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その勇者、うんこにつき  作者: ふろばのねこ
第一章 痴漢勇者・ミーツ・美少女兵器
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民衆を、ブチのめす!?

 天楼は、わずか二百メートル四方ほどの面積を持つ、小さな孤島に過ぎない。


 にもかかわらず人口はおよそ五万人。

 世界屈指の人口密度だ。


 高層建築物が乱立するわけは、狭い土地を限界まで活用せざるを得ない事情があるからなのだった。


 隣り合うビルが渡り廊下や通路によって無理やりに繋げられ、その様相はまるで天楼全体が一つの巨大な建築物のようであり、要塞のようでもあった。


 経済的困窮によって十分な資金もない中、いい加減な増築を繰り返し続けた結果、あまりに乱雑なビル群が形成されるに至ったのだ。


 たとえば、連れ出し喫茶(俺の両親がやってるやつ)が入居しているビルの場合──最上階である六階の上には、左右に隣接するビルの七階同士を繋ぐ通路が、ちょうど乗っかるような形になっているのだが、現状その通路は腐食が進んでいて、使い物にならない。


 もし左右のビルを行き来したいのなら、斜め後方のビルを経由するしかない。

 一旦、路上まで降りてから移動するというのも不可能だった。

 というのも、右ビルの一階から二階への階段が崩れ落ちていて、通行不能だから。


 もっとも俺たち住人はこの島しか知らないので、さほど不便だとも感じないし、慣れたものではあった。


 俺はコムに続いて、そんな天楼の街を駆け抜けた。


 彼女は思ったよりも足が速い。

 重心移動も悪くないし、基本的な鍛錬は積んでいるようだった。


 これで微笑みというスゴ技まで持っているのだから、ガチで向かうところ敵ナシだと思う。あの魔王にクーデター起こすことだって出来んじゃね?


「しばらくは見習いとして、私たちの仕事を手伝ってもらうことになるわ。あなたの働きが組織において認められれば、正式な構成員になることができる」


 魔王軍の構成員となるには腕に覚えのあることが必須だというのは有名な話だ。

 見習い期間中に、俺の実力を見て、正式な構成員にするかどうか決めるということなのだろう。


「私の本音としてはすぐにでも構成員になってほしいのだけれど、私にはそこまでの権限がなくて──悪く思わないで」

「いやいやいや、ぜんぜん大丈夫だから」


 むしろいくらか安堵した。

 見習いならば、頃合を見て足を洗うこともできるかもしれない。

 まだ後戻りする道が残されている気がした。

 まあ、コムのあの強引な勧誘を思うと、そう簡単にはいかないのかもしれないが。


 俺はわずかに足を速めて、コムの隣に肩を並べた。

 ちょうど路地裏を抜け、天楼のメインストリートに出たところだった。


 路上のいたるところで老若男女が武術の稽古に勤しんでいた。


 ここ天楼において武術は、単なる趣味だとかスポーツだとかいう以上の、特別な意味を持っている。


 古より受け継がれた文化であり、住民にとってはアイデンティティにも等しい。

 もしかすると本土西部の一地区における漫才なんかに近いものがあるのかもしれない。


 天楼はその昔、武神が棲む聖域だったという伝説まであり、それがこの島の名の由来だとも言われていた。

 科学の発達した現代においてなお、預言者の神託なんてものが受け入れられていることからしても、天楼にはそもそも目に見えないものを尊ぶ精神性が培われているわけだが、それは普段から気功と慣れ親しんでいるせいがあるのかもしれない。


 また、歴史的事実に触れるならば、天楼は周辺諸国にとって本土侵攻における戦略上の要所であり、古くから争いに晒され続けてきた。

 そのため民衆たちはおのずと自衛手段を身に着けていったという側面もあった。


 長らく自治権を勝ち得続けられたのも、武術によって侵略者たちを退けることができたから──そんな自負が民衆たちにはあるし、俺だってそれは例外じゃない。


 何にせよ、天楼の住人には腕に覚えのある者が多い。

 幼少期より武術の修練に励むのが、天楼に生きる者としての心得というようなところがあるのだ。


 それを思えば、コムの能力はまさに反則技にも等しい奇術だ。敵を無力化させてしまうのだから。

 一体どんなからくりになっているのか──。


 考えを巡らせながら、ちら、とコムを横目で眺めた。

 彼女はそのわずかな視線を感じ取ったようで、相変わらずの無表情で言ってきた。


「何か質問があれば聞いて」

「……じゃあ遠慮なく。あんたのその能力は一体なんなんだ? 噂の美少女兵器なんだよな?」

「そんな名前で呼ばれてるわ。ただ、この力のことは、私自身にもよくわからないの。たぶん特異体質なんだと思う」

「そんなアホな」

「信じてもらえないでしょうね。でも本当なの。催眠術だとか暗示だとか、そういう特別なことは一切していない。この能力に目覚めたのは、だいたい四年くらい前ね」


 コムは淡々と続ける。すっかり言い慣れた雰囲気があった。

 もう何度もこんな説明を繰り返してきたのだろう。


「あくまで武器はその類稀なる美貌だけって言いたいわけかよ。微笑んで見つめれば一瞬で相手を骨抜きにできる、天性の素質」


 コムのペースに飲まれないよう敢えて挑発的に言ってはみたものの、彼女は全く動じた様子を見せない。あくまで平然としている。


「敵から戦意を喪失させることができるの。トリガーは相手に微笑みかけること。周囲の人間が巻き込まれることもある。でもあくまで一時的なものよ。それに相手の性的指向にもよるし、特に女性に対して効力が発揮されたことは今のところ一度もないわ」


