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オトメクオリア  作者: invitro
第六章 燃える魔法
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33 帰ってきた不良

 乗り込んだ皇子連合軍の司令部――さっそくテーブルに着こうとするラウラの前をエピクロスが塞いだ。奥歯がごりごりと音を立て、首筋には怒張した血管が波打っている。


「魔王が死んだ!? しかも殺したなどと適当な事を言うなッ!」


 転移者を連れているとはいえ護衛は二人。エピクロスも、ひとまず聖女が自分を捕らえに来た訳ではないと理解する冷静さは残していた。出し抜けに殴りかかったりはしない。ただ冷静に判断した上でも認められないのは、先の戦闘での敗北よりもラウラの伝えた魔王の死だった。


「カーディン山脈にある聖女の石碑の下に封印されていた金属巨人ですよね。確認してもらえば粉々になった残骸がありますよ」

「石碑のことまで知っているのか……」

「あらら、なんか不服そう。もしかしてまだ魔王のこと利用するつもりでした?」

「い、いや、そんな訳ないだろう」


 魔王の封印されている場所は、エピクロスの側近でも関係している者しか知らない。しかも知らずして辿り着けるような所ではない。野生に帰り狂暴化したヒトキメラと険しい雪山が道を閉ざしている秘境なのだ。

 しかし、ラウラは魔王の姿まで正確に知っていた。弟を交渉の場に立たせると不利になると踏んだデモクリスが二人の間へ割って入る。


「私は魔王をこの眼で確認していない。何の交渉へ来たかは知らぬが、魔王の存在はないものとしか扱わんぞ。その事を恩に着せられるとは思わないことだ」

「構いません。でもこの件は教国の方からも発表させてもらいますから、遅かれ早かれ帝国はわたしに感謝せざるを得なくなると思いますよ」


 現状、魔王の死体がないため、ここではまだどちらの言い分も通る。

 ラウラの話し方は帝国内で第一皇子相手にするものではなかったが、その声色がエピクロスの時とは僅かに違ったことから、デモクリスはラウラに席を勧めた。


「兄上っ!?」

「重要なことは皇帝をどう倒すかだ。冷静になれ、万人を平伏させるあの力を見ただろう。使える物は使わなくては勝てん」

「この女は敵です! 我々に戦いを押しつけた元凶なのですよ!」

「父上の話が事実ならばこの者は無関係。我らこそが聖女の子孫だ」

「そんっ、兄上は誰を信じると言うのですかっ」

「話に確証がないのはメナスから聞いただけのお前も同じだろう」

「ああ、くそッ」

「……あの光をだいぶ警戒しているようですね。では交渉の前に、聖遺物の専門家であるわたしから皇帝について一つ意見を贈りましょうか?」


 デモクリスの言葉でもなだめられないエピクロス陣営も含めて、ラウラの言葉を聞こうと掴み合いになりかけていた手が止まる。


「彼が戦場でもう一度あの力を使うことはないと思います」

「無責任に! 聖女殿は陛下があの光を何度発していたか見ていないだろう!」

「マナの消耗などを理由に言っているのではありません。デモクリス殿下なら理由を予想できるのではありませんか」


 将校達は皇帝の未知の力を恐れるあまりラウラに反論する。だが総大将であるデモクリスなら気づけると言われれば、上の意見を聞かねばならない。


「あの力は……そうだ、無差別だった。あの力には敵味方がない?」

「そうです。あの聖遺物が行使された時、皇帝軍も倒れていた。皇帝を守れる者は誰もいなかった。その事に気づけば殺す方法はいくつもある。だからあれは一度だけの手段。皇帝としてどうしても必要な事を伝えたくて来ただけだったのでしょう」


 ラウラが肯定し、デモクリスの表情が僅かに緩んだ。

 ルパ帝国の皇族は、皇帝以外聖遺物を持たない。皇帝のかぶる帝冠だけが皇族の持つべき聖遺物だと教えられているからだ。そのためデモクリスは聖遺物に対する脅威を計りかねていた。

 その点、聖女は対聖遺物専門機関・使徒座の代表であり自身が人の精神へ作用する力を持っている。皇帝の力を推測できる人物の登場は彼の心にゆとりを与えた。


「助言感謝する」

「兄上、こんな女の話など信じてはなりませんッ」

「エピクロス、まだ分からんか。聖女殿は私と交渉をしに来たのだ。お前ではなく私とな」


 そう言われ、エピクロスの陣営はデモクリスに嵌められていることに気づいた。

 皇子達の継承権争いはまだ終わってない。今は皇帝ヌルンクスという巨大な敵を倒すために一時的な共闘をしているにすぎない。デモクリスは機会さえあれば、その隙を見逃さず教国からの支持を獲得するつもりなのだ。

