01 特別クラス
「クッソ梅田の野郎ッ、今日持ち検やるなんて聞いてねえぞ」
「また誰かやらかしたんじゃ――っておいサメ、番長来た」
「お、やっとか……なあなあ番長、いっぺん梅田シメてくれん? せっかく町に出て買った雑誌また没収されちまってさー」
真っ黒な学生服をゆるく着崩した生徒、鮫島と姫川が、朝から面倒な相談事を持ってきた。しかし、眠そうな顔で登校してきたばかりの大柄な生徒は、軽く視線を向けただけで、どうでもよさそうに大口を開ける。
「ふああぁ~……俺を頼る前に問題起こさないようにしろよ……ンなことより朝まで医学の参考書読んでたから眠くてムリ……」
「医学書ってどうせ筋トレ雑誌やんか、頼むわ番長やろ」
「売られたケンカ買ってるだけで自分で番長なんて名乗ってねえから」
番長と呼ばれた生徒は、あくびをしながら答えた。
騒がしい教室の外には2-Aと書かれた白札。
大きなあくびを重ねる少年は、ひと目で高校二年生だと判断するには難しいほど日本人離れした体格をしていた。夜更かしの影響で目も口も半開きの寝ぼけた顔をしていなければ、さぞ逞しい青年に見えるだろう。もっとも、人によっては筋肉質な巨体と切れ長で彫の深い目元に恐怖心を抱くかもしれないが。
番長――昭和を想起させるようなアダ名で呼ばれる生徒は、“未成年更生施設”と地元で悪名高い全寮制高校、緋龍農業高等学校のまとめ役として全校生徒から一目置かれている多々良双一だ。
「仕返ししたいならもっと飯食って鍛えろ。おっそうだ、今度一緒に芋掘りに行くか? 体も鍛えられるぞ」
「元柔道オリンピック候補やぞ、芋掘って勝てる相手とちゃうわ」
「だいたい仕返しなんて人に頼っても意味なくねぇか」
「でもよぉ、自分でできないからあきらめるのも違げぇだろ」
「アレに勝てるの番長しかおらん……ってか番長は芋と豆しか食わんくせに、なんでそんなガタイしてんの」
「そりゃ10歳で筋トレと格闘技に目覚めたからよ」
白いワイシャツの袖を捲くり、ぐっと力こぶをつくる。その鋼のように硬い膨らみは、野外実習の多い農業高校の生徒特有の日焼け――ではなく南米出身の祖母から受け継いだ浅黒い肌のおかげで三割増しに逞しく見えた。
半年間、同じクラスで過ごして、特に理由もなく拳を上げる男でないと知ってはいるものの、同世代とは思えない筋肉の訴える圧力が鮫島と姫川の頬をひきつらせる。
「筋肉見せつけたいのは分かったから、そろそろ学ラン着て来い。もう十月終わりだぞ。見てるだけでさみーよ」
「マッチョは暑がりなんだ」
「自分でマッチョ言うな」
「あといい加減、バイオ科の畑荒らすのやめたれ」
「…………知ってるか、三年のバイオ科だけ高級品種育ててるって。それに猪退治してやった礼に好きなだけ持ってっていいっつうから」
「ぶっはははは、猪捕ったって半年前じゃねえか! いつまでたかってんだよ!」
双一たちが笑い声をあげて話していると、教室の後ろの扉が乱暴に開けられる。遅刻ぎりぎりで入って来た生徒は、幽村だった。多くの不良が双一にケンカをふっかけては返り討ちに遭い、双一の前ではある程度おとなしくなる中、ただ一人意地を張り続ける少年だ。
ガンッ、と大きな音を立てたにも関わらず一瞥もしない双一の背中を睨みつけ、そのまま二つ後ろの席に座る。
