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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
109/119

38 天才から見た怪物

 時を少し遡る。これは輪島達が戦場に遅刻した理由。ラウラと幽村が寂れた町の廃墟で再会し、逃亡した藤沼達を追いかけて再び戦いへと向かう間の出来事――




「ッしゃああ! 無人の酒場はっけーんんん!!」

「今夜はタダ酒ヤケ酒じゃーい! くたばれ帝国兵!!」

「ううーさぶいぃぃ……酸欠で私の貴重な脳細胞が死んでしまうぅ……」


 ライガル湖から帝国へやってきた輪島、鮫島、提橋、青木の四人組は、帝都から少し離れた町の近くに降り立った。戦火に巻き込まれる事を恐れて避難した後らしく、ほとんど人の気配もない町。そのまま逃げ込むように建物の中へと突入する。

 四人が慌てている理由は、帝都でラウラの居場所を含めて情報収集をしようとしたところ、イケメン神父に変身した鮫島が突然帝都の兵に捕縛されそうになったからだ。ラウラは以前過ごしていたはずの屋敷にはおらず、教会を訪ねただけでいきなり槍を持った帝国兵に囲まれた。次々と湧いてくる兵士を多々良双一に化け直した鮫島と提橋が殴り倒し、どうにか帝都から脱出したのだった。


「ミラルベル教の聖職者はこの世界で最強の役職ちゃうんかい! なんで襲われんねん!」

「最強かはともかく、異世界人は99%以上がミラルベル教徒……ルパ帝国でも尊重されるはずなのですがね……それよりお湯、はやくお湯をぉぉ……」

「おーい提橋、博士が冬眠しそう」

「はいはい。お留守みたいですけど厨房借りますよー」


 帝都から予定外の緊急脱出で上空用防寒具を着込む暇もなかった輪島が震えながらコーヒーを受け取る。


「なんかクーデターって話じゃん。教会関係ないよね」

「こんな早く教会が介入するとは思えないし、どうせラウラ様が個人的に帝国怒らせたんじゃねーの」

「やらかしなら今回はハゲと玄間の可能性もあるで」

「あいつらもいるのか……なんでそんなヤツら連れてったんだ」

「…………肉壁用に?」

「ひでーな」


 バカンッ。店主の留守を良い事に、青木は酒樽を氷のハンマーで叩き割っていた。ジョッキを直接樽に突っ込んでウイスキーを全員に配る。


「こんな寒いのに氷入れないでくださいよ」

「おお、すまん。冷却魔法のせいか何でも冷やすのクセになってんだよね」

「本当は青木君が一番寒さに弱いくせにぃ~」

「静岡って少しも雪降んねーの?」

「山の近くとか伊豆以外だとないんじゃね。オレが生まれてから数えても5ミリ以上雪積もったの二、三回だと思うぜ」

「南国かよ。単位がミリとか積もったって言わねーし、本気でうらやましいわ」

「提橋は……そやったな、どさんこマンホールチルドレンの一員やったもんな」

「なにそのアイドルグループみたいの」


 マンホールチルドレン。それはストリートチルドレンの進化系。

 帰る家もなく路上生活をする少年少女だが、冬季になると路上で眠るだけでも凍死してしまうため、どこかへ避難しなくてはいけない。頼れる大人はおらず、公共の施設からは追い出される。そんな彼らが最後に辿り着く場所が、違法風俗か少年院かマンホールの下、下水道だ。

 マンホールの下は空気の流れが少なく、肌を裂くような寒風も入ってこない。雪で濡れることもない。不衛生で鼻が曲がりそうな汚臭にまみれたとしても、寒さだけはどうにか防げるのだ。ぎりぎり死なない程度に。


「マジに日本の話? ロシアとかアメリカの話じゃなくて?」

「せやで。だから青木も博士も、提橋は火炎魔法なんて厄介なもん生み出した張本人だとしても、こいつを責めたらあかんぞ。提橋より悲惨な人生送ってきたヤツしか石を投げたらあかん」

「ウソつくな! 北海道にマンホールチルドレンなんていねぇよ!」

「……? でもラウラ様からそう聞いたで」

「元凶はあいつか!? 勝手にオレの人生をみじめに脚色するな」

「しかし、心配ですな」


 輪島は受け取ったグラスから氷を抜くと、熱々のホットコーヒーにウイスキーを混ぜて飲みはじめる。ロックで飲むことを拒否をした輪島だが、他のメンバーからすればコーヒーとウイスキーを1:1で割る輪島の方が異常だ。


