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窮愁


「なんだこりゃ……」


 ようやくその場に辿り着いたロックが見た光景は、地獄のようだった。

 倒れて動かくなった魔導士たちに、完全に戦意喪失してうずくまっているウィラード。

 爆発の後に戦闘があったことを伺わせるように、あちこちの地面が衝撃に小さく抉れているのも見えた。


 そして、魔導士たちの中心に、空中から溢れるように上に向かってボコボコと泡立つ、ねばねばした流動する、黒い魔力の塊。


「遅かったね、もうラスト一日だよ」


「マリー、なのか、お前」


「あら、魔力感知出来るようになったの」


 黒い塊から、声のような音が響いてくる。姿が変わる前と、何も変わらない口調。

 ロックが魔力感知して倒れている魔導士たちが全員無事に生きていることを確信した様子に、マリーが気付いたようだった。

 長い距離を歩いて来たことで、空気中の魔力を吸収できたので、体力は逆に回復していき、ロックは今普通に歩くまでになっている。

 杖代わりに持っていた剣を腰に戻し、黒い塊に視線を向けたまま、地面に座り込んでいる魔法使いに歩いて近付き、介抱するように後ろから両肩に手を置いた。

 魔法使いは戦う事を促すロックを拒絶するように、両手で顔を覆って大きく首を振り続ける。


「ウィラード」


「やめてくれ……」


「やる気がないなら帰れっつってんのに」


 黒い塊から、感情のない声が吐き出され続ける。

 ロックはもう原形すらとどめていない魔女をジッと観察するように眺め続けながら、再びウィラードに声をかけた。


「ウィラード、転移魔法、今使えるか?」


「てん、い……?」


「倒れてるここのみんな、海の底の国まで」


 ロックの言葉に、魔法使いはゆっくりと身体を起こし、顔をあげる。

 ロックの方を見、黒い塊の魔女を見、そして周りの倒れている魔導士たちの方に首を回して見つめる。

 魔女の方は特別それを妨害してくる様子はなかった。

 より被害を増やしたくない魔法使いは、ロックの言葉にゆっくりと従うように、両手をゆっくりとあげる。

 小さな風が吹き抜けていくように、倒れている魔導士たちを魔力が包み込んで、光り輝く小さな星のように瞬いて、転移して消えていった。

 ロックはその様子を見届けた後、座り続けているウィラードの傍らに寄り添うように立ち上がった。


「ウィラード、戦わないとダメだ」


「もう私には無理だ……」


「そうか……。なぁ、マリー」


 打ちひしがれている魔法使いにロックは少し視線を向け後、自分たちに攻撃してこないドロドロと溢れ続けている魔力の塊に戻す。


「最初の訓練の時に、言ってたよな。『死ねないだけだもん、普通に痛いよ』って。それ、どうやって知ったよ」


 どろどろの流動体が、ゆっくりと蠢いている。ロックが見ているその流れが、少し捻るように変わったような気がした。

 再び顔を伏せたウィラードの方から、反応するように一度震えるような気配をロックは感じる。

 不死なんて、この世界に存在しない。長い時間を生きる魔物も、いずれは老いて朽ち果てる。

 それならば、実際に訓練の為に不死にした過程で魔女がロックに説明したその事実は、いつ判明したのだろうか。


「試したから」


「試したって?」


「死に方、一通り。自分で思いつく限りの分と、人形が新しく思いついた分だけ。結果は、まぁ、見ての通りなんだけど」


「痛い、んだよな、それ」


「最初はものすごく痛かった、のかな。もう、随分前から、分かんなくなってるけど」


 どろどろの流動体の、流れが少しずつ変わっている。険しい顔をしたまま、ロックはそれをじっと眺め続けていた。

 ロックの傍に座り込んでいた魔法使いが、ゆっくりと顔をあげてようやく視線を黒い塊に向けた。


「一通り死に方を試した? 何故、そんなこと」


「自分だってしてる癖に。恋人殺されて後追い自殺しようと試してたの、知ってるんだからね。だからわかるでしょ。自殺の理由なんて、死にたいからやる以外にあるの?」


