36 邪悪のルールと幸せな肉人形
皇帝軍陣地の最奥で女性の金切り声が響く。
「約束が違います! 私と陛下の賭けが終わるまで、あの子には誰にも手を出させないと申したではありませんか!」
「悪いが賭けは無効だ。ポーネットには自分の手で帝位を掴む資格と義務がある。帝国にいるかぎり、いつ誰の犠牲となってもそれは本人の責任だ。命令を無視したフジヌマを責めるつもりはない」
メナスが皇帝ヌルンクスへ陳情する。内容は藤沼が聖女と共にポーネットを葬ろうとした件だ。
「そもそもお前の償いが的外れなのだ。ポーネットは教国で巫女に選ばれた。それだけでなくお前の美貌も引き継いでいる。その気になれば聖騎士を自由に動かすこともできるだろう。過去の皇子にも他国を継承権争いに利用する者はいたが、皇族としての地位を持たずにここまでやれた者はいなかった。晩年の父の種が私の物より優れていると認めたくはないが、私は妹にも期待している」
これまでヌルンクスはポーネットの扱いを保留してきた。本来であれば、ポーネットは皇族として兄であるヌルンクスと帝位を競い、殺し合いをしなければならない立場だ。しかし、前回の継承権争いはヌルンクスの勝利で終わっている。今更息子達の争いに参加させるのは違うのではないかと扱いに困っていたのだ。
だが、その息子達が新たな道を示した。皇帝となった後でも闘争を続けて良いのだと。ヌルンクスが戦場に立つのであれば、妹のポーネットも参戦させてやるが兄の務めだろう。ヌルンクスの価値観ではそういう答えになる。
「そんな、トナミ様も何か言ってください」
「そうだなー、オレはメナスの味方だからなー……。あの女は皇族として育ったわけじゃないなら外していいんじゃないか」
「皇帝に逆らってんじゃねえよ。御影さんに紹介してやらねーぞ」
「こっちにも優先順位ってもんがあるからよぉ。それでお前らが敵になるってんならそれでもかまわねーよ?」
「あ? 正気か? 死ぬのはテメェだぞ」
戸波と藤沼が胸倉を掴み合う。一触即発となるが、高見がすぐに止めに入った。
藤沼はもう何ヵ月も宮殿の奥から出ておらず、外部の人間の状況を理解していない。『正気か?』という戸波への質問だが、その答えはNOだ。戸波は魔法の影響で一部の思考――本人も言っていた優先順位が狂っている。殺すと宣言したなら本気で殺しに来る。戸波とメナスには、藤沼と高見と皇帝を殺害して逃げおおせるかもしれないだけの力もある。
「まあまあ、まずは俺と油小路が出るからさ。それで皇子たちが死んだら話も変わるだろうし、その後でまた話し合ってもらうってことで」
「チッ……。ゴマすり野郎があんま調子乗んな」
「そっちこそイキがんなガキが。大人になれば誰でも強いヤツの顔色見て生きてくしかねーんだぜ」
「ダセェ生き方すんなら最初から真面目クンやってろよ」
「アア゙?」
「あーもーだからやめろってば!」
巨大な馬車から檻が下ろされる。檻に閉じ込められているのは油小路だ。事前に教えられていなければ誰かも分からない姿に変わり果てている。汚い罵り合いを続けていた二人も嫌悪感を隠さず口撃の対象を変えた。
「高見の魔法の使い方ってクソサイテーだわ」
「ああ、こいつだけはゼッテーろくな死に方しねぇ」
「え~ふたりには言われたくないな~」
――――――――――
「ほら、スピード上げて! はやくはやくっ!」
「あぶないから中に戻ってくださいまし!」
馬車の窓から小さな体を乗り出してラウラが叫ぶ。車輪が外れる寸前、限界速度まで上げた馬車の揺れで、いつ外に放り出されるかわからない。ポーネットは中へ引っ張ろうとしてラウラの腰に抱き着く。
「馬車で箱乗りすんな。おまえ聖女だろ、暴走族かっての」
「だってアレ見てください! あの火力は絶対油小路ですよ!」