「チッ、最近やたら電池切れるの早くてムカつくぜ」
幽村はスマホの電源を入れてゲームをやろうと――だが画面右上のアイコンが赤く染まり、電池残量が2%しかないことに気づくと、すぐに画面を落とした。スマホを充電器に繋げて学生服の内ポケットにしまい、イラ立ちをぶつけるかのように前の席を上履きで蹴りはじめる。
双一と幽村の間には、男子にしてはきゃしゃで色白、いかにも気の弱そうな少年が文句も言えずに肩を縮こまらせていた。
「おーいチャル、後ろのアホ静かにさせろ」
「むむむむりだよぉ。アニキが言ってよ……」
後ろに聞こえないように小声で小山内が答える。
「しゃーねぇな……幽村、イス蹴んのやめろー」
「っせーな、てめぇは小山内のママか、保護者はすっこんでろ」
「一応舎弟なんでな、チャルにケンカ売るってことは俺にケンカ売るってことになんだよ。そろそろ分かれ」
席を立ち、上から威圧するように幽村を見下ろす。
双一と小山内茶琉は親分と子分の間柄として知られている。しかし、二人の正しい関係は幼馴染だ。双一は子分だと思っていない。小さい頃に同じ外国人の血を引くよしみで双一がイジメから助けて以降、小山内が一方的に慕って小間使いのような立場をやっていた。
「……ちっ! 調子乗ってんじゃねえぞ、多々良ァ!」
ぶ厚い筋肉の鎧をまとった身長190センチの双一に上から睨まれると、大抵の男は自分が矮小な存在になった気分に苛まれる。幽村もだんだんと居心地が悪くなったか、立ち上がって怒鳴りつけた。
単純な殴り合いならば不良高校だけあって他の生徒も慣れたもの。だが、幽村はキレるとすぐに刃物を出すせいで、二人のやりとりを楽しんでいるクラスメイトにも緊張が見えた。
「いつでもやってやんぞコラァイデデデデ! 放せやクソゴリラ!」
しかし、緊張はすぐ笑い声に変わる。勝敗がつくのに三秒もかからなかったからだ。幽村が自慢の折りたたみナイフを開く前に、手首を捻られ、ナイフは双一に没収されてしまう。
「くそがァッ、やってくれんじゃねぇか! 手首折れたぞオラァ!」
突き飛ばされて強引に座らされるも、幽村は怯まず恫喝を続ける。
「ぶぷっ、当たり屋かオメーは」
「笑ってんじゃねえ、とっとと返せクソゴリラ! それトランス社の新作だぞ、価値わかってんのか!」
「……ふーん。じゃあ卒業まで借りとく」
「いやマジで返せ! テメェが毎回パクってくからそれ最後の一本なんだぞ」
「だから卒業する時に返してやるって」
「あ、あのね幽村くん!」
「テメェも文句あんのか小山内ィ!」
今度は吠える幽村に小山内が話かけた。
もちろん双一の背中に隠れて、だが。
ちょこんと顔だけ出して怯える女の子のような仕草に、女子が一人もいない特別クラスの男子たちの間で何やら穢れたピンク色の空気が漂いだす。ただでさえ、モデルをやっている母親の影響が強く、伸ばした髪を結ったり化粧をしなくても美少女に見えてしまうのだからタチが悪い。
「そういう時はね、一回再起動させるといいよ? 余計なアプリが切れずに処理が繰り返してるから電池が減っちゃうんだ」
「……ン? あ、ああ、スマホの話か」
見た目通り女の子のような柔らかい声に毒気を抜かれたらしく、幽村は小さく小山内に謝ると机に突っ伏してしまう。
