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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
112/119

41 なかまのまほう

「残りは消化試合だと思ってたのに……まさかあんな戦いの後でこんなしょぼい殴り合いをするハメになるなんて予想外……」


 ラウラと青木の前では、幽村による決闘が繰り広げられていた。

 ケンカの技術では戸波が上。腕力と体力では幽村が上。

 序盤こそ戸波が押しているように見えたが、殴られることを前提に攻撃を受けては確実に反撃を当てる幽村が押し返している。

 プロレスを思わせる非効率な戦い方にラウラは少し呆れ顔だ。それが幽村の抱く多々良双一のイメージを元にしている戦い方だとは想像もしていない。


「ところで今の戸波を見てると……魔法の影響受けてからの方がまともな人間になってるっぽいし、このまま魔法に呑まれて適度に自我を磨り減らせるくらいがちょうどいいんじゃないかって思うんですけど、友人の青木的にはどう思います?」

「答えにくい質問やめてー」

「ですが、幽村君の肉体言語せっとくで戸波君が魔法の影響を克服したら、聖女様は彼を消すつもりでしょう?」


 輪島の指摘を聞いて青木が固まる。

 ラウラの無言が質問の答えを物語っていた。


「な、なんで。そりゃ戸波はクズだしスケベだし貸した物返さないし、自分らしく生きたらタダ迷惑なだけのヤツだけど、殺さなきゃいけないような悪人じゃないぜ。中学ン時に部活の悪い先輩に誘われて、集団万引きでパクられて、大好きだった陸上もできなくなって……そこからグレちまっただけなんだよ」

「つまり、敢えて生かしておく価値もない社会のゴミですな」

「博士は黙ってて!」

「青木……わたしだって、本当は誰にも死んでほしくないんですよ、だけど…………戸波の魔法わかっちゃったっていうか、あの魔法ピンポイントでわたしに刺さる可能性あるし……」


 ラウラの首の動きにあわせて、輪島と青木も激しく打ち合うポーネットとメナスの戦闘へ興味を移す。

 皇子からの情報や戸波の発言により、メナスの聖遺物は心を読むものだと判明している。抱いている感情をなんとなく察するだけなのか、考えている思考を読むものなのか、相手の深層意識まで理解できるのか、その力の多寡は定かではない。しかし、身体能力が上がるタイプの聖遺物ではないとはっきり否定できる。


 メナスの怪力が聖遺物に由来するものでないならば、その力の出所はどこか。考えられる先はひとつ、戸波の魔法しかない。

 そして、女性の身体や心を癒し、女性を強くする。魔法の使用者自身も、魔法を使用した相手に依存してしまう。そんな魔法を生み出しそうな願いにも、心当たりはひとつだけだった。