「この歳でカフェインとアルコール中、同時発症してたら将来心配になるわな」

「断酒したくなったらラウラ様の魔法で好悪反転してもらえばええやん」

「……そんな呪文持ってた?」

「あれ、ない?」

「心配なのは、その反転魔法も含めてですよ」


 中毒の件は否定せず、輪島はホットコーヒーで身体を温めながら胸中の不安を漏らした。


「みなさんは……多々良双一という男の異常性をどこまで理解しておりますか」

「先生ー! ラウラ様は男じゃなくて女の子でーす!」

「鮫島君、どうでもいい指摘は控えるように」

「つーか番長が女になってるってマジ? 何べん聞いても想像できない」

「ちゃんとおっぱいもあるで。でも3秒以上見ると目潰しされるから気ぃつけや」

「ケチくせーな、おっぱいくらい揉ませてくれてもいいのに」

「青木は女になったらおっぱい揉ませろ言ってくる友人をどう思うよ」

「その場で縁切るに決まってんだろ、気持ち悪い」

「こいつ……」


 四人とも酒のペースが速いため話がすぐに脱線する。

 悪名高い不良高校の生活で暴力にはそこそこ慣れていると自覚していたが、いきなり刃物を振り回す軍人に追いかけられて平気でいられるほど全員図太い神経はしていなかった。酔うことで恐怖を誤魔化している。


「そんで何の話だっけ」

「いえね、ひとつは、みなさん彼の目的をどう考えているのかなと気になりまして」

「オレまだ詳しいとこまで聞いてない」

「青木君、どう予想しているのかなぁという意味で私達も正確には知りませんよ」

「知らんで協力してんのかーい! って俺も知らんかったわー!」


 酔っぱらった鮫島が強めにツッコミを入れると輪島のコーヒーがこぼれた。厨房を勝手に使い、ツマミを作っていた提橋から台拭きが飛んでくる。


「私と鮫島君が聞いている話からすると、富の再分配、権力の再分配、生物の壁である遺伝的素質の撤廃……現存の社会構造を破壊して、人間の生物としての性質も作り変えて、誰にとっても平等な世に再構成する。世界革命といったところでしょうか」

「オレに話した時も計画の第一段階はグレートリセットとか言ってたな」

「……それ何用語?」

「経済用語……だったかな?」


 と、提橋が青木の質問に答えるがこちらも疑問形である。

 どちらも底辺高校の男子高校生だ。ニュース番組など真面目に見ない。彼らの記憶に残っている元の世界の出来事は、国の政経や国際情勢ではなく好きなアイドルのスキャンダルくらいだろう。


「あーでも、神様がいるなら横っ面に一発かましてやるとか言ってたかも。天使もいつか絶対にしばくって言ってた」

「だはははっ、そっちはすげー番長っぽい」

「神ですか……やはりまだ隠している狙いがありそうですな……」


 鮫島と青木は、グレイビーソースをたっぷりかけた謎肉のハンバーグもどきに舌鼓を打ちながら盛り上がっている。しかし、輪島は提橋とラウラの会話から知らない情報が出てきたせいでグラスの減りが止まった。


「私の予想は、多々良君が叶えようとしている目標の通過点にすぎない気がしてならないのです。その後にとんでもない事が待ち受けているような……」

「聞いた範囲でも今ある国とか組織とか全部潰れそうだけど、それより?」

「たぶん……まあ、どんな過程でも私の願いが叶うなら、そこはどうでもいいのですが」

「いいんかーい!」


 再び鮫島のツッコミでコーヒーと酒が床にこぼれた。

 店の人間がいないせいでやりたい放題だ。


「テロリズムすらどうでもいいと言う博士は何が不安なわけ? 双一さんの異常性ってなに?」

「……多々良君の能力の高さです」

「そりゃ単にあの人は努力の鬼っつうか自己実現欲求の鬼ですし」

「努力より遺伝子の差だって。ばあさんがブラジル出身のアマゾネスなんだろ」

「ババゾネスはラウラ様にボコられた三年が腹いせに広めたデマだ」

「アマゾネスとアマゾン熱帯雨林は無関係ですしねぇ」

「え、アマゾネスってアマゾンに住んでる民族なんじゃないの?」

「元ネタはギリシャ神話だからモデルがいたとしても南米じゃなくてヨーロッパかせいぜい北アフリカ……ってみなさん脱線してますよ。身体能力でなく頭の方です」

「あー……あたま?」


 四人の手が同時に止まった。

 多々良双一は参考書を読みながら筋トレをする男だった。しかし、トレーニングや格闘技の話と違い、多々良双一のガリ勉の部分は不良学生にとって取っつきにくい話題だった。絡むと「お前も勉強しろ」と言われるからだ。つまるところ、ほとんどのクラスメイトが双一の頭の良さを知らない。


