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オトメクオリア  作者: invitro
第二章 壊れる魔法
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06 消えた芋娘

「もうっ、どうして限界集落の芋娘が馬に乗れるんですの!」


 もぬけの殻になったベッドの隣では、ポーネットが冷たいままの毛布を握りしめていた。

 窓の外にあった足跡を追った先で町の人間から修道服を着た少女が馬を盗んだと聞き、急いで預かっている少女たちの部屋を覗いてみれば、一人足りなかったからだ。


「ナルキ村を悪く言うとリットン様に怒られますよ」

「お世辞で虚飾することを美徳とは言いませんわ。キスキル様もそう思――ひっ」


 カチカチと鎖のぶつかるような音に振り向けば、自分以上に怒りを露わにする女性。


「出し抜かれただと、この私が、小娘に……?」


 知らぬ間に会話を盗み聞きされていたことが信じられないと唇を震わせている。しかもそれが、危険な任務を行う自分達とは違う、田舎でのんびり暮らしている見習いシスターにやられたのだから疑問は余計に大きくなる。


「何者……? いやそれより何故いなくなった……実は潜伏していた賊の一味で我らの調査が及んでいると報せに行ったか、それとも危険を察知して一人で逃げたか」

「祭で見た感じ、この子達を置いて逃げるとは考えにくいですけどね」


 部屋に人が入ってきても熟睡したまま起きる様子のない双子を指して、キスキルの疑問は否定される。シェリルもマグナも置いて行かれたことなど露知らず、気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「キスキル様は子供相手に穿ちすぎですのよ?」

「ではどこへ消えた」

「手紙通りの性格なら、村に危険が迫っていると報せに行ったんじゃないですか」


 僅かながらラウラと面識のある二人の意見にキスキルは頭を悩ませる。今、優先すべき順位は何か。


「ふむ……よし、私はこの子らを連れて町を出る。お前達はラウラという娘を追え。回収した後はナルキ村の住人を外に逃がせ」

「え゛っ、私たちがソッチ!?」

「文句があるのかメイア。我々“使徒座”の任務はあくまで双子を聖都まで連れていくことだ。もし志願しておいて失敗すれば……再教育だぞ」

「あっないです、文句ないないです」


 キスキルの脅しにメイアがぶんぶんと音が出るほど高速で首を振る。


 使徒座とは、常識では考えられない出来事、中でも転移者や過去の転移者が残した神の力の一端を宿す“聖遺物”が絡んだ事件を担当する組織である。

 聖遺物を扱うには生まれ持った素質が第一だが、使徒座に入隊できるまでには文字通り血反吐が出るような厳しい訓練が施される。拷問とも言える訓練に逆戻りを意味する再教育という単語を聞いてメイアは顔を青くするしかない。


「馬車は私が使わせてもらう。お前達も遅れるな」






「鬼教官に目をつけられてるんですの? メイアといると特に厳しくされるような」

「ん~心当たりはないですけど、ダイヤの原石を見つけたら磨くんじゃなくて割ろうとする人ですからねぇ」

「……自分のことダイヤとか言う?」


 ポーネットとメイアの二人は、キスキルの命令に従いナルキ村へと急ぐ。


「メイアは危ない任務が入ると逃げようとしますけど、使徒座の巫女として自覚が足りないんじゃありませんこと?」

「だって、私たちは巫女であって戦士じゃないですよね」

「“聖遺物”に選ばれたということは精神性も含めて資質を認められたという意味なのですから、もっと自分と向き合うべきですわ」

「おっかしいなー、どこで人生踏み外したかなー、最初は婚約がイヤで家出しただけだったのになー」


 馬に乗りながらも軽い口調でおしゃべりを続ける二人。

 しかし、月明りしかない夜にしては信じられないほどの速さで駆けていた。教会の誇る駿馬でなければ一時間もせず足が潰れてしまいそうな速度。それでいて尚、先行しているはずのラウラの足跡を見逃すまいと警戒を払っている。


「にしても、あなたがキスキル様に不満を漏らすなんて珍しいですわね」


 言ったところで無駄に怒られるだけなのに、と。


「なーんかヤな感じがするんですよねぇ」

「えぇ……あなたって悪い予感だけはよく当たるから聞きたくなかった。メイアといるといつもこう」

「私もいつも言ってますけど! 勘があってもなくても起こる事は変わらないんですからね!」


 微妙に責められているような視線を受けてメイアが語気を荒くする。

 メイアの勘と苦難の関係は置いておくにしても、事実としてメイアの悪い予感は不思議なほどよく当たる。キスキルの持ってきた情報よりも賊の動きが早いかもしれないとポーネットは馬の腹を蹴った。