 そして、ラウラは最初から冷静で聡明なデモクリスを交渉相手に選んでいた。主を蔑ろにした聖女へ怒りが向けられる。


「わたしがここに着くまでに戦い方を変えていたなら、わたしはエピクロス殿下とも交渉をするつもりでしたよ。足りない頭で八つ当たりをしないでもらいたいですね」

「キサマッ!」

「待てエピクロス! ……聖女殿、我々はまだ気づいていないことがあるのか」


 剣を抜こうとした弟をデモクリスが間に入って止めた。

 聖女が無事に帰らなければ、教国の聖騎士団が次にどう動くかは想像に難くない。交渉を進めるには、聖女が秘かに向けている怒りを理解して二人の関係を上手く収めなければならない。


「それにはエピクロス殿下に答えてもらいましょうか。あの聖遺物“ディシプリンの栄光”でしたか。アレを見て殿下はある事に気づかなければいけませんでした」

「……なに? 何があるというのだ」


 ラウラが冷たい眼で問う。

 聖遺物“ディシプリンの栄光”が放つ光――能力は皇帝がその口から説明した通りだと思われた。罪の意識を引き出し痛みに変える。デモクリスが予想しラウラが肯定したように、その効果の対象には敵味方の識別がない。

 他に推測できることはせいぜい効果範囲ぐらいなものだが、エピクロスがそれを自慢げに答えるとラウラは正解が出せないことをわかっていたかのように首を振った。


「答えは馬です」

「どういう意味だ」

「皇帝の光は乗っていた馬には効いていなかった。しかし鬼人には効いていた。これは鬼人達の精神が動物ではなく人間と同じだということを示唆しています」


 エピクロスとデモクリスは、どちらも鬼人を人間として扱ってこなかった。その理由は外見が異形だからだ。

 人とは違う怪物。だからどう扱ってもいい。彼らは動物や魔獣と同じだ――これまではその論理が成立してきた。しかし皇帝の聖遺物が、鬼人の精神に罪の意識という高い人間性があると証明してしまった。

 聖女は薬で心を穢す洗脳という行為を許していない。ここが帝国にとって重要な決戦の場であろうと、どこまでも追及するつもりだ。エピクロスは自分が教国にとって絶対に譲れない領分を犯したのだと、今になってようやく気づいた。


「これが一つ目の要求……この戦いの後、洗脳にかかわる技術はすべて葬りなさい。一切残さず。でなければ、神聖ミラルベル教国はルパ帝国を断罪します」

「なっ!? 何を言ったのかわかっているのか!?」

「聖女殿にそれほどの権限があるとは」

「いいだろう、約束する。私が皇帝となった暁には必ずそうしよう」


 問題が教国と帝国に広げられ、デモクリスの部下までもが反論に回る中で、総大将だけがどこまでも冷静だった。


 この話題において、教国が引く道理はない。人としての心を守るという正義を得ている以上、宗教国家はどこまでも食い下がるだろう。拒絶しても時間の無駄だ。教国は会話のできるヒトキメラを使い、他国を巻き込んで世論を操る。ヒトキメラの歴史を理解していなかった時点で、彼らを労働力にする計画は潰える運命だったのだ。説明を受けたエピクロスは力なく項垂れることしかできなかった。


「二つ目の要求……皇帝の次の切り札について。恐らく転移者が出てきます」

「そなたらが最初から探している転移者のことか」

「そう、そしてその男が洗脳されているなら……最悪、敵も味方も一人残らず焼き殺されると思ってください。ですが、それはわたしが対処します」


 ラウラは二つ目の要求をする前に、先に自分の支払う対価を提示してきた。

 しかし、その条件には聖女が何を言っているのか理解できない部分があった。


「洗脳とは何のことだ。父上には人を洗脳する知識はないはずだ」

「……え?」

「いえ、兄上。それは違います」


 間違えたかと首を捻る。本当に皇帝が洗脳の技術を持っていないのであれば朗報だったのだが――デモクリスの指摘はエピクロスが否定した。


「私のような薬物での洗脳技術は持っていないでしょう。ですが、父上が宮殿に匿っていた転移者の中にそれに近い力を持った者がいたのです。……聖女殿が逃がしてしまいましたがね」


