれも帝国にいる間の話だ。教国まで案件を持ち帰れば、決定権は聖女より上の者達へ移る。



「魔法で奉仕活動かぁ……ママ魔法に呑まれた場合、戸波はどうなんのかね」


 ママ魔法の危険性がいまいち想像できなかったらしく、玄間はその行く末を心配していた。


「マザコンが悪化するだけでしょ。その内、『一人じゃおしっこできなーい』とか『ママのおっぱい飲みたいばぶー』とか『おちんちんたかいたかいしてー』とか、言い出すんじゃないですか」

「それ面倒みるミラルベル教の人が一番かわいそうじゃね?」

「では、戸波の管理をメナスへの罰にしましょうか、お互いに人質にする感じで」

「つーかラウラ様……マザコンと赤ちゃんプレイは別モンやで」

「え、違うの? じゃあマザコンってなに?」

「そんな哲学的な質問されても知らんけど。オレ性癖はノーマルやし」

「バイはノーマルでよいのか」

「おうこら童貞ハゲ、ヤんならいつでも相手なんぞ」

「はいはいケンカすんなー、二次元もケツ穴もどっちもノーマルじゃないからね」


 金剛寺と鮫島、ついでに玄間も反射的にラウラを睨む。しかし、三人ともラウラと輪島の顔を交互に見てから、舌打ちをするだけで言い争いを避けた。

 数日前に酒場で輪島が呈した疑問が頭にひっかかる。


『ラウラは今どの程度、反転魔法の影響を受けているのか』


 異世界で再会してからのラウラは、常にタイプの違う美少女を侍らせていた。更には、自身も美少女になるという意味不明な事態。しかも美少女達と身近に接していながら、一切“性”を感じさせない。近頃ではポーネットにハグをされても抵抗すらせず、悟りを開いたお地蔵様のような顔をしている。

 もはやラウラの精神は性別を、二次元オタク鮫島バイセクシャルをも超越した別の変態なにかに変わっている。下手に突っ込むととんでもない爆弾が出てくるかもしれないという恐怖があった。



「なんでしょう、私の言葉があらぬ方向へ誤解を生んだ気がする……」

「今度は輪島が何かやらかしたんですか、勘弁してくださいよ」

「いえ、私は悪くないですよ。言葉の通じないバカが悪いのです。おっとそうだ、エピクロス殿下とメナス殿の処遇についてはどういう要求をしたのですか」


 ラウラと同じく性欲を持っているのかいないのか謎な男、輪島が興味のない議論から話題を変えた。


「べつになにもしてませんけど」

「へ? 何も?」


 想定していなかった答えに、オウム返しで聞き返す。

 継承権争いは第一皇子デモクリスの勝利で確定しているようなものだ。そして、エピクロスはルパ帝国の第二皇子であり、メナスは皇帝の客人にして先帝の婚約者だった女。この二人の不祥事を握りながら何もデモクリスに要求していないとは、ラウラらしくない。


「ここに来て計画変更……ということは、デモクリス殿下も切り捨てるおつもりですか」

「ふふふ、輪島は話が早くて助かります」


 薄気味悪い笑い声が響く。

 他のメンバーは身体を寄せて震え上がった。


「お前ら何するつもりだよ……」

「もちろん、このルパ帝国を乗っ取るんですよ」


 輪島が眼鏡の位置を直しながら答える。


「元々このルパ帝国は御影一派が狙っていました。藤沼君達を排除するだけでなく、我々の意のままに操れるようになれば、より彼らの計画の妨害に繋がるんですよ。幸い、ラウラ様の手元にポーネット殿という現皇帝の妹が転がり込んできましたしね」

「アアッ! それであの美魔女に睨まれてたのか――」


 青木が腑に落ちたと頷く。

 メナスがラウラを過剰なほど敵対視していた理由。ポーネットへ向けられていたラウラらしからぬ優しさ――全ては、皇位継承権を持つポーネットを自分に心酔させ、思い通りに操るためだ。

 デモクリスとエピクロスを取り除けば、他の皇子はまだ幼すぎる。更に、皇子達のクーデターに便乗して皇帝ヌルンクスまでも排除できれば、一気に皇帝の地位に就ける。ラウラによる傀儡政権の誕生だ。



「なんです、わたしを悪党みたいに。ポーさんを利用する気はありませんよ」

「あっれぇー?」

「青木だっせ、自信満々で外してやんの」

「分数の足し算もできない男は一味チゲーわ」

「よくそれでホテル経営とかやってられるな」

「ぶ、分数くらいできますー! それに従業員が優秀だから分数なんて必要ないんですー!」

「……あの、私もそのつもりだと考えていたのですが、違うのですか」


 予想を外した青木叩きの中、輪島も不思議そうに首を捻る。


「もっと良い案があるんですよ。今はデモクリスがわたしの出方を窺って思考を鈍らせてくれればそれでいいです」

「うわっ、めっちゃ悪い顔してるー」

「む、待て。誰か来る」


 会議を中断するように、金剛寺が人差し指を口の前で立てた。テントに近づいてくる足音に気づいたようだ。



 魔法や転移者の話題を出さないように談笑に切り替えて訪問者を待つ。ひどく慌てた声でポーネットが入室の許可を求めてきた。


「あら、もういいんですかポーさん」

「そんなことより、みなさんっ、外っ、外を見てくださいな!」


 だるそうに腰を上げる面々をポーネットが急かす。

 テントの外に広がっていた光景に、全員「おおっ」と驚きの声を上げた。


 皇子連合軍のキャンプから少し離れた目的地、帝都の空にカーテンが掛かっていた。空が濃い紫色に染まり、淫靡な色のオーロラが揺らめいている。そしてオーロラからは、これまた毒々しい色の光が地上へ降り注いでいた。


「帝国の危機は終わっていなかったのか……」

「ああ、女神よ。貴女は我々にまだ試練を与えるのですか」


 帝国兵に聖職者、街道を埋め尽くしていた帝都から脱出した市民が、オーロラへ向けて祈るように膝をついている。

 昼の青空が不気味な夜に変わる怪現象。北の大地にあっても、ピンク色のオーロラなど誰も見た事がない。異世界の人間にとっては、天変地異や神の怒りを疑って然るべき異常事態だろう。しかし、


「なんか帝都が田舎のラブホ街みたいになってんぞ」

「それな!」


 ラウラ達の目には、見慣れたネオンの光の様にしか映っていなかった。


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