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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
105/119

34 整頓する男

 逆巻く炎の渦の中でラウラと幽村が睨み合う。幽村の魔法がなければ助からなかったとわかっていても、ラウラは幽村に対して良い印象や思い出がひとつもない。いきなり背中を預けるには難しい相手だった。


「ア? やんのかコラ? ア?」

「ナイフなきゃ何もできないクソザコチワワは教室の隅で震えてろ」

「ちょっとお二人とも、わたくしにも分かる言葉で話してくださいな」


 ガンのくれ合いをポーネットが引き剥がした。不良だった頃の記憶が、ケンカしかしたことのない記憶が、異世界で演じているキャラクターを忘れるくらいに二人の間をヒートアップさせている。


「ラウラさんはどうして異世界の言語で話せるんですの?」

「……もちろん金剛寺と玄間から習いました」

「ぷっ、演技ご苦労さん、ちっこい聖女さま」

「あたま撫でんな!」


 伸ばされた手を払いのけて同時にローキックを返す。しかし、蹴りは幽村の足に当たる直前で止まった。ラウラはまだ直接相対したことがなかったが、攻撃を無傷で受ける姿は御影や藤沼が見せたものに似ていた。


「不変魔法……? おまえも連中の仲間ですか」

「アホか。別にもう隠す理由もねェから教えてやる。オレの魔法は“整頓魔法”だ。そんな名前じゃねー」

「なにその魔法名、くそださ」

「この国の皇帝の名前よりマシだろーが」

「侮辱罪で捕まりますよ」

「反逆罪の真っ最中に気にすることかよバーカ」

「わたしは他国の人間なので反逆じゃなくて侵略ですぅ。バーカ」

「頭が痛くなるので低レベルなケンカはやめてくださいます?」


 ラウラと幽村が口喧嘩している間に炎が薄れて消えた。燃料となる物資さえあれば延々と燃え広がる火炎魔法も、燃やす物がない環境では炎を保てないようだ。ラウラ達の無事を視認した藤沼は驚きと疲労を顔に浮かべている。魔法の相性の悪さを感じ取ったか、藤沼は更に続けて呪文を唱えようと手を掲げた。


「やめて! あの子を傷つけないで!」


 詠唱をメナスが止めた。飛びかかられた藤沼はメナスを乱暴に戸波へ押しつける。

 その隙にラウラと幽村は三人へ突っ込んだ。二人の前で隙を見せてはならない。沸点が低い、行動へ移るまでが早いという点で二人の連携は自然と上手く当てはまる。


 ラウラは他二人を幽村へ任せて藤沼を襲う。

 高見の魔法は精神を操る類のものでほぼ確定している。ラウラと同じく肉体同士の接触を必要とするはずだ。幽村の“透明な壁”ならば触らずに拘束できる。


「テメェら、きっちりカタはめてやるから覚悟しろ」

「またコレかよ! ここから出せ幽村ァ!」

「エラそうに命令すんな。人に頼み事する時はまず土下座だろバカが」


 幽村は透明な壁の中で悪態をつく高見と戸波にほじった耳くそを飛ばす。


「そっちこそ頭下げんなら今だぞ。今なら仲間に入れてもらえるように御影さんに話してやるからよ」

「いや、戸波はまだ仲間に入れてもらってないじゃん」

「あんな年少上がりのオッサンに頭下げられるかアホくせー」

「んだと! こんな魔法手に入れたくらいで調子乗ってっとブッ殺すぞ!」

「テメェらのゴミ魔法でやれんならやってみな」


 助祭として善人面をしていたのが嘘のような口の悪さだ。思わずポーネットが手で両目を覆う。聖人だと信じていた相手の認めたくない現実。だが、ラウラや金剛寺たちがずっと信用できないと言っていたように幽村は元々こういう短気で粗暴な男だった。




(変な名前、とかバカにしてられんぐらい汎用性と拘束力が高い。これも誰かのトラウマで生まれた魔法か?)