 ウィラードの問いに、黒い塊は淡々と音を返してくる。

 自殺願望が魔女にあったことを知らなかった魔法使いは、驚愕から両目を見開いて、じっと黒い塊を凝視していた。


「理由は、もう聞いても教えてくれないんだな」


 理由があるなら教えてほしい。ロックも強くそう思っていた。ウィラードも同じよう、懇願した視線を流動する塊に向ける。

 しかし、流動体はボコボコと泡立つ音を立てるだけで、その疑問に返される返事はなかった。


「そうか」


 返事が交わされなかったことに、ロックは傷付くように首を垂れて肩を落とす。

 だがここまで歩いてくるまでに、十分決意は固まっていた。

 腰に戻した剣を、鞘からゆっくりと引き抜いて、薄明りに光る切っ先を、その場を動かない流動体の黒い塊に向ける。


「本当に、終わりたいんだな、お前」


「眠るだけじゃ、一時しのぎだもの」


 ねばねばした粘着性のある黒い流動体が、螺旋状にボコボコ蠢く。

 発せられる感情のない声のような音に、僅かばかりに諦めの色が見えた。

 ただの流動体がボコボコ動いているだけなのに、一瞬だけ、ロックにはそれがかつての人の姿をした使い魔の姿が重なって見えた。

 何もかも諦めてしまったような、哀傷にくれたような表情に。


「ウィラード」


「いやだ……」


「兄貴のお前じゃないとダメなんだよ」


「どうして……」


「『金輪際縁を切る』じゃ、なかったの?」


 うずくまっている魔法使いに、ロックが剣を構えながら声をかけるが、悲痛にくれているウィラードは動こうとしない。

 拒絶する理由を探すように呟いた疑問の言葉は、塊に発せられた音に飲み込まれた。

 とうとう耐え切れなくなったように、ウィラードは嗚咽して震えはじめる。

 俯いて見えない顔の部分から、ボタボタと光る液体が地面に落ちて点を作った。


「まだ、許してくれないのか?」


「許すなんて、一言も言ってない。一方的に絶縁して、一方的に謝罪して。それで済んでると思ってたのなら、おめでたいわね」


 考えが浅い。

 そう締めくくられて、涙に塗れた顔をなんとか塊に向けたウィラードは、さらに嗚咽が激しくなった。


「ウィラード、立てって」


「出来ない……」


「縁切ったんでしょ。兄貴面すんな。やる気がないなら帰れ」


 追い打ちをかけるような、責めるような音が、流動体から放たれる。

 魔法使いはそれをただその身に受け入れるだけで、嗚咽に両肩を震わせながらも、動こうとしない。


 ロックは魔法使いを振り返ってその姿に目を伏せ、動かないままのウィラードを説得することを諦めた。


「引導すら、兄貴として渡せねぇんなら、俺がやるわ」


 魔法使いを振り返らず、蠢く黒い流動体を真正面から向かう。

 一歩一歩、地面をしっかりと踏みしめて、しっかりとまっすぐ、魔女に目を向けていた。

 ロックがすぐ目の前の至近距離まで歩き詰める間、魔女は逃げも抵抗もせず、じっとそこに漂っていた。


「言ったわよね、足りないわよ」


「それでも、やるしかないならやる」


 魔女の言葉にそう返すと、クスリと笑うような音が聞こえたような気がした。

 剣の柄を両手に持って握り締め、大きく上に振りかぶり、塊の中心に向かってしっかりと振り下ろした。


 吸収する。おぞましい魔力。


 負の感情が、大量に溢れ出て、ぶつかり合って、増殖し合うような。

 感情に感情がぶつかって、真黒に混ざり合って、塗りつぶされていくような、そんな感覚。

 新型魔物の魔力を吸収しようとしたときとは比べ物にならないもの。


 魔女から発せられる深い色をした魔力の波に飲まれまいとしながら、必死に吸収する。


「ロックベル、すまない――――」


 その様子を見ていたのか、見ていなかったのか。

 魔法使いはロックにだけ聞こえるように呟いて、転移魔法で姿を消した。

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