前方では、皇帝軍と皇子連合軍の両陣営がそこから逃げようとしていた。阿鼻叫喚となった戦場の中心では、天に届きそうな一本の紅い竜巻が渦巻いている。平原をゆっくりと移動しながら逃げ遅れた兵士を無差別に焼いていく。
焼け死んだ兵の遺灰は、空まで舞い上げられ光の粒子となって大地へ降り注ぐ。凶悪でありながら神秘を思わせる。魔法でしか生まれないであろう幻想的な光景だった。
聖女専用馬車に合わせて聖騎士団も周囲を警護する隊形で一時停止する。
「どうする、オレの魔法なら……いや、やっぱり難しいな」
「近づくタイミングを計りましょう。どこかに必ずチャンスはあります」
脱走兵の混乱に巻き込まれない場所から火炎竜巻の法則を観測する。
出現している時間は長くない。炎が上がってから数分で消える。十分程度の間隔を空け、少し場所を移動してまた次の竜巻が姿を現す。その繰り返しだった。
藤沼の使用していた火炎魔法の類似品とは規模が違う。十中八九間違いなく油小路がいる。そしてこれほどの殺戮を行っているのなら、その精神はまともな状態にない。重度の洗脳が施されているとも予想できる。
洗脳状態であれば、大規模の殺戮を行うことにより精神的摩耗が生じ、次の呪文を唱えるまでにインターバルが必要になるとは考えづらい。ちょうど兵の集合している場所で竜巻が発生している理由は、油小路がその根元にいるからだ。
「今は東へ追いかけている。先回りして脱走兵の流れに巻き込まれないように次の竜巻が消えたら突入しましょう」
「いや、行くのはオレひとりでいい」
決意を秘めた表情の幽村を見上げる。
「洗脳でもオレの魔法なら解けるはずだ」
「精神系の魔法は精神力だけでは抗えません。整頓魔法がどれほど思考の優先順位を操作できるか知りませんけど、幽村一人には任せられませんね」
幽村の単独行動は認可できない。そもそも整頓魔法の精神干渉で、未知の魔法による精神操作に打ち克てる保証はないのだ。
「聖女さまならどうにかできるってか。お前の力をいまいち理解できてねェんだが」
「わたしなら触れた瞬間に相手を無力化できます。いろんな意味で」
「なんかこえーな」
「それから幽村に言っておくことがあります。教会内での序列は守りなさい。おまえは助祭。ポーさんの位階は司教と同等。わたしは枢機卿司教より上です」
「……わかりましたよ。規則だけとはいえバンデーン様には迷惑かけられません」
ラウラの言葉を要約すると『下っ端は敬語を使え』だ。正体を知られているとはいえ、同じ組織に属するなら上下関係ははっきりさせなければならない。
幽村は火傷の治療から回復しきらない恩人の顔を思い浮かべてから、口調だけ元のエセ聖職者風に戻した。
「ちょっと待ってください。行くのはオレと聖女さまだけです」
「え、わたくしダメ?」
馬車から駿馬に乗り換えようとしていたポーネットが止められる。
ポーネットがいては、ラウラが思う様に魔法を使えない場面が来るかもしれない。それに、ラウラが油小路と話しをする内容にも制限がかかる。
「オレの魔法は範囲が狭い。戦いながら二人は守り切れませんから」
「メナスもあそこにはいないでしょうし、ポーさんは自分がさらわれないよう自衛に努めてください。これ命令ですよ」
「……仕方ありませんか。ラウラさんをよろしくお願いします」
ポーネットはひとつ溜め息を挟むと、ラウラの脇を持ち上げて幽村の馬の前に乗せた。馬車の速度では移動が間に合わない。しかし、ラウラの乗れるサイズの駿馬は流石の教会も用意できなかった。
「胸とか尻とか触ってきたら手をすり潰しますからね」
「気持ち悪ぃな! テメェの中身知ってて触るバカなんていねェよ!」
炎の竜巻が再出現する前にと馬の腹を蹴る。情報の混乱により逃げ遅れた兵の多い所から遡って走ると、檻を乗せた巨大な馬車とかち合った。檻の中に人間が囚われている姿を視認すると同時に、幽村が呪文で馬車を拘束する。