幽村の静かになった様子に双一も席につくと、ポケットの中で没収したナイフを転がしてホームルームまでの時間を潰す。
「……双一、あまり凡人をいじめてやるな」
「あン? クラスメイトの名前も覚えずに凡人呼びのがひでぇだろ、貴志はもっと協調性持ったほうがいいぜ」
「お前が言うか」
「アーアーアーうっさいのう!! とっとと席につけぇ! 毎日毎日クソガキの相手でイヤになるわい!!」
滅多にクラスメイトと話さない貴志瑛士が珍しく声をかけてきたところで、担任の梅田が入ってきた。出席簿を、バシンッ! とわざとらしく大音を立てるように叩きつける。
双一には僅かに劣るが、普通の高校生からしたらまったく敵う予感がしない巨躯の男を前に、全員自分の席につくと教室が静まり返った。担任は出席番号順に名前を呼びはじめるが、生徒たちは担任と目を合わせようとせず、下を向いたまま返事をする。うつむいた生徒たちの視線の先では――
――――――――――
ヤっさん> 連絡、本日のファイトクラブもお流れで
青木> 番長が苦戦する演技してくれないと永遠に成立しない
委員長> 校則で賭博行為は禁止されています
やめてください
たかみー> そんなことより小山内がかわいすぎてつらい
サメ> アカンわ男子クラスマジつれぇ
なんでこのクラス女子おらんの
――――――――――
それぞれ机の影ではスマホの画面が淡く光っていた。
生徒たちが下を向いている理由は「暴力教師の担任が怖いから」なんてかわいらしい理由ではない。このクラスは二年の特別クラスだ。問題児を集めた高校の中でも更にタチの悪い生徒を、学科の壁を越えて一ヵ所に閉じ込めた檻である。時代錯誤の暴力教師に多少殴られようが投げ飛ばされようが反省などしない。生徒たちが担任から目を逸らし下を向いている理由は、ホームルームの時間は毎朝クラスチャットが盛況なだけだった。
嫌いな担任の声を耳に入れないように、双一もチャットアプリを立ち上げる。
――――――――――
姫男> 悲報・蝶柱幽村
番長に最後の刃【バタフライ】を奪われる
幽村> 姫川、コロスから昼休み牛舎に来い!
姫男> 牛舎てw 一人で乳しぼってろカスw
鉄人> 不良界のチワワ
幽村> 鉄もあとで殺すワン!
うら兵衛> 実は仲イイんだろか、こいつら
ハチマン> 番長にも正義の鉄槌を下してくれカス
姫男> 罪状は?
ハチマン> 小山内独占禁止法で
チャル> ごめんね、アニキには逆らえないんだ
コンゴウ> ゴリ番にパシらされて小山内ちゅんかわいそ
でもそこがかわい
玄間> 小山内フィギュア作ったら学祭で売れると思う
コンゴウ> ゲンゲンがデザインしたら彫るぞー
姫男> お二人さん、ここクラスチャット
コンゴウ> おっと拙僧としたことが失敬
ハチマン> こいつらオタ卒業しないと寺に帰れないんじゃねえの
玄間> 不純物まみれの三次元で悟りは開けんのだ
コンゴウ> 愚かな現代人よ
キャンバスに平和を描くことから始めるのです
ハチマン> ダーメだこいつら
委員長> 校則でカルト宗教への勧誘は禁止されています
やめてください
コンゴウ> 仏教徒ですけど!?
サメ> やばい男子クラスマジつらたん!
出会い欲しい恋したい!
サメ> もう最近顔さえ良ければ男でもええかなって
チャル> ごめんなさいッ!!
サメ> 思ってたりするんやけど、小山内どや?
