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その勇者、うんこにつき  作者: ふろばのねこ
第一章 痴漢勇者・ミーツ・美少女兵器
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魔王との再会

 ……魔王軍であるはずのコムが、同じ魔王軍と戦う? どういうことだ?


「説明が遅くなったことはお詫びするわ。私の仕事を実際に見てもらわないと、信じてもらえないと思ったから」

「あいつらは何なんだ? 魔王軍じゃないのか……?」

「彼らは魔王軍よ、でも反乱分子なの」


 と、見物人たちの興味津々といった視線が一斉に注がれていることに気づく。居心地が悪い。


「場所を変えましょう」


 コムに連れられて、路地裏に移動した。


「どういうことだ?」

「魔王軍で内部抗争が勃発しているの」


 正直、魔王軍の内部抗争なんて、どうだっていい。野次馬的な興味さえ湧かなかった。


「つうことは……俺が今後、請け負わされる仕事ってのは、反乱分子の鎮圧ってわけかよ」


 さっきは結果的に民衆を助けることになったものの、あくまで目的は魔王軍内部の反乱分子をブチのめすことなのだろう。


 元勇者でありながら、魔王軍の内部抗争に巻き込まれるってのも情けない話だ。

 俺のプライドはそこまで地に落ちたんだろうか。


「……それも少し違うの」


 じゃあなんなんだよ?


「私たちの仕事は天楼の治安維持よ。名刺にも書いてあったでしょう、私たちはパトロール隊なの」

「はあ?」

「治安を乱している人間は取り締まらなくてはいけないわ。だから敵の大半はおのずと、そうした私たちの活動に反する行為に手を染める、魔王軍の反乱分子ということになる」

「治安維持って……んなバカな」


 思わず一蹴してしまった。

 治安を乱してるのは魔王軍だろうが。この女、なに言ってんの。


「パトロール隊は立ち上げて間もないものだから、まだ知名度もない。これまでの魔王軍を思えば、あなたが信じられないのも無理はないわ。でも魔王さまに会えば、真実がわかる」


 ……魔王に会う?

 俺は硬直する。


 魔王軍に入るんだから、魔王と顔を合わせないわけがない。

 そんな当たり前のことが頭から抜けていた。


 元勇者だとバレてしまったら、変な勘繰りをされかねない。

 たとえば魔王軍に忍び込んで魔王の首を取ろうとしているだとか。

 どれだけ否定したところで、誰も信じてはくれないだろう。


 最悪、見せしめのために殺されたっておかしくない。なにせ相手は黒社会組織なのだから。


「私が折を見て魔王さまに紹介するわ」

「いやいやいや、お、俺、ぜんぜん下っ端の見習いだし、それは遠慮しておき──」

「ナイスタイミングっていうのはこのことね」

「え?」

「魔王さまよ」


 コムの視線が俺の背後に注がれている。


「魔王さま、お疲れ様です」


 コムが敬礼した。

 俺は恐る恐る振り向いて──ああもう絶句するしかない。


 俺の目の前には、あの魔王ハクロが立っていた。


 いかにもマフィア然とした厳つい容姿は相変わらずだ。

 一八〇センチは優に超えているだろう見栄えする長身と、がっしりとした体躯。

 しかも超正統派の美形だったりする。

 年齢は二十八とか九とか、そんなもんだろう。


 無様に敗北した決戦の日が、フラッシュバックする。なんかもう吐きそう。


「コム隊長、ご苦労様です。ちょうど永康路を通りかかったんです。そうしたらあなた方が彼らを撃退していたところ見ましてね。迅速な対応、感謝します」


 突然のことに魔王の言葉が頭に入ってこない。

 部下相手にやけにバカ丁寧な口ぶりだとぼんやり思うも、意外に感じるほどの余裕もなかった。


 俺はそそくさと魔王から距離を取って、コムの背後に控えた。

 あんまり近づくと、俺が元勇者だとバレてしまう。なにせ魔王とは近距離で拳を交えているのだ。

 俺はサングラスのつるをがっしりと掴んで、顔をできるだけ隠そうと必死だった。


 そんな俺に、コムがわずかに眉をひそめた。魔王を前に失礼だとでも思ったんだろう。自分自身はめっちゃ無愛想なくせに。


「魔王さま、彼、ソウエは今日から魔王軍見習いとして、パトロール隊の一員に迎え入れる逸材です」


 コムは真顔&抑揚のない声で告げると、俺を魔王の前に突き出した。


「うわ、ちょ、おい……!」

「彼の拳術は一流です」


 魔王が俺を見つめてきた。

 うわああああ俺の身体が勝手に動いて、もじもじとコムの背後に隠れ出す。


 と、魔王の眼差しが、すうっと鋭くなった。


「あなたとは、どこかで会ったことが……」

「ありえません!!」


 俺は勢い余って怒鳴った。

 エア・ビンタされる人みたいに、ぶんぶんと顔を左右に振りまくって、最大級の否定を表明する。


「いやあの、会ったことあるだなんて、絶対そんなことない、ぜんぜんない、だって俺は、えっと、コムさんの、ただの、と、ともだちで……」

「いえ、私たちはそんな関係では……」


 コムが律儀に否定しようとしてくるので、


「なに言ってんの、俺たちもうともだちじゃん!」


 俺は吼えた。

 そんなやりとりを見た魔王が、さっきまでの鋭い眼差しをふっと緩めた。

 打って変わって、穏やかな微笑みを浮かべる。


「仲が良さそうで何よりです。……ご挨拶が遅れましたね、僕はハクロ・ゲツジュ、魔王です」


 魔王は、にっこりと手を差し出してきた。


 俺はいきなり出鼻をくじかれた気分。

 これが魔王? こんな穏やかな表情するもんなのか?