「おーい戸波!」

「タイマン中に話しかけんなクソチビッ」

「大事な話ぃー! おまえの魔法名……マザコン魔法だろー!」

「マザコンじゃねえママ魔法だ――ぐげ! テメ、今殴るのは反則だろうがッ」


 ラウラのカマかけに反応したところを幽村のこぶしが捉えた。戸波の膝が折れる。


「母は強し……なるほど、中馬君の……彼の願いは蘇生魔法になっていると考えていましたが、そうなりましたか」


 今ではラウラによる愛憎反転の呪文で廃人になった元クラスメイト・中馬矩継。彼は亡くなった母親を神器で取り戻そうとしていた。

 藤沼が色欲魔法を持っていると自白した今、女性を操れるような可能性を持つ魔法、その基となるほど強い願いはかなり限られる。ラウラが無意識に戸波を警戒し続けた理由だ。


「たぶん蘇生魔法は存在しないから、“ママに甘えたい”って願いが繰り上がったんじゃないですかね」

「ほう? 蘇生魔法が存在しないとはどういう根拠で?」

「ちょ待って! それってラウラ様が女だからっ、魔法でママにされるのが嫌だとか自分の都合で戸波を排除しようとしてるだけじゃん!」

「なら聞くが……おまえは母性に目覚めたわたしを見たいのか?」


 青木の叫びに、ラウラは一度も出したことのない恐ろしい声で返した。

 既にその表情が語っている。ママ魔法というラウラを簡単に葬れる可能性を残すか、戸波クズの命を残すか、優先すべきはどちらかを。


 幽村に殴り敗けた戸波が仰向けに倒れる。ラウラは幽村の隣まで歩いて行き、折りたたみナイフを開いて渡した。


「これでひと思いに……戸波を楽にしてやってください」


 幽村はナイフを受け取り、無言でポケットにしまう。


「殺れよ!」

「やらねーってバカか!」

「じゃあナイフ返しなさいよ!」

「これオレのだろ、お前がオレからパクったヤツ! それより向こうなんとかしろ」


 少し離れた場所では、まだポーネットとメナスが戦っている。二人の振り回す武器が突風を起こし頬を叩く。まるで重機が暴走しているような凶悪な殴打の応酬。普通の人間など巻き込まれたら、かすっただけで死に繋がる。しかも、


「ラウラ様、あの美魔女にずっとロックオンされてるけどマジで何したん?」

「さあ……」


 猛攻を凌ぎながらも、メナスは時折ラウラの方へ殺意を向けていた。近づけば、自分がポーネットの攻撃を喰らいながらでも、相打ち覚悟でラウラを狙ってきそうな気配がある。


「へへへ、メナスは聖遺物で人の心を視るからな。アンタの心が真っ黒に穢れてるって見抜いたんだよ」

「真っ黒……そうか、メナスには反転の力が見えているのですね」


 言い訳してみるも、周囲の鋭い視線からは疑問の声が聞こえてくるようだった。


「オイまっくろくろすけ、世界平和が目標とか言ってたよな。ありゃウソか」

「いやほら、わたしが目指す世界平和って、要はわたしの独善によってわたしの考える平和を強引に押しつけるのと同義ですから、視点を変えれば世界征服と変わらないってゆーか、現行の特権階級からしたら、わたしが敵に見えるんじゃないですかね」

「世界平和と世界征服は同じ、か……深ェな」

「ちょろ」

「あ? なんか言ったか」


 知ったかで答えた幽村が隣に立つラウラを確認する。大男だった昔と違って身長140cmの少女を見下ろしても頭しか見えず表情までは窺えない。


「まあともかく……お前の妹分だろ、様子見してねーで止めてやれって」

「さすがに今の体調だと万が一が起こるかも……幽村の魔法であの人達、拘束してくれません? ホントは一回分くらい神気残してるんでしょ」

「あれぐらいでビビるようなタマかよ、早く行け」

「……仕方ない、覚悟を決めますか」


 立って歩くのにも無理をしているラウラだが、挑発されれば受けないわけにはいかない。応急処置の範囲とはいえ、骨は繋がっているし、傷口は塞がれた。あとは痛みを我慢するだけだ。ポーネットとメナスの戦場へ向けて歩きだす。






「お願いポーネット! 私を信じてっ、私はもうあなたを見捨てたりしない! 私が、私があなたを騙そうとする悪者から守るから!」

「今更どの口でッ! わたくしは、一人で生きていける! あなたなんていなくたって! あなたが本当に守るべきは、あの子達だったのに!!」


 ラウラは怒鳴り合いながらも殴打を続けるポーネットの背後に忍び寄る。

 メナスの死角。ポーネットの意識の外。ふたつが重なった瞬間――ポーネットに後ろに跳び込み、膝カックンを仕掛けた。ポーネットが小さな悲鳴を上げて尻餅をつく。ラウラはその隙に聖杖まで奪ってみせた。しかし、後ろで様子を見守っていた集団からはブーイングが飛んでくる。


「こんな時くらいまじめにやれ!」

「だまれド素人め! 膝カックンは合気道の基礎が全部詰まってるれっきとした技なんだぞ!」


 実際、ラウラとポーネット達との力の差を考えれば、他に安全かつ有効な技は多くなかった。関節の構造、筋肉のつき方、意識の方向と間隙……合気道に必要な要訣は多々あるとしても、かけ離れた力を持つ存在に効く技は少ない。

 ベクトルの大きさで考えれば解る。本気で聖遺物の力を引き出したポーネットは、ラウラが全体重をかけても小指の関節すら取れないような相手だ。正面から側面にかけての攻撃で干渉しようとしても効果は望めない。相手の攻撃と同じ方向に力をかけて合力を増やし、その巨大な力を空回りさせる方法が最も有効な手段だった。