サメ> はえーよ
青木> 小山内選手フライングのため
鮫島君の告白は仕切り直しまーす
サメ> …………しませんけど
下げ箸> ちょっと悩んでんじゃねえよアホw
――――――――――
案の定、今朝もクラスメイトのほとんどが参加して好き勝手に話していた。いつもと変わらぬ馬鹿話に大きなため息が出る。
「八幡と金剛寺はあとでシメる、っと」
教室の後ろの方からふたつ、鶏を絞めたような声が重なった。しかし、うら兵衛こと浦部が書いているように、揉め事が絶えないようでいても、なんだかんだで毎日クラスチャットが賑わっているのは、狭い教室で退屈に耐えられない程度には仲が良いからなのだろう。
毎年何人も退学者を出す特別クラスとしては、非常に珍しいことだった。その理由として、2、3例年と違うことが考えられる。
まず特に血の気が多い学生は、入学時から不良にとって注目の的だった双一にケンカを売ったあげく返り討ちにされている。結果、この高校にいても幅を利かせる事はできないと多くが進級前に自主退学していた。
また二年の特別クラスは暴力性の高い生徒よりも、自分の欲求に抗えない理性の緩い個性的な生徒が集められたせいでもあった。
他にも考えられる理由として、二年特別クラスには女子が一人もいない。学校全体で女子が少ないのは農業高校の宿命であり毎年のことだが一人もいないのは珍しい。他クラスのように教室内で数少ない女子を取り合おうと水面下の争いがないことも挙げられるだろう。
若干一名、たまに奇異な眼で見つめられている男子生徒もいるが、そこは怒ると怖い番長の子分ということで停戦協定が結ばれている。
「不良は意外とさびしがりが多いからなぁ……」
「言っておくと兎が寂しいと死ぬというのはデマだ」
「貴志よぉ、俺の心を読むなっていつも――」
「そんじゃあ授業遅れんなー。予定通り裏山に集合じゃからの」
クラスチャットを追っている間に朝のホームルームは終わっていた。顔を上げると、すでに担任が出席簿を閉じて教室のドアを開けるところだ。
「それからタタルゥラぁあああ!」
退室する間際、振り向くと双一だけが巻き舌気味に怒鳴りつけられる。
「んお?」
「オマエ、ワシがしゃべってン時にスマホ見てんちゃうぞ、ボケ! ったく調子くれよってからに……これで一教科でも赤点がありゃ指導しちゃるんじゃが」
「成績良くてすんませーん」
「ナメんなクソガキがぁ!!」
壊れるのではないかというほど強く扉が閉められる。
自分に逆らう不良を指導と称して痛めつけるのが担任梅田の趣味だ。
学内で大きな問題が起これば、最後にはどんな不良でも腕力と柔道技で抑えられる梅田が他の教員から頼られる。そのため、昔ながらの体育教師らしく好きに振舞えるだけの地位を確立していた。
これまでそうやって気分良く王様気分で教師生活を送ってきたところに、多々良双一という厄介者が登場したことで、そのストレス発散の場が奪われてしまった。
番長と呼べるだけの強者がいることで、大人の目が届かない場所での流血事件が減ったことも事実であり、影で双一を頼りにしている教員まで出てくる始末だ。そうした理由があり、双一は梅田から目の敵にされていた。
「うっぜぇな、あの角刈り」
「多々良君は座って体を丸めてても目立ちますからな。それに、髪型はほとんど同じなのでは?」
「ウォイ!? 俺のオシャレなフェードを千円カットの角刈りと一緒にすんな!!」
斜め前の席の生徒に鼻息を荒くして答える。やや浅黒い色の肌と同じく南米出身の祖母から受け継いだクセ毛は手入れが難しい。雑に刈り上げただけの髪型に見えるがこだわりがあると主張する。
「なぁ博士、柔道の授業でシメ落とすのは犯罪じゃないよな」
「どうでしょうな、法律は専門外ですし。中馬君どう思います?」
「事情聴取されたらクラスの大半は面白がって多々良が故意に危険な技を使ったと証言するだろ。有罪になる可能性が高い」