 今度はラウラが頭を抱える番だった。嫌味たらしく言われるも反論できない。ラウラが逃がし、エピクロスが監禁していた転移者が二人いる。戸波と高見だ。


「ちなみにどちらでしょうか」

「タカミという方だ」


 ラウラは頭の中で計画を確認する。どの道、戸波と高見とはこの後の要求を叶える時に会うことになっていただろうから、大きく修正するようなことはないだろう。


「それではラウラ殿、そちらの条件はなんだ」

「帝都を離れる前、皇帝に奪われないよう監禁していた転移者を連れ出したはずです。今どこにいますか」




――――――――――




 戦場から西。距離はそれほど離れていない所に、何年か前の冷害で人のいなくなった小さな町がある。デモクリスはそこに転移者を移動させた。今は、デモクリスの部下とラウラが聖都に置いてきた聖騎士団が共同で見張っているという。


「ラウラ様、第一皇子と比べて第二皇子に当たりキツくない?」

「マザコン小僧にわたしと対等な口を利く権利はない!」

「ひでぇ……皇子のいる前で聞かなくてよかったよ」


 先行する案内役の馬を追いながら、三人は迎えに行く人物の話をしていた。


「あーもう、幽村しか使えそうなやつがいないなんて気が進まない……ポーさんが悪い影響を受けてないといいんですが」

「やっぱそこ気になっちゃうんだ~。ポーネット様、美人だしおっぱい大きいもんね~」

「幽村の魔法に入れ込んでいたから余計心配だろう」

「恋愛に興味はありません。弟分より妹分の方が新鮮でかわいいだけです」

「小山内きゅんが聞いたら泣くぞ」


 ラウラの一番の目的は幽村の確保だ。幽村は治癒魔法を使えると自己申告しているが、聖都ではラウラの動きを止める透明な壁を作る呪文を使っていた。

 他人に呪文をかける時に接触を必要とするラウラ、自己強化タイプの玄間や金剛寺では、油小路の火炎魔法とまともに戦うすべがない。そこでラウラは幽村が隠しているであろう能力に目をつけた。


「気になるのは幽村が素直に協力するかと、メナスとの関係です」

「ポーネット様とメナス様の関係とな? もしや高貴な百合の話か」

「違う! ……ポーさんは本気でメナスを恨んでいた節があります。あのナイフ男の影響でメナスをぶすっとやってないか心配なんです」

「あの子はちょっと暴力的だけど刃傷沙汰はしないだろ。見た目に比例して中身まで美しい美の人だぞ」

「人は汚れにも慣れるものですから」

「さすが、既に悪影響を与えた者が言うと説得力がある」

「ポーさんが乱暴なのはわたしと出会う前からですー」

「聖女殿、町から火がッ」

「はひ?」


 デモクリスの遣わせた案内役が指をさした。その先には人気の少ない寂れた町があり、今まさに黒煙を上げていた。

 町が燃える。風もないのに不自然な形の炎が吹きあがり、舞った火の粉が空を赤くする。その光景は普通の火災ではなかった。ラウラは急ぎ聖騎士達へ指示を出す。


「転移者を見つけるまではわたしの護衛を。デモクリスの部下たちと転移者を逃がすために帝都を出た聖騎士団には、バンデーン司教とポーネットが同行しているはずです。見つけたら一緒に避難しなさい。金剛寺と玄間は――」

「彼らならもういませんが」


 次に従者二人の名前を呼ぶ。だが、油小路がいたら逃げていいと伝えていたせいだろう。一瞬目を離した隙に馬を捨て全力で脱走していた。競走馬よりも速く走る金剛寺の背中で玄間がラウラに向けて手を振っている。


「この薄情者ーっ!」






 町に入る手前、炎に慄いた馬が進めなくなった。ラウラと聖騎士は自分の足で町に入る。火の回りから見える印象に比べ、熱気こそ凄まじいが息苦しさは不思議なほどに感じない。それに、その炎には熱さを忘れて魅入ってしまう美しさがあった。

 建物を燃やして生まれる火の粉がきらきらと弾けて輝く。幻想的な炎は魔法の証明、そしてこの場に油小路が来ていることを示す。

 つまり一騎駆けという皇帝の無謀な行動は目隠し。油小路を使って裏で転移者を奪還する目的もあったようだ。


 しかし、ラウラにはまだ疑問が残っていた。奪還しようとしている転移者とは誰を指しているのか。エピクロスの証言通りなら、高見は皇帝の関係者で確定している。問題は残る二人。