「ラウラさんっ! 邪魔をしないでっ!」

「まあまあ、もう答えは出てるじゃないですか」

「そう、やって……ふざけて……私の娘を利用させるかああああああぁ! 私の娘から離れろおおおおお!!」


 メナスが鉄柱を振りかぶる。自分の娘相手の時とは違い、強固な殺意を込めた一撃だ。

 しかし、ラウラには通じない。メナスにはポーネットの杖術のように、長年厳しい訓練で積み重ねた下地がない。激情に任せた一撃など容易に先を読める。

 聖杖の二蓮突きで両手の親指の爪を潰されたメナスが鉄柱を落とす。だがまだ止まらない。メナスはこぶしを握り殴りかかる。


「あなたの本気は伝わりました……けど、邪魔だ寝とけっ」


 こぶしを避けたラウラは、先程と同じ要領で背後からつんのめるメナスの顎に掌底を入れた。自身の攻撃の勢いとラウラの全体重を乗せた殴打により脳を揺らされる。


「娘を苦しめたくなかったら、わたしに任せなさい」

「う、ううっ、あなた、なんかにぃ……」


 メナスが無理に立ち上がろうとして、滑らせた足が砂煙を上げる。戸波によって呪文を重ね掛けされなければ、新たに強化や回復が与えられることはない様だ。

 やはり動くだけでもしんどかったか、ラウラも大きく息を吐いてポーネットの前に腰を下ろした。いきなり敵を奪われたポーネットは、聖杖を返してもらってもまだ混乱していた。



「ふぅ……ポーさん、これでわかりましたか」

「……なにをですの」

「最後の一撃は無理でも、武器を叩き落とすまでの技はポーさんにもできたはずです。メナスに武術の心得はない。あなたはいつでも簡単にメナスを殺せた。でもまだ生きている。それが答えですよ」


 本当はメナスを殺したくなかった。そんなこと最初からわかっていたはずだ――珍しく優しく諭すような声を出すラウラに、ポーネットは顔を赤くして聖杖を握りしめる。


「でもっ、だけどっ……あの日、あの子達の亡骸を雪の下に埋めた日……わたくしは誓ったのです。無責任にわたくし達を産んで捨てた女に、同じ苦痛を与えてやると」

「ポーさんは私怨で人を殺せるような人間じゃないですよ」

「わたくしがどういう人間だとかッ、復讐とはそういう話ではないのです!」


 ラウラの言葉を認めるわけにはいかない。聖杖を握る手を震わせる。


「復讐心ではなく、罪悪感で動いていませんか。弟と妹を守れず、自分だけ生き残ってしまったことを責めて、自分を苦しめることで贖罪にしようとしてるだけではありませんか」

「そんなことっ…………そもそもッ、あの子達が死んで、あの女だけがのうのうと生きているなど許されてよいのですか! それであの子達の魂は報われるのですか! 無念を抱えたままで、女神様の所へ行けるのですかッッ!」

「その答えは……その子達に聞かないとわかりません。しかし、その子達はもういない。だから残されたポーさんが想像するしかない。……生前、その子達はどんな子でしたか。母親について何と言っていましたか」


 ポーネットは弟と妹の言葉を思い出そうとして――返事をできなかった。

 思い出せない。亡くした弟達が、母親のことをどう言っていたか。

 それどころか、ふたりの声も思い出せなかった。


「あああぁ……わたくしは、あの子たちのことを……」


 一体いつから記憶に蓋をしていたのか、それすらも思い出せない。

 ラウラの言う通りだった。「復讐する」という結論だけを意識して生きてる間は、自分を正当化できる。罪悪感から逃げたかったのだ。

 死ぬ直前、ふたりは最後になんと言っていたか。寒いと凍えていたか。お腹が減ったと泣いていたか。姉である自分に助けを求めていたか――考えようとしても、思い出したくないという弱さが先に出てしまう。


「どうして……あの子たちの声が、聞こえない……」

「落ち着いて。人の記憶は思い出せなくなっても一生無くならないと聞いたことがあります。ポーさんがちゃんと向き合えたら、また思い出せるようになりますよ」

「そうやって逃げてはダメなのです! わたくしは、あの女のようにならない! いつだって強くて、責任から逃げない、立派な人間でなくてはいけないのです!」


 地面にへたり込んだまま怒鳴り散らすポーネットに睨まれたメナスは、申し訳なさそうに目を伏せる。しかし、ポーネットの嘆きを解消できたであろう記憶を操る魔法の持ち主は、つい先刻死んでしまった。ポーネットの問題はポーネット自身が答えを出すしかない。