「ああー、やっぱり」

「私のせいじゃないですから!」


 さらに速度を上げて走ること数時間、ナルキ村の付近に着いたところで争いの気配が伝わってきた。

 静寂だった夜闇に響く金属音と怒声、太陽が顔を出すまで暗闇に包まれているはずの寒村に灯る篝火の光。異変が起きているのは明らかだった。


 ナルキ村は恐ろしい魔獣が住むと言われる魔の森のほとりにある。故に、貧しい小国の田舎村にはないような柵に囲われている。

 もっとも、魔獣と呼ばれるような大きく狂暴な獣が森の外へ出て被害を出したのは遥か昔の話で、せいぜい野犬の侵入を防げる程度の粗末なものだったが。それでも馬を使う賊の侵入は防げたようで、入り口付近で小競り合いが続いていた。


「そぉい!!」


 背後から強襲するポーネットが蒼い宝石のついた儀仗を叩きつけた。女の細腕からは想像もできない威力で賊の男三人がまとめて吹き飛ばされる。


「後ろからだとッ!?」

「抵抗は無駄ですわ! 神妙にお縄につきなさぁい!」


 突然襲いかかってきた乱入者に混乱する賊の一味とナルキ村の住人。全員が動きを止め、注目が集まったことを感じたポーネットは得意げに黄金の髪をかき上げ、儀仗をくるりと一回転させてから賊に突きつけた。


「教会がもう嗅ぎつけたか!」

「あらあら、わたくし達が誰か分かっても続けるつもりですのね」

「ったりめぇだ! テメェらにやられた仲間の仇、取らせてもらうぜ!」

「メイア、適当に転がしていくから後をお願い」

「はいはい」


 後ろに続くメイアがこれまた緊張感に欠ける声で応える。すると、馬上でも体に張りつくように張りついていたストールが細い糸へとほつれていき、まるで意思を持った蛇の姿へ変わった。

 輝く糸の体を持った蛇たちは、ポーネットに殴り飛ばれた賊の手足に絡みつき次々と拘束していく。


「うおおっ、教国の巫女様が来てくださったぞ!」


 薄暗がりの中でも目立つ純白と赤を合わせた法衣と不思議な道具を使う少女の登場に、戦っていた村人たちが沸き立つ。

 他国の争いには介入しない聖騎士団と違い、様々な事件を解決して大陸を回る使徒座の巫女たちは、吟遊詩人が英雄譚に謳う特別な存在だ。直接顔を知られていなくともその法衣がもたらす威光は大きい。


「こんな田舎でも顔を見せるだけで称賛されてしまう……流石わたくし!」


 見える範囲にいた賊を一方的に殴り倒したポーネットが、声援に応え優雅に手を振る。


「歴代の巫女様方の功績であってポーさん関係ないじゃないですかー。ところでラウラちゃんの姿が見えませんけど」

「ラウラと知り合い? 神父様のお使いでしばらく村にはいねえぞ」

「あらら、どこ行っちゃったんでしょ」

「ってそうだ、西口からも盗賊が攻めてきてんだ! 巫女様、こっちはもういいから神父様を助けてくれ!」


 村人が安堵に浮かれたのも一瞬のことだった。さして大きくもない村だ。二人はすぐに反対側まで辿り着き、同時に奇妙な違和感と悪寒に襲われる。


 助けを求められたものの、西側では戦闘が終わっているらしく騒ぎは終息していた。

 だが、リットンが村人を率いて賊を鎮圧したかと思えば様子がおかしい。村人たちはほとんど怪我を負っていない――にもかかわらず、地面にへたり込んで動かない。じっと闇の一点に視線を奪われ、体を抱えて小刻みに震えている。