油小路の他に馬車に乗っていたのは馭者を務めていた高見のみ。戸波や藤沼の姿は見えなかった。大地をも黒く焼き焦がす炎の竜巻に突撃をしかける部隊がいるとは予想もしていなかったようだ。高見が慌てて檻の鍵を開けた。
「油っ……小路?」
声をかけながら駆け寄るラウラと幽村だったが、その姿を見て絶句した。友人の変わり果てた姿に怒りを露わにする。
二年ぶりに再会した油小路。その姿はまるで巨大な幼児だ。
肥満体だった肉体は更に悪化し、体重は200kgを超えていそうだ。自力では立って歩くことすら難しいのか檻から転がり落ちる。涎を垂らしながら地面を這いずる姿は、山奥で生活しているオークよりも醜く汚らしい。しかも当人にはそれを気にする様子がない。馬車の前まで移動するとポケットから取り出した干し肉をおしゃぶりのように口に含みながら、無垢な瞳で高見を見上げていた。
それはラウラの思い描いていた洗脳とは完全に別のものだった。脳裏に“手遅れ”という言葉がよぎる。
「野郎……コロス!!!」
「待て幽村ッ、まだあいつの能力がわからない!」
「止めんじゃねェ! 高見! 油小路になにしやがった!!!」
視線だけで人を射殺しそうな幽村の睨みを受け、高見が両手を上げる。だが、その態度は降参というよりおちょくっている様にしか見えない。怒り狂う幽村を前にしても、ヘラヘラと薄ら笑いを崩さない。
「そう怒んなよ、こう見えてでぶちんはいま幸せなんだから」
「ざッけんな!!」
「ふざけてないって、俺の魔法はそういうもんだし。油小路、幸せだよな?」
「うんっ、ともだちのタカミーがいてくれるからね。それよりあの怒鳴ってる人だれ? ぼくこわい」
油小路が子供のように高見の袖を引っ張る。
「油小路っ、オレだ、幽村だ!」
「ひっ、だ、だれぇ……ぼく、きみみたいなひと知らないよぉ」
「おいウソだろ! コイツを忘れても、オレは覚えてるだろ!? なァ!」
「わたしを指さすな」
幽村は叫ぶと油小路は本気で怯えだした。以前とは姿形の変わってしまっているラウラと違って幽村を完全に忘れていることに、二人とも動揺を抑えられない。
「アハハハ! むだむだぁ。でぶちんはもう幽村のことなんて覚えてないよ。つーかお前ら仲良かったっけ?」
「テメェ、油小路になにしやがった!」
「なにって……要らない記憶や感情を全部消して、なんのストレスもなく毎日楽しく生きられるようにしてあげたんだよ。俺の忘却魔法でね」
記憶障害の理由を知り、ラウラが小さく舌打ちする。
「なぁ幽村、人はどうして不幸になると思う? 人はどうして落ちぶれると思う? それは悪い記憶に押しつぶされているからだよ。痛み、苦しみ、悲しみ、恥、恐怖……そうした記憶に人はずっと押さえられつづける。そして悪い記憶は未来も否定する。ムダなこと、報われないことは誰だってしたくない。自分の無能を知り、恵まれた人間との格差を知り、みんないろんなものをあきらめてしまう。気づけば上を見上げることすらしなくなる。俺はこの魔法で世界中からそういう人間のネガティブな部分を全部忘れさせてやるのさ」
高見が油小路の肩を抱いた。
あたかも仲が良い友人のように顔を寄せる。
「でぶちんを最初見つけた時はひどかったんだよ? コミュ障で人見知りなのに、独りでカタコトの言葉で頑張ってこの世界に馴染もうとしてた。いつか誰かが神器で日本へ帰る道を開いてくれるって信じて歯を食いしばってた。健気で泣けるだろ。そんな願い叶わないのに……。だから俺が救ってやったんだ」
「タカミーありがとー、だいすき」
「アハハ、俺も頼み事聞いてくれるでぶちんは好きだよ」
病的に醜くぶよぶよに膨れた暗い色の頬に指を刺して、この幸せそうな顔を見てくれと自慢する。
更に、ラウラと幽村に向けて伸ばしてきた手は「お前達の悩みも消してやるから、救われたければこの手を取れ」と語りかけているようだ。