「いつも俺に梅田をシメろって言うくせに……あ、待てよ?」
家の都合で法律に詳しい中馬のアドバイスに双一は頷く。
「そっか、先に余計な発言しそうな奴ら、というかクラス全員落としておけば合法的に梅田をボコれるじゃん」
「私まで巻き込まないでくださいな」
「はは、冗談だって冗談! ……梅田がこれ以上、俺を怒らせなきゃな」
最後にボソリと嫌な呟きが付け足され、クラス中からいぶかしげな視線をぶつけられるが、双一は知らん顔でジャージに着替えはじめる。
授業で使われる裏山、と言っても緋龍農業高校が所有している土地は広大であり集合場所はいくつもある。この日の授業は林業の実習であった。校舎から駆け足で移動するだけでも三十分ほどかかる山の中、2-Aの生徒たちは担任が来るのを待つ。
林業の演習林を持つ高校は珍しい。林業を目指す生徒は年々減少している上に、時には熟練のプロでも大怪我をする危険な職業だからだ。問題児たちもさすがに何度目かの授業で危機感を覚えたらしく、全員しっかりとゴーグルとヘルメットを着用している。
「ところで委員長、なんでいつもと違う山なんだ?」
授業の始業時刻が過ぎても一向に姿を見せない担任。双一が学級委員長の各務に、何か聞いていないか確認を取った。
「ぼくは聞いていません。それより多々良君、先生が来なくても授業は始まっています。私語は謹んでください」
「へーへー、委員長様には迷惑かけませんよ」
各務は番長と呼ばれる双一を前にしても怯まず注意をする。単純にそれだけならクラス中から軽い賞賛があるものだが、各務には時間や規則に少々行き過ぎな潔癖さがあるため誰も冷やかしたりしない。
しばらく待っていると教員がやってきた。しかし、演習林にいるのは担任の梅田一人。本来なら林業は担当する他の教員が来るはずであり、生徒たちは首をかしげる。
「柏木先生は?」
「ああ、柏木先生はもうこのクラスに来たくないということで、今日は授業内容を変える」
「ハア? 来たくないだぁ? こんな山の中まで走らせてバカにしてんのか」
「とっとと柏木連れてこいよ梅田!」
「柏木給料泥棒かオイ!」
突然の授業変更に、沸点の低い生徒の不満が即座に爆発した。
「黙れぇいクソガキども!! オマエらのせいじゃろがい! つかオマエじゃ金剛寺!! どこ向いちょるキサマ!」
そんな不良生徒たちの罵倒を物ともせず、梅田は怒鳴り返す。
担任教師が上げた怒声の最後、明らかに特定の生徒を睨んで叫ばれたため、全員罵るのをやめて梅田が指さした先を見る。するとそこには、つるんと丸めた坊主頭にタオルを巻き直している少年がいた。
「…………拙僧が何か?」
「何か、じゃと? おうおう、そこのエロ坊主。オマエ、前の連休に無断で寮を抜け出したらしいのう」
ゆっくりと詰め寄ってくる担任に、金剛寺の顔が青ざめていく。
眉を片方だけつり上げ、ゆらゆらと首を振りながら歩く姿はもはや教師のものではない。金剛寺の眼にはヤクザにしか見えなかった。
「な、なんのことで……」
「しらばっくれんなボケェ、オマエは先週のことも忘れっちまうのかあ? オマエの脳ミソはそのハゲ頭と同じでツルッツルのシワひとつないパチンコ玉でも入っとんのかー、んんー?」
剃毛した坊主頭がヘルメットの上から拳でノックされる。クッションになる髪がないせいかコツコツと渇いた音がよく響く。
「金剛寺ぃ、お前、脱柵しただけじゃなく、偽名でチェーンソーアートとかいうなにやらオシャレな大会に出てきたそうじゃのう」
「えっあの、ええと、チェーンソーアートはオシャレな大会ではなく、むしろ男らしさを表現する場といいますか」
「あー……またやっちまったか金剛寺……」
梅田の言葉に納得がいったか、クラスメイトの冷たい視線が金剛寺に刺さる。
金剛寺の趣味がフィギュア製作ということは誰もが知る事実だった。しかも寺の息子でありながら、仏――過去に悟りを開いたとされ、賢人や聖人として崇められる者を、現代のアニメ風にしたデザインでフィギュア化して個人サイトで売りさばいていたのだ。