「ラウラ様てそんな頭イイのか」

「高校に入ったばかりの頃は……上の下くらいでしたかな。しかし、現在では私でも考えつかないようなことを閃いたりします。その理由が恐ろしいのですよ」

「理由もなにも努力しただけだろ」

「いえ、問題はその努力を形にしてしまう稀有な才能……他人の思考や感性を盗んで学習してしまうことなのです」

「スピリチュアルな話かな。博士がオカルトを語るとは珍しい」

「正しくは、的確な心理分析能力と意図した忘却能力でしょうか」


 自由都市同盟シルブロンドで手を組むようになってから、輪島は人間観察が苦手なりにラウラをずっと考察していた。そしていくつか不可解な点に仮説を立てていた。


「多々良君の思考方法は元々単純短気短絡、なんでも殴って解決なパワー系」

「すげーバカにするじゃん」

「事実でしょう?」


 輪島は、記憶にある多々良双一の入学直後、二年へ進級した頃、異世界転移前、異世界で再会してからで、その能力を比較する。

 多々良双一は初めて会った時と比べて、明らかに知能の基礎部分が向上している。それも二年に進級してからの伸びが異常だった。発言や行動などから、その原因は、貴志瑛士や輪島秤平から考え方そのものを部分的にコピーしていると推測できた。


 そんな事が可能なのかと聞かれれば、ある程度は誰でも可能だ。

 それ自体は誰もが自然にしている行為なのだから。


 ひと昔前、知能を測るIQテストというものが流行った。

 しかしすぐに廃れてしまった。

 意味をなさないからだ。

 小さな子供がやる分には、それなりに正しく知能指数を調べられるだろう。だが、大人は様々な考え方を知識として学習してしまっている。だから本来自分の頭で解く事ができないはずの問題でも、適切な解法が記憶にあれば正解を出せてしまう。これでは本当の意味で考える力を測れていない。それでは意味がないと判断されたのだ。


 そう、誰もが他人から得た知性や感性を自分の記憶として蓄積している。無意識に影響を受けている。


 人間の感情分析が苦手であり、したくもないと考える輪島だが、他人のことなら自己分析よりは得意だ。人格とは“何”から“何”を連想するかのパターンであり、他人の人格を深く分析すれば多々良双一と同じ事ができる――と思いきや、そう上手くはいかない。なぜなら、


「私でも貴志君でも彼のマネはできない。君達のようなバカと長く会話をすると私ほどの天才でも頭が悪くなってしまう。「毒される」なんて言いますが、実際にバカを知るだけで思考の合理性が下がってしまう。バカの言葉はバカを感染させる毒。そして頭の悪さと同じく心の弱さも知識から感染する。他人から良い影響だけを選択して受ける事はできないのです――と多々良君の受け売りも入ってますが」

「つーか、さりげなくディスりの矛先をこっち向けんな」

「事実でしょう?」

「それ強すぎるから今から禁止ワードな」

「バカ差別だ。お前には友達を思い遣る心がねぇのか、このアスペ野郎」

「やれやれこれだ。天才を見るとやたらとアスペルガー扱いしようとする人がいますが、それは映画やドラマの見すぎ、間違いです。我々に何かが劣るということはない。我々天才はバカが移るという正当な理由に基き、君達を理解も配慮もしないのです」

「……天才ってのはクソ野郎ばっかりか?」


 人は他人を深く知ろうとすれば、それだけで余計な影響まで受けてしまう。自分の持つ強固な価値観、思考方法と他人のそれとが競合しノイズとなる。

 他人の賢い部分・心の強い部分だけを抽出して、自分の知性や精神に組み込む。自分の劣る部分を捨てて得た物と置換する。賢く、強く、アップデートし続ける――そんなコンピュータープログラムのように都合の良い方法は、生きた人間に出来るはずがないのだ。