 横目で伺いながら、ラウラは幽村の魔法を考察していた。

 魔法には願いの種類とは別に、発動する形態にも種類分けができる。

 物質創造。自己改変。物質干渉。精神干渉。概念の具現化などだ。


 これまで幽村は教会へ来る信徒に治癒の力を与えてきた。

 その力の根源は整頓という概念の下で行う物質と精神へ干渉だろう。つまり整頓魔法とは、人体や空間といった特定の系の中に正しい位置、正しい流れという秩序を作る魔法だ。


 人体に魔法を使う場合、病気であれば、健全な肉体という秩序に含まれない細菌や毒素を集めて外部へ排出させる。患部で適切な免疫機能を働かせる。骨折であれば分子レベルで骨の粒子を入れ替えて再構築する。不幸や不運に耐えられず精神が乱れていれば、その混乱を解消する。

 空間に魔法を使う場合、あらゆる物質は幽村の想定する正しい位置へ移動させられる。その上で、まるで空気の壁に遮られたように移動を禁じられる。単純な運動エネルギーでは整頓の概念を崩すことはできない。


 整頓魔法では極端な財力や権力を得ることは難しい。称賛や好意を得ることも難しいだろう。しかし、自分や周りの小さな環境を守るための魔法としては完成していた。



「おい! よそ見してる余裕なんてあんのかよ!」

「ありますけど?」


 流れるような剣術で何度も何度も切りつけられ、呪文を詠唱するために精神を集中する数秒すら与えられない。そのせいで藤沼はイラついていた。


 ラウラは藤沼が御影と同様に鉄の不変魔法を使っていると確信していた。前回、鮫島と御影が戦った時と同じ現象が起きていたからだ。

 剣先が触れても無傷。叩いても突いても相手には攻撃された反動がない。攻撃した側には反作用で手に痺れが残る。輪島が全ての魔法の中で最強の防御力を誇ると認めた不変魔法の特徴である。


 しかし、新しく呪文を唱えられなければ藤沼は脅威にならない。不変魔法を持つ鉄が貴志の破壊魔法を抑えられるほどに強かったのは、無敵の防御力を持った怖いもの知らずの空手家だったからだ。

 ラウラは反動を避けて皮膚の表面を撫でるように切りつける。喉、腋、目玉といった小さなナイフがかすっただけで致命傷になる場所を狙い恐怖を植えつけていく。呪文を唱えようと口を開けば、一瞬で口腔内へと剣先が滑り込む。反対に、乱暴に振り回すだけの藤沼の剣はかすりもしない。

 藤沼は命のやり取りを求められるようなケンカをした経験がない。不変魔法に信頼を置いていたなら、剣を噛み砕いて別の呪文を唱えることもできただろうが、藤沼の精神力では不可能だった。


 せいぜい中学生、場合によっては発育のいい小学生のような外見の少女にコケにされて、怒りと恐怖が蓄積していく。不変魔法があれば魔法も聖遺物も暴力も恐れることはない――はずなのに、藤沼は魔法を使える精神状態ではなくなっていった。


「っっツ!?」

「通った!」


 藤沼の手首から血が噴いた。不変魔法を維持できなくなったのだ。出血で怯んだ隙を見逃さず、更に追い打ちで指を切り落とす。悲鳴と共に握力を失った手から剣が落ちる。


「メナス、藤沼を助けろ!」


 幽村の整頓空間に捕らわれていた戸波が叫ぶ。


「剣なんて振れませんけど」

「なんでもいい! 聖女と幽村の心を読め! 弱みを握んだよ!」


 “心を読む”という言葉に反応したのか、急に幽村が魔法を解いた。走ってラウラの後ろにまで逃げてくる。


「なにやってんですか、ちゃんと仕事してください」

「うっせーな、人には触れられたくない秘密ってもんがあんだろ。お前にはデリバリーがねェのか」

「聖女はデリバリーなんていかがわしい真似しません」

「いかがわしい? なに言ってんだお前」

「おまえがなに言ってんだ。もっかい言葉学び直せ、デリカシーです。しかもわたしを盾にしてるし」


 幽村へ溜め息をつきつつ、前を向くと目を覆っていたヴェールをめくるところだった。ラウラの漆黒の瞳とメナスの虹色の瞳が交差する。そして、


「……ひっ」

「どうした、なにか掴んだか!?」

「いやっ、いやいやいや、イヤアアアアアアアアアアアアアアァ」


 耳をつんざく悲鳴が空まで響き渡った。メナスは再び目を隠すようにヴェールを下ろそうとする前に意識を失って倒れる。

 聖遺物を使うように命令した戸波も、心を覗かれたラウラも、虚を突かれて僅かな空白が生まれた。しかしこの時、メナスの悲鳴が藤沼に我を取り戻させた。藤沼が呪文を唱え、ラウラが胸の熱と苦しさで膝をつく。逆に藤沼自身は痛みを忘れるほど好調になっている。