「リットン様、状況の説明を!」

「メイアにポー!? なぜ来た、いやッ、逃げろ!!!」

「だからその呼び方――アッ」


 リットンの緊迫した声に反応し、前掻きをして暴れる馬から飛び降りる。

 異常事態だとしてもここまで来て逃げることはできないとリットンの横に立つ。そこでようやくリットンが暗闇で対峙している相手の全貌が見えてきた。


「どうしよう…………すごいイケメンですよポーさん!」

「賊相手に興奮しないでよ、このビッチ」


 ポーネットは、いつも男の影が絶えない相棒に嫌悪感を隠さない。


「ビッチ? ビッチって言いました? 今のは私の宗派に対する挑戦ですかー?」

「だったら何よ」

「むかちん」


 どんな恐ろしい賊かと思えば、とても綺麗な身なりをした男だ。こんな状況でも冷静そのものである態度は悪い意味で大人びているが、少しあどけなさを残した顔からして、まだ少年と呼んだ方が正しいかもしれない。


「エイジィ! よくも裏切りやがったな!」


 と、村人に紛れていた賊の一人が立ち上がった。

 叫ばれた言葉と少年に向けられる怒りから、賊が仲間割れをしていると理解し、ポーネットは警戒を上げつつ一歩下がる。


「消えろ、クズを生かす理由もないが……この村まで来れた礼だ。逃げるなら追いはしない」

「ふ、ふざッ、ふざけやがってえええええぇ!」


 相手にもされなかったことに激昂し、賊の男が少年に剣を振り下ろす。


「――、――――――――」


 しかし、凶刃が少年を切り裂くことはなかった。

 何かを呟くとその言葉に合わせて少年の手が白い光を放った。そして光る手をかざしただけで、鉄の剣が粉々に砕けたのだ。折れたのではなく文字通り刀身が完全な砂粒になってしまう。

 少年はそのまま剣に触れた手を前に突きだし切りかかった賊の顔を掴む。


「待てっ、オレが悪かった! 助け」


 武器を失った賊が命乞いをしようと。

 だが言い終わる前に、今度は賊の体が砕け散った。

 氷の彫像のように固まり、次の瞬間には赤い結晶の山となっていた。

 人を人でない“モノ”に変えてしまう悪魔の如き力を見て、暗闇から村人たちの嗚咽が聞こえてくる。


 そして、メイア達はずっと感じていた違和感の正体に気づく。

 ここにはほとんど賊の死体がない。

 代わりに今見たものと同じ物体が、赤黒い結晶の山が辺りに散乱している。


「あんな悪魔のような力が……本物、なんですのね」


 ポーネットもメイアも、驚きと恐怖に聖遺物を握る手が震えていた。


「散々悪行を働いたクズでも苦しまずに死ねるのだから、これほど慈悲深い魔法もないと思うが」


 魔人、伝承でのみ聞かされる悪しき存在。

 女神に見初められるも、過ぎた力に溺れ魔に堕ちた人間。

 いざ本物を前にすれば、それまで漲っていた闘争心が嘘のように打ち消されてしまう。いや、先程の不思議な力で鉄の剣と同じく心も砕かれてしまったのか。


「リットン様は村人を連れて逃げてください」


 それでも、とメイアとポーネットの二人はリットンの前へ出る。


「小娘を犠牲にして逃げられるものか!」

「いいからはやく! 邪魔なんですよぉ!」

「その通りッ。リットン様はわたくしにこの聖杖を譲った以上、もはや守られるべき子羊の側なのですから」


 ポーネットがかつてはリットンが持っていた聖遺物を掲げる。


「だったら今すぐ返さんか!」

「儀式なしで再譲渡とかできませんし、わがまま言わないでくださいな」

「ぬぐぐ……」


 どれだけ輝かしい武勇伝を持つ僧兵だろうと、聖遺物を持たない者では魔人の力と戦えない。孫ほどの年齢の娘に自分は足手まといの老兵だと諭され、リットンは歯噛みしながら村人と村の外へ駆けだした。