さらに付け加えるなら、それらの聖人たちは皆、ナゼかいやらしい衣装で肌を露出し、女体化までさせられていたという。
学生が親に無断で商売をしていただけならまだしも、尊重すべき仏を成人向けフィギュアよろしく淫らな人形に作り変えていたとあっては厳格な住職が許さず、不良には特別厳しいと評判の高校に入学させられる運びとなった。
「脱柵すんなら上手くやれハゲ」
「未成年が18禁フィギュア作んなやハゲ」
「それも一般の大会でるとか馬鹿なのかハゲ」
「違う! 今回はちゃんと技能競技会としてまともなものを作った! 実際、特別審査員賞も貰えたのだ!」
「ほーーーーーん」
声を合わせて心底どうでもよさそうな返事が木霊する。細められた目からも「エロフィギュア以外作ってるの見たことないし、絶対ウソだろ」という侮蔑のメッセージが込められているのは明らかだ。
「その大会には柏木先生も参加しておったらしくてのお……惜しくも入賞は逃してしまったらしいんじゃが、それに気づいたコイツが等身大エロフィギュアを抱きながら先生を思い切りバカにしてくれたらしく……実は学校に来ておらん」
嫌味ったらしい口調で再度ヘルメットが叩かれる。
「というわけで、ワシはオマエ達に連帯責任として罰を与えねばならない」
「……皆、すまぬ」
「まー柏木は見るからに軟弱……繊細そうな顔してっし、しゃあねぇべ」
「切りかえていこうぜ」
「でもハゲは残機ゼロだかんな、気ぃつけろ?」
連帯責任。
使われる側なら誰もが嫌うこの単語に文句のひとつも出そうなものだが、全員すでに観念している様だった。
二年特別クラスに編入されて半年、クラスのほぼ全員が既に何かしらの事件を起こしている。その結果できたのがクラス連帯責任制度であり、「どんな失敗も二回までは許そう」というルールも同時に生まれた。
二回まで、という部分に自身と他クラスメイトへの信頼が窺える。
「キサマら、ちったぁ反省せえよ」
「次はもっと上手くやります!」
「はあぁ~……まあええわ、理由はどうあれ、柏木先生には元気になって学校に来てもらわないかん」
叩いてみろとばかりにヘルメットを突き出す金剛寺には、説教どころか殴ったところで反省しないとわかっているらしく、この場ではそれ以上責めず話を進める。
「そんでまあ、あれな。そろそろちょうど良い頃合い、じゃなくてオマエらには柏木先生に謝罪するため、先生の好物の松茸を探してもらうことにした」
「……マツタケ?」
想定外の罰を言い渡され、担任にポカンとした顔が向けられる。
梅田の楽しそうに弛んだ顔を見れば、罰というより個人の都合で生徒たちをいいようにこき使ってやろうという目論見が透けていた。
「はい、先生」
「どうした各務ぃ、文句あるかー」
「質問です。先生の方針なら授業内容を変更するのは構いませんが、この近辺で松茸が採れるなんて聞いたことがありません」
「クククッ、問題ない。この山には去年、ワシが通販で買った〈完全世話要らず、置いておくだけで採れる国産松茸栽培セット、にょきにょきマツポン♪〉をバラまいておいた」
学校から課せられるツラい奉仕活動を何度も経験している生徒たちも、たまらず顔をしかめる。
「なんだその商品は、松茸ナメてのんか」
「なんでこんなバカが農校の教師やってんだ」
「最近のガキは経験もなく何も知らんくせに、すぅぐネットで聞きかじった安い知識で否定から入る。これはそういう甘えた態度を矯正するための教育じゃい」
遥か年下の生徒達からのバカにする声に、梅田の顔が真っ赤に染まる。
「アーアーアー! うっさいのぉホンマに!!! 殴られたくなきゃ、こん籠持ってさっさと行けい!」
生徒たちの前に空の籠が放り投げられた。
切り株に腰を下ろしタバコに火をつける担任。生徒たちは不満を垂れながらも籠を拾うと、重い足取りで獣道に入っていった。
一部キャラ名変わりました。