 よくよく思い返してみれば、決戦の時も魔王はあくまで紳士的だったような気がする。

 魔王軍の荒くれ者を率いていくためには、こういう人間的魅力も必要不可欠なんだろうが……こんないかにも人の良さげな笑顔の裏に、卑劣な欲望まみれの素顔を隠していると思うと、言葉もない。


 俺たち民衆は、魔王率いる魔王軍によって搾取され、虐げられているのだから。


 悶々とする俺に、魔王が言った。


「これから天楼のために力を合わせていきましょう」


 ん?


「魔王軍は今、生まれ変わろうとしています。自分たちの利益のために他者を虐げるのではなく、人々が皆、安心して暮らせる街づくりをしていくことが、僕たちの務めなんです」

「……え、あ……は、はあ……?」


 生返事しかできない。


「魔王軍の古い体質を改革していくことは容易ではないでしょう。そのためにはあなたのような新たな力が必要です」


 ちょっと待て……これも魔王軍のえげつない勧誘の一種か? いやでも魔王軍に入ろうなんてやつには、正義感に訴えかけるよりも、魔王軍でいい思いをさせてやるぜ的なスカウトのがよっぽどいいんじゃね? どういうことだ?


 差し出された魔王の手を取れぬまま、俺が戸惑っていると、魔王がしっかりと俺の手を握ってきた。


「あなたの働きに期待しています」


 ……正直に言おう、俺は完全に圧倒されていた。

 上に立つ者だけが持つカリスマ性を、ひしひしと感じてしまったのだ。

 それは理屈じゃない、問答無用のオーラのようなもの。


 俺は一年前、こんなやつと戦ったのか……。

 よく勝てるだなんて思ったもんだ。身の程知らずにもほどがある。


 そんな中、コムがいきなり魔王の胸元を指差した。


「魔王さま、お洋服にごはん粒がついています」


 超真顔で指摘された魔王は、気恥ずかしげに笑って、かぴかぴの米粒を払いのけた。


 ……なんという茶目っ気だろうか。

 そんなもんまで備えているとは、もはや非の打ち所がない。


「今日は炊き出しだったものですから」


 は?


「教会のボランティアに無理を言って、身分を隠して参加させてもらいました」


 天楼にはそこかしこに教会が建てられているのだが、これも天楼に住まう人々の信心深さの表れである。

 ちなみに歴史を感じさせる古い鳥居なんかも多く残っているし、太古の時代の遺跡が今なおどこかに眠っているなんて都市伝説まである。


 ってのは今はどうだっていいんだが──教会の炊き出し? 魔王なに言ってんの?


「いかがでしたか」

「事態の深刻さを肌で感じざるを得ませんね。この街のいたるところに最低限の衣食住さえ得られない人々がいる……早く手を打たねばなりません。問題は山積みですが、一歩ずつ進んでいきましょう」

「はい。……ところで魔王さま、袖口に、なにか……ついています」


 淡々&平然がトレードマークのコムが、珍しくかすかな躊躇を見せながら、魔王に手を伸ばす。

 袖口に付着していた緑色のブツを手に取った。


 丸く小口切りされたネギだった。


「ネギでしたか。炊き出し用の雑炊の薬味ですね。すみません、お恥ずかしいばかりです」


 苦笑する魔王に、コムもつられて微笑みかけるが、だがすぐに俯いて無表情を取り繕った。


 美少女兵器の力をぶっ放してしまわないように注意しているのだろう。

 コムの愛想の無さは、彼女なりの気遣いなのだと、俺はようやく理解した。

 素直に笑えもしないとは、さすがに難儀すぎるだろうに。


 ──などと同情を寄せつつ彼女を眺め、そこで俺はふと気づいてしまう。


 再び顔を上げて魔王を見つめるコムの、その眩しげな眼差し。わずかに上気する頬。

 ……ああそういうことね。


 だが、同時に、魔王の左手にも思わず目が留まった。


「それでは、僕は打ち合わせがありますので、そろそろ行きますね。ソウエくん、これからよろしくお願いします。また会いましょう」


 魔王は去って行った。


 コムは例のネギを目線の高さに上げると、その円形越し(へなへな&しなしな)に魔王の後ろ姿を見つめた。


「……指輪、してるものね」

「は?」

「なんでもないわ」


 コムはため息まじりにネギを地面に払い落とした。


 魔王の左薬指にはめられたシンプルなシルバーのリング──コムがその存在に気づいていないわけはないのだった。

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