美少女兵器、あらわる!
その時だった。
店の扉が軋んだ音を立て、見知らぬ女がひとり顔を出す。
たぶん俺と同じくらいの年齢だろう、紺色スーツを着込んだ、セミロングの黒髪の、地味目な女だった。しかも超無表情。真顔。
だが、衝撃的にかわいい!!
まじ美少女。えげつないくらい。
もはや神がかってると言っていい。同じ人間とは思えない。
これってもしかして人形なんじゃね? それともCGがディスプレイから抜け出してきたとか?
ああでもこのどこか憂いを感じさせる目つきは作り物なんかじゃない。
無愛想なのに深みがあると同時に透明感も備えていて、しかもピュアさがありつつもなんだか妙にエロいのだ。
それにしても、化粧気もまるでないのにお目々ぱっちりすぎやしないか。
頬はほんのりバラ色で、唇は薄くてやわらかそう。
さわりたい。ぜったい気持ちいい。
……つうか、さっきから俺の目がおかしい。
この女、もはや発光して見える。
そのせいで世界そのものが超きらきらして見える!
サングラス越しの俺の陰鬱ミッドナイトはどこいった?
「ねえちゃん、買うよ! 俺が買った!」
赤ら顔の酔っ払い客がいきなり美少女に詰め寄った。
オイオイオイ売春婦と勘違いしてやがる。
この神がかり美少女はウチの店に出入りしてる女じゃない。ぜんぜん見知らぬ部外者だ。
「ちょっとお客さん、その子はウチの子じゃ──」
母親が止めようとするが、酔っ払い客は興奮しすぎて全く聞く耳を持たない。
「ねえちゃん、いくら!? ていうか、いくらでもいい! いくらでも買う!」
酔っ払い客が強引に美少女の手を引いた、その時だった。
美少女が酔っ払い客に微笑みかけた。
さっきまでの無愛想な表情からは想像できないほど、嫣然とした微笑み。
俺は息を呑み、そのまま完全に呼吸を忘れた。
美しすぎる。
俺の視界に色とりどりの花がぽわんぽわんと咲き乱れ、芳しい香りまでもがほわわわんと鼻先をくすぐった……気がした。
もちろん錯覚には違いなかった。
でもそれくらいに魅惑的な微笑みだったのだ。
俺は強く目を閉じ、ぶんぶんと頭を揺すって、視界いっぱいに狂い咲きする花々を振り払った。
そして再び目を開けた時には──酔っ払い客がまるで魂を奪われたかのように、呆然と立ち尽くしていた。
熱に浮かされたような眼差しで美少女を見つめ、そのままへなへなとへたり込む。
なんだこれ……? 催眠術かよ?
少なくとも武術ではない。まあ当たり前だ。
この島じゃ、ほんの少し触れただけでまるで超能力のように相手を吹っ飛ばせる使い手だって珍しくはない。
だが、微笑んだだけで一発KO? さすがに有り得ない。なにがどうなってる?
美少女はすでに笑顔から真顔に戻っていた。
「お、おい……いきなり何なんだ……」
俺はさすがに黙っていられず、厨房からフロアに出た。
母親と父親が俺を止めようと身を乗り出したのがわかったが、取り合わないことでそれを制する。
美少女は俺に目を留めると、つかつかと歩いてきた。
「お店の方ですね」
彼女はいきなり名刺を差し出してきた。
「魔王軍からやってきましたコム・メイファンと申します」
名刺には「魔王軍パトロール隊 第一部隊 隊長」との肩書き。
さっき母親が話していた都市伝説が頭を掠める。
もしかして、この女が噂の美少女兵器? まじで実在したわけか?
つうか、そもそも魔王軍が何の用なんだよ……。
いやな予感しかない。
俺が元勇者だと嗅ぎ付けてきたという雰囲気でもないし……って、まあ今の魔王軍にとって俺はもはや敵でさえないけど。
「このお店は非合法の売春を行っていますか?」
美少女コムに問われて、俺はすぐさま合点がいった。
なるほど、パトロール隊ってそういうことかよ。
この連れ出し喫茶は魔王軍に届出をしていない。
届出をすれば、みかじめ料の支払いが生じるからだ。
だからこそ喫茶店という隠れ蓑を必要としているわけだが──誤魔化してたのがついにバレたということか。
コムは俺の返答を待っている。
どうする? しらばっくれるか?
