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その勇者、うんこにつき  作者: ふろばのねこ
第一章 痴漢勇者・ミーツ・美少女兵器
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勇者、魔王軍に入る

「ソウエ、あなたのその腕を見込んでお願いがあります。どうか魔王軍に入って、私たちと一緒に戦って欲しい」


 まじすか。

 いやまあ……みかじめ料を取り立てる際に、喧嘩に強いやつがいれば、重宝するってことなんだろう。


 でもこれでも一応、元勇者なのだ。魔王軍に入るだなんて、それだけはやっちゃいけない。俺にだってなけなしのプライドってもんがある。


 ことわる! 断じてことわる!


 俺は思い切り息を吸ってから、威勢よく口を開いた。


「え! いやいやいや! さすがに! それは、ちょっと……ねえ?」


 結果、超尻すぼみ。


 俺はすさまじく動揺していた。

 だってコムの手があたたかくて、やわらかいのだ。

 なにこの感触。天使のはごろも。女の子ってみんなこうなの? それともこの子が特別なの?


「どうして?」


 コムが探るような眼差しで、俺を見つめてくる。

 俺はそれを断ち切るように腹の底から咳払いした。


「……お、俺の腕なんて見かけ倒しのクソみたいなもんだから。あんたの目、節穴だよ」


 さすがに元勇者ですからなんて言えない。とはいえクソみたいなもんっていうのも偽らざる本音だ。


「あなたほどの逸材はいない。だって、あなたは──ただ腕っ節が強いだけの人じゃない」


 どういう意味だ?


「あなたがさっきあのおじいさんを止めたのは、私に手を出させずに、被害を最小限にとどめるためだわ。あのおじいさんはもともと私の不用意な流れ弾に当たったようなもので、巻き込まれただけの被害者だから」


 なんかそんな言い方されると、俺、いいやつっぽいなあ。


「っていうか……厄介ごとはご免だっただけで、別にじじいを庇ったわけじゃないし……」


 そもそも俺、このじじいあんま好きじゃないし。


「それに、あなたはここの店主というわけではないでしょう。あの方々はご両親かしら。あなたが矢面に立ったのは、巻き込みたくなかったから。違う?」

「いや……別に、そこまで深く考えてない」


 単に黙って見てられなかっただけ。

 両親より俺のが腕が立つのだから、俺が出てった方がいいじゃん。

 いくらクソでもそんくらいのことするよな?


「そんなあなただから、力になって欲しいの」


 俺は返す言葉に詰まる。


 そんなあなただから力になって欲しい欲しい欲しい欲しい……!(エコー)


 引きこもり時代、俺の心を引き裂いた罵詈雑言の数々が、ほんの一瞬だけでも霞んだ気がした。

 こんな言葉を聞ける日が来るなんて思ってもみなかった。


 うん。お世辞でも嬉しい。ありがとございます。


 ああでも、なんつうか……魔王軍ってこんな悪趣味な勧誘してんだなあ。

 承認欲求こじらせた俺みたいなやつの心をがっつり鷲掴みして離さないキラーワード。まじえげつない。


 そういう手管だってわかってんのになあ……脳内リフレインが止んでくれない。


 そんなあなただから力になって欲しい欲しい欲しい欲しい……!(エコー)


 酔いそう。酔い痴れそう。これちょっとまずくないか。


 そんな中、コムがいきなり俺との距離を詰めてきた。


「それにね、あなたが私の申し出を受けてくれるのなら──」


 手を繋いだまま、不意に顔を近づけて、俺の耳元でそっと囁く。


「このお店のことは見逃してあげてもいい」


 バレていたのだ。いや、それともカマをかけているのか。

 だが俺はすでに冷静な判断力を失っていた。


「だから魔王軍に入って?」


 コムの声が甘い。

 彼女のやわらかな唇が、ほんの一瞬、耳たぶに触れた。

 あの薄い唇! 思わず触りたくなったあの唇!


「……わ、わかった」


 気づけばそう答えていた。悪魔の囁きに心を奪われていた。


 俺って……最悪。

 救いようがない。とんだクズ野郎じゃん。


 両親の店を守るために仕方なしに魔王軍に入るんだもーん、とは開き直れなかった。


 つうか両親の顔が見られない。

 あの母親が何も叱りつけてこないのを見ると、たぶんこの展開に度肝抜かれすぎてる。

 もしくは俺が本当に魔王軍に入るとは思ってないのかも。

 この場をうまくおさめるために口先だけでそう言ったって判断してるのかも。


 一方、コムは俺から身体を離して、ふっと安堵したように吐息した。


「よかった」


 視線を俯かせたまま、ほんの控えめに、やわらかな笑みをこぼす。


 一体なんなんだ……悪魔かと思いきや今度は天使か? 昼は少女、夜は娼婦ってか。

 この女、一体なんなんだよ。

 無愛想な顔つきの裏側に、どんな素顔を隠してる?


 わからないことだらけだが、ただひとつ確かなのは──もし俺が今サングラスをしてなかったら、美少女兵器の力を直で食らって、あの常連じじいみたいに正気を失っていたってことだ。


 超こわい。ふるえる。でも抗えない。魅力がすごすぎて。


 コムは無表情に戻ると、不意にポケットから携帯を取り出してディスプレイを見つめた。

 すぐに顔を上げると、はっきりと俺に告げる。


「ソウエ、早速だけど手を貸して。魔王軍に反抗するやつらを、私と一緒にブチのめしましょう」


 俺は一気に現実へと引き戻された。


 ……まじで?


 魔王軍に反抗するやつらって、民衆だろ?

 元勇者の俺が、守るべき対象だったはずの民衆をブチのめす?


 それはまさしく、俺の日常がぶっ壊された瞬間だった。

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