「ぐっ、またこれですか」

「ハッ、ハハ、ギャハハハ! 他人から借りた魔法じゃダメだな! 最後に頼れるのは自分の魔法だわ。あー、やっぱオレの魔法はアガるぜ!」


 ラウラは意識を熱に持っていかれない内に、小声で“気分反転”の呪文を唱えた。頭をふらつかせ身体を支配しようとしていた高揚感が引いた。逆にかつてないほど気分が落ち着き頭が冴えてくる。


「オイ、だいじょうぶか」

「わたしに治癒は必要ありません。ポーさんの方をお願いします」

「ああ、聖遺物でも高レベルの毒は防げねェのか」

「毒?」

「体からナニか追い出される感覚があった。今の攻撃は毒だ」

「毒……そうか、今の呪文は精神攻撃でも性フェロモンを媒介にした物質依存の精神攻撃か」


 藤沼の目が見開かれる。


「オレの色欲魔法を防ぐだけじゃなくて見破った? メナス様の聖遺物で心も覗けないってマジで何モンだよ……」


 藤沼の色欲魔法には、肉体接触を必要としないフェロモンによる精神干渉を可能とする呪文があった。これにより藤沼は広範囲の人々を強制的に発情させられる。

 本来、極限まで発情させられた人間は自由に動くことも思考することもできない。人間はフェロモンを放散する能力が退化しているが、それに抗う能力もまた低い。

 ただし、今回は運が悪かった。ポーネットは聖遺物により、幽村は魔法により毒素を体外へ排出させる。そしてラウラは魔法で変成した未成熟な少女のカラダと男の心が噛み合っておらず、性フェロモンの働く受容体を十分に持っていなかった。



「……高見、戸波、メナス様を担げ。引くぞ」


 地球よりも文明の遅れたこの世界で、藤沼の唱えた呪文の詳細までも理解する聖女という存在に恐怖を抱いた故の判断だった。


「逃げてどうするよ」

「オレじゃ無理でも油小路の火炎魔法なら幽村でも防げねえはずだ」


 再び周囲一帯を焼き尽くす炎と秩序の空間がせめぎ合う。

 整頓魔法の本質は環境の維持と修復。攻めには向かない。炎が引いた時には、四人は町から姿を消していた。








「思ったよりイイ思いしてるわけじゃねェのな……」


 幽村はぐったりした様子でポーネットに抱きしめられるラウラを見下ろす。しかし、今回は売り言葉に買い言葉も暴力による反撃もない。

 誰もが振り返るスタイル抜群の美少女からのハグ。『こいつ、スケベ根性で聖女やってんじゃねェのか?』と疑っていた幽村だが、その勘繰りを捨てた。ポーネットのハグは肋骨が砕けるのではないかと心配になるほど凶悪なベアハッグが実態だ。姿は変わっていたとしても、多々良双一が痛みと酸欠で白目を剥く姿を見る日が来るとは思いもしなかった。


「生きてるか、ソレ?」

「ラウラさんは見た目より頑丈ですから大丈夫ですわ。すーはー。すーはー。気分を落ち着けないと。愛もないのに男を求めるなんて最悪。すーはー」


 ポーネットはラウラの髪の匂いを嗅いでいる。危ない変態にしか見えないが、色欲魔法の後遺症を克服するための儀式らしい。

 魔法の影響の弱まる離れた場所にいた聖騎士達が、自分の足にナイフを突き刺し痛みで正気を保とうとしている辺り、ポーネットはまだ軽症だと言える。


「発情が収まんねェなら誰かとセックスしてくれば」

「セッ!? なんて破廉恥なことを言うんですの! カスムラ様がそんな方だとは思いませんでしたわ! すーはー」

「潔癖症かよ。必要ならオレが治癒呪文かけてやるけど」

「ちょっと! 男は近づかないで! しっしっ」

「いきなりスゲー嫌われようだな」


 幽村は両手を上げた。整頓魔法も人体へかける呪文は相手との接触が必要となる。突きつけられた聖杖が下げられるまで5メートル近く距離を取った。


「なら今の内に聞かせてくれや。お前は今回の件にどう関わってる」

「……わたくしが何に関わってるですって」

「屋敷の中から聞いてた。皇帝と一緒にいたあの女もあんたを守ろうとした」


 ラウラが駆けつける前、幽村は高見達と戦いながら外の様子を窺っていた。

 藤沼はポーネットについて来る様に誘っていた。そしてポーネットが断ると次は強引にさらおうとしたのだ。ルパ帝国に来たばかりの頃、皇帝と謁見した時に同席していたメナスも体を張ってポーネットを守ろうとした。


