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卒業

 魔女との決闘に終止符が打たれてから、二年が経過した。

 この世界の様子は、あの激しい戦いによって、大きく様変わりしている。

 白い光に包まれた後、大きく爆発したせいで、海の水が半分干上がった。

 それによって、海面が大きく下に下がる形となり、新たに大きな陸地が出現した。


 学園の建て直しには約一年の歳月を要し、また、残った他の国々も、建物に大きな損害を認めざるを得ず、復興までに長い年月を要することとなった。

 まともに復刻を宣言できたのはコルドネア王国と、陸地に引き上げられた元海底国の、カペーチュミストロのみ。

 元々国としての運営をコルドネアに一任されていたドミニカと、魔女に公爵を殺されたナハム公国は、国としての体制を失ってしまった。

 人々は新しく出現した陸地に希望を求め、開拓を目指して未開の地へと足を運び始める。

 魔法を使う魔導士が数多く所属していたおかげで、学園の再建は一年という比較的短い年月で実行することが出来、手が空いた魔導士から、それぞれの国の要請に応じて復興の手助けに奔走している。

 しかしその道は、とても険しい。


「まぁーたここにいたか」


 新たに建てられた学園校舎の屋上、ロックは縁の淵に腰を下ろして、どこまでも広く、雲一つない青空を眺めていた。

 屋上入口から顔を出したジェイドが、やれやれと首を振りながら、振り返らずに空を眺め続けているロックの隣に腰を下ろす。


「卒業試験の成績に不満でもあるのですかい、主席さん」


「ねぇよ。むしろアリアナ超えたことにビックリだっつの」


 一週間前、学園卒業を認めるための卒業試験があった。落第する物も多数いる厳しい試験を、ロックは何の問題もなくトップ成績で通過した。

 実技試験は言うまでもなく、学力試験も、アリアナの特別講習のおかげで、満点の成績を叩きだした。

 実技試験で測定不能になるほど規格外の実力を示したため、ロックは例年稀に見る主席として、学園の歴史に刻まれる。

 ロックのパーティメンバーも、上位陣で合格し、あと数日したら卒業する段取りになっている。


「アリアナと、ヨハンの様子はどうだ?」


「アリアナは準備がもうすぐ終わるってさ。ヨハンはまだバタついてるから……」


「手伝い頼まれないうちに逃げてきたってわけか」


 卒業後、それぞれが各自進路に進むことになった。

 ジェイドは学園に残り、学園所属の魔導士として働くことに。

 アリアナはヘキルカイドとの婚約が正式に決まり、卒業後に結婚式を控えている。その後はコルドネア専属の魔導士として国に仕える事にしているらしい。

 ヨハンの方は、魔女との決闘後に新たに設立された魔物についての独立研究施設に警備兼調査員の魔導士として所属することになった。

 四人パーティが揃って活動することは、もう学園に居る数日のみになる。




 魔女との戦闘で、白い光に包まれた後、ロックが目を覚ますと、周囲は腰まで届くほどの長い草原に囲まれ、肌を撫でるように風が吹き抜けていた。


『私はお前を一人にし過ぎてしまったのだな……』


 グルグル巻きの黒い布にくるまった、両手で抱えられるほどの小さくなったそれを、魔法使いが大事そうに抱えたまま、視線を落として呟いた。

 布から突き出すように一本だけ覗いている小さな赤子の手が、二度と離してなるものかと魔法使いの服の裾をしっかりと握り締めたまま。

 小さな体で規則的に、寝息を立てるようにゆっくりと音を吐き出しながら上下に小さく動いている。


『十億近くは流石にねーよ』


『立場が逆だったら耐え切れる自信が微塵もないな』


『いや笑い事じゃねーって、マジで』


『……面目ない』


 魔法使いがいた向こう側の空間は、ほとんど魔女が作ったものだった。

 その為、魔女を倒した現在、空間が不安定になっており、魔法使いは向こう側に居続けることが出来なくなった。

 最も、自分たちが生まれた空間であることに変わりはないので、時間が経過して魔女の魔力が徐々に戻れば、空間も安定することは確定されている。


 魔法使いは、最初に魔女が作り上げたその空間を目の当たりにして焦りを感じた。

 だから、妹である魔女よりも素晴らしいものを作り上げようと躍起になっていた。

 最初に二人で協力して青い球体を作り出した時点で何一つ達成出来るものはなかったのだが、魔法使いはそれに気づかず。

 ただひたすら争い続けるこの世界を、なんとか魔女に素晴らしいものであると証明しようと必死になっていたのだ。

 永い間争いを止めるために奔走するうちに、そんな最初の目的も忘れ去られていってしまったのだが。


『これからどうすんだ?』


『新しく陸地が出現したようだから、あちこち、巡ろうと思う』


 今度はきちんと、二人で一緒にな、と。ウィラードはそういって、黒い布を大事そうに抱える。

 戦闘の消費を微塵も感じないままのロックは、小さい寝息を立てている魔女をジッと見下ろした。


『なーんか頼りねぇなぁ……』


『一度向こう側からこちらを見直したおかげで、私には見えてなかったものも見えたからな……』


 青い球体を外側から眺めた時、その現状は悲惨だった。

 争いの痕跡がそのまま残されるように、最初に作った陸地の面影が全くないほど、古くから続いた長年の戦争の跡が地面を覆いつくしていた。

 それだけを見続けていたら、魔法使いもきっと魔女と同じ価値観を抱いたに違いないと断言できる。

 陸地から空の景色を眺めるだけだった魔法使いには、そのような跡が残っている状態であることに気付くことが出来なかったのだ。


『海が干上がったことで陸地が大きく広がったとはいえ、環境はまだ整っておらんだろう。各地を巡ってそれを調べながら、木を植えて緑化していこうと思う』


『海に沈んでた大陸があがったから、なにが打ち上げられてんのかわかんねぇしなぁ』


 大陸破壊魔砲ムラバは、魔女に対する強引な砲撃で負荷に耐え切れず、完膚なきまでに粉々に砕け散って、破壊された。

 しかしあれは海に沈んだ古代の人間が作り上げたもの。同じようなものが海底に眠っている可能性は捨てきれない。

 万一ムラバより威力の高いものが眠っていたとしたら、人間が見つけるよりも先に対処しなければならない。


 魔法使いは、ロックとだけ話した後、ゆっくりと背を向けて歩き出す。

 左腕に赤子となった魔女を抱えたまま、目指すは新たに生まれた大陸。

 その姿を見送る様に小さくなっていくのを見届けた後、ロックは糸が切れた様に気絶した。

 身体の体質が変わって、それに完全に順応するための休息が必要となり、そのまま一年の歳月を眠り続けたのだった。




「やっぱリーダーは、ウィラードさん探しに行くんで?」


「マリアージュの記憶覗いた後だと、滅茶苦茶頼りねーんだよ。あいつ」


 ロックは目を覚ました後、自分のパーティメンバーと、オブティアス達に魔女の記憶の全てを話している。

 グランクロイツの学園側に話さなかったのは、魔法使いを崇拝し、尊敬している者が大勢いるため、無闇に名誉を傷つける情報を流すのは、どこで敵を作るか分からないと判断したからだ。

 ロックは卒業後、どこにも所属しない、フリーの魔導士として、あちこち巡るつもりだった。


「マリアージュの魔力が体ん中燻ってるせいで、大まかなあいつの居場所はわかるからな」


 どろどろとした感情の濁流は、ロックの身体の奥底で、今も眠っている。

 魔法使いと魔女、両方に認められ、人形の規格を捨てたことで、ロックのみがそれを抑え込めることが出来た。

 時折ロックの体の中で、元の持ち主に戻りたいように、グネグネと蠢いているのを感じることがある。

 小さな子どもをあやすような、そんな優しい声を心の中で語り掛ければ、自然とそれも収まっていった。


 それに、意識を失う直前、魔法使いに抱えられた黒い布の一部がめくれて、ロックにだけ見えたのだ。

 小さな赤子が、ベーッと、ロックにだけ見えるように舌を出していたのを。

 魔力を吸収しつくしても、きっとその記憶がなくなるわけではない。


「また暴れられちゃたまんないからねぇ。ま、助けがいるようならいつでも連絡くださいよ。アリアナもヨハンもそう言ってたからねぇ」


 二人の伝言も伝えたからと、そう言って肘でつついてきたジェイドに、ロックは苦笑で返す。


「あと、寝てる間頻繁に見舞いに来てたクロエちゃんを、デートに定期的に、ちゃーんと誘うようにね。あれだけ看病したのに忘れられたと思って傷つけないように」


「うっせぇ!!!」


 余計なアドバイスを付け足したジェイドが逃げるように屋上を後にするのを、ロックは顔も真っ赤にしながら吠えて狼狽した。


 三日後、卒業式を終えた面々は、それぞれの道を歩むために進んでいった。

 国が崩壊したドミニカとナハムの貴族達は、既に新たな陸地へと逃げるように足を進め、自分たちを国王とする建国を宣言して、世界は混沌を極めている。

 どれだけ時間が経とうとも、人形同士が争いを止めるとこはない。

 ロックはいつも通り、助けを求める相手に手を差し出すために、世界へと足を一歩踏み出した。

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