 戸波は帝国へ何をしに来たのか。

 幽村は本当にバンデーン司教に恭順しているのか。

 これまで幽村は助祭という立場を得ていたせいで無理な尋問をできなかった。しかし、状況が変わって高見、戸波、幽村という信用のできない三人が揃う今なら本性を見せるかもしれない。ラウラ一人で相対するには脅威が多すぎるという懸念もある。極力避けてきた殺し合いの覚悟を決める必要があった。



 デモクリスの部下から聞いた屋敷へ向かう間の道で、帝都に残してきた聖騎士達とすれ違う。聖騎士には火傷だけでなく切り傷や打撲も多く診られた。油小路だけでなく帝国兵と一戦交えたようだ。そしてその集団の中に、一際重い火傷を負ったバンデーンの姿があった。


「聖女様、どうしてこのような場所に!? ここは危険です!」

「殿下から転移者をこの廃墟へ移したと聞いて。それよりも司教は無事ですか」

「…………聖女様が、来られたのか」


 戸板に乗せられたバンデーンが苦しそうに上半身だけを起こす。


「私の、ことより……まだ、奥でポーネット殿が戦って……すまぬ……」


 バンデーンは灰で焼かれた喉でそれだけ答えると意識を失った。

 この先に町を襲った転移者がいる。ラウラは人がいると聖遺物を使う妨げになると言い、聖騎士を置いて走った。転移者を監禁するための屋敷へ近づくにつれ、地面に転がる死体が増えていく。目的地の手前では、刃物による死傷者はもうおらず、皆黒焦げになっていた。



「くっ、わたくしに何をしましたの……」

「レベル6の呪文でやっと効いたのかよ。しかもまだ全然だし……お前は殺さずに連れてくるように言われてんだから、あんま抵抗してくれんなって」


 屋敷の前に着く。ちょうど胸を押さえてうづくまるポーネットに藤沼が手を伸ばすところだった。ラウラは拾っていた剣を藤沼に向けて投げる。


「うおっ? なんだ」


 剣は藤沼をかすめて屋敷の壁に突き刺さった。しかし、当たったはずの藤沼の腕には傷が残っておらず、刃に怯んだ様子もない。新しい敵の到着を鬱陶しそうに迎える。


「む、外した? それとも一瞬で治癒したのか……?」

「……純白のコートに法衣。この世界でそんなもん着てるっていうと……おいおいおい、まさかお前、噂の聖女ってやつか」

「うるせぇ死ね!」

「っブネェな、このガキ!!」


 もう一度、今度は顔面に向けて落ちていた剣を投げつけた。藤沼は後ろへ跳んで大袈裟に距離を取った。しかし、怪我を避けたというよりビックリして反射的に避けてしまっただけだろう。危険や恐怖を感じたように見えなかった。

 藤沼は日本にいた頃、度胸があってケンカの強いタイプの不良ではなかった。異様なまでに落ちついた姿を見て、ラウラは警戒を一段階上げる。


 ラウラは再び落ちている剣を拾い、今度は直接切りかかろうと――だが刃が藤沼に届いたと思った直後、身体に走った電流が神経を支配した。頭に血が上り目の前が真っ赤になった。奇妙な高揚感で足下がふらつく。


「ラウラさんっ!? 大丈夫ですか!」


 何もないところで転んだラウラをポーネットが抱えて後ろに跳ぶ。


「意識が……いま、なにをされ……?」

「ハァハァ……ダメですわ。あの男には近づいてはいけません」


 さきほどまで戦っていたポーネットは、ラウラを胸の中に納めながら藤沼から視線を外さない。


「おかしいな、呪文は発動させたままなのに。おチビちゃんもオレの魔法に耐性あんのかよ」

「わたしに何を……」

「はははっ、ちっと気持ち良くさせてやっただけよ。身体が燃えるように熱いだろ。……まあ普通はそんなんじゃ済まないはずなんだけど、聖遺物の加護ってやつか」


 藤沼が一歩前に出るとポーネットが一歩後ろに下がる。

 身体能力を強化する類の魔法ではないのか、藤沼が強引に近づいてくる気配はない。しかしそれも、原因不明の不調に陥っているラウラとポーネットが時間を置かず動けなくなると踏んでいるからの様子だった。