 天才を自称する輪島をして理解できない。

 他人を深く理解した上で、他人の大事な物でも用がなければ無駄と切り捨てる。その後一度も思い出すことなく完全に忘れることで思考にノイズを残さない。それが可能だとすれば、所謂サイコパスだろう。自我の強さだけでは不可能だ。共感能力の欠如した人間にしかできない。だが高い共感能力なくして他人の理解はできないことも事実だ。


 しかし、多々良双一は両立できないはずのそれを実行できているとしか思えなかった。



「特殊な場合を除けば他の神経細胞を掴むための軸索は一細胞につき一本。シナプスは一度結合したら変えられない。彼の脳はどういう構造なのだろう。人間離れした精神の奇形。精神的キメラ……顕微鏡や電極を刺して動的な変化を観察するより、脳を採取して吸光度計とクロマトグラフで細胞の分子構造から解析しないと……」

「なにぶつぶつ言ってんだ」

「番長より博士の方がやべぇと思うのは俺だけですかね」

「ですが、彼を理解しないと我々は反転魔法の恐怖から解放されませんよ」

「あ? オレらも関係ある話だったの?」


 多々良双一の能力や人間性など輪島にとってはどうでもいい。

 それでも気にしなければならないのは、多々良双一のミスによって“報いの教会計画”が途中で失敗する可能性があるからだ。

 常識を超えた強靭かつ理解できない異常なメンタルのせいで、今の多々良双一がどれだけ反転魔法の影響を受けているのか輪島でも予測できない。


「反転魔法は今を否定する力。精神を侵食する力は破壊魔法と同じくらい強いはず」


 輪島は想像していた。仮に自分が破壊魔法か反転魔法を得ていたら、一ヵ月と持たず精神に異常をきたしていたと。


「反転魔法は常に真逆を求める。言い換えれば、今の自分を否定し続ける。どれだけ努力したとしても、何を成し遂げたとしても、何もしなくとも……。そんな影響を受けながら、人は正気でいられるものでしょうか」

「え、いやでも、番長なら……」


 心配ない、と答えたかったが、それは鮫島にも青木にも提橋にもできなかった。

 異世界で魔法を得てから、心の中には悪魔が住み着いている。欲望を叶えろと囁く悪魔だ。その声は魔法を使うほど大きくなる。魔法のレベルが上がるほど大きくなる。悪魔の声に従うことは快楽だ。冷静な時でもその誘惑に流されてしまいたいという気持ちが僅かに疼いている。

 輪島は更に、その悪魔の声の強さが、魔法によって違うと主張する。


「貴志はレベル9でも自分を保ってたって話やん。まだ余裕あるやろ」

「私は……実は多々良君もレベル9には到達しているのではないかと疑っています」

「追っかけリーチ!?」

「我の強さならラウラ様は貴志よりだいぶ上だと思うけどなぁ」

「そう、多々良君は心も強い。そして意外なことに、傍若無人に見えて誠実な面もある。……ですがどれだけ信頼しようとも、彼が暴走したら恐らく世界が終わるという可能性は消せない」

「世界て、スケールでかすぎ、話盛ってるだろ」

「……多々良君はミラルベル教の聖女ですよ。この世界で最大のマナの流れ、即ち女神ミラルベルへ還元されるはずの信仰マナの一部を横取りしている状態です。であれば、保有している神気の量は我々と桁が違うはず。男から女になった経緯からも、反転魔法は精神干渉だけでなく概念の具現化も可能だと判明している。最終的にどこまでの事をやれるのか……」


 顔を青くさせた輪島が不安を消そうと酒を呷る。しかし、他のメンバーは話が大きくなりすぎて逆に想像の範疇から外れたせいかどうでもよくなってきていた。こちらも別の意味で酒が進む。


 話題を変え、テンションの下がった輪島に強引に酒を飲ませていると、誰も帰ってこないはずの酒場の入り口が開いた。



「ッしゃああ! 無人の酒場はっけーんんん!!」

「今夜はタダ酒ヤケ酒じゃーい! くたばれパワハラ聖女め!!」


 四人が入ってきた時と同じノリだった。

 扉を開けた見覚えのある二人組と目が合うと互いに嫌そうな表情を浮かべた。


「童貞オタコンビ、なんでここに!?」

「キサマッ、ヤリチンゲス野郎鮫島!?」

「ア゙? もっぺん言ってみろやハゲ」

「なんだ、性病で耳が遠くなったのか、変態プレイもほどほどにしておくのだな」


 鮫島と金剛寺から驚きの声が同時に上がる。お互い呼び方が気に食わなかったようでこめかみに青筋が浮かんだ――というより鮫島と金剛寺達は異世界に来る以前から仲が悪い。『セックス イズ ライフ』をモットーにし、童貞=人生の九割を無駄にしていると考える鮫島と二次元に生きる金剛寺達はまさに水と油だった。