 平たくいえば、コムが恋愛対象、あるいは性的対象として見られなければ無効だということだろう。

 だが、大多数の男にとって、コムみたいな女を前にして何も感じるなというのはさすがに無理な話だ。

 そういうやつ全員、コムは微笑みひとつで無力化することができるわけだから、やはり究極の飛び道具だと思う。


 コムの言葉が真実ならばまるで魔法だ。

 さすがに腑に落ちないというのが正直なところではあった。


「着いたわ」


 やがて現場に到着した。


 商店や屋台が所狭しと立ち並ぶ永康路──天楼一の商店街の、そのど真ん中だ。

 俺とコムは、路上にひしめく見物人たちの隙間から様子を伺う。


 いかにも魔王軍といった感じのガラの悪いチンピラ三人と、一般民二人が相対していた。

 汚れた前掛けをしたラーメン屋のおやじ風の男と、その弟子っぽい青年。

 だが二人はすでに満身創痍だった。


 勝てるわけがない。

 ただでさえ魔王軍の構成員は腕が立つのに、人数的にも三対二では不利だ。


 コムが真顔で言った。


「加勢するわ。ブチのめしましょう」


 おいおいおい……さすがに閉口した。

 すでに勝負は決してるだろ。わざわざ加勢する必要なんてない。


 見物人たちの会話が耳に届いた。


「あのチンピラども、またチャーラーセット食い逃げしようとしたんだってよ」

「店長もついに堪忍袋の尾が切れたんだね」

「ウチなんて昨日はエロ本の袋とじ三冊も勝手にあけられたよ」


 最悪じゃん。ネットで我慢しろよ。

 そんな腐れチンピラどもに加勢して、一般民をブチのめすなんて絶対できない。


 俺はこの一年間、自己嫌悪に陥る一方で、こんな島のやつらなんてどうにでもなっちまえと思ってた。

 でも、だからといって恨みに任せてブチのめしたいわけじゃない。


 俺が悶々としている間にも、チンピラたちが容赦なく拳を振るう。

 師弟二人は派手に吹っ飛んで地に伏した。うめき声を上げ、立ち上がることができない。

 すでに限界なのは目に見えていた。


 その瞬間、コムが飛び出した。


「おい……!」


 俺は彼女を制止しようと後を追い──だが、思わず足を止めた。


 コムが対峙したのは一般民ではなく、魔王軍のチンピラだったのだ。


「ああ? なんだよネエちゃん、どえらいべっぴんじゃねえか」


 一人めのチンピラのおっちゃんが、でっぷりとした腹をさすりながら、下卑た笑みを浮かべた。


「あ、兄貴ぃ……! こいつ美少女兵器ですぜ!」

「やべえっすよ!」


 残るチンピラ二人(前歯ナシ&赤っ鼻コンビ)はあからさまに動揺している。


「あなた方が常習的に無銭飲食や金品の強奪までをも繰り返していると苦情が上がっています。事実ですか?」


 でっぷり野郎が、前歯ナシ&赤っ鼻コンビを押し退けて、コムの前に立ちはだかった。


「ここ永康路は俺たちのシマだもんでね。美少女兵器だろうがなんだろうが、楯突くと痛い目に会うぜ。まあ俺の女になりたいっつうんなら見逃してやるけどな、げへげへげへ」


 古風な悪役臭をプンプン匂い立たせながら、上機嫌に笑うでっぷり野郎。


「……事実、ということでよろしいですね」


 コムが微笑んだ瞬間、でっぷり野郎が崩れ落ちた。

 美少女兵器が発動したのだ。


 そばにいた前歯ナシが愕然としながら、でっぷり野郎を慌てて受け止めた。

 チンピラだけでなく見物人たちも息を呑んでいる。


「ひえええええ」


 赤っ鼻が奇声を発し、我先にと逃げ出そうとするが、ちょうど俺はその行く手を阻むような位置に立っていた。

 だが赤っ鼻は速度を緩めることなく、そのまま突進してくる。体当たりするつもりらしい。

 俺があえてボケ~とアホ面で突っ立っていると、


「てめえ邪魔なんだよおおおお!」


 赤っ鼻は必死の形相で喚きつつ、真っ直ぐに突っ込んできた。


 俺は衝突する直前で、するりと身をかわす。

 いきなり肩透かしを食らった赤っ鼻はもろに体勢を崩して前につんのめった。

 ダメ押しのように足払いも仕掛けてやると、見事に引っかかり顔面から地面にすっ転ぶ。


 ほとんど泣いてるみたいなうめき声を上げながら、赤っ鼻はほふく前進で去って行った。


 一方、残る前歯ナシは、でっぷり野郎を抱えたまま、恐怖に身を強張らせていた。


「これに懲りたら二度と馬鹿な真似はしないで」


 コムの一言に、前歯ナシは首を何度も縦に振った。太鼓を叩く猿のおもちゃみたいな感じ。

 でっぷり野郎をずるずると引きずりながら、大人しく立ち去っていく。


 それを機に、周囲の人々がラーメン師弟に駆け寄って担いでいった。まずは手当てが必要だろう。


 俺は一息ついてそれを眺めつつも、首を捻るばかり。


 ……魔王軍であるはずのコムが、同じ魔王軍と戦う? どういうことだ?

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