「聖人気取りですか。反吐が出ます」
「ああ、聖女ちゃんもいたんだっけ……でも実際、誰の力よりも俺の魔法は人を救えると思うよ。聖女なんて呼ばれてる君よりもね」
「そうですね。高見、おまえの言い分は悪くない」
高見が天使アザナエルから授かった力は忘却魔法。忘れるための力だ。
基となった願いは嫌な記憶を消すことだったのだろう。
記憶とは人を人たらしめる最たるものである。記憶があるから強固な自我が生まれ、生きがいや目標などが生まれる。楽しい記憶、嬉しい記憶、幸せな記憶を積み重ねるために人は生きる。
しかし、誰にでも良い記憶があれば悪い記憶もある。記憶は人生の糧であると同時に呪縛にもなるのだ。ならば悪い記憶だけを消してしまえば、人はいつでも楽しく陽気に生きられるだろう。
「だけど油小路を見て、本気でその姿が幸福だと思いますか」
「なに言ってるの、どう見たって幸せでしょ。満腹の苦しさも感じない。どれだけ同じものを食べても飽きも来ない。好きな物を好きなだけ食べて好きな時に好きなだけ寝むれる。悪い記憶がなければ人は悪夢すら見ないんだよ。こいつの頭ん中はいつでも新鮮な喜びで溢れてる。こんなのどう考えたって幸せじゃん」
「なるほど……奪った記憶の上に都合の良い関係を植えつけて油小路を人形にしたくせに、そう答えられますか……」
忘却の力の本質は、悪い記憶から人を守るためのものだ。
しかし高見は、無くした記憶を埋めるようにして油小路と自分の関係を新しく構築している。
友人ですらない単なる元クラスメイトだった記憶を奪う。まっさらになったところで更に猜疑心や不信感をその都度奪い続ける。都合の良い印象や記憶だけを残すようにすれば、誰が相手だろうと信用させることは容易い。親友にでも恋人にでもなれるだろう。高見はそうして忘却の力を洗脳の力に悪用していた。
ラウラは高見へ警戒を払いつつ、未だ信用できない幽村の方へ視線を向ける。
「……幽村もよく覚えておいてください」
「あ? オレも?」
「わたしは、ルールを犯したやつは殺すか廃人にするべきだと考えています」
ラウラは、共に異世界へ来た人間に対してルールを決めていた。
排除すると決めた人間の条件である。
まず私利私欲により大罪を犯した者。またそれを計画する者。
次にダークテトラッド、いわゆる邪悪の四カ条というべき性質を持つ者。
何よりも自分を愛するナルシシズム。
目的のためなら手段を選ばないマキャベリズム。
社会性に通ずる感情が欠如したサイコパシー。
加虐的な行為に興奮を覚えるサディズムが該当する。
そして最後に、魔法により自我を侵された者。中でも絶対に許さないと決めているのが、魔法の影響により神の視点に立った者だ。
ラウラは人間に自由意思があるとは考えていない。思考も感情も化学反応の結果でしかない。それでも、人間は道具じゃない。超常の力を悪用して一方的に他人の人生を奪う行為は認めない。油小路が望んで今の姿になったのなら高見を責める理由はないが、高見は油小路を利用しているにすぎないのだ。
「あれだけ何度も魔法を使いながら、おまえは魔法に呑まれている様子がない。その精神力だけは評価しています。……ああはなるなよ」
「……へっ、たりめーだろ」
「おっと、聖職者を続ける気ならもっと笑顔の練習をした方がいいですね」
「余計なお世話だ」
ラウラが聖騎士から借りた剣を抜く。
「そう……君達も操り人形にできればいいと思ったんだけど」
腰を落とし平原を一気に駆ける。状況の早さについて来られていない油小路を置いて、ラウラは高見へ斬りかかった。
油小路が魔法を使う前に、高見を捕らえて人質にしたい。ラウラと幽村を危険な赤の他人としか認識できていない今の油小路に、魔法を使わないよう命令できるのは高見だけだ。