 さらに、金剛寺と玄間は戦場から逃亡してきたところだ。せっかく逃げてきたのに、敵の隠れ家にかち合ってしまったのかと戦闘態勢へ移る。


 しかし、テーブルにいる内の一人を確認してこぶしに込めた力を解放した。ウイスキー片手にひらひらと手を振っている大男は提橋努。金剛寺達より先に聖女ラウラの子分になったクラスメイトだ。


「……すでに別部隊がおったのか」

「あの秘密主義め」


 金剛寺達が額に手を当てて天井を仰ぐ。同じ境遇に巻き込まれている提橋と青木が笑顔で椅子を用意してきた。

 金剛寺と玄間は、ラウラの護衛役としてルパ帝国へ派遣されることで、ミラルベル教から一時的な自由を与えられている。どうして聖女の下を離れてこんな場所にいるか問われると、二人は気まずそうに目を逸らした。


「に、任務はもう果たした。だからエルフを探す旅に出るため休暇をもらったのだ」

「このクソ大変な時にラウラ様がそんなクソな理由で休暇出すかよ。お前ら戦場から逃げてきたな?」

「くそとはなんだ! エルフはオタクの夢なのだぞ!」


 鮫島が冷めた眼で金剛寺を睨みつける。だが、金剛寺もラウラから別部隊を動かしているとは聞いていない。この場で鮫島から指示をされる筋合いなどないのだ。これ以上余計な質問に答える気はないと鼻を鳴らす。そこに割り込んだのが、悪い意味で泥酔しはじめた輪島だった。


「エルフ……この世界にスタール耳で金髪白人の種族なんていましたかな~」

「スタール耳? なにそれ」 

「聞くなゲンゲン、嫌な予感がする。輪島、説明は不要だぞ」

「説明しよう。スタール耳とは軟骨の異常隆起により耳輪が外転し後方へ伸びているように見える先天性奇形の一種です。いや、近年の習いでは奇形ではなく変形と言うべきでしたか」

「なぜするなと言ったのに説明する!? エルフは美の象徴なのだ! 断じて奇形などではない! キサマも鮫島と同じオタク差別主義者だ!」


 頭に来た金剛寺が勢いよく立ち上がり椅子が倒れる。酔っ払いの輪島が驚いて椅子から転げ落ちた。瞬時に呪文を唱えて対応した鮫島が、多々良双一の姿になって金剛寺の身体を押さえる。


「いちいちキレんなや。実力で素直にさせたろか」

「げっ、番長!?」

「惑わされるなゲンゲン! 変身がキサマの魔法だな鮫島!」

「あったり~。でもさっきの言葉は間違えてる……俺が差別しているのはオタクじゃない。童貞とブサイクだけだ!」

「ッ!? ぬけぬけと……このクサレ美醜差別主義者ルッキストがぁ!」


 変身魔法の回数を重ねて双一の格闘技術を己の物にしつつある鮫島だが、金剛寺の怪力が上回った。鮫島を壁に叩きつけ、ケンカキックで追撃をかける。


「死ねぇ鮫島! 今の拙僧なら番長にも勝てるのだ!」

「打撃が効かねぇなら締め落としてやんよクソハゲェ!」

「カンちゃん、オレもやげふっ」

「ザコはすっこんでろ!」


 三人目が参戦しようとし――玄間は一発殴られただけで早々に気絶してケンカから離脱した。

 蹴り飛ばされた椅子やテーブルが砕け、投げ飛ばされた金剛寺が床に穴を開ける。筋肉怪獣と暴力の化身が瞬く間に酒場をぼろぼろに破壊していく。

 最終的に気力が尽きたところを青木が氷漬けにしたが、無尽の体力を誇る二人のケンカは周りが止める隙を与えず一晩続いた。途中で起きた玄間により提橋と青木も殴り合いに参加させられた。そのせいで三人はラウラの下へ駆けつけるのが遅れたのだった――


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