相違
何もない魔力だけが凝縮された、真っ暗な闇だけの空間。そこで魔法使いと魔女は生まれた。
ほぼ同時に生まれたが、魔法使いの方がほんの数刻早かったのは、魔女が生まれた時に彼の姿を既に目にしたため。
何の概念もないまま、ただ双子だという認識だけが二人の頭の中にあった。
自分たちに何ができるのか、なんとなく頭の中にイメージだけ溢れかえっていた。
しかしそれを実際に行う事は想定と違う結末を生み出すため、容易ではなかった。
一つ一つを試していくように、幼い二人は色々な魔法を使って遊び呆けはじめる。
二人で協力して様々な魔法の実験を行う事にお互い充実感を感じていた。
小さな容姿に、お揃いにも見えるとんがり帽子を被りながら、それでいて服装は現在の二人に近い容貌。
有り余る魔力で、気楽に過ごすための家を作り、魔法を考えては実験して、覚えきれない分を記録するように本に書き連ねていく。
ひょこひょこと魔力で飛び跳ねるように動き回る、長い黒髪と同じ黒い瞳の、小さな子ども。
「なんてよべばいいんだ?」
「なにが?」
「おまえのこと、なんてよべばいいんだ?」
協力する過程で、互いの呼び方がないことに気づいた魔法使いが、唐突に声をかける。
小さな子供が、初めて出来た友達の呼び方を考えるような感情だった。
「わたしもそっちのよびかた、わかんないけど」
「じゃあ、わたしはウィラード。おまえはマリアージュ、でどうだ?」
少し考え込むように首を傾けた魔法使いが、これでどうだと言わんばかりの自信に満ち溢れた顔で告げる。
特に深く考えずにとりあえず音だけで決めた魔法使いの名前に、魔女は少し擽ったさを感じた。
「へんなの」
「えっ」
「まぁ、いいけどね。ウィラード」
そう言って口では貶しつつも、満更でもないようにニヤッと魔女は笑う。
返答に一瞬困惑した表情を漏らした魔法使いは、魔女のその様子にほっと胸を撫でおろすように大きく息を吐いた。
「では、これからはこのよびかたでな。マリアージュ」
「はいはい、ウィラード」
お互いの名前をしっかりと認識するように、互いの顔を見ながら呼び合った。
魔法使いと魔女は、しっかりと互いに対して兄妹としての好感をきちんと持ち合わせていた。
実験の過程で人形を作り始めたのは、魔法使いが自分に似た生き物を作ろうと興味本位で試行錯誤した結果。
まず人形の元となる生き物を試しに自分たちの世界で生み出したが、この世界の魔力濃度に耐え切れずに即座に破裂して消え去ってしまう。
弱いなりに耐えうる環境として、魔女の助言を元に魔法使いが専用の場所を作ったことで、ようやく人形が生まれた。
実はその世界でも、最初に作った人形は魔法を付与しすぎたせいで、作った瞬間盛大に争って手を加える暇もなく割とすぐに滅びた。
そう、実は作った最初に一度滅びていたのだ。だから魔女は、この人形の世界を滅ぼすことにそれほど抵抗がなかった。
失敗もある事だからといつも通りに感じていた魔女とは違い、魔法使いはそれを自身の至らなさと認識する。
再び一から人形を作る過程で、今度は一体につき一つ魔法を付与する程度に留めることで、ようやく均衡を成し始めた。
前と同じことにならないように、今度は牽制と統率の意味を込めて、五大王を作りあげて、人の統治を試し始める。
二人にとって幼い子どもが人形遊びをする感覚ではあったものの、魔女はあくまで人形と割り切り、魔法使いは我が子のように可愛がり始めていた。
魔法使いにとってこの世界は、人形たちが暮らす、綺麗な箱庭を覗き込んで鑑賞しているような感覚。
しかし魔女にとっては、戦略シュミレーションゲームを、画面の外から眺めているような感覚。
その認識の違いから、魔法使いは人形遊びに夢中になり始める。
少しずつ、次第に魔法使いに放置され始めるようになった魔女は一人退屈し始めた。
「わぁ」
「マリアージュ、おまえなにをしている!?」
最初は魔女の好奇心だった。