「では、こうしましょう」


 立ち上がると、また体の中で傷が開き、舌に血の味が広がる。ラウラは叫びたくなるような痛みと苦しさをおくびにも出さず、ポーネットの前に立つ。


「もうしばらく悩む時間を取りましょう。そして、その理由をわたしに預けなさい」


 ぽんっ、とポーネットの頭に小さな手が置かれた。


「気づいていると思いますが、わたしは聖女なんて呼ばれている割に人を……人の善性というものを信じていません。ですが、そんなわたしから見てもポーさんは綺麗です。わたしが出会った人の中で一番心がまっすぐで純粋な人です」

「……そんな慰め、要りませんわ……わたくしこそ、憎しみを積もらせ、暴力で感情を解消しようとする……女神様に仕える巫女に相応しくない人間です。教国へ帰ったら、今の位階も返上するつもりです……」

「それは自分で自分を理解できていないだけですよ。だから……ポーネット」


 名前を呼ばれ、俯きがちにラウラを見上げる。


「答えを出せるまで、その迷いをわたしに預けなさい。わたしの信じるポーネット・グレイスでいようとしなさい。今は無理をしてでも見栄を張りなさい。その代わりに……あなたが本当の自分を見つけるまで、あなたの代わりにわたしがあなたを信じます」

「でも……わたくしに、そんな資格は……」

「いいんですよ、今はまだ理想に届かなくても。わたしが信じて隣にいる間に、ポーさんの考える立派な人になれたら、それでいいんです」

「ラウラさん……こういう時だけ、大人になるのは反則ですわよ……」


 子供に言い聞かせるようにぐりぐりと頭を撫でられる。普段ならムキになって逃げるところだが、ポーネットはされるがままラウラの手を受け入れていた。



「わた、私の、娘を、唆すなぁ……この、悪魔ぁ……トナミ様、どうか私にっ、娘を守るための御力を、お授けくださいっ」


 脳震盪の影響を残すメナスが、膝に手をつきながらどうにか立ち上がる。魔法による更なる強化を求める。しかし、戸波は幽村の後ろでうつぶせに倒れたまま青木に縛られていた。

 新たな呪文は期待できないにもかかわらず、メナスは敵意を剥き出しにして衰えない。ポーネットを説得した手前、相手から襲いかかってくるとしても反撃するわけにはいかない。ラウラはひとまず、ポーネットに決着をつけさせようと二人を向かい合わせる。


「……お母様」

「ああっ、ポーネット、私を母と」

「これが最初で最後となります。ですのでしっかりと聞いてください」


 感涙し、娘を抱きしめようとするメナスを手で制した。


「お母様、わたくしはあなたの助けを必要としていません。あなたから贈られて嬉しい物もありません。あなたの顔を見る度、あなたの声を聞く度に、わたくしの中にはよくない感情が湧き上がる。あなたを恨んで生きてきた日々が蘇る……。だから、もう二度とわたくしの人生に関わらないでください。それが、わたくしがあなたに、母親として望む唯一の願いです」

「えっ、そんなっ、待って、待ってポーネット」

「すいません、ラウラさん。ここは甘えさせていただいてよろしいですか」


 ポーネットはメナスを突き放すように一瞥もせず去っていった。

 メナスは手を伸ばすが、ポーネットの背中を掴むことはできない。迷いのない拒絶の言葉が、メナスの足をその場に縫いつけている。

 父親が誰かわからない娘を気持ち悪いと思ったことも、夜泣きする幼い娘に振るった暴力も、相手を疑わず見知らぬ男に娘を預けた浅慮も、娘を思い出さないように逃げ続けた時間も、なかったことにはできないのだ。




「人生、時には引くのも愛ですよ。あなたも悪い人じゃないみたいですし、時間が経てば話くらいできるようになるかもしれませんよ」

「お前がッ、お前のせいで……私からッ、私の娘を奪うなぁああアアアあぁ!」

「わたしが奪ったんじゃなくて、あなたが捨てたんでしょ」

「お前が帝国を乗っ取るために私の娘を――」

「ていっ」


 ラウラは叫び続けるメナスの口と頸動脈を押さえて失神させた。最後に吐いた不穏な言葉を聞いていた者がいないか周囲を見渡す。真後ろには青木が控えていた。


「…………いま、この人なにか言おうとしてなかった?」

「気のせいダヨー」

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