古い畑のかかしの騎士
昔々のまた昔、誰も知らない小さな村の、古い畑の古い騎士。
古い畑を守るのは、昔からいる古い騎士。誰がこさえたか判らない、わらしべ作りの古い騎士。
藁の兜に端切れの鎧、剣に見立てた木の棒掲げ、今日も今日とてカラスの退治。
けれどカラスも慣れたもの、見下し笑って言いました
「おい、わらしべ頭の時代遅れめ、お前が無様に振り回すみじめな木の棒などに、誰が当たってやるものか」
カラスたちはわざわざ騎士の頭に止まり、あほうあほうと鳴いて見せます。
しかし騎士は、カラスどもめが何するものぞと、にやりと笑って言いました。
「お前が私をバカにして、どれだけあほうと鳴いて見せても、お前がそうやって居る内に、蒔いた種を食べ損ねれば、結局私の勝ちなのさ」
野良仕事にでてきた村びとを見たカラスたちは、「わらしべ頭め、おぼえてろ!」とかぁかぁ鳴いて去っていきます。それを見ていた古い騎士、大きく笑って言いました。
「生憎わらしべ頭でね、次あったときに何があったか教えてくれよ」
次に来たのは野ネズミ達、騎士の身体をうろちょろと、這いまわっては食べ物探し。
「ややぁ、これはひどいかかしだな、藁も古けりゃ木も古い、少しかじれば穴が開く」
かりかりこりこりと、ネズミたちが騎士の鎧に噛り付きます。ちょろちょろと動き回るネズミたちに、騎士も少し困り顔
「おいおい、ネズミたち。あまり私を齧るもんじゃない、穴が開いたら大変だ」
「それならそれで丁度いい、俺たちが入る穴が開けば、怖い猫からも逃げられるってもんだ」
調子よくかりかりこりこりと騎士の鎧を齧るネズミたち、古い端切れの鎧はすぐに穴が開いてしまい、そこから猫が1匹、にゃあと飛び出してきました。
驚いたのはネズミたち、きゃあきゃあわぁわぁ逃げ回り、追いかけられて息も絶え絶え
「お、お腹の中にこんな猫を飼ってるだなんて、卑怯だぞ」
「いやいや、私の鎧の中はちょうど過ごしやすかったようでね、居たのをすっかり忘れていたよ」
大きく笑う騎士を背に、まっすぐ逃げ出すネズミたち。
「わらしべ頭のおいぼれ騎士め!次にあったらおぼえてろ!」
チュウチュウ逃げ出すネズミたち、それを見ていた古い騎士、大きく笑って言いました。
「あぁ、また来るといい、次はドラ猫の大将が隠れてるかもしれないぞ」
それから、様々な動物たちがやってきました。
美しい羽根のカッコウに、力自慢の大猪、立派な角を王冠のように掲げた牡鹿に、きれいな声をしたコマドリの夫婦。
皆古い騎士のなじみの動物たちで、通り過ぎるだけの者も、ゆっくりとしている者も、皆騎士に声をかけていきました。
そんなこんなで日も暮れて、すっかり夜になった頃。ごうごうと吹き出していた風が、いよいよ大きな音を立てて強く強く吹き荒れます。昼日中には遊んでいた獣たちも、すっかりと巣穴に帰り、村人たちも家に帰った頃、雨がどんどん強くなっていきます。
「これはまた、一荒れくるかね」
ざんざか振り始めた雨に打たれて、すっかり濡れそぼった古い騎士、空を見上げるその目の前に、大きな竜が現れました。
嵐と雷鳴引き連れて、暗い空よりなお暗い、鱗まみれの大きな体、ごうごう吹き荒れる嵐は、いよいよ強くなっていきます。
「やぁやぁ、これなるは嵐の竜、偉大なる空の王なり!」
大きく響く声は、雷鳴になって天の果てまで響き渡り、巣で震えていたカラス達や、穴倉で身を潜めたネズミ達は怖れに身を震わせて、ただただ俯くばかりです。
「この大いなる嵐の竜に挑もうという勇者はおらぬか!」
再び大きく轟く声、勇敢で鳴らした大鷲も、勇猛と謡われた狼も、智謀知略に比するものなしと囁かれるフクロウも、誰もかれもが森の奥で小さく震えておりました。
そこに響くは笑い声、底抜けたような大きな声
「やぁやぁ偉大なる嵐の竜よ!このかかしの騎士が挑もうぞ!」
声を上げるは古い騎士、棒きれの剣を掲げて、穴あき端切れの鎧が揺れて、藁の兜はもう無くなって、それでも変わらぬ大きな声で、大きく笑って言いました。
「古い畑を守るのが、このかかしの騎士の宿命なれば、いかな大きな竜だとて、そうそう勝てると思わぬことだ」
それを聞いた嵐の竜、騎士にも負けぬ大きな声で大笑い。
「お前のようなぼろの案山子が、俺のような偉大な竜に挑むのか!ならば見よ!この嵐の竜がいかなるものか!」
竜が一声吠えたれば、激しい風が騎士を襲います。大きく激しく揺れる古い木の身体は、強い風を飄々と受け流し、ついに倒されることはありません
「はっはっは、偉大な嵐の風というのも、そう大したものではないのだな、まるで春のそよかぜだ」
ならばこれはどうだ、と竜がもう一度吠えたれば、激しい雨が騎士を打ち据えます。どんな強い獣でも、頭を垂れずに居られない雨の中、しかしかかしの騎士は、端切れの鎧が濡れただけ
「おぉ、これは丁度よい、この端切れもだいぶ汚れて、そろそろ洗濯をしていただこうと思っていた所だ」
これでも参らぬか、と竜が三度吠えたれば、猛烈な雷が雨のように降り注ぎました。
これは流石にかかしの騎士、雷に打たれ火が付いたわが身を見て、たいそうに驚きます。
「おぉ、これは驚いた、だがこの暗い中なら丁度いい、たいまつを持つ手間が省けたというものだ」
それから何度雷に打たれても、激しい風に吹かれても、かかしの騎士は倒れません。
最後に大きく息を吹きかけて、嵐の竜は言いました。
「やぁやぁ、これは参った。俺の嵐と雷をこうまで立派に耐えられては、到底俺が敵う相手ではないようだ」
雨は静かにやみ始め、風はゆっくりと流れだし、雷はいつの間にか消えていました。
「偉大なかかしの騎士に免じて、今日のところは逃げるとしよう、次あったときはこうはいかぬぞ!」
雷鳴のごとき声を残して、ついに竜は逃げ去ります。
「はっはっは!この畑の騎士が負けたりなどはするものか!何度でも相手をしよう!」
大きく笑う騎士の目いっぱいに、大きな空が広がって……かかしの騎士は自分が倒れている事に気が付きました。
「いやぁ、年は取りたくないものだ、だがみたか!嵐の竜はこの畑の騎士の前に逃げ去った!」
古い騎士の大きな笑い声は、嵐が止んだことを悟った村人たちが出てくるまで、ずっと続いておりました。
昔々のまたむかし、誰も知らない小さな村の、古い畑の古い騎士。
荒れた畑は耕して、再び立った畑の騎士は、鍋の兜に穴あき釜の大鎧、ぼろけたフォークの槍を持つ、たいそう立派なかかしの騎士。
あたまでカラスがあほうと笑う、スケアクロウの騎士の声、今日も畑に響いておりましたとさ。