人形同士が今にも争いを起こしそうな一触即発の状態になっていることに気づいて、これにちょっかいをかけたらどうなるのか、魔女には興味があった。
片方に軽く魔法を一つ付与する程度しか行わなかったのに、まるで花火が広がるように、陸地が戦火に包まれていった。
魔法使いはそれに大層慌てて対処しようと弄り回りながら、困惑して名前を呼んだ。
しばらくぶりに声をかけられたことで、魔法使いは自覚なく魔女にそれを助長してしまう。
小さな子どもが気を引くように、魔女は次第に、退屈すると争いを引き起こすようになっていった。
「またか!? いい加減にしないかマリアージュ!」
「なんで学習しないんだろうね。この人形」
何度目かになる争いを引き起こして、魔法使いはまた魔女に詰め寄るが、魔女は呆れたような声でそれに答えた。
魔女が争いを引き起こす方法は特に深く考えず毎回同じであったにも関わらず、人形たちは対策もせず、引っ掻き回されるまま争いを始める。
純粋な疑問で言ったその言葉に、魔法使いは答えることが出来ない。
争いを収めようと、魔法使いはまたこの世界に付きっきりになる。
魔女は有り余る時間を持て余し、退屈を紛らわすために、人形の真似事でベッドを作り、眠ることを覚え始める。
「ウィラード?」
起きては気を引くように手を加え、また起きては手を加えて何回かそれを繰り返した。
次に魔女が目覚めた時、ずっと世界に掛かりきりで引っ付く様に球体の傍にいた魔法使いの姿が見えない。
不安になり、小さな声で名前を呼んだが、返事はなかった。
小さな子どもが、寝ている間に親が買い物に行き、取り残されたタイミングで目を覚ますような、そんな孤独な不安感に魔女は襲われた。
ゆっくりと周りを見渡しながら、自分たちが作った小さな庭と、家の中を恐る恐る探し回るが、魔法使いは見つからない。
「ウィラード?」
探し回りながら、何度も魔女は名前を呼んだが、返事はない。
部屋の中に戻って、項垂れるように魔女がベッドに腰掛けたタイミングで、部屋の隅に浮かんでいた青い球体が少し光る。
その時感じた魔力の気配に、魔女はまさかと信じられない表情を向けた。
ベッドから腰を上げ、及び腰になりながらも青い球体にそっと近寄り、それに向かって声をかけた。
「ウィラード?」
『うん? マリアージュか?』
遊びで作った世界に、小さくなって入り込んでいる。
魔女はただひたすらに驚愕して、同時に困惑した。
魔法使いは、小さくなった身で青い球体の世界をあちこち動き回り、楽しそうにはしゃいでいる。
不安に駆られながらあちこちその姿を探し回った魔女は、魔法使いの能天気な反応にその時少し苛ついていた。
「なにしてんの?」
『見ての通り。外からだと限界があるからな。こっちに入って直接いじった方が色々やりやすいよ』
「私と話してる時くらい戻ってくれば?」
『待ってくれ、今いいところなんだ』
魔法使いはそう言って、いそいそと楽しそうにまた現地改良に乗り出す。
魔女は、突然姿を消した魔法使いの事を、探している間ずっと心配していた。
しかし嬉々として人形の世界に入り込んでいた魔法使いはそれを知る由もないし、魔女は自身がその時抱いた感情について幼さから認知できていない。
心にもやもやと残る苛つきを解消しようと、魔女はまた争いを誘導した。
人形たちが争いはじめ、町が壊れていくのを眺める魔女の行動は、まだこの時はほとんど八つ当たりに近い。
『マリアージュ!? お前またやったな!?』
青い人形の世界から、魔法使いの慌てた声が、非難めいた色を見せる。
魔女は魔法使いの言葉を無視して、両手で耳を塞いだまま、不貞腐れてベッドに突っ伏した。
『なんでそんなことをするんだ!』
魔女は理由を問い質すような、攻めるような声を聞きたかったわけではない。
小さな子どもが、癇癪を起してもそれが自覚できないように、魔女には自分の感情があまり理解できておらず、また、周りにそれを諭す者もいなかった。