だがもしもこの店が売春斡旋をしてるっていう動かぬ証拠を掴まれていたら?
魔王軍のことだ、見せしめの鉄拳制裁が待っているのは想像に難くない。
しかし正直に白状したところで、どのみち悲惨な目に合うのは目に見えていた。
「うちはそういう店じゃないから。普通の喫茶店。あの酔っ払いが勝手に勘違いしてただけで」
コムがじっと俺の目を見つめてくる。
……イチかバチかでしらばっくれてはみたものの、まずったか。
「わかりました」
呆気なくも、コムが頷いた。
拍子抜けする。
魔王軍ならいちゃもんつけて、みかじめ料をふんだくるくらいのことはするだろうと思っていた。
「あなたを信じます」
コムの真っ直ぐな眼差し。芯を感じさせる、澄んだ双眸。
俺は見ていられなかった。思わず目を逸らす。
もちろん、嘘をついた良心の呵責なんかじゃない。
かといって、単なる居心地の悪さからくるものでもなかった。
ただ、彼女の目を見ていると、全身が火照るような感覚があった。
視界にはまたしてもうっすらとお花畑が浮かび上がりつつある。
俺はぎゅっと目を閉じて、幻覚の花々を視界から振り払う。
そして、再びまぶたを開けた時には、すでにコムの背中は遠ざかっていた。
店を出て行こうと、扉に向かって歩いている。
それまで華やいでいた視界が、どんよりと暗くなっていくのを感じた。
なぜだか妙に──惜しい気がする。
彼女の真っ直ぐな眼差しが、あの澄んだ目が、まるで暗闇の中に射し込んだ光みたいに、やけに目の奥に焼きついて離れない。
と、その時だった。
「こ、こ、こむしゃん……」
さっき両親と話していた常連客のじじいが、ふらふらとコムに近づいていく。
明らかに正気じゃない。
コムの魅力に当てられているのは明白だった。
常連じじいは、いきなり両手を広げて、コムに抱き着こうとして──ああもう見てられない。
俺は俊足で常連じじいに駆け寄ると、左手でじじいの額を小突きつつ、右手では背中から膝裏までするりと手を滑らせた。
じじいは、俺が作った気の流れに捕らわれて、後方へとのけぞるように体勢を崩す。
すてーん! と床に転ばされ、常連じじいは目を回していた。
とはいえ、じじいもこの島の住人だけあって、最低限の受身は取っている。
怪我やら骨折やらしない程度には手加減したつもりだし、まあこんなもんだろう。
この技は痴漢拳における尻撫手の応用だ。
相手の身体の背面を撫でつつ、そのままひっくり返したのだ。
本当は公衆の面前で痴漢拳を振るうなんて懲り懲りだった。魔王決戦での悲劇を思い出さずにはいられないから。
だが、今はとにかく早くカタをつけてしまいたかった。魔王軍との面倒事なんてまっぴらだ。
一瞬の出来事に、店内はしんと静まり返っていた。
店の中には俺が元勇者だと知っているやつもいなくはないが、俺の拳術を実際に目の当たりにするとやはり圧倒されるようだった。
その程度には強いつもりだし、昔の俺ならいい気になっていただろう。
だが今の俺はもう身の程を思い知っている。
コムの凛とした声が響いた。
「感謝するわ」
彼女はおもむろに俺の傍らにやってくると──いきなり俺の両手を握ってきた。
その華奢な手で、きゅっと。
「え」
俺はあからさまにまごついた。心臓がどくどくと早鐘を打つ。
「あなた、名前はなんていうの?」
「……ソウエ、です、けど」
「ソウエ、あなたのその腕を見込んでお願いがあります。どうか魔王軍に入って、私たちと一緒に戦って欲しい」
まじすか。