「バンデーン様からあの女の正体も聞いてる。本音を隠してる人間がそばにいると不安だからよ、答えてくれや」

「……はぁ。いいえ、バンデーン様はあの女の正体を知らないはずです」


 諦めたように瞼が閉じられる。


「元“愛の教会”の巫女サリエラって名前であんたの姉って噂は間違ってるってことか。顔もそっくりに見えたけどな」

「そこではありません、サリエラというのも偽名なのです。彼女の本当の名前はポーティア・ゴウト・ラバリエ。……わたくしを捨てた母です」

「は? え、母? あの女どう見ても二十代だよな。で、あんたがオレより少し下?それだと……」

「わたくしを産んだのは12の頃ですわね」


 ぶっきらぼうな口ぶりと違って性に疎い幽村は返事ができなかった。代わりに、ポーネットの腕の中にいたラウラがビクリと体を震わせた。意識の戻っていたラウラがポーネットから解放される。


「あの女はわたくしの後に生まれた弟と妹も捨てました。あの子たちは悪辣な環境を生き抜けず亡くなってしまいましたけど……。ラウラさんはもう分かりましたか。わたくしがこの国へ来た目的は復讐です」

「……そうゆうのポーさんには似合いませんよ」

「わかっています。それでも、わたくしは決めたのです。生きられなかった、あの子たちの無念をあの女にわからせてやると……なのに、わたくしはあの女を前にしても動けなかった。本当に愛はなかったのか、わたくしやあの子たちはどうして生まれてきたのか、なぜ捨てたのか。どこかであの女を信じようとしている。そんな自分の弱さが、許せなくて、どうしたらいいのか……もうわからなくなってしまって……」

「どうしてもツラくなったら、オレが魔法で悩みを整理させてやるぜ」


 幽村がラウラに無言で蹴り倒される。


「ってーな! だからどうしてもっつっただろ!」

「なら一度、メナスからしっかり話を聞かないとですね」

「まずオマエがオレの話聞けや」


 ラウラは復讐を否定しない。命は尊いとも殺人は悪行だとも言わない。全ては当事者が決めることだ。ただ、人として乗り越えるべき葛藤を魔法で解決することは認めない。知るべきを知り、後悔しない選択のために熟考を重ねる。そうすれば、どんな道を歩むことになっても人は成長する。

 頭の上に手を乗せると今度はポーネットがラウラの胸に顔を埋めた。


「ンで、藤沼はなんでポーネットをさらおうとしたんだ」

「ラバリエは先代皇帝が第三王妃にしようとしていた姫のいた国の名です。つまりメナスは亡国のお姫さ……ん? もしかしてポーさんて皇帝の妹?」


 ラウラはラバリエの姫が失踪した年齢とポーネットの年齢を指で数える。


「父の方は気にしてませんでしたが……腹違いの妹になりますわね」

「うへぇ、20才以上離れた兄妹か、これは想定してなかった」

「だからそれでなんで狙われんだっつう」

「皇子に聞いた皇帝の人物像から考えると、継承権争いへ招待するつもりでしょう。でもさっきのメナスはポーさんを守ろうとしてたし、そっちは謎ですね」

「う~最悪ですわぁ……」


 握られたラウラの法衣に深いシワが刻まれる様子を見て、幽村は背を向ける。自分から他人の人間関係に首を突っ込むつもりはないようだ。だが、一人で追跡の準備へ向かう幽村をラウラが呼び止める。


「自分は隠し事したまま、一方的に乙女の秘密を聞き出して終わりですか」

「……オレは、誰もいないところで本当の自分になりたかっただけだよ」

「え、なんて?ぼそぼそ言ってないで大声でしゃべってください」

「っせーな! 互いに詮索はナシだ。オレを信用するしないはテメェが勝手に決めろ!」


 ラウラはポーネットを抱きしめたまま疑いの目を向けていたが、幽村の背中は似合わないエセ神職者を演じていた時より清々しく見えた。


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