「前に捕まった時はボコられたけど、ケンカと違って剣は得意なんだ。そもそもこの国じゃ剣術はあっても素手の格闘術とかほとんどないしね」
意外にも、高見はラウラの剣を受け止めた。
忘却魔法は疲れや痛みを忘れられる。一度目標を決めれば努力を妨げる感情を全て忘れることができる。高見は皇帝を守護する近衛兵という武芸の達人達から苛烈な手ほどきを受け、成長していた。
そして、転移者達が陥りがちな“本気の命のやり取り”へ対する忌避感や恐怖も忘れることもできる。高見は目を逸らすこともなく真っすぐにラウラの剣筋を見極めて反応する。
「……抵抗するなら仕方ない。指じゃなくて手首を落としてやる!」
「ゲッ!? おいデブ、早く助けろ!」
ラウラの剣が激しさを増すと、高見の反応が遅れだした。
それなのに油小路は高見の命令を聞かない。幽村の凶悪な目つきで睨まれて震えている。助けを求めているのは油小路も同じだった。
だが、それも高見の両腕が傷で赤く染まると状況が変わった。高見の手の甲が貫かれた瞬間、恐怖を振り切った油小路が泣き出した。
「うわあああん! タカミーをいじめるな! 燃えちゃえぇ!」
ぎょっとして油小路を見る。手から放たれた炎の渦がラウラへ向けて放たれていた。咄嗟に高見を盾にしようとするが、炎の渦は蛇のようにうねり、高見を避けてラウラを襲う。
「ちぃっ」
寸前で避ける。炎の渦は高見へぶつかる直前に霧散して消えた。しかし、次いで炎の槍がラウラへ向けて放たれていた。高見から距離を取るまで何本もの槍が、走るラウラの居た場所へ突き刺さった。
「しっかり止めとけよ!」
「……すまねェ……焼かれた」
「はい?」
「呪文は使ってた! 油小路の魔法でオレの魔法が焼かれたんだ!」
ラウラが逃げてきた場所には、美しい光の粒子が舞っていた。
油小路の火炎魔法は貴志の破壊魔法と同じ高レベルの領域に届いていた。単純な物質への干渉から、魔法や神気への干渉まで可能になっているのだ。幽村の秩序の空間が燃やし尽くされて光へと還される。
「…………まじやべー感じ?」
「お前がたらたらチャンバラなんかしてるからだ!」
「うるせー! 高見は生かして捕まえないといけないだろ!」
「あんな野郎とっととブチ殺せばいい!」
「油小路が何したか忘れたのか! あれだけ戦場で人ぶっ殺しといて、元の性格に戻ったところでまともな人生に戻れるわけがねえ! 高見に虐殺の記憶を消させないと油小路は救えない!!」
言い合いをはじめた二人を高見はケラケラと笑いながら眺めていた。そして、油小路の肩にぽんと手を乗せて、ラウラ達を指さした。
「あれは敵だ。もうわかっただろ。敵はどうするんだっけ?」
「うん、焼けばいいんだよね」
無邪気な声で答えた油小路から特大の火球が放たれた。
すぐさま幽村が反応して呪文を唱えるが、魔法すらも焼き尽くす炎が秩序の空間を徐々に侵食してくる。魔法の衝突により光の粒子が眩しいほどに辺りを照らす――だが突如、四人の上に巨大な影が落ちた。
太陽が雲に隠れたわけでもない。上空から振ってきた急激な寒波に異変を感じて一斉に空を見上げる。
「ンだ? 雪だるま……の、大軍!?」
「あぶねぇ、防げ!」
幽村と油小路が自身の真上に向けて魔法による結界を張った。物質では侵略不可能な秩序の空間に弾かれて、ぶつかった雪だるまが次々と砕け散る。油小路の張った炎の壁は上空で雪だるまを蒸発させる。
やがて落ちてくる雪だるまが無くなり、空を確認すると一匹の竜が優雅に旋回していた。火竜が上空からラウラを見据える。大きな翼を羽ばたかせ、背に乗せた男達と共にラウラの前に降下してくる。そして地面に足を下ろすと火竜は虹色の光に包まれた。
「ふっ、間に合ったな」
「大遅刻だ、このバカやろうっ!」
「お、おおおい、番長キレてんぞ鮫島! お前のせいだ!」
「青木がヤバい所で助けに入った方が印象がいいって言ったんだろ!」