「よく逃げませんでしたわね、見直しましたわ。声が震えてますけど」

「うううるさいです! そっちこそ逃げなくていいんですか!」

「ビビって敵から逃げるなんて、わたくしの美学に反しますのよ」

「……そもそも俺は略奪や人攫いにきたわけじゃないんだが」


 いつもの慣れた口ゲンカで再度冷静さと闘争心を取り戻そうとする二人の間に、声が割って入る。


「馬に乗っていたな。外から来たということは……この村にいた余所者の女の行方を知るのはお前達ということか」

「むむっ、バレてますのね」

「いやいや、カマかけられたに決まってるじゃないですか」

「えっ……なんて卑怯な男なんですの!」

「今のはポーさんのミス……」

「ちょっと! わたくしに非があるみたいな顔しないでくださる!?」


 無表情だった少年の顔に嘲笑が混じる。おかげで、それまで口調こそ強気だったが腰の引けていたポーネットの手にようやく力が戻ってきた。


「ふっ、さっきの老人にも言ったんだが……俺はこいつらと目的が違う。知っている女なら少し話がしたいだけだ」


 足元の砂山を踏み、敵意はないとでも言いたげに両手を上げる。


「あなたみたいな殺人鬼を信じられるわけないでしょう!!」


 だがすでに少年の言葉を信用できる状況ではない。

 ある意味で賊を殺し村を救ったのは少年かもしれない。

 だとしても、賊と行動を共にしていた事実や危険な未知の魔法を前に、友好的な態度など取れるはずもなかった。もはや死体と呼んでいいのかも分からない赤い結晶の山を平然と足蹴にする姿からも少年が善良な者とは思えない。

 ポーネットは問答無用といきなり少年の胸に向けて鋭い突きを放つ。


「ウソッ、わたくしの聖杖を受け流した!?」


 少年はその恐ろしく強い力を込められた突きを触れるだけで逸らしてみせた。

 光を纏う少年の手は、標準的な体格の域を出ない。

 対してポーネットは身体能力を向上させる聖遺物を使っている。

 捕縛して話を聞くため、殺してしまわないよう無意識に手加減していたとしてもあり得ない出来事だ。ポーネットの打突は同じ種類の聖遺物を扱う人間以外に止められるほど優しいものではない。


「せいっ! このっ、どうして! 当たらないの!」


 力んでいる様子すらないのに、少年はポーネットが全力で振り回す杖を小虫を払うかの如く軽々とあしらう。


「やめろ、時間をかけたくない。お前達を拷問することもできるんだぞ」

「くっ、これは……力が打ち消されてる!?」

「ポーさん!!」


 相棒の窮地を救おうと、メイアの聖遺物が少年を襲う。

 村の入り口で賊を縛り上げた蛇とはまた違う形、ストールから解けた糸が白銀の狼となって少年に噛みつこうとして、


「そんな……わたしの聖骸布までッ!?」


 しかし、刃物より鋭い牙も爪も少年を傷つけることはできなかった。

 少年が光る手を振るっただけで、狼は消えて糸に戻ってしまったのだ。


「メイア! 続けなさい!」

「でもっ――」

「こんなふざけた魔法、ずっと使えるはずありません!」


 叫び声で放心しかけたメイアも攻撃を再開する。メイアが攻撃に加わった時、少年がわずかに嫌そうな表情を漏らしたところを見逃さなかったのだ。


 聖遺物の力を引き出しているポーネットの膂力は、手加減していても容易に相手を昏倒させるほどに強い。その強大な力をただ当てることだけに絞り、流れるような連撃へ切り替える。

 メイアも糸から創造する生物を狼から複数のネズミに作り変えて、ポーネットの攻撃を防ぐ手を妨害することに専念する。


 聖人が残した奇跡とされる聖遺物の力すら打ち消す未知の魔法であろうと、その力を発揮するのは光る両手のみ。次第に二人が追い詰めていく。増えた手数に攻撃を捌けなくなると少年がひとつ舌打ちをし、


「――――――」


 両手だけでなく今度は少年の全身が光に包まれた。

 淡く白い光に触れる。ポーネットの聖杖は柔らかい真綿で捕まれたように動きを止め、メイアの造った動物たちはまたしてもただの糸に戻されてしまう。

 両手だけでも脅威だった魔法を全身に纏えると知り、ポーネットの顔にも隠しきれない焦りが滲みはじめる。


「鬱陶しい……とはいえこんな事で高レベルの魔法を――なんだ?」


 どこからか飛んできたコブシ大の石が少年の顔に当たった。

 だが、傷をつけることなく石は砂となり地面へ落ちる。


「いきなり人の顔面に石投げるか。それも全力で」


 批難する言葉とは裏腹に嬉しそうな声色だった。同時に纏っていた光が消える。その隙に後ろへ跳び退いたポーネットが石の飛んできた後方を見れば、


「わたしの村でッ、何してんだこの野郎ォ!!!」


 途中で足跡を見失ったはずの小さなシスターが息を荒くして走ってきた。

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