 ここまでに藤沼が見せた力は二つ。

 最初に、剣の投擲による攻撃を防いだ力。

 ラウラとポーネットの体調を変化させている力。


「こいつ、なんの魔法だ……わからない」

「そんなっ、ラウラさんらしくないことを言わないでくださいな」


 いくつか情報はある。しかし、それらを繋げる魔法が思い当たらない。


 女神の力を借りて作られた魔法には原則的に破れないルールがある。

 魔法は誰かが胸に秘めた一つの願いから一つの魔法が生まれている。だから個人が使う呪文は願いにより何らかの系統に分類することができる。恐らくそれは最も根本にある部分であり、誰にも干渉できない領域にある。魔法そのものを作り変えたり、新しく作ることはできない。


 そして、そこからもう一つの原則が生じる。

 魔法は一人につき一つしか持っていない。しかし、これは異世界へ来た時に天使アザナエルによって分配されたもの。破る可能性があるとしたらこちらだろう。


「なんでもありの魔法があったとしても、やり方がせこい。もっと限定された複数の能力……魔法の複製、模倣、譲渡、略奪……そういう類の力ですか?」


 他人の魔法を使える人物がいる。口にしてから、その疑いのある人物を一人思い出した。自由都市シルブロンドで輪島を襲った男だ。


「さっきの、御影彰と同じ……」

「あれ、いま御影って言った? あーそっかマジかー、御影さんも知ってるんだ……。でもそれ、知りすぎだよなぁ……じゃあ仕方ない。こんな美少女を殺すなんてもったいないけど仕方ねーよな。皇帝には何かテキトウな言い訳しとくか」


 男の名前を出すと藤沼の表情が何かを惜しむようなものに変わった。そして殺意へと変わる。離れた場所からラウラとポーネットに手を向けた。


「浄火の炎よ 全てを燃やし光と化せ」

「いきなりか!? ポーさん、逃げ――」


 詠唱に合わせて藤沼の掌に巨大な火球が生まれた。それがラウラとポーネットを呑み込もうとする。とてつもない熱量を持った炎の玉だ。聖騎士の落としていった鉄の盾を以ってしても防ぐことはできないだろう。放たれた時点で相手は死ぬしかない。ラウラは先に喰らった魔法のせいで動けないポーネットを守るように前に立った。



「………………あれ、生きてる?」


 しかし、炎は届かなかった。

 屋敷の窓を破って飛び出してきた影が二人を守っていた。驚くラウラとポーネットの前に現れた男は、かざした手の前に生まれた透明な壁で炎を引き裂く。藤沼の炎は地面を黒く焦がして消滅した。

 その影を追うようにして、さらに屋敷から三つの影が現れる。


「高見と戸波、無事だったか。ついでにメナス様も、おかげで探す手間が省け……高見がいるならわざわざ美少女殺す必要ねーじゃん! いたなら早く出てこいよボケ!」

「藤沼っ!? お前こそなんでここに!? てかなんでお前が火炎魔法使えんだよ、聞いてねえぞ!」

「ワケわかんねーけど揉めてる場合じゃねえだろ! そいつを……早く幽村を殺せ藤沼ァ!」


 遅れて現れたのは高見、そしてメナスを抱えた戸波だった。


「幽村……?」


 ラウラとポーネットを庇って前に立つ幽村を殺せと叫ぶ。

 藤沼は状況を理解する時間もなかったが、二人の焦った様子を受けて、先程と同じ呪文を幽村へ向け放つ。


「浄火の炎よ! 全てを光と化せ!」

「あるべき時あるべき場所を守れ 人はいつも正しき姿を求める」


 再び透明な壁が炎を防いだ。行く手を遮られた炎は左右へ飛び散り、周囲の建物を燃やしていく。壁と炎が外界を遮断し、見えるもの全てが紅蓮の赤一色となる。

 燃え盛る炎の世界で、幽村は悠然と振り返った。

 そしてポーネットの方を一瞥してから、ラウラに日本語で話しかけてきた。


「ハッ、だらしねぇな。オレが多々良を助ける日が来るとは思わなかったぜ」


 隠している名前を呼ばれてラウラが動揺をみせた。


「てめっ、ずっと気づいてて演技してやがったのか!?」

「ンなことより連中が油小路をさらった敵ってことでいいんだよな。ボケっとしてねぇでちゃんと手ェ貸せよ。お嬢ちゃん」

「だれがお嬢ちゃんだこらぁ!」


 異世界に来てからつけていた胡散臭い伊達メガネを捨て、七三分けにしていた髪をぐしゃぐしゃに掻き上げる。高校時代、入学当初からラウラを睨み続けた三白眼の不良がそこにいた。


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