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仮面

 マリーの訓練を開始してから一週間、ロックはめきめきと訓練の成果を上げていた。未だすべて倒すことこそかなっていないが、それでもアリアナと協力して十数体倒せるようになってきた。

 通常よりも数倍強い魔物を一人が請け負う以上の数を倒せているので、この時点でも知る人が知ればかなりの評価を得るだろう。

 しかし召喚した魔物の半数も満たない数字しか倒せていないためか、マリーは二人のその成果に満足も納得もしていないようで、事あるごとに脆弱だの動きが遅いだのと様々な文句を言っていた。

 的確な文句は戦闘における自身の至らぬ動きの改善参考になっているため、罵詈雑言と浴びせられるその言葉に焦燥しながらも、二人は感謝していた。


 アリアナの個人講習のおかげで普段の講習内容も頭に入るようになってきた。まだ一人で完全に理解することは難しいが、少なくとも以前のように全くわからないことはなくなった。

 それぞれの講習を受け持つ講師もロックが次第に授業に理解を示し、わからないところを質問するようになったため対応が随分暖かくなった。不良生徒が更正すると称賛されるようなものだろうか、多少自覚があったためロックは苦笑いするしかなかった。


 しかし一向に成長しないのが魔法である。魔導士を目指しているというのにまるで何一つ使えないのは何故だろうか。専門家であるはずのマリーにも幾度となく訊ねてみたのだが、曰く「本人がどういう状態なのか気付けなきゃ先に進まないタイプの性質」らしい。

 その為それ以上は教えてくれずに訓練して気付けと言われる始末。更に訓練に身を入れるよりほかなかった。

 魔力が全くないわけではないらしい事は入学時の適性検査で分かっていた。むしろ常人よりも魔力の量は多いらしく、普通にしていても本来ならば魔力が制御しきれず暴走しかねない量だとか。

 それなのに暴走どころか魔法の発動すら見せないとなると、本人の素質だろうか。ロックはマリーの言う性質について大いに悩んでいた。


「悩んでもしょうがないでしょう、あなた本人が気付かないといけないことですよ」


「そうはいってもなぁ、気付くとか気付かないとか以前に、性質ってなんだよ」


「あら魔法に関する基礎知識はだいぶ前に教えたはずですわよ?」


「教えてもらったけどさぁ、それとはどうにも当てはまらないというか、いざ自分はどうだと言われても実感わかないというか」


「マリーちゃんが言うにはロックの魔法が全く使えないのは性質が原因だっけ? そんなの聞いた事もないけどな」


 昼食を食べながら悩んで唸っているロックの近くにアリアナとジェイドがやってきて座り、いつもの魔法談議に入る。

 個人講習や訓練で打ち解けたためか、最近はもっぱらこの三人組にマリーを足した四人で行動することが多くなっていた。話すことと言えば講習で分からなかったところの復習や訓練の作戦立て、そしてロックの全く発動しない魔法の性質についてが、もっぱら最近の話題だ。


 魔法の性質というのは、個人個人によって異なる。ジェイドは風などの空気系魔法操作が得意であり、アリアナは言わずもがな氷などの水魔法が得意だ。

 大体は自然界に有する物を自在に操るというのがほとんどではあるが、個人個人によって異なる性質上、似たようなものはあっても全く同じものは存在しない。

 相手の心を見抜いたり意のままに操る魔法や、動植物と心を通わせたりと、個性的なものも多分にあり、その種類は人の数だけある。

 故にどんな魔法があっても不思議ではないが、同時にそれは前例のない新しい魔法が宿っている可能性も示唆される。話に聞いた事がない魔法も、可能性がないわけではないのだ。

 しかしそれは他人からの魔法の使い方について教えてもらう機会が全くない状態になるともいえる。自然界に有する物を自在に操る魔法が大半を占めているため、それに似た魔法であれば、使える者も多く教えることも容易い。一般的な教本まであるくらいだ。

 しかし一方で、その性質が個性的であればあるほど、自身が理解しなければ使いようがない。

 魔法が使えないのではと周りに言われ続けていたロックは、マリーからの否定の言葉に安堵すると同時に困惑している。そしてたびたび話題にあがる使い魔マリーは、ロックの後方に浮いたままもぐもぐとケーキを食べており、会話に入ってくる様子はなかった。


「使い魔ってもうちょっとこれぞ主従関係って感じのイメージしてたんだけど」


「あらその認識で間違いないと思いますわ」


「でもこいつに俺に対する忠誠を露ほども感じないんだけど」


 もぐもぐと咀嚼しながら会話を聞いていたマリーは、ロックの顔を侮蔑するような目で撫でてそのまま視線を外す。その様子に主人に対する信頼があるのか、無いに等しい。

 使い魔になってからの出来事を思い出しながらロックは考える。ロックが使い魔についての認識が間違っていたというのならそれで終わる話なのだが、アリアナも間違っていないという以上、この使い魔の態度は何なのだろうか。

 結論が出ずにロックが唸っていると、アリアナとジェイドは訳知り顔で顔を見合わせたあと、アリアナが口を開いた。


「おおよそですけれど、ロックベルの実力が伴ってないだけだと思いますわよ」


「えっ」


「魔物は自分より上だと感じた相手に忠誠を示して使い魔になる。これについては理解していますよね」


「お、おぅ」


「たまにいるのですよ、実力が伴ってないのに無理やり主従関係を結ばせて使い魔とする例が」


 目から鱗の話題に、ロックはそんなことができるのかと呆然としながらアリアナのほうに顔を向けた。


「貴族が金に物を言わせて傭兵を雇い、欲しい魔物を弱らせておいて、最後に自分が倒して無理やり使い魔にする事例がありますの」


「な、なるほどな。そんなやり方があったのか……」


「だけどその場合使い魔は主人に従わない傾向があるんだ。あくまで自分の実力より強かったのは傭兵の方だから。実際にそういった貴族は使い魔を捻じ伏せられないから意にそぐわない命令ができない」


「そしてロックベルの場合、《願い石》という誰も抗えない手段を使ってマリーさんを使い魔にしました。この状況、どうお思いになられます?」


「あぁー、そういうことかぁ」


 つまりロック自身の実力でマリーを使い魔にしたわけではない、ということを二人は言いたいらしい。話を聞いてロックは全くその通りだと納得して頷いた。


「つまり、俺がこいつを打ち破るくらい強くなればいいってことか」


「はっ、ご主人が? 私を超える? 無理無理無理無理! 笑えるー!」


 拳を握り締めてそう呟いたロックに、マリーは否定するように手をぶんぶんと横に振りながら大声で笑い転げ始めた。笑いのツボに入ったらしく、そのまま腹を抱えてぜいぜい喘鳴し始めたマリーに噛み付いた。


「石に願った内容に「世界最強の魔導士になる」ってのも含まれてんだ! そうなるとお前も最終的には倒せるようになってないとおかしいだろ!?」


「はて、何年かかることやらねぇ」


 マリーはロックにニタリと笑みを浮かべた。ほんの一瞬だけ垣間見えたその笑顔は、いつもの彼女の笑顔が仮面であることがよくわかるような、背筋が震える様な不気味なもの。この一言だけ素に戻ったような、いつもの女の子らしい口調ではない、長い年月を積み重ねてきたような老齢の口調。

 ロックの言葉に呆れていたアリアナとジェイドはその顔にも口調にも気付かなかった。

 ロックがはっとしてマリーの顔をもう一度見上げた時には、彼女の顔はいつものニコニコ